Resets   作:敷き布団

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第7話 千聖の失望

「チサトさん、今日も来ないですね……」

 

イヴちゃんの悲壮な声色に、私が歌詞とリズムを間違えたことで演奏の止まったスタジオの空気がまた一段と重くなる。日菜ちゃんは今すぐにでも『つまんなーい』って言い出しそうなほどに部屋の隅に視線を向けているし、麻弥ちゃんも返答に困ったような表情を浮かべていた。

Pastel✽Palettesがあのライブでの口パク露呈事件から立ち直る為にはどうすればいいか。出した結論は、実際に演奏も、歌も、文句なしと言えるまでできるようになって、それをライブでファンの皆さんに理解ってもらうしかない、ということだった。事務所の担当の方ともそういう方向で話が進んでいて、今は活動中止だけれど、各々がレベルアップしようと、スタジオでこれまでとは比にならないほどの鍛錬を全員が積んでいる……はずだった。

休憩時間にスマートフォンを開いて、千聖ちゃんとのメッセージを徐に開けた。舞台の準備で忙しいということは知っている。それでもPastel✽Palettesのために

なんとか時間を作ってくれるとも信じている。それに、千聖ちゃんがこのメッセージを、『一緒に練習して、Pastel✽Palettesを復活させようっ』というメッセージを見ていることは間違いない。けれど、けれども、千聖ちゃんは練習には全く来なかった。

 

「彩ちゃん? なーに見てるの?」

 

「あっ、えーと」

 

急に視界の端からずいっと日菜ちゃんが私のスマホの画面を覗き込んでくる。画面上部に記された『千聖ちゃん』の文字を見て、分かりやすくため息が聞こえてくる。

 

「なんで千聖ちゃん来ないのかなー」

 

「それは……きっと舞台が」

 

「あたしも詳しくないけど舞台のお稽古なんて10数時間ぶっ続けでやることなの? それもここのところ数週間ずっと。まぁPastel✽Palettesの練習に来たくないのは分かるけどさ〜」

 

「……日菜ちゃん?」

 

練習に来たくない? そんなワードに私の頭の中は真っ白になった。

 

「だってつまんないでしょ? るんって来ないし、千聖ちゃんが来たからって変わらないと思うけど」

「日菜ちゃんっっ!!」

 

そんなこと言わないで。私の大好きなPastel✽Palettesのこと、つまんないなんて、言わないでよ。私の大声はスタジオの壁に反響して、程なくしてドアがパタリと開いて、閉まる音が聞こえた。

 

 

──────────────────────────

 

 

あのライブの痛々しい失敗から早いもので数週間が過ぎようとしていた。この頃の私は何事にも身が入っていないように感じられる。

原因は分かっている。Pastel✽Palettes、そして何より楓のことだった。ライブの失敗だって、勿論機材トラブルなんて私のせいではないのだけれど、今思えば楓のことでライブどころではなかった私の心の弱さ故なのではないかと疑ってしまう。楓に励ましてもらってもなお、Pastel✽Palettesの白鷺千聖という存在は自分にとってあって良いものなのかは悩ましかった。けれど、一人の少女の白鷺千聖としての存在はあまりに満たされていなくて、いや、満たされていないというよりもそれまであったはずのものが欠けてしまったというのが正しいのではあるが、そんな自分が惨めでたまらなかった。そんな私に最早残された確固たる己が存在しているのは、女優としての白鷺千聖だけであった。

 

「私はっ……私は……」

 

「カットッッ!!」

 

「……え?」

 

自分では完璧で、行間を見るものに感じさせられるような演技ができていたと思っていたはずが、それは幻想であったことを監督からの鋭い声で悟った。思わずセットの方からその声の主を恐る恐る振り返ると、険しい顔つきを隠そうともしていないようだった。

 

「あのさぁ白鷺君。アイドル? かなんか始めて浮かれてるのか知らないけど、そんなにソワソワして集中できないんだったら辞めたらどうだい?」

 

「え……そんな」

 

アイドル。今の私が一番聞きたくない言葉だった。その話が出た途端現場もソワソワしているように感じられる。まるで、あの時、ライブの舞台でPastel✽Palettesの化けの皮が剥がされた時のような、後ろ指を刺されるような好奇の目と、監督さんからの詰るような目線で、何も考えられなくなってしまった。

 

「はぁ……。白鷺くん! やる気ないならもう帰っていいよ!」

 

「え……」

 

「すみません。うちの白鷺が、体調不良で、申し訳ありません」

 

「全く、マネージャーならしっかりタレント管理しといてよ」

 

だからこそ、そんな唯一残された道である芝居で見捨てられてしまった自分に価値など見出すことはできなかった。自分ではその演技に何か問題があったとは思えない。あの監督と馬が合わなかっただけだ、なんて言い訳をするのだが、それでも稽古でこっ酷く叱られたという事実だけは拭いようがなかった。頭を代わりに下げてくれるマネージャーと監督さんの声が走馬灯のように脳裏を薄くよぎっていった。

それから、そんな暗い気持ちを抱えながら雨の地下鉄で事務所へと向かっていた。もう梅雨に入っていて、天気予報では明日は珍しく晴れるというのに、なんで今日という日に限ってこんなにも強い雨の中、舞台のお稽古で叱責され、挙げ句の果てにずぶ濡れにならなければいけないのか。これから事務所に向かわなければならないというのに。

事務所に向かうといっても、別にPastel✽Palettesの練習に行くわけでもなく、ただ惰性で、呼び出されたから向かっているだけだった。彩ちゃんから毎日のようにメッセージが来ているのは当然知っている。けれど、通知が来るたびに私は、その通知を見ないフリをしようとしていた。今日だって地下鉄に潜る少し前に、ピコンという情けない音と共に画面が光っていたのを確認していたばかりだった。

いつもの如く持ち前の迷子癖は私の意思と関係なく発揮されてしまって、生憎人の波に流されているのであるが、私の心はそんなことも気に留めないほどに疲弊していたのであった。

 

「迷子癖……か」

 

こんな時花音が居てくれたら、なんて考えが不意に脳裏を過って、慌てて掻き消す。そもそも元を辿れば今の私の精神的不調は、花音がその一端を担ってもいた。いや、花音は悪くない。私の親友が、悪いはずがなかった。悪いのは自分の素直な気持ちを抑え込んで、愛する人の前ですら仮面を被ってしまった私なのに。あれから全てが狂っていったのだから。

ああ、自分が嫌いだ。天邪鬼な自分のことが。愛する人に素直に愛を伝えることができない自分が、それに踊らされて無意味な毎日を過ごす自分が嫌いだ。そんな私を耐えがたい慈愛で迎え入れ、嫉妬の炎を私に燃やさせる彼が嫌いだ。

狂おしいぐらい、好きだ。

 

「楓……」

 

苦虫を噛み潰したようなこの醜い顔は、荒れ狂う人群れの中ではきっと誰にも見られることはなかった。だって私の偽りの仮面は、愛する人にさえ見破られなかったのだから。

 

 

 







かけぶ様、あくやまん様、チョーク様、感想及び評価ありがとうございました。おかげさまで執筆のモチベーションがかなり上がっております。本当にありがとうございます。
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