とある艦娘の後日譚?!    作:糸田ひろし

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お読み頂きありがとうございますm(_ _)m
読んでいただけてる!このリターンが原動力です。

今回は、2航戦の番ですね。
今回は艦娘と言うと、違うかな?

ただ、こんな伏線ががあってもと思い進めてみました。

いくら何でも頓痴気だぜって方はごめんなさい。
戦国時代後期の知識が無いと、読んでて??
になる可能性大ですのでゴメンナサイ。

何で戦国時代かは読んでるとわかります。
とある実在武将がそこそこ出てきます(笑)

それではどうぞー


便覧番号8

私は今、越前・北之庄城主 青木一矩殿そして、加賀国内・小松城主 丹羽長重殿への早馬(至急の伝令)の支度に追われている。

 

 

何故このような事態になったかと言えば、武蔵・江戸城徳川家が懇意の大名と結託し、大阪におわす豊臣秀頼様に反旗を翻す画策を立てた事を看破した丞相(豊臣家の閣僚トップ)石田三成様が合戦を仕掛けた為、全国各地で小競合いが始まった。

 

此処、北陸の要所・加賀国内でも、最大勢力の金沢城の前田家が能登や越中の大名や武将を従え北陸道を南侵する動きを見せた。

 

対する豊臣方は、我が主の大聖寺城主(現在石川県・加賀市)の山口宗永様が小松城の丹羽殿と前田勢を受け止める“馬防柵”となる。

 

そこで、我らの大聖寺城と金沢城の中間にある小松城の丹羽殿と、後方に控える越前の・北ノ庄城を抑える青木殿に親書を送り、共同戦線・加勢頂こうと願う事になりました。

 

私は、早速斥候隊を呼び出す。

 

「小田、金井は居るか!!」

 

「はっ、両名とも此処に」

 

「若殿、修弘様よりの下知だ。金沢城の前田利長が全軍出撃したとの事。前田勢の侵攻を食い止める為、小松城の丹羽重長殿に共同戦線を敷く旨の親書を届けて欲しい。」

 

「至急、早馬で届けます。」

「確実にお届けいたします!」

 

早速、伝令隊の2名を小松城へ派遣。

続いて越前・北ノ庄城の青木殿への伝令隊を呼ぶ、

 

「江草・藤田参りました!!」

 

「前田家の侵攻を止める為に北ノ庄城の青木殿には、直ぐに動いて頂きたいんだ、そうすれば大野城や金ケ崎城も動くはず。是非、助力頂きたいと伝えて欲しい!!」

 

「承知!」

「こちらも直ぐに出立します!」

 

私は、物見伝令として信頼を置く者を選抜し放った。あの4名なら確実に任務を遂行する。

 

 

要請の成否関わらず前田勢は待ってくれない。あとは、前田軍の陣容を分析しなければならない。備蓄や足軽・雑兵の数は普段からの潜入で把握しているが、今回の出陣での内容は確認したい所だ。

 

「飯田、すまんが・・・」

 

「頭、分かってます。お遣いですね?ひとっ走りして覗いてきますよ。その間に、合戦準備頼みますよ?!」

 

「解った解った。こちらも山口様から色々頼まれてるから。抜かりなく支度するさ。」

 

「それじゃ、頭、斥候出ます!」

 

 

情報、根回し、備蓄と合戦に備える為に忙しい。

極端なことを言えば、合戦が始まれば“全力で命の遣り取りと駆け引き”これしか無い。

それまでの前準備で如何に有利な状況に引き込めるか、これに限る。

 

我が主、山口様の居城・大聖寺城は元を辿れば一向宗門徒に端を発した百姓一揆が巣食っていた砦だったが、戦国覇者・織田家の侵攻政策に伴い柴田勝家率いる北陸方面軍に一向宗が征伐された際に接収・改築された物だ。

然程、規模的には大きく無く、前田家の様な大群相手には共同軍で立ち向かわなければ、軽く捻られて終わりだ。

 

私は大殿・山口宗永様から、若殿・山口修弘様と遊撃隊を組織し前田勢の先鋒警戒部隊の攻略する作戦を命じられた。

 

武具甲冑・兵糧・馬に縄や木材等の必要物資を揃えると共に足軽の参集や雑兵の募兵を滞りなく揃えていく。

 

私は、隣で進捗を確認している修弘様へ話し掛ける。

 

「修弘様、正直申しますと兵の頭数が如何ともし難いですね。立地的な有利不利もありますが・・・。」

 

「まあ、そこは早馬を飛ばして丹羽様や青木様に御助力頂くしかあるまいし、実際そう動かした訳だ。」

 

「はい。お二方とも情報に疎くはないだろうし、前田勢が豊臣を袋返し(裏切り・寝返り)して徳川に付くとなれば豊臣恩顧の将としたら容赦は出来ません!」

 

「まずは、しっかり合戦準備をしてくれ。前線は我らがしっかり保たねばな。」

 

 

 

そうやって合戦の支度のさなか翌日、斥候に出した飯田が血相を変えて戻ってきた。

 

「大変ですー!前田勢は、丹羽様の居る小松城を素通りして、我が方大聖寺城手前の加賀松山城に集結し始めました!!先鋒隊が、続々入っています!!」

 

そこへ、先に早馬に出した小田・金井の伝令隊が戻る。

 

「若殿・頭!申し訳ございません!!早馬を飛ばしましたが、小松城周りを完全に物見兵に囲まれてしまい、隙無く小松城へ入れませんでした!!」

 

「何ぃ!!まずは手頃な所から平らげていくつもりか?何とも下に見られたものだな!!絶対に赦せぬッ」

 

修弘様のお顔が、みるみる間に燃える様に赤くなり武者震いが収まらない。修弘様は私を伴い、大殿・宗永様の下へ向かう。

 

「父上、前田利長めはこちらへ直接来ました。我々山口家を完全に見下しております。早急に兵を打ち出し、こちらの地勢的有利な場所で一戦仕掛けたく!!」

 

 

「うむ、修弘。出陣の事、相わかった。先程、前田家から恭順を促す使者が来た、しかしすぐ突っぱねた。そもそも豊臣の恩を、更に遡れば織田信長公の大恩を仇で返す逆賊はどちらだと言う事だ。ただ、仕掛けていくなら頭は冷やせよ?!熱く滾るだけでは足元すくわれる。斥候の報せをよくよく吟味せよ。」

 

そして、大殿から私にも話しがある

 

「斥候隊の働き、いつも助かる。我らの様な小兵な勢力は常に周りを意識せねばならん。お主の兵たちは正しく痒い所に手が届く孫の手だよ。ここからは更に状況が厳しくなる。くれぐれも兵を大切にしてくれ。」

 

「大殿、勿体無きお言葉!!まこと有難き幸せにございます。斥候に出た者達もこの様な言葉を頂ければ士気も上がります。」

 

「さあ、修弘と共に頼むぞ!!」

 

「はい!」

 

 

修弘様と私は早速準備を整えた遊撃隊を引き連れ大聖寺城を出る。城を横切る北陸街道の周りの河川の葦原や小高い山に伏兵を仕込む。

 

相手の前田勢は小荷駄(補給物資を運ぶ部隊)も含めて2万。

利家公より続く自慢の長槍隊、教練された騎馬隊、織田家母衣衆(側近・親衛隊)よりの鉄砲隊と万遍なく部隊が組織され、雑兵も統率が取れた者が選抜されている様だ。

 

前田勢と対峙してる中、越前北ノ庄城からの早馬が戻る。江草・藤田の二人である。

 

「若殿、頭!青木殿の説得叶いませんでした。先回りされたようです!!」

 

「何だと?!」

 

「それでは後詰めが実質ないという事かい?厳しいな・・・。」

 

その時、やや遠方から鬨の声そして、次々聞こえる戦端が開かれたと思われる怒号と金属のぶつかり合う音。

 

「吾は、前田利長が軍の先駆け・山崎長徳なりぃ!!山口家の弱卒どもは何処におられる?仲良く鼠の真似事かー!?」

 

「どうやら相手の一番槍ですか?流石に威勢が良いですね。よし。飯田、小田、金井ここへ」

 

「はい」 「何時でも」 「どの様に仕掛けますか?」

 

「まずは、山崎長徳を崩しに行く。彼奴を波乗らせたら一気に持っていかれる!・・まずは大聖寺川を渡り裏を取るぞ。私と若殿がこちらで挟んで討ち取る!」

 

  「「「はっ!!」」」

 

一斉に散開して山崎長徳に対峙する。そして、鬨の声を上げ仕掛ける。槍衾から一気に太刀で切り込む白兵戦となる!

 

 「掛かれぇーっ!」

           

          「斬り込めー、逃すなー!」

  

     「倒せー!突貫で大将首を狙えー!」

 

局地的に兵を仕掛け山崎長徳の隊を少しずつ切り崩す。長徳本隊の隙を生み出せたら、一気に突き崩す!!

 

針穴に糸を通すような話で、一縷の望みを賭ける作戦だ。しかし多勢に無勢で後詰めも期待出来ない。

取れる戦法も殆ど無い。

 

そこへ、激しい火縄銃の音・・・鉄砲隊!!

 

「ぐぅっッ!!」

 

「があぁ、、、。」

 

次々と鉛玉に討取られる兵達。そこへ更に・・・敵援軍!!

 

「能登勢が大将、長連龍 見参!!二番槍ながらお相手仕る!」

 

前田勢の鉄砲隊と能登からの軍勢が合流。一気に我が山口勢が押し切られ、あっと言う間に次々討取られる。

 

・・・金井殿討死!

 

・・・飯田殿、小田殿お討ち死に致しましたー!

 

修弘様の手勢、そして私の斥候隊の信頼を置いた者達も激しい抵抗戦を行い、前田方前衛部隊を切り崩すが次々と狩取られていく。

 

「くそっ!くそぉぉ・・・お前達、済まない!!・・・こんな、っうう。」

 

「お前は散り散りの味方を集めて戻って来てくれ。私は城へ戻り、父と籠城の支度に掛かる。」

 

「・・・承知、致しました」

 

「お前の気持ちはわかる。しかし、彼奴等も無念であろう。そこを汲んで進んでいくぞ?良いな。」

 

「はい、切り替えて参ります・・・」

 

 

私は、大聖寺城周辺に残存する兵を掻き集め、前田方の小休止し部隊を整える合間に城へと戻る。

帰城間もなく、大殿・宗永様から激が飛ぶ。

 

「良いか、者共!!前哨戦では苦しい展開を余儀なくされた。しかし、この大聖寺城、普請を重ねてまいった。そう簡単に前田の軍勢に破られるヤワな造りはしておらん!!城から前田の奴らをキリキリ舞いさせようぞ!」

 

『うおおおぉぉっ!』

 

一斉に鬨の声が上がる!!

 

その頃、城の周囲には続々と前田家の幟旗や能登からの軍勢の幟旗が翻る。

 

そして城攻めが始まる。山裾から次々と前田勢が攻め入り、鉄砲隊の一斉射が撃ち込まれる。

 

前衛部隊を少々切り崩せたところで多勢に無勢・装備の差もある。野戦同様必死の抵抗を見せるが次々と曲輪を攻略され、大殿や若殿の将兵も次々と斃れていく。そして私の部隊も・・・

 

「弓隊江草殿、投石隊藤田殿はお討ち死に!!」

 

先程まで私と共に奮戦していた者達も次々と・・・。

もはやこれまで・・・なのか。

 

そこへ、大殿伝令が側に。

 

「大殿から至急本丸前まで全員引くようにと下知が!」

 

「まことか?まさか、大殿は?!」

 

 

ほんの少しで数えられる程までに減った将兵。まともである方が少なく、みな傷を負い這這の体と言った様だ。

気力も命運も風前の灯火で今にも立ち消えそうだ。

 

そこに、大殿が皆の前に立ち話す。おそらく最期の。否、言うまい・・・。

 

「皆の者、前田勢相手によくぞここまで立ち向かった。誰がなんと言おうが、お前たちは日の本一の兵だ。斯様な将兵や弓馬を持つ大名として立てた事は一篇の悔いもない。本当に皆に感謝する、かたじけない。」

 

大殿は毅然と皆に対して話をした。若殿は涙を滲ませながらも、真剣に聞いていた。そして若殿からも、

 

「城を枕に全員潔く・・・とも、一瞬よぎった。しかし、お前達にはまだまだ先がある。生き伸び・・・生き延びて、いつか山口家を盛り立てる事あれば是非助けてほしい。」

 

 

 

・・・あの後の事を私はよく覚えていない。心が空白となって。いや、虚無となり夢遊病者の様だった。

 

宗永様、修弘様共に自刃し最期を遂げた。首は前田家に差し出され、首実検(敵将の身元確認)後、大聖寺城近くの寺に還され埋葬された。

 

私は、噂を聞きつけ寺で墓守する為に居付いたら、寺の和尚より坊主でもせんか?と持ち掛けられた。

 

ま、乞食にやつれるよりましと思い試したらどうだと。酔狂な和尚も居るものだと思ったが。なかなかに穏やかに残りの人生を過ごせた。斥候隊として散った者たちも含めて祈る機会ができたのは有り難かったな。

 

そうして、私の人生後半は祈る日々を過ごし幕を閉じていった。

 

 

 

ーーそして、月日は過ぎ。日の下にあるとある鎮守府。

 

「多聞丸〜?ねぇ、多聞丸ったら!!」

 

「何だ!!朝から元気だな?!」

 

「いいじゃないの~。それとも何?私がボロボロのヨレヨレでも良いってこと?!大破進撃しても知らないわよ〜?」

 

「そんな事は言っとらん!お前には、何時でも元気で万全にいて欲しい。それに今度こそ・・・な。」

 

「何よ?その含みのある言い方ー?」

 

「お前を“ずっと預かる”者としてお前には必ず生きて欲しいんだ。理屈じゃない何かがあるんだよ。こう・・・な?分かれ(汗)」

 

「ふ・・・ふーん。まあ、ちゃんと見てくれてるって事ね。・・ありがとう。・・・私も、ね。理屈じゃないけど、提督を絶対守りたい。この人は必ず、私達を高みの世界へ引き上げてくれる力がある。共に立たなければ!って思うのよ。」

 

そう、心が訴えてくるんだ。この人と共に歩めと。

この弓と艦載機の矢(江草隊)を携えて

 

「さあ、今日も索敵張りきるわよ!発艦して、見張りも厳にしてよろしくっ!」

 

シュッと小気味よく矢を放ち、偵察機が青空高く飛んで行く。今日も平和な日を願って・・




お読み頂きありがとうございます。
戦国時事を分からないと辛いかなあ(汗)

◎一応、念の為解説
斥候・物見役の5人は、航空隊のパイロットの方々です。江草隊の名前が出た時点でわかりますね。
出身地はバラバラなのです。そこは、フィクション

山口宗永・修弘親子
史実ちゃんと居ました。厳密に言うと豊臣秀吉の部下から、小早川秀秋の与力大名として九州の太閤検地の実務〜朝鮮出兵〜越前北ノ庄城転封まで従った。秀秋がまた転封される際は北陸に留まり、話中の大聖寺城城主として独立大名になりました。

大聖寺城の戦いで戦死。
ただし、山口家は子孫が山陰・松江藩に代々仕え幕末、明治を迎える。子孫は建築や金融、学術等に才能を発揮するものが現れる。

その一人に帝国海軍の司令官、山口多聞がいると言われる。


その他登場武将
大聖寺での戦いに出てきた、伝令先の大名・戦った武将はすべて史実で概ね史実に準じて登場させてます。

丹羽長重︙安土城築城を指揮した丹羽長秀の子供。父は信長の若い時からのワル仲間(笑)。ただ、長秀自身は実直な性格で、軍の備蓄や資産の管理に長けていた

青木一矩︙豊臣秀吉のいとこと言われている。千利休より茶道を習い名物茶器を所有していた

長連龍 ︙能登の豪族。能登畠山氏に使えていた頃は、勢力争いに明け暮れた人物

山崎長徳︙朝倉家→明智光秀→柴田勝家と負け組に仕え続けた運の無い人(笑)そこからは前田利家・利長に仕え息子は豪姫の娘を娶る。父は朝倉家の重鎮だった。
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