人がゴミの様どころか、そもそも見えないような高さから行われた
終わりよければなんとやら。とはならず、バクバクと早鐘を打つ心臓が静まるまで、私はしばらくの間その場に蹲っていた。足はガクガクして立っていることが難しくって、嫌な汗が背中を伝い、視界はチカチカと明滅して止まなくて。正直怖すぎて泣きそうだった。
信じられない……普通あんな高所から落とすか?いくら無事に着陸できたと言っても、心臓の弱い人間なら失神してもしょうがない体験だったんだけど。なんなら泣きかけたよ?
そこから数分程度でなんとか立ち上がれた私は、おそらく初期地点であろう街を散策をしていた。
背の低い家屋が立ち並び、街を歩く人々は皆和服をまとっている。昔の日本と言われてまず思い浮かぶような風景や、現代では滅多に目にかかれないだろう着物に、心が知らず知らずに浮足立つ。
チュートリアルの時も思ったけど、本当に現実と見まがうような景色だ。道脇にある長椅子に腰掛けながら、ぼんやりと目の前の大通りを眺めて、そう思った。
頬を撫でる風や、行き交う人々の喧騒や雑踏の音。照り付ける日差しやその眩しさ。久しぶりにこんなに長く歩いたからか、違和感程度に感じる足の痛さすら心地いい。太陽の光だって、こんなに浴びてもどこも痛くならない。夢みたいだ。
息をいっぱいに吸い込んで、大きく吐き出す。それを何度か繰り返して、最後に感動と一緒に息を吐く。
「本当に、凄いや。これがゲームだって?」
とはいえ、ずっとこのままのんびりと座っているわけにはいかない。いや、別に座っていても良いんだけどね?やっぱり折角のゲームなんだし、戦闘も楽しみたい。
これでも前世では結構なゲーマーだったんだ。
椅子から腰を上げると、服についた土埃を払い、背伸びをする。
もう一度大きく深呼吸をする。どこからか漂ってきた、美味しそうなうどんの匂いも吸い込んで、向かう先は街の外。モンスターが跋扈するフィールドへ、意気揚々と向かうのだった。
◇
現在、太陽は西の空に沈みだしている。
モンスターが出現するフィールドは、広い平原だった。平原といっても、少し遠くを見れば、森林や山脈なんかが見えるような広さだ。
少し大きな木の、その木陰で休みながら、私はこの平原に来てからのことを思い返していた。
街から出て初めに遭遇したのは、私の身長の半分くらいしかない小さな小鬼。パッと見たとき、一瞬でゴブリンという名前が頭に浮かんだほど、まんまだった。
私の身長だって決して高いわけじゃないのに、それのさらに半分の体長しかないその小鬼は、私を見た瞬間、ピタッと動きを止めた。こちらがいつでも攻撃に移れるように、武器を構えていたから警戒したのだろうか。なんて悠長なことを考えていたのが悪かったのだろう。甲高い叫び声をあげながら、後ろから攻撃してきた別の小鬼の対処が遅れてしまった。
予想の外から襲ってきた、突然の出来事に対応できなかった――なんてことはなかった。
私にかかればあの程度の陽動、寝起きの回ってない頭でだって対処できる。転生してから、せっかくもらった武芸の才能に胡坐をかいて腐らせていたわけじゃない。毎日死ぬような鍛錬をさせられてきたんだ、まさか単純な陽動に騙されて攻撃を受けたなんて。知られた日にはどんなことになるやら……考えたくもない。
何はともあれ、背後からの奇襲を半身になって避けて、がら空きになった首に刀を振り下ろす。そのまま勢いを殺さずに、流れるように二体目も斬り捨てる。
初期装備の刀だからなのか、小鬼を斬った時の切れ味の感覚が、妙に悪かったのが気になった。
けど、まぁ。
「結構動けるね、うん」
これに尽きた。
小鬼が前に立った時に、目の前の小鬼の呼吸や、視線。気配なんかが、まるで本当に生物を相手にしているような感覚がした。
初めて父親が連れてきた武芸者と対峙したときは、相手が発する『生』の気迫に気圧されてしまった。今回は相手がリアルな分、それと近いような緊張感があるかと思っていたけど。別にそうでもなかったみたいだ。どんなに現実に見えても、感覚が近くても、やっぱりゲームなのかな。
そう考えると、少し寂しい気がする。
それからしばらくはフィールドを探索して、遭遇したモンスターを倒して、また探索して。
そんなことを繰り返していたら、日が沈みだしていた。
そうして現在、私ことシノア・リュウドウは木に背を預けながら、ステータスウィンドウとにらめっこをしているのであります。
「むむむ……あれだけ戦って、あれだけ倒したのにどうしてレベルが一つも上がらないんだろう。やっぱりバグなのかな。始まったばかりのゲームだから、わからなくもないんだけど……えぇ?」
問題は一つ。
私のレベル上がらなくない?問題である。
かれこれ三時間ほど、ここの平原に籠ってモンスター狩りをしていたのだけれど、一向にレベルが上がる気配がない。というか、そもそも経験値が入っていない。
気づいたのは最初の戦闘をこなした後だった。その時は、倒したモンスターからの取得経験値が少なくて表示されてないのかな。程度にしか考えていなかったから、そのまま次の相手を探しに行ってしまったんだよね。
よく考えてみたら、そこで気づかないのがおかしかった。普通どんなに取得経験値が低くても、まだ始めたてのプレイヤーに取得経験値が低すぎて反映されませんなんてないと思う。というかあってたまるかそんなこと。
どんなにレベルアップの難易度が高いゲームでも、1ドットくらいは上昇するものだと思う。
ほかのVRゲームがバグ満載で、そんなことが日常茶飯事だったせいで感覚がマヒしてきてたのかな……?だとしたらなんて恐ろしい。
うん。
なんてことを思いながら、ステータス画面をいじっていたら、私は気づいてしまった。ウィンドウの端にあったヘルプページでレベルについて検索をしていたら見つけてしまった。
その一文は、大事そうに赤文字で書かれていた。大きく、はっきりと、ひときわ丁寧に、書かれていた
――何らかのジョブにつかなければ、レベルは上がりません。初期はジョブに就いていない状態になっています。
「――?」
ええっと、説明文によると、まずジョブに就かないとレベル自体が存在しないよ、と。
ふんふん。なるほどね?わかった。私ちゃんは賢いからよーく理解したよ。
つまりこういうことだね?
「私の三時間弱は無駄になっちゃったかー……」
まさかの事態である。よもやよもや、こんなことがあろうとはー。
なんてふざけてる場合じゃないのはわかっているんだけど、やっぱり時間を無駄にしてしてしまったって考えると、なかなかにクるものがある。なんだろう。小さいころゲームで遊んでて、すごい熱中して時間を忘れることってあったと思うんだ。時間を忘れてプレイしてるから、どれくらいの時間遊んでるのかとか、残りのバッテリーの残量とか気にしないことがあると思う。
そしたらさ、いいところまで進んだところで、プッツンって画面が真っ暗になるんだ。どれくらい時間がたったんだろうね?ここでは五時間としておこうかな。じゃあ、五時間遊んだゲームがいきなりバッテリー切れでブラックアウト。頭をよぎるのは最悪のイメージ。
ああっ、しまった!って思っても、もう遅い。
急いで充電して、ゲーム機を立ち上げて、半ば祈るような気持ちでソフトを起動するんだ。ローディングを挟んで、画面にゲーム画面が表示されたとき。
――そこには、五時間分のデータが丸々全部吹き飛んだゲーム画面が広がっていた――
今の私の心境はそれに近い。
やっちゃたなー。しまったなー。なんて考えて、経験値はまた貯めればいいさ。なんて自分を慰めても、やっぱり時間は帰ってこないわけで。
「ハァー……」
大きくため息をついたところで、ふと、頭上にサッと黒い影が差した。
すわモンスターかと、脇に置いていた刀を拾い上げ抜刀――しようとした。刀身が4分の3ぐらい出たタイミングで、刀の柄頭を抑えられてしまう。そのまま力が込められ、刀身が完全に鞘に収まる。
「オイオイ、物騒なお嬢ちゃんじゃないの」
どこかのんびりとした、ハスキーな女声を浴びる。
顔を上げると、そこには一人の女性がニヤリと口角を上げ、八重歯をむき出しにして笑っていた。
一房だけ真っ赤に染め抜いた長い黒髪を、左肩口から右腰に掛けて斜めにバッサリと切り落としている。顔は左半分がタトゥーに覆われ、首にまで到達している。髪色と同じ黒い眼は爛々と輝いていて、その凶暴な外見と相まって恐ろしい獣に見えた。
スラリとした背高な体躯と、私の刀を抑える長い脚は、優美な着流しを纏っている。
帯には煙管。右手の甲にもタトゥー……いや、これは紋章かな。どちらにせよ、全身から危険な香りをプンプンさせる人物。それが私の前に立っていた。
「なにか、ご用ですか?」
「あー。特に用って程でもないんだけどな……お嬢ちゃん、お困りだろ?アタシでよければ話をきこうか」
「結構です。明らかに怪しげな人物には、話すようなことでもないですし」
「確かにそうなんだけどねぇ。声をかけた瞬間に抜刀なんて穏やかじゃないよな?」
「それは――」
ついそこで言葉を区切ってしまった。
この場合というか、どういう場合でもただ声をかけた人間に切りかかるなんて正気の沙汰じゃない。したがって私には目の前の女性に、負い目ができてしまった。女性が先に動いて私を止めたからいいものの、もし私のほうが早ければ、この女性を問答無用で斬り捨てていたのは事実だ。
どうかしていた。
「――失礼しました」
そう言って、掴んだままだった刀から手を離す。
女性は目を丸くして、意外そうに声を上げた。
「おや、引くんだね。意外だ」
「今、悪いのは完全に私ですから……それに、初対面の方にする態度でもありませんでした」
「ふーん。まぁ、いいさ。それで?こんな場所で頭を抱え込んでるもんだから、心配しちまってね。何かあったのかい?」
刀から足をどけて、私の目線までかがみこむ女性。凶悪な風体の割に、仕草のところどころに品の良さが見える。洗練されてる動きだ。けど、それよりもっと衝撃的なのは。
「……どうしたんだい。目ェそらして」
「いえ、いえ。なんでも、ないです」
「?」
膝を抱え込むようにしてかがんだ女性の、その胸部装甲が、柔らく形を歪める。……べ、別に、負けてなんかいないよ?何事も大きければいいってものじゃないですし?私はこの大きさが完璧だから、これ以上大きくなっても困るだけだし。
性別が変わってしまった影響か、もう女性に対してそういう目を向けることはなくなってしまった。が、それはそうとしてなぜかよくわからない敗北感を感じることが増えた。いや、別に負けてるってわけじゃないんだけど。
……コホン。
目の前の女性がどんな人物かは、わからない。けど、少なくとも私に協力的なことは、口ぶりからうかがえる。
とりあえず、話すだけ話してみようかな。見た目はともかく、そんなに悪い人じゃなさそうだし。
「実は――」
「――と、いうわけでして。途方に暮れていたんです」
「なるほどねぇ。そりゃあ大変だったね」
ここまでの経緯を話すと、女性は頷きながら聞いてくれた。
「まぁ、ジョブに気付かないでそのまま戦闘を始めちまう奴ってのは、ままいるもんだ。アタシもそうだったからね」
と、ここまで言うと、女性が立ち上がった。どこかに行くのかと顔を上げると、ニッと笑みを浮かべ手を差し出してきた。その手を取って立ち上がる。なんか、すごい青春っぽい。
「自己紹介がまだだったね。アタシは
「シノア・リュウドウといいます。今日が初めてのログインですね」
月花白蓮。白蓮さんはどうやら発売当日からプレイしているらしい。たしかこのゲーム何での時間の進みが三倍だから、ログインしてない時間とかも含めて約九日ぐらいリードしているんだ。その分いろいろ知っているんだろう。
「もうじき夜が来る。そうなるとこの近くでも厄介なモンスターが湧いてくる。そうなる前に、街に戻るんだけど……お嬢ちゃんも来るかい?」
「いいんですか?いきなり切りかかってきた人間ですよ?」
「それくらいここじゃどうってことないよ。街の外を歩けば平気で野党やらがでて来るからねぇ。あんなまっすぐ斬りこんでくるなんてお行儀のいい真似、珍しかったさ」
「お行儀のいいって……」
からからと笑いながら白蓮さんは歩き出す。
私は「お行儀のいい」と言われたことに、何か釈然としないものを覚えながら、彼女の後を追って街に向かった。
前回も感想をいただきました。
しぇいしぇいなす。
評価もいただいてうれしい限りです。