アイドルの僕にクール?なファン(姉)が出来ました 作:@naru
「それじゃあ、自己紹介をさせてもらうね。私は
「周音です。よろしくお願いします」
丁寧な言葉遣い、気品のある仕草がより一層綺麗な容姿を強調させる。
私はその姿に思わず息を呑んだ。
「ご丁寧にどうも。私は
「ど、どうも‥‥‥」
初めて交わす会話。自己紹介から緊張が見え見えな最悪の挨拶。
いや、それも無理はないはずだ。
だって、テレビの向こうの遠い存在だと思っていた推しが、目の前にいるんだから。
「ごめんなさいね。うちの美咲とっても緊張しているみたいで」
「いえいえ。周音も朱莉さんの家の目の前に来た時は凄く不安がってましたから」
「ちょ、ちょっと!」
恥ずかしがるように彰さん、もといお父さんの方を見る推し。
可愛い。最高。というか近くで見て思ったけど肌白っ!実際に見る推しはより綺麗だ。
「ふふっ、可愛らしいわね。‥‥‥そう言えば、周音君はアイドルをやっているのよね?」
「は、はい。お恥ずかしながら‥‥‥」
「ううん、とっても似合ってると思うわ。周音君綺麗だしね。美咲は確かそう言うの好きじゃなかった?」
「えっ‥‥‥‥」
母からのいきなりな言葉に思わず硬直する。
い、いや、この状況どうすれば良い。素直にファンですって伝えるべきか?
でも、姉が極度のオタク、しかも推しが弟って引かれない?気持ち悪くない?‥‥うん、きもいわ。
ただでさえ再婚相手の息子が推しだっていう現状を理解しきれていないし、ましてや家族になる?そして弟?幸せすぎて余裕で死ねるんですが。
そんな事はさておき、まずこの状況を乗り切る為に私がファンだということは黙っておくしかない。さりげなくアイドルなんて知りませんよとアピールしよう。
「い、いえ、特にあんまり‥‥‥」
そう私が言葉を発すると、何故か推しの表情が寂しげなものに変わった。
え!?何で!?私、今何か変な事言った‥‥‥?
私は心の中で慌てふためきながら、答えを探す為に思考をぐるぐる回す。
「あら?そうだったっけ。まあいいわ。これから私は彰さんとちょっと話す事があるから、美咲は周音君に家の中を案内してあげなさい。
あ、それと周音君の部屋は美咲の部屋の隣だから、そこも案内してね」
「え‥‥‥これから一緒に住むの?」
回していた思考も中途半端に停止し、驚きの言葉が母から発せられる。
「何言ってるの、当たり前じゃない。私達はこれから家族なんだから」
ま、待って欲しい。一緒に住む‥‥‥つまり、推しと一つ屋根の下で一緒に暮らす。
‥‥‥む、無理無理!幸せすぎて絶対死ぬ!もし、万が一推しから気持ち悪がられてセクハラとかで何か訴えられたりしない!?というかファンに刺されるって!
確かに普通に考えたら家族になるんだし、一緒の家で生活するだろう。
でも、それが推しとだなんて思いもしないし、本当に良いのかとどこからともない不安に押しつぶされそうになる。
「ほら、美咲。行ってきなさい」
「あ‥‥‥うん」
私は急かされて反射的に席を立ち上がり、色々な感情が入り乱れる中、推し‥‥もとい私の弟、周音君も同じく立ち上がって、歩を進める私の後ろをついてくるのだった。
◆
どうしてこうなった。それが今の現状に対する素直な私の気持ち。
私は今、推しと家の中を一緒に歩いているのだ。
いまだにこの現状を受け止めきれないが、正直凄く嬉しいのは確か。推しと生活できるなんて夢のまた夢だし、朝から推しの顔を拝めることが出来るなんて最高過ぎる。
だが、一介のファンにすぎない自分には有り余る幸せだ。
他のファンから妬まれるのは当たり前だろうし、大きな嫉妬も得ることだろう。
だからこそ、私はこの事を他人には隠さなければならない。
まあ、私自身この幸せをしっかり噛み締めますけど。ええ。
「あの‥‥少し良いですか?」
後方から困ったような声音が私に向かって飛んでくる。
私は即座に振り返って、どうしたのと推しに向けて言葉を返した。
「その、呼び方をどうすれば良いかなって」
ああ、呼び方。ふーん。そうですか。
‥‥‥どうしよう。
実際、滅茶苦茶お姉ちゃんって呼ばれたいのは事実。
もっと要求するなら、美咲お姉ちゃんとか。
いや、いきなりそんな要求をするのはキモいか?そういうのはもっと仲良くなってからで‥‥‥など様々考えた結果、私はこう結論付けた。
「好きなように呼んでもらって大丈夫」
こういう時に笑顔で返せたら推しもきっと安心できるだろうけど、私の表情はきっと変わっていない。
そんな私の言葉に、そうですか、と返事を返され、推しは考える素振りを見せた。
悩む推しの姿も可愛い‥‥‥なんて変態のような思考を回していると、何やらポツポツと呟くような声が聞こえてくる。
「‥‥‥姉さん、お姉ちゃん‥‥‥うーん、これかな」
恐らく候補を考えていたであろう言葉は止まり、呼び方が決まったのか、推しは顔をあげて私の方へ視線を向けた。
「では、美咲姉さんと呼ばせてもらっても良いでしょうか」
「おふっ‥‥‥‥」
推しの狂気的な言葉に私は思わず近くにあった壁に倒れかかる。
「えっ、えっ‥‥‥!?」
そんな私にびっくりすると同時に、推しは心配するように此方へ駆け寄って来た。
突然の名前+姉さん呼びはダメージが高すぎる。可愛い、清楚といった推しのイメージぴったりのクリティカルヒットだ。
ああ、推しの顔も目の前にあって困った顔がそそ‥‥‥るじゃない。何をやっているんだ私は。
「ご、ごめん、もう大丈夫だから少し離れて」
三途の川一歩手前というところで冷静さを取り戻し、私は幸福感とどこか疲れに満ちた身体を起こして立ち上がる。
その姿に推しは安心したのか、ほっと息を吐いた。
だが、その表情は未だ心配を含んだ寂しげなものに見える。
「あの‥‥もしかして、何処か具合でも悪いんですか?」
私が倒れた事で体調が優れないと思われたんだと納得しながら、それを否定するように言葉を返した。
「ううん、そんな事はないから大丈夫」
「そうですか。それなら良かったです。美咲姉さんが急に倒れてしまったので」
「っぅ‥‥‥そ、それは本当にごめん」
美咲姉さん呼びに少し震えながらも、確かに目の前でいきなり人が倒れたら扱いに困るし、驚くのも無理はないと納得する。
まあ、原因は貴方なんですよ。なんて言える訳ないけど。
「今呼んでしまったんですけど、呼び方、美咲姉さんで大丈夫ですか?」
そう言えば答えを言っていなかった。
美咲姉さんというあまりの破壊力に倒れてしまったから、って思い返すと本当に何をやっているんだ私は。
これじゃあただの
でもまあ、考えたら姉弟間で名前+姉さん呼びなんて別に変な事でもないし、推しにとっての姉というイメージはそう言う物なのだろう。
こっちにとってはただの得だし、どこにも拒否する要素はなかった。
「うん、大丈夫」
私がそう言葉を返すと、何故か推しの表情が怪訝なものへと変わった。
「本当ですか?」
それと同時に、推しは鋭い言葉を放つ。
そこには不安が混じっているようで、視線を下に下げていた。
「あ、いやっ‥‥す、すいません。表情がずっと変わっていないので、あんまり良く思われていないのかと‥‥‥」
やはり私は今日推しと出会ってから一度も笑えていなかった。
それが推しを不安にさせて、ファンである筈なのに余計に不安を助長させてしまっている。
でも、表情に出ていなくてもこうして推しと会話が出来て、嬉しい、楽しいと思っているのは本当だ。
だが、それを相手に上手く伝えられないのが私。
こんなんじゃダメだ。私はこれから姉という役割を担う。
弟を不安にさせては推しの活動にも支障が出て、たくさんの人に迷惑をかけるかもしれない。
だからこそ、私は変わってみたい。私は変わりたい。
私は‥‥‥変わらなければならない。
「全然そんな事思ってないよ」
「そうですか‥‥‥?」
「ほら見て!この顔!凄く嬉しそうだから!」
「いや、表情変わっていな—————」
「本当に嬉しいの。君が来てくれて、弟になってくれて、家族になってくれて。私は君と仲良くなりたいと思ってる。確かに、私は感情を表に出すのが苦手。だけど、嬉しかったし仲良くなりたいのは本当。だから‥‥‥‥だ、駄目でしょうか」
こんなに熱っぽく喋ったのはいつぶりだろうか。
ずっと前から諦めていた事。私は感情表現が出来ない。
不器用で、無表情で。
けど、変わろうと思えた。その力になってくれたのはやっぱり君だった。
「ふふっ、何だか面白い人ですね。美咲姉さんは」
私の変な所を見たからか、嬉しそうに柔らかい笑みを浮かべる推しの姿が神々しく見えた。
心の中では『ああ、お、推しが笑ってる‥‥!』というオタク全開なリアクションをしている。残念ながら私の心の中にツッコミ役はいない。
そんな側から見たら馬鹿馬鹿しい事も、目的の場所に着いたことで一瞬にして記憶から消し去られた。
「あ、え、えっと、ここが‥‥‥‥君の部屋ね」
そう言えば、と思い出したように私はあることに気づく。
推しから呼ばれる名前は決まったけど、私から推しを呼ぶ名前は決まってない。
それ故言葉が詰まってしまい、あやふやな伝え方となってしまった。
まるでバレバレ、そう言いたそうな笑みを浮かべる推しは私の考えを見透かすように口を開いた。
「僕のことは周音で良いですよ」
「ん、んんっ!!」
あまりの衝撃に声が上擦り、思わず動物の鳴き声のような声を出してしまった。
推しを目の前にして呼び捨てなんてオタクの私には最初からハードルが高すぎる。まだ君付けなら良いけど、ファンの自分からしたらそれでも名前呼びは歳とか関係なく恐れ多く感じてしまうのだ。
「あ、ああ、あまっ‥‥‥‥うっ」
うん、やっぱり呼び捨てなんて無理。もう壊れた機械みたいになるんですもの。
「ふふっ、どうしました?」
そんな私を揶揄い、加虐心を秘めたような表情を作る推しが艶っぽく見えて心臓の鼓動が速くなってしまう。
Sな推しも良い。グッド。
とまあ、そんなことは置いといて、ここで呼び捨てはちょっと許してもらって少し妥協してもらうしかない。ファンの自分に呼び捨てはきついです。
「あのさ、周音君じゃダメかな‥‥‥?」
ちゃんと下の名前を言えただけ偉いと自分を褒め称えるが、推しが良いと言ってくれた呼び捨てを無碍にしてしまうことに罪悪感と不安を覚えてしまう。
だが、そんな私の感情はどうやら杞憂だったようだ。
推しは私がそう言うのを分かっていたように柔らかい笑顔を浮かべた。
「ええ、構いませんよ。でも、僕は呼び捨てでも構わないので遠慮しないでくださいね」
「う、うん、分かった。ありがとう」
推し、もとい周音君の言葉には『しょうがないですね』と含みを持ったようで、想像した最悪の事態にならなかったことに私は安堵した。
その安堵と同時に本来の目的を思い出し、私はこの場から早く逃げ出そうと言葉をいそいそと切り出す。
「それじゃあ私は部屋に戻るから、何か困ったことがあったら言って」
「分かりました。案内ありがとうございます」
「ううん、気にしないで。私たち、これから‥‥か、家族になるんだし」
自分で言った言葉に恥ずかしを覚えながらも、私はこれからのことを考えて精一杯感情を表に出すよう笑顔を作ってみた。
果たして本当に私は笑えているのだろうか。
こんな事はもう気にしない筈だったのに、やはりこの人の前だと頑張ってみようと自分の中で感情が昂ってくるのだ。
周音君は一瞬何かに驚いたように目を見張る。
しかし、すぐさまその表情は嬉しそうな明るい笑顔に変わり、口を開いた。
「はい!僕たちはその中でも姉弟ですし、これから頼りにさせてもらいますね。美咲姉さん」
その言葉から、私は少しずつ周音君との距離が縮まって来ていると感じ始めるのだった。
◆
至る所に貼られたポスター。数多くの雑誌、水色のペンライト。
まさにザ・オタクといった内装の部屋の中に、ベッドにうつ伏せで転がりながら私は足をバタバタと布団に叩きつけていた。
間近で見ることが出来た推しの笑顔。交わすことが出来た会話。
これからそれが続いていくと考えると、喜悦の感情を抑えるなんて無理だろう。
まあ、その感情はずっと表には出てこないのだが。
あの少しの時間でテレビでは見ることの出来ない表情だったり、少しSっ気があると知れたり、他のファンが見れない知らない物を自分だけが今は独占出来ているという優越感に浸れた。
邪な考えだと思われるだろうが、少なくともファンなら誰でもそう感じるはず。
言っちゃえば好きな女優とか俳優の家族になれた事と同じですよ?それを喜ばない人は恐らくいないだろう。
そんな有頂点の中にいる私を引き戻すように、突如ドアをノックする音が聞こえた。
私はそれに反射的に『はい』と返事を返し、視界に映るドアがゆっくりと開く。
ここで私はミスを犯した。私が返した軽いその言葉が、最悪の事態を招く失態だとも気づかずに、ノックした人物は姿を見せる。
「すみません、そろそろお昼ですし、何か食べ‥‥よう‥‥と‥‥‥‥」
視界に入ってきたのは水色の特徴的な髪。勿論、ノックをして来たのは周音君だった。
周音君は私の部屋に入ってくるや否や、声をどんどん小さくしていく。
その表情からは驚きと何かに困惑するような感情が見て取れた。
私はどうしたのだろうと理解出来なかったのだが、周音君のやや引き攣った笑みから発せられた言葉で最悪の状況に陥った事に気付かされる。
「部屋のポスター‥‥‥凄いですね‥‥‥」
部屋中に至る所に貼られたポスターの中で、一際大きい
そこには、実際の本人の表情とは異なる、柔らかい微笑みを浮かべた周音君のポスターが貼られているのだった————。
≪キャラ紹介≫
○白雪周音
・人気アイドルグループ『luce』に所属する清楚担当の男の娘。アイドルだけでなく芸能界でも活動している。容姿は水色の髪のショートカットに青色の瞳(染めた&カラコン)。華奢な体躯で身長はあまり高くない。
・趣味と嫌いな物は前話参照。
・前世の記憶を持つが情報は断片的な物。性格は温厚で誰にも分け隔てなく接するが、普段から敬語が癖になっているため家族以外にあまり抜けない。
○白波美咲
・アイドルをこよなく愛する生粋のオタク。中でも『luce』が一押しで最推しは白雪周音。
・感情を表に出すのが苦手で常に無表情。周音の存在が近くなったことにより、少しずつ変わり始めている。
・容姿は肩にかかるくらいの黒髪ロング。身長は周音より高い170cm。切長で横に長い目がクールさを醸し出しているが、実際は少し残念なオタク。