Resets   作:敷き布団

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第11話 各々の昏迷

あれから、実に2ヶ月ほどが経った。私は、楓からの言葉を胸の奥に大切にしまって、またアイドル活動に邁進、いや、心をすっかり入れ替えてPastel✽Palettesの一員になるべく歩み始めた。私が怪我をしていたことなどは、活動自粛の期間も相まって世間に知れ渡ることなく済んだ。

私は、今一度Pastel✽Palettesという、私の居場所に真正面から向き合うことにしたのだ。彩ちゃんの直向きな心に触れた私は、このPastel✽Palettesと一緒にまた復活しようと、そう誓った。そして、何事にも本気で、全力で向き合う、そう学んだのだった。

そうして、Pastel✽Palettesは復活した。最初はみな、一度口パクに当てふりというアーティストにあるまじき行動をした私たちに見向きもしなかった。しかし大雨の中、復活ライブのチケットを手売りしながら地道に誠実なアイドルになったことを訴え続けて、なんとかまたアイドルの道を歩んでいけることになったのである。もちろんそこでは私の力など微々たるものだった。むしろPastel✽Palettesのみんながいたからこそ成し遂げられたのだった。

 

……けれど、私がこうやってめげずに頑張れたのは楓がいてくれたからだった。楓が、あのとき私と本気で向き合ってくれたからであった。だから、私は楓が目を覚ました時、胸を張ってPastel✽Palettesの白鷺千聖であると言えるように、がむしゃらに厳しい芸能界を生き抜いてきたつもりだった。だから。だから……。

 

 

「あなたは……誰ですか?」

 

「……えっ」

 

私は、絶望した。

一つ一つ大切に並べたドミノが全て倒れ去るように。一瞬にして、全てが崩れ去っていった。

楓は、記憶を失ったのだ。

 

 

 

暫く楓の病室で呆然としていた。あの石段からの転落での怪我から目を覚ました楓は、今の状況がやはりあまりよく分かっていないらしく、顔の動かせる範囲で部屋の様子を眺めているようだった。どうやら何回か私にも声をかけられていたような気がするのだが、私自身でさえ今の状況を冷静に把握することが出来ないあまり、暫く反応することが出来なかったのだ。

 

「あの……あなたは?」

 

何度目かの問いかけに私はハッとして、楓の顔を見る。全てを飲み込まんばかりの純粋無垢な表情。かつてその甘さに溺れてしまった楓の姿にまたも溺れそうになりながらも、決別の意思を込めて、私は返事をした。

 

「私は……白鷺千聖。あなたの'友人'よ」

 

私はこの、己の成した罪と向き合わなければならないのだ。

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

「友人……」

 

「ええ、あなたは私にとって大切な友人なの。……ごめんなさい、少し席を外すから、代わりに花音を呼んでくるわね」

 

「花音?」

 

「ええ、あなたの彼女、恋人よ」

 

それだけ言い切ると、白鷺千聖と名乗るそのプラチナブランドの少女はスタスタと部屋を出ていこうとする。振り返った瞬間に靡いたその髪がどこか憂いを帯びているような気がして声をかけようとしたが、何を聞けばいいのかすら分からず閉口しているうちに、ドアは閉まっていた。

閉まったドアを眺めて少し経っただろうか、急にガラリと音を立ててそのドアが開く。ドアの先に立っていた少女は走ってきたのか息が荒く、薄水色のポニーテールを跳ねさせていた。その少女は息を切らしたまま俺のベッドのそばに駆け寄り、俺の肩は突然抱きしめられた。

 

「えっと……」

 

俺が何かを言おうとしても、その人は俺を抱きしめたまま離そうとしなかった。とても暖かい抱擁であったが、僅かながらの違和感を感じた。それはかつてその抱擁を体感したことがあったから故なのであろうか。その少女の抱擁は固く、けれど震えを持っていた。まるで何かに恐れているように、慄いていたのだ。

 

「楓くん……」

 

その少女が辛うじて発した声は俺の名前だった。おそらくさっきの千聖、が言っていた花音という少女が、彼女なのだろうか。すなわちこのヒトが俺の恋人——。

 

「楓くんっ、無事で良かった、良かったよぉ!!」

 

俺の中途半端な思考を遮るように劈く少女の声。その可憐な見た目とは裏腹にかなり大きく、響くような発声だった。しかしこれは……揺さぶられすぎて。

 

「あの……苦し……」

 

「あっご、ごめんね?! えっと……とにかく良かったぁ……」

 

目覚めたばかりの体にはしんどい揺さぶりを伝えるとその少女はなんとか落ち着きを取り戻してくれた。先の千聖といい、その反応を見るに俺は相当長い期間眠りについていたらしい。

 

「それで……あなたが俺の、恋人……?」

 

俺が疑問形でそんな言葉を伝えると、その少女は徐にこちらの顔を覗き込んだ。

 

「えっうん、そうだよ? ……どうしたの?」

 

まるで見たくもない現実を恐る恐る確かめるかのようにその問いを投げかける少女ではあったが、俺は、その問いにはこの問いを投げかけるしかなかった。

 

「……あなたが、花音さん? ですか?」

 

「あ……」

 

時が止まったように静けさを取り戻した部屋、時が止まったように、俺たちは互いの顔をただ無言で、どれだけの時間か分からないけれど、見つめ合った。その静寂を打ち破ったのはまたしてもドアの音だった。

 

「はぁっはぁっ……待って花音……まだ伝えられてないことがっ」

 

先程の千聖と名乗る少女、その少女もまた息を切らしてこの部屋に飛び込んできた。花音と呼び掛けられた水色の髪の少女は俯いていた顔を上げて、振り返った。振り返った時に靡いた髪の毛の隙間からこちらを除いたのは、その髪を体現したかのような哀しみの涙のようだった。

 

「千聖ちゃん……楓くんがぁ……」

 

俺からしても、飲み込めない状況にどうすればよいか分からず、口を開くこともできなかった。おろおろとする俺を横目に、千聖は泣き噦る花音を抱きとめつつ苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。

 

「……ごめんなさい。貴方も落ち着く時間が必要でしょうし、じきにお医者さんもくるからそちらから詳しい話を聞いてくれるかしら?」

 

「あっ、はい」

 

「私たちも少し動転しているの、ごめんなさいね」

 

そして花音に肩を貸してなんとか立たせると、慰めの言葉をかけながら二人揃って部屋を出ていってしまった。それについて考える間も無く、続けて入ってきた病院の関係者との話が慌ただしく始まったのだった。

 

 

 

──────────────────────────

 

 

 

「ひぐぅっ……うぅ……」

 

楓くんの病室を千聖ちゃんに支えながら抜け出して来た私たちは、病棟の端っこにある休憩スペースのベンチに腰掛けた。明るい緑色にふわふわのベンチはまるで惨めな私を嘲り笑うようだった。

 

「なんでぇ……なんでっ」

 

止めどない涙を拭うでもなく自分の無力さを嘆いていた。千聖ちゃんは背中をさすってくれて、それでいてただ無言でいてくれた。その優しさについ当たってしまいたくなってしまった私は酷いやつなのかもしれない。

 

「うぅ……」

 

「楓は、……多分だけれど記憶喪失になっているのね」

 

なんとか痙攣を起こす息が徐々に落ち着いてきた頃に、千聖ちゃんがゆっくりと口を開いた。記憶喪失。もちろん医師の診断をまだ受けたわけではないから確定はできないのだろうけど、その文字列を疑わないわけにはいかなかった。

楓くんが目覚めたと聞いて、一気に絶望の淵から這い上がったつもりでいた私の心は、一番会いたかったその人に会った結果、また絶望の底に叩き落とされたのであった。なんと惨めな話だろうか。約2ヶ月もの間楓くんの目が覚めるのを待ち望んだ結果は、ずっと待ち望んだ楓くんが、私のことを何一つ覚えていないという残酷な結果なのであった。

 

「……楓くんの記憶、戻ってくるのかな」

 

「ごめんなさい。私には……そこまで分からない」

 

千聖ちゃんに聞いても到底分かりようのないような疑問を投げかけてしまった。お医者さんに聞いてもいつ戻るかなんてきっと分からないだろうに。なぜ? なぜという疑問が次々と、次々と私の脳内に溢れかえってきた。

……あぁ、これは私は聞きたくなかったのに。けれど、この哀しみに侵された脳味噌は操り人形のような私の口に指示を与えてきたのだった。

 

「ねぇ千聖ちゃん。……二人が石段から落ちた時、何があったの?」

 

途端に凍りついた空気。千聖ちゃんの顔も一気に強張った。ああ、やはり聞いてはいけなかったのだ。けれど聞かざるを得なかった。何かのせいにしないと、自分の心を保てそうになかったのだ。

 

「……花音、ごめんなさい」

 

しばしの沈黙の後、千聖ちゃんはその言葉とともに深々と頭を下げた。その沈痛な言葉の節々から千聖ちゃん自身の悲痛を感じた私は、その質問をしたことを激しく後悔した。

 

「私、何も上手く行かなくなって、あの夜楓に助けを求めてしまった。……けれど……けれどっ、楓はっ……」

 

千聖ちゃんはその大粒の涙を必死に堪えようとしていたが、もはやそれを止めることは出来なかった。それに、私は千聖ちゃんを責めることなんて、出来なかった。

……それは、……もしかしたら、もしかしたら千聖ちゃんも楓くんのことが好きなんだって、ずっと前から覚悟はしていたから。

 

「私が自暴自棄になってっ、落ちそうになって、なったらっ、楓が私のこと庇ってぇっ」

 

千聖ちゃんが紡ぎ出す懺悔の言葉を責めることなんて私には出来ない。責められるべきは私の方だったのかもしれないのだから。きっとこれは運命の悪戯だったのだ。神様が意地悪なだけだったんだ。

そして、悪戯好きな神様に泣かされた私たちは、日が完全に暮れてしまうまで泣き合ったのであった。








春採 慎吾様、nozo1101様、感想を残していただきありがとうございました。感想でフィードバックをいただけるととてもモチベーションも上がりますし、多様なストーリーの考察が出来て興味深いので、よろしければこのように感想をいただけると幸いです。
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