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クラスの喧騒から半ば逃げるようにして、すっかり葉桜となってしまった木々の下を抜けて校門を出る。別に逃げるようにしてと言ってもボッチだとか登校拒否だとかそういうわけではない。もし仮に俺が登校拒否になったとしても千聖にきっと無理やり叩き出されるだろう。ただ、なんとなくそういう煩いのが今は鬱陶しく感じたのかもしれない。
うちの高校の生徒がよく使っていそうな校門の前の自販機の前を歩きながら、ふとなぜ俺がそんなセンチメンタルな気分に沈んでいるかを考えてみた。原因というものを考えてみてもそんなに思い当たる節があるわけではない。
「……千聖と花音か」
去年は機会があれば一緒にカフェに行ったり、二人の遠出について行ったりと、仲良くしていたような気のする俺たち三人だが、最近は集まったりする機会も何もなかった。朝に一緒に学校に行ったりすることも減った。なぜか千聖は甲斐甲斐しく朝に起こしにきたりとありがたいことに世話を焼いてくれるで会うことも多いが。
それでも俺は千聖や花音の通う花咲川に通ってるわけではないので、二人に学校内で会うことは無い。千聖は以前言っていたアイドルバンドの結成や舞台が忙しいらしく、花音もなんだかちょっとヤバそうな集団の一員となってバンドを始めたということらしい。しばらく顔を合わせることもないが、二人とも大丈夫だろうか。
飲み干したオレンジの缶ジュースを自販機横のゴミ箱に放り投げて入れようとしたが、どうやらこういう悩んでいるときは上手くいかないらしく、缶は一度では入らずにカコンと音を立てて道路に落ちてしまう。
なんとなく、なんとなくだけれど、自分は寂しいのだろうか。少しわがままかもしれないが、形の差はあれだバンドという共通の何かに向かっていこうとする親友二人に置いていかれているようで寂しいのかもしれない。
置いていかれることが寂しいからと言ってバンドを始めるような気概も才もなく、悩みなんか全部見たくなくて、潰れた缶をゴミ箱の中に叩きつけてしまった。
「楓くん」
「……えっ、花音?」
ゴミ箱の中に叩きつけられた缶を見下していると、不意に背中から弱々しいけれど、芯の通った声がかけられた。花咲川の制服を着た花音だった。
「やっぱり楓くんだったんだね」
花音は安心したような表情を見せると、わかりやすく息をついた。
花咲川から俺の高校までは一駅とまでは言わずともそこそこの距離があった。家からの方向こそ大体同じなのだが、その距離にすると徒歩でも30分はゆうにかかる。そして何より俺は。
「よく、迷わなかったな」
「ええっ?! 気にするところそこなのっ?!」
ある意味今日は吹雪にでもなるんじゃなかろうかという心配がおこったが、それはひとまず置いておくことにした。
「……それで、急にどうしたんだ?」
「えっと……話したいことがあって」
花音の顔には一抹の不安を孕んだ暗さと、落ち着かないような焦燥感が見て取れた。どうやらここで立ち話というわけにはいかないらしい。
「とりあえず、歩きながら話すか」
「うんっ」
葛藤と戦わせた缶を捨てた自販機の近くを後にして、まだ下校する生徒も殆どいない通学路を二人で並んで歩く。三人で登校することはあっても、こうやって花音と二人きりということはあまりなくて、正直自分もどこか居心地が悪かった。何か話題のネタを探して話を振っても、その話題は数十秒でなくなってしまって、またネタを探しての繰り返しだった。
「今日、いい天気だよな」
「うん、そうだね」
こんな感じに。いや、わかっている。こんなクソみたいな会話のネタでそんな長いこと間が持つわけがない。ないのだが、花音から出ている決意に満ちたようなオーラに当てられたせいか、全くと言っていいほど頭が働かないのだった。
結局話すネタなんて思い浮かぶこともなく、花音から話題が提供されるなんて幸運もなく、気がつけば川沿いの堤防、すっかりピンクの桜の散って緑の葉だけになってしまった桜並木の下まで歩いて帰ってきてしまっていた。それでも花音から出るその独特な雰囲気は終わることがなく出続けていて、あまりにもその居心地の悪さに俺のメンタルは限界を迎えてしまった。
「……なぁ、花音。話ってさ、なんだよ」
これ以上にない、今までの疑問を単刀直入に聞いた質問。これだけが本当は聞きたかったのだ。今日の天気の内容など本当にどうでもいい、これを聞くために必要な心の準備でしかなかったのだから。
これを聞いた瞬間花音の表情はまた一段と翳りがさして、どうしようもない申し訳なさともどかしさが一層募るばかりだった。
「話、というか聞きたいことかなぁ?」
「……聞きたいこと?」
「この間、この下の道で女の子と帰ってたよね?」
「……この間」
ここ数日の中で、この付近の道を歩いた記憶を掘り起こす。この堤防の下の道の住宅街で誰か女の子と一緒に帰っていたことと言えば、思い当たることが一つあった。
「……あぁ。あの時かな」
「えっと、聞きづらいんだけど、その子はどういう子なのかな……?」
「まぁ、クラスメイトだけど」
不安そうにこちらを見上げた花音にたじろいでしまったが、別にあえて隠すようなことでもないのでありのままに話すことにした。
「クラスメイト?」
「そう。なんか一緒に帰ろうって言われたからさ」
「そっか……」
「それで、告白されたからどうしよかなって」
「……えっ」
「だから告白されたからどうしようか返答を悩んでるって」
聞こえなかったのか、それとも驚きの声をあげたのか。告白の事実を二度も言ってから感じたのだがこれを花音に言うのはどうなんだろうか。花音なら俺がどうすべきかも知っているのだろうか。
「……つまり、まだ返答してないってことだよね?」
「ん? まぁ、うん、そうだな」
そう答えた瞬間、突然花音は俺の手を取り、強く握った。驚きのあまり俺は花音の顔を見つめたのだが、花音の顔は覚悟に満ちた表情をしていた。
「ねぇ。私ね。幼馴染、やめたいな」
「……は?」
花音はそのままよく分からないことを言い始めた。幼馴染をやめる? どういうことだ? そんな疑問に答えられるほど俺の脳内は整理されておらず、ただ花音の険しい表情を見つめることしか出来なかった。
「……どういう」
「私ね、楓くんと小さい頃からずっと一緒で。迷惑も沢山かけたけど、楽しい思い出がいっぱいで、ずっとそれで良いと思ってたの」
「……うん」
「私臆病だから……。それがずっと続けばいいと思ってた。怖かったんだ」
「一体何が」
言いたいんだ。そう聞こうと口を開いた瞬間花音はこっちに向き直ってより一層俺の手を強く握りしめた。
「楓くん、大好き。私嫌だよ、楓くんが他の人と一緒になるところなんて、見たくもないし、想像もしたくないよっ」
「……花音」
「だから……だから……私じゃだめかな。ずっと私、幼馴染に逃げちゃったけど、これから恋人として、そばにいちゃだめかな」
花音の真剣な告白は、俺に少しの戯言も許すことなく、俺の心を一心に撃ち抜いてきた。花音の淡水色のサイドテールが、揺れることなく止まって見えた。
「花音、俺は——」
「んっ……」
唇に柔らかいものが触れた瞬間、何も考えられなくなった。一瞬で視界が埋まりきった。自分がキスをされたのだと分かったのはしばらく経った後の事だった。
「……これが、私の気持ちだよ」
「あぁ」
「もしね、楓くんが私の気持ち、受け止めてくれるなら今日の夜私の家に来て欲しいな。……うん。それじゃっ」
花音は甘い残り香と柔らかな感触だけを残して、走り去ってしまった。後に残された俺はその後ろ姿を追うことなんて出来るはずもなく、ただ呆然と、自分に何が起きたのかと、心を落ち着かせることだけで精一杯だった。