彼女は考えていた。牢で見つけたメンシス学派の本もそうだが、艦娘たちの様子が明らかにおかしい。先日まであの4人と一緒に過ごしていたはずだ。それに前日の昼間も人形っぽさはまるでなかった。訓練されているというならそれでしまいだが、となれば昨晩のあの見張りが不自然だ。あの4人の様子を見れば少人数のグループであれば私語があるはずだがあの二人にはそれがなかった。しかし考えたところで行きつく先はただ不自然だということ。大体、結論を出す目的がなかった。
持ってきた数冊の本はどれも上位者の作り方について書かれていて、うち一冊は手記であったが中身が英語だったのであっちで書かれたものではない。中身も特筆するようなことではなかった。この本の中身で何か進展したことはなかった。むしろ〝あった″ということが進展だ。
暁を見て久々に思い出したレディというものを意識しながら彼女は紅茶を一口飲む。彼が本を欲してきたので一冊渡した。が、数ページめくるとすぐに返してしまった。彼は聡明ではあるがこうした考え事は得意ではない。上位者なんてのはただ狩る対象でしかないのだ。彼女も小説は好きであるがレシピを見たって何の面白みもない。それでも嫌も押し込んで読んでみたがそうやって読んだものが頭に入るはずがない。というか内容は前に読んだものと一緒だ。彼女はペッ、と本を机の上に投げ出した。ぐぐっ、と背を伸ばして右を向いた。花園を囲う柵その先。霧ががった下界から天に向かって幾本も突き出す黒い柱。一度もあれを気にしたことはないがいざ意識して思うとアレは何だろうと思う。しかしアレは何か、と彼に問うても首を横に振るだけ。周りは知らないことばかりだ。
百聞は一見に如かずという言葉がある。簡単に言って見たほうが早いという意、こうやって分かりもしないレシピやどこぞの誰が書いたか知らない日記を読んであれこれ考えるよりあの梯子の下を見るほうが早いだろう。思い立ったが吉日、さっそく例の場所に向かう。
相変わらず陰気な場所だ。牢だからそれは当たり前だが、そういえば牢を庁舎内にそれも地上階に作るというのは珍しいと思う。普通は別に建てるか、庁舎内でも地下に作るもんだと思うが、それもこの梯子を隠すためだったりするだろうか。しかしまあ、初めてここに来たときはこの梯子に気づかなかったんだが…。
この梯子の下から何かを感じることはない。何かいるなら何かしらの気配を感じるはずだが、とりあえず降りてみる。下は相当深いようで真っ暗だし、降りるまでかなりかかりそうだ。最初は少し警戒しながらゆっくり降りて行ったがだんだん面倒になってきたのですー、と滑り降りていく。滑り降りたとき足元でカツン、となった。松明で足元を照らすとどうやらコンクリートらしい。勝手にヤーナム基準で水浸しのよくわからない石材とか思っていたがこういうところはさすが現代といったところか。近くの壁を照らしていくと、壁もコンクリートのようだ。そのまま松明の持つ手を滑らしここならあるはずのものを探す。
「……あった。」
スイッチ、恐らく照明。そのスイッチを上にあげると少しのラグとともに一斉に照明がつく。思ったよりもずっと広い。庁舎が丸々入るんじゃないかと思うほどだ。こんなにも広いせいだ、彼女が歩くたびカツーン、カツーンと大げさに反響する。やがては時まで歩いたとき、そこには大きめのプールがあった。学校よりも大きめ、競技で使うようなプールが四角形のこのスペースから突き出すように作られている。と、彼女は跪いてそのプールの水を舐めた。しょっぱい、ということはコレは海水でこのプールは海とつながっているのか。
こんなものか、何か怪しいものがあるわけでもない。この空間自体怪しいがそれ以外には何もない。入り口が梯子で、牢にあるということだけが違和感だが、少し拍子抜けした気分で戻る。ドッグに戻ろうとしたときかすかだが声が聞こえてきた。
「道具はちゃんと持ったか?」
「はい。忘れ物はありません。」
「よしじゃあ行くぞ。」
エンジン音も聞こえてきた。ゆっくりと扉を引いて隙間から覗く。ボートに何人か人影が見える。あれは夕張と提督だ。あとは数人艦娘が乗っている。外はもう夜のようだがこんな時間に提督まで同伴でどこに行くつもりか。ついていきたいところだがさすがに潜り込むのは難しそうだし、追い付くこともできない。何か持っているだろうかと思ったが何も持っていない。道具、というのはすでに積み込まれたのか。今回はおとなしく帰ろう。
夢に戻った彼女はその場で空を仰いだ。
「何もなかったなぁ…」
今のところ詰み状態だ。これがゲームなら攻略サイトの一つでも開きたいところだが生憎これはゲームじゃない。うんうんと悩んでも何も出てこない。すると、彼が彼女のところまであるいてきて頭を撫でた。
「…そうねこのまま考えてたって何もないんだったらしょうがないわよね。ありがとう狩人様、少し気分転換に行ってくるわ。」
大聖堂によく似た、しかしどこか違う場所。右側の扉の先はこんな道だっただろうか、左側には扉があったはずでは。真ん中の扉は空いている。その先の風景は知っていたものと少し違う。聖堂街全体に植物の根が全体に絡みついたような風景。ここは狩人の悪夢、曰く血に酔った狩人の行き付く先だとか。彼女にはちょうどいい場所だ。ここには獣のほか血に酔った狩人どもが目に映るすべてを狩りつくす。コツコツと一人階段を上る先に一人に狩人が佇む。彼女を視認すると持っている獣肉断ちを担ぎ彼女を迎え撃つ。
奴は鉈状だったそれを鞭のように伸ばしてきた。彼女は下をかいくぐって回避して後ろにつく。鉈を振りかざすが奴は振り返りながら獣肉断ちで彼女を断ち切らんとする。すでに鉈を振っていた彼女は今から回避することができずとっさに鉈と銃で受ける。固くしなった獣肉断ちを受けた彼女は吹き飛び壁に打ち付けられる。すかさず奴がまた襲い掛かる。さっきと同じ大振りしゃがんでも単純に飛んでも当たりそうなその攻撃に、彼女は鉈の振り上げてはじき返す。獣肉断ちは上へ跳ね上がりノコギリ鉈は左下に打ち付けられる。その合間に互いが銃を撃つ。一発ずつもらった。
大きな得物が打ちあがった奴と小さめの得物が地面に打ち付けられた彼女なら、彼女のほうが動けるのは早い。奴が動けないうちに距離を縮める。しかし奴も腐っても狩人、人間とは思えないほどの筋力で振り下ろす。だが、彼女もまるで人間ではないのだから行動早い。さっきまでノコギリ鉈が握られていた右手には今なにもない。彼女の右手が奴の腹に深々突き刺さる。手に触ったものすべてを絡めつかみ引きずり出した。内臓とともに大量の血が彼女にかかる。
奴は腕を上げたまま固まっていた。彼女が体を蹴ったことで背中から倒れる。ふぅ、と息を一つ吐いて空を仰ぐ。空は明るい、悪夢と言うには少し明るすぎる気がする。
「……どこ、ここ何処よ…?」
「あそこっぽいよね。」
「でもこれ何なのです?」
「木の根っこじゃない?」
何か聞き覚えのある声がする。おどろいて横を向くと残念ながら根っこのようなものが邪魔をして見えない。渋々階段を降りていくと、だんだん姿が見えてきた。あの4人じゃないか。どうしてここにいるんだ。
「あ、ヨアケさん!」
「…なんでここにいるのよ。」
「暁が急に空中に浮いたかと思ったら消えちゃったんだ。」
「だから私達も急いであとを追ったのよ。」
「急に走り出したかと思ったら空中に浮かれたのでびっくりしたのです…。」
なるほど、理由はわかった。さては服に釣られたな。
「…釣られたのね。」
「つ、釣られてないわよ!」
「そういう事にしてあげるわ。」
「あのぉ、ここはどこなのです?」
「ん、ここは狩人の悪夢よ。あんまりここに来るべきではないわね。」
「え、何か呪われるとか?」
「敵がとても強いから。油断すると私でも余裕で死ぬわ。」
「そっちー…?」
「でもヨアケさんがそう言うなら相当だね。」
「そうよ、別にここで狩りをしてもいいけど死ぬばっかりじゃ意味ないから戻りましょうねえ。」
彼女は半分追い返すように4人の背中を押して帰る。
「そういやどうして聖堂街にいたの?森の方にいたはずでしょ。」
「えっと、あの3人を倒して、なんかでっかい芋虫も倒したわ!」
「…上位者を倒したのね。」
「そしたらなんか月が赤くなってね、なんか変な雰囲気だったから助けた人大丈夫かなって、だから聖堂街まで戻ったの。」
「なるほどね。」
「ヨアケさんはどうしてここに?」
「行き詰っちゃってね。牢に地下に入る梯子があったから降りてみたんだけど特に何もなくて。」
「……あ、私たちそろそろ戻らないといけないんじゃ?」
「え、あれから何日経った?」
「待ってね…あー、2日か3日ぐらい?」
「もらった非番が終わってしまうのです!」
「やばい、戻らなきゃ!?」
4人はばたばたと走り去っていく。彼女もなんとなくついていった。そういえば4人はあの艦娘たちとは全然違うな。なんでだろう。4人がこっちに来た時に一気に変わったのか、いやでもそんな一気に変わるのか。そもそも何をしたらあんなに機械みたいになるんだ。
部屋に入った時外は夜だった。廊下に出て外を見るとそそくさと走っていく4人が見えた。
「なーんなのかしらねぇ。」
「何がです?」
…鳴子か。もう流石に慣れた。
「…いや、あの4人は違うなぁ、と。」
「それはどういう?」
「先日に侵入したんですけどほとんどの艦娘がなんか様子がおかしかったんですよね。なんというか人形っぽいというか…。」
「…ずっとそうでしたよ?」
「え?」
「一部の艦娘を除いてずっと、外から来た娘も次の日にはもうあんな感じです。」
「…なんで気づかなかったんだろう。」
「意識障害みたいな何かでもかけられてたんじゃないですか。」
「まさかそんなものが……もしかして…いややっぱりそんなことないかしら?」
「心当たりが?」
「まぁ、私にまでかかるほどなので逆にすぐに分かりましたけど、ちょっと現実的ではないんですよね。」
「そうですか。暁さんはそうであることを願っていますか?」
「…そうですね。そうであれば対応は楽ですから。」
「じゃあ私は暁さんの思い通りになることを願っています。」
気配が消えた。振り返るともう誰もいなかった。まるで最初からいなかったように、彼女が最初から虚空と話していたかのように。
翌朝だった。どう動こうかと考えていると、ノックもなしに誰か入ってきた。その前から大声で彼女の名前を呼びながら上がってきたので誰かは分かるが。
「ヨアケさん!」
「…なあに?」
「みんなの様子がおかしいのです!」
おや、どうやらこの4人も違和感を覚えたらしい。
「なに、まるで人形みたいって?」
「そう!みんな人形みたいに…って、あれ?」
「知ってたの?」
「知ってたわよ…ずっと前から。」
「すごーい!さすがヨアケさん!」
なんだろう、この気持ちは。遠い昔に捨てた罪悪感と似ている気がするが、これはきっと気のせいだろう。
「でもどうしてなんだろう?」
「ヤーナムに行く前はみんな普通だったのです。」
「多分、それはあなた達が狩人になったからよ。何らかの意識障害が狩人になったことで解かれたの。」
「何らかのって?」
「恐らくは…ビルゲンワースの湖にいた芋虫は覚えてるかしら?」
「うん。」
「あれはロマという蜘蛛の上位者よ。」
「え、あれ蜘蛛だったの…?」
「そういや足がたくさんあったね。」
「頭しか印象に残ってないわ。」
「…でね、ヤーナムではロマがいろいろなものを隠していたの。例えばそう…あの赤い月とかね。」
「じゃあもしかしてそのロマっていう上位者がここにも居るのですか?」
「それは分からない。私は異変には気づいたけどロマがいる痕跡は見つけてないわ。でもアメンドーズがいるならもしかしたら…」
「つまり、ロマを倒したらみんな戻るのね!」
「いや、違うと思うよ。」
「ともかく、私たちはロマを探せばいいのね。」
「いるとは断言できないわよ。」
「でもいるかもしれないんでしょう?いなかったらまた考えればいいのよ!」
「…じゃあ、お願いできるかしら。」
「はーい!」
4人がまたばたばたと去っていく。あの娘たちも数日の間ですっかり狩人だ。普通この短時間で上位者を探し出そうなんて結論は出せない。もしかしたら自分よりも才能があるかもしれない。暁には少しひいきでちょっとした英才教育もしているからそれもあるかもしれない。そうだ今度また上位者の知恵を櫃あげよう。
それにしても、そうか、ロマか…ここまでくると怪しいのは奴しかいないな…やっぱりつける必要があるな。
英才教育(上位者の知恵)
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