Resets   作:敷き布団

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第9話 Reset

「千聖ー? 起きなさーい」

 

普段は日光を浴びて煌めいている水色のカーテンも今日は朝陽を浴びることもなく、真っ暗な部屋の中で一人目を覚ました。下の部屋から母親の呼ぶ声が聞こえるが、今の私にとっては最早どうでもよかった。

思えばこの数ヶ月、恐ろしいほどの速さで色んなことが起こった。アイドルグループの一員になったり、ドラマのヒロインに抜擢されたり、親友の恋バナを聞いたり。

……私は一気に全て失ってしまった。Pastel✽Palettesは活動休止、ドラマもその影響でオファー取消、そして花音を応援した結果……結果、楓も失った。いや、こんな言い方はきっと良くないのだろう。元から私のものというわけではないし、それらのどれも仕方がないことだった。Pastel✽Palettesの活動休止は機材トラブルさえなければ起きなかった話だし、ドラマのキャンセルだってそれがなければなんということはなかったはずだ。舞台のお仕事だって。……楓は。楓は。

私があの時、アイドルだからなんていうこれ以上ないほどにくだらない理由で諦めなければ、楓だけは私の傍にずっと、居てくれたのだろうか。

三人で朝、登校していた頃が懐かしい。今となっては、とてもじゃないが花音にも、楓にも顔向けできるわけがなかった。

 

「……ん」

 

虚な視界が鮮明になる。枕元に置いていたスマホのブザーに反応したからだった。画面に表示されていたのは。

 

「……楓っ」

 

楓からのメッセージ。そこには一言、『今日の晩、話せないか?』とだけ。

これだけで少しでも気分が晴れてしまう私はなんと単純なのだろうか。単純だろうけども……単純であろうが、私にとって、楓は、神様に等しかった。仕方がないじゃないか。

唯一縋れる存在。けれども、今楓と会ったとして、私は何を話したらいいのだろうか。たわいもない雑談をするのか? それともこの心に溜まって澱み切った思いの丈をぶつけて助けを乞うのか? そのどちらも、まるでできるビジョンが見えなかった。

そんなこんなで葛藤をしていたのだが、答えは出せず、時間だけがただ無常に過ぎていった。家の前で犬の悲しい鳴き声がしたような気がした。

 

 

 

あっという間にその日の晩になって、今も私は近くの神社の石段を登っている。先の楓とのやり取りで、静かなところで話したいと私が伝えると、楓からここの境内で会おうと持ちかけられたのだ。確かにこんな夜遅くともなればまるで人もいないし、社務所も離れていて人気はゼロと言ってもいいほどであった。

楓と会うのはある意味では後ろめたかった。花音に悪いような気がして。けれども、花音が楓と楽しそうな日々を送っていることを想像すると、自分が情けなくて、花音のことが羨ましくて、……羨ましくて。

ぐちゃぐちゃに壊してしまいたくなった。そんな醜い考えを抱いてしまう自分も壊してしまいたかった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

長い石段を登ることへの疲労なのか、はたまた己の過去の過ちを悔いている吐息なのか自分でも分からないほどに頭は沸き立っていた。きっと今の私を誰かが見たら、そこに『微笑みの鉄仮面』などという面影を見出すことはできないのであろう。

スマートフォンの画面を見ると、19:00という時間表示の下に、『鳥居のところで待ってる』と、本当に短いメッセージだけがぽわんと光っていた。本当に……楓らしいメッセージだった。不器用な風に見えて、実際はとても優しい。たった一年ちょっとの付き合いではあるけれど、私が見た楓とは、そんなヒトだった。

その優しさは、用心深い私がこうまで心を開いてしまうほどに無差別で、麻薬の如き毒だった。

 

「もう……ちょっとね」

 

小高い丘になっていて、あと十数段登った角を曲がれば、鳥居の前まで最後の石段があるだけだった。その角の先に、楓は、私が今一番縋りたいヒトが、そこにいる。気がつけば私の視界はあたたかな涙に溢れていて、視界がぼやけている。角を曲がった石段の先、鳥居にもたれかかって木々の枝ばかりの空を見上げる楓がいたが、その姿もどこかぼやけていた。

 

「……楓」

 

「ん、よっ千聖。遅かったな」

 

呼吸を整えて、待ち人の名前を呼ぶ。長い石段は疲弊し切った私の体にはなかなか厳しかったらしい。楓は何も言うでもなく、ただ静かに佇んでいた。

私の目元がやがて乾くと、楓の姿をしっかりと捉えた。

……その瞬間だった。頭の中にここ最近の出来事が急に流れ込んできたのだ。

楓にアイドルになることを伝えたこと。己の気持ちを抑えて花音にアドバイスをしてしまったこと。初披露のライブが大失敗に終わったこと。女優としてすら上手くいかないこと。

……そして、楓を、自分が密かに、誰にも悟られないように愛していたヒトを失ったこと。

さっき絶えたとばかり思っていた涙は気づけば溢れており、その隙間から覗く楓も困惑しているようだった。私とてもう何が何だか分からなかった。

気がつけば心配そうに覗き込む楓を両の腕で抱え込んでいた。それを受け止めるように、楓は私のことを支えてくれていた。

 

「かえでっ、わたし貴方のことが好きっ。どうしようもなく駄目な私を陰で支えてくれる貴方が好きっ、ずっとアイドルだからって我慢してたけどそれじゃダメなのっ。花音も大切だがら応援しだけどっ、やっぱり諦められないのよおっ!」

 

ああ、言ってしまった。言っちゃ駄目だったのに。けれど、我慢することも出来なかった。

 

「……千聖」

 

「アイドルもダメ、役者もダメっ、もう私どうしたら……、私にはっ、もう、楓しかいないのっ……あなたしかいないの!」

 

一度吐き出し始めると、もう止められなかった。何もかも上手くいかない私にとって、ただ一本だけ垂れる糸に縋るしかなかったのだ。それほどまでに、私の心は壊れてしまっていた。きっと楓なら私のことをこの地獄から掬い上げてくれる。……そう、信じていたのだ。

 

ばっ。

 

だから、固く握りしめていたはずの手が、払い除けられたことをしばらく理解できなかった。恐る恐る顔を上げてみると、楓の顔は、震えていた。

 

「……冷静になれよ」

 

「かえ……で?」

 

「アイドルも、女優も、全部千聖が始めたことじゃないか」

 

「えっ……」

 

「約束したよな、最後まで頑張るって。……千聖、お前彩ちゃんとかの気持ち、考えたことあるのかよ?」

 

彩ちゃん……? どうして彩ちゃんの名前が出てきたの?

怖い。怖い。怖い。楓が紡ぎ出す言葉をもう、聞きたくなかった。

 

「最後までやりきれよ! お前は、一人じゃないんだから!」

 

どうして? 私はもう……。動悸が収まらなかった。楓のことを恐る恐る見上げると、楓も少し息を整えて、言葉を探してるようだった。

 

「……それと、ごめん。千聖の気持ちには答えられない」

 

「……あっ」

 

嫌だ。聞きたくない。

いやだ。ききたくない。

いやだ、いやだ、いやだ。

いやだ……。

 

いや……。

 

「俺には、花音がいるから。だから、……ごめん」

 

「いやあぁぁぁぁっっ!!」

 

ああ。もう何も分かりたくない。私は本当に全部失ったんだ。

楓のことも。

それを理解するのが怖くて、脳が全てを放棄しようとしていた。私は、もう……。

 

刹那、視界がぐにゃりと曲がる。曲がるだけではなく、ぐるぐると回転し始めた。

……ああ、このまま、消えてしまえれば楽なのに。全部全部壊れちゃえば楽なのに。ふわりと浮いた体は、ドサリと地の底へと落ちていった。

 

 

ああ、この世界って残酷なのね。

 

楓は残酷だった。けれども楓は悪くない。全て悪いのは私で、私は壊れて当然だったのだ。それでも楓は残酷だった。

 

 

……けれど、どうしようもなく、愛おしかった。

狂おしいほどに私は楓のことを愛していて、それは不変であった。

 

楓、私はずっと……、ずっと、貴方のことを愛しているから。

 

ああ……。

 

 

 

アイシテル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

R E S E T

 

 













一般学生C様、評価していただきありがとうございました。
まるで最終回のような雰囲気になっていますが、まだまだ続きます。が、一応一区切りということになります。よろしければもう少しお付き合いいただければ幸いです。
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