いよいよ当日を迎えたPastel✽Palettesのデビューライブ。舞台袖からこっそりと観客席をちらりと見たが、一部分しか見えないにしろ大量のお客さんが見えた。直に見えないだけで、その大観衆の熱気は、少し離れた舞台袖にまで伝わってきており、それを感じ取った彩ちゃんは緊張に震えていたのが一目瞭然だった。……なんて冷静に分析できる余裕は私にもなく、かくいう私自身も震えが止まらなかった。
「あっはっは、彩ちゃんおもしろ〜い! ブルブルしてる〜!」
「だ、だってぇ……あう」
変な胸騒ぎがするのは、私がここまで震えているからであろうか。胸騒ぎというよりも、何かを私は恐れていた。私にとっては、最早目の前にあるライブのことなんて眼中にもなかった。頭に浮かぶのはただ楓のこと、そして花音のことである。その二人が私のことを掻き乱して仕方がなかった。
「千聖さん、大丈夫ですか?」
「……ん、えぇ、麻弥ちゃん大丈夫よ。ありがとう」
けれどステージに出たら私は'白鷺千聖'でしかない。Pastel✽Palettesの白鷺千聖、アイドルなのだ。天才子役として名を馳せた私がこのアイドルというステージに呼ばれたからには、そのアイドルという仮面を外してはならない。私がこれを外すことなど許されない。
「大丈夫ですっ! ブシドーの心で乗り切りましょう!」
「ふふっ、ありがとうイヴちゃん」
私にとってのPastel✽Palettesってなんなのだろうか。
なぜ私はアイドルを、ひいては芸能人なんぞやっているのだろうか。
どうして楓の隣にいるのは、私じゃないのだろうか。
そんな決して外に出すことのできない疑問を抱えたまま迎えた初ステージは、突然、音が止まってしまった。機材トラブルで音源が止まってしまったのだ。当然の如く口パクや当てフリなんてバレてしまい、私たちの初ステージは失敗に終わった。
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久しぶりに3人で向かう学校。あの忌々しいライブから一夜明けて、ネットではPastel✽Palettesは大炎上し、私たちの活動の中止が決まった。まぁこのこと自体はやむを得ないだろう。あれだけ批判されている中で活動を続けるなど無策がすぎる。私とてこんな中で活動したくはない。それどころか私の役者人生にこれ以上泥を塗るぐらいならいっそアイドルなんて辞めてしまいたかった。
本音を言えば学校になんて行きたくないし、楓や花音と顔を合わせたくもないし、ずっと家で静かな時間を過ごしたかった。しかしそれを許してくれるわけではなく、諦めていつもより早い朝の時間に家を出ると、私の足は無意識のうちに楓の家に何故か向かっていた。
何故だろうか、惰性でついつい起こしにきてしまったのだろうか。ここの役目はこれからは花音の役目であるだろうに。
「……楓、起きなさ……え」
「おはよう、千聖」
部屋の壁にかかるアナログ時計はまだ朝の6時半を指している。いつもであれば楓が起きているはずがない。
「どうして……、今日は、早いのね」
「千聖が、来てくれるかなと思ったからさ」
「……えっ?」
私が来るから、どういうことだろうか、すぐには分からなかった。けれど、私の鬱々としたその気持ちは次の楓の言葉で一転することになった。
「……ライブ、お疲れ様」
「……うん」
「……こっち来いよ」
「え」
「いいから」
楓に言われて、私はゆっくりとベッドの方に歩み寄る。
「あっ……」
「……頑張ったな」
「……うん」
なんでそんなに優しくするのよ、貴方には花音がいるでしょう、なんて到底言えるはずがなかった。私のしょうもない、ズタズタにされたプライドや、世間からの目で傷ついた私の心はあっという間に潤わされてゆき、枯れ果てたと思われた心は一気に水が通ったのだった。
温かい。楓の抱擁は言葉に言い表せないほどに温かく、優しいものだった。何を言うでもなく、こいつは、私が欲しいものをこれでもかと言うほどにピンポイントでくれたのだった。けれど、それは私にとって毒でもあって、'白鷺千聖'にとっても毒であった。そして、それでいて、先を悩む私に何か道を差し伸べてくれるわけでもなかった。
「……俺が、千聖からPastel✽Palettesの話初めて聞いた時何言ったか、覚えてるか?」
「確か……、『とりあえず頑張れ』、とかだったかしら?」
「……あぁ。そうだな。俺にはアイドルのこととか、苦労とか詳しいことはやっぱり分からないけどな」
「……そうでしょうね」
そうでもなかったら、『頑張れ』などという無責任な言葉がどうして出てこようか。少し憎らしく思えるのに、どうしてか私の目は、斜め上を見上げて言葉を探している楓の、淡い瞳に釘付けになってしまっていた。
「俺はさ、千聖が直向きにアイドルに向き合ってる姿、好きだぞ」
「……そう」
その『好き』って、私に向けていい言葉なの? 貴方にとっての白鷺千聖は一体どちらの白鷺千聖なのかしら。私にはその問いに対する答えなど出せるはずもなかった。
「だからさ、まぁ、やり切ってみろよ。アイドルをさ」
「……うん」
溺れてしまいたいほど甘いのに、その甘さを堪能しようという頃にはどうしようもなく苦くなっている、そんなどっちつかずのままであるぐらいであれば、むしろいっそのこともっとはっきりと突き放して欲しかった。けれど、それを求められるほど、この生温い抱擁を拒むことが出来るほど私の心は穏やかではなくて、そんな不確かなものでも拠り所が欲しかったのかもしれない。
楓、貴方にとっての私って。貴方の望む私って。どうやったら私は、貴方の望む'私'になれるの?
そんな卑下しようのない馬鹿馬鹿しい問いに答えてくれるものなど、誰一人としていなかった。
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