しまった。ついでに本を持ち帰ってくればよかった。と、後悔しすぐにまた戻ろうとするが運悪く外からノックが聞こえてきた。少し急いで扉を開ける。いたのは叢雲だった。
「おはよう。はいこれ、朝ごはん持ってきたわ。2時間後にまた来るからそれまでに食べといてよね。」
「…ありがとう。」
時計を見るとちょうど6時だった。外もいつの間にか明るくなっている。朝食を食べながら読みかけていた本を読み切った。なかなかに面白かった。流石当時テレビで話題になったことだけはある。本棚にはまだまだ本がたくさんあるからしばらく暇はしないだろう。早速に冊目に取り掛かった。
しばらくまともに文字を読んでいなかったので最初のほうは苦労したが一冊読み切るとすっかり元に戻って8時時を回るころには中盤まで読み切っていた。またしてもノック。案の定叢雲、そして吹雪がいた。
「回収に来たわ。あ、それと今からついでについてきてくれないかしら。」
「提督が呼んでるんだ。なんか試験するらしいよ?」
「試験?」
「うん。詳しくは聞いてないけど、とりあえず暁ちゃんを呼んできてほしいって。」
「分かったわ。」
二人に連れられ外に出る。ほかの人は大丈夫なのかと聞くと、それぞれが業務や訓練を始めるころだからこっち方面に来ることはない、だそうだ。いくら、業務があるとはいえこっちに一人も来ないというのはないと思うが、たしかにこっちには旧客室以外には本当に何もない。途中で叢雲と別れて吹雪と二人きりになる。この吹雪がかなりおしゃべりでやれ、生活には慣れたか、とかどんな本を読んでいるのかだとかいろいろ聞かれた。ちなみに吹雪が彼女の部屋を見たことはあっても、読んでいるところを見せたことはないはずだが。
「…なんで本のことなんか聞くの?」
「あれ。暁ちゃん本読んでなかったっけ?机に開いてる本があったと思うんだけど。」
吹雪を中に入れたのは荷物を物置に突っ込んだだけの時だ。あとは扉に前にいたに過ぎない。まさか隙間から見たのか。となれば恐ろしいほどの観察力だが…。
「いえ。何でもないわ。そうね、あまり常識にとらわれてない物語が好きよ。」
「常識にとらわれてない?」
「ええ。」
「それってどんな?」
「どう、と言われるとそうね…私たちにとっての非日常が主人公にとっての日常みたいな…。」
「深海棲艦がいないことが日常な世界ってこと?」
「そうね。そんな感じよ。もっと言えば代わりに別の脅威があるやつがいいわ。それも私たちが理解できないような。」
「へー。難しそうなの呼んでるね。」
「そうね。最近は比喩じゃなくて言葉そのものの通りが欲しいわ。」
案外話し込んでしまった。彼女もまた、自分がかなり読書にはまっているのだと認識した。吹雪が案内したのは工廠だった。裏口であろうドアから入ると中で明石が座っていた。なにか書いている様子だった。
「明石さん連れてきましたよ。」
「ん、お、ありがとう吹雪ちゃん。じゃあ、暁ちゃんはこっち来てね。」
呼ばれたのは彼女であったが吹雪もちゃっかりついてきた。どうやら試験が気になるらしい。明石が同伴を許可したので彼女が何か言うことはできないが…。明石は彼女を作業スペースらしきところに案内した。ラジコンサイズの艦載機がずらりと床に並べてあって機械が動いている音がとてつもなく大きい。
「夕張ちゃーん!あれ持ってきてー!」
明石がスペースの奥に声をかけると奥から、はーい!と答える声がした。このスペースは直接つながっているらしく入ってきた外の光が艦載機を半分ほど照らしている。彼女がいるところはちょうど横に荷物があって影になっていた。返事から少し遅れて顔を出したのは夕張、とその後ろから大量にやってくる妖精だった。夕張の手には彼女の狩り道具がいっぱいいっぱいに積まれていた。そのほかの道具も後ろからついてきた妖精が運んでいるらしい。どこか…この様子をどこかで見たことがある。…望月が持っていたゲームにこんなものがあった気が…。
「すいません。お待たせしました。いや、量が多くって…うわ!びっくりした…すご、本当にそっくり。」
「でしょー。これで全部?」
「確認したんでこれで全部のはずです。あ、ヤッホー吹雪ちゃん。」
「おはようございます。夕張さん。」
「どう。暁ちゃん。これで全部かな。」
聖剣に、千景、慈悲の刃に……
「…うん。全部あるわ。」
「よしよし。じゃ、さっそく行こっか。」
「いくって?」
「あれ?聞いてない?試験するって言われてると思うんだけど?」
「ここじゃないの?」
「違うよ~。今回やるのは戦闘試験。暁ちゃんの戦闘能力の計測をね。」
「あ、私もいいですか?」
「吹雪ちゃんも?」
「はい。今日特に何もないんで。」
「それじゃあいいかな。どっちみち有事の時の護衛が増えるんだし。試験は〇九〇〇に始めるからちょっとゆっくりしててね。」
時計を見た感じではまだあと30分ほどある。
「これは?」
「これ?今度の作戦で使う予定の航空機だよ。」
「…いろいろあるのね。」
「そうだねー。ここ数か月で一気に開発を進めたからね。そろそろジェットも開発のめどが立ってきそうだよ。」
「ジェット。」
「そう、ジェット。」
彼女がこの世界から消えて何年たったかのかは分からないが最近の航空機はかなり発展しているようだった。あの頃は空母さえなかなか配備できなかったし航空機なんてのはほぼ陸上からしか飛ばせなかった。それも複葉機が限界だった。それがジェット機までとは。
ゆったりとした時間が流れていた。特にやることがないやることがない彼女は無造作に置かれていたベンチに座るしかなかった。ついてきた吹雪はついでだからと明石に艤装の点検をしてもらっている。
「あー。また無理したねぇ。うーん、まだ実用的ではなかったかー。」
「でも、いつもより故障は少なかったですよ?加速もよかったですし。」
「でも、燃費悪いでしょ。」
「あー、まあ。」
「あ、いた。」
二人のよくわからない会話に耳を傾けていた彼女だったが突如声の主が一人増えたため少し目も傾けた。いたのは叢雲だった。
「探したわよ。こんなところにいたのね。」
「ごめんごめん。ちょっと暁ちゃんの試験がどんなものか気になってね。」
「ふーん。で、当の本人はそんなところで何を?」
「…ベンチに座っているわ。」
こう、ベンチに座っていると何か思い出しそうだ。確か、ヤーナムの聖堂街にどこかベンチの置いてあった広場があったはずだ。そこから大橋が見えたのを覚えている。ここから見えるのは反対側工廠の壁だ。
「ねえ。叢雲ちゃんも一緒に見に行かない?」
「試験に?でも迷惑でしょ。そんなに大人数で言ったら。」
「んや。別に構わないよ。」
「まあ…明石さんがそういうんだったら別に…。」
どうやら同伴者がもう一人増えたみたいだ。
「すみません。遅くなりました。」
少し慌て気味で工廠に入ってきたのは赤城だ。察するに、今回の本来の護衛だろう。遅れたと言ってもまだ20分以上あるのだが。
「大丈夫ですよ。まだ20分以上ありますから。」
「え、あ、本当…。」
「時計でも壊れてたんですか?」
「そうみたいですね。部屋の時計が10分ほど早かったみたいです。」
結局20分余ってしまった。予定を早めないのかと聞くと、提督も参加するらしいので提督が来ない限りは始めれないそうだ。
「提督も来るの?」
「うん。一度自分の目でも見てみたいって。」
「あんまり見せるものではないのだけど。」
「まあまあ、そんなこと言わないで。私も結構気になるんだよ。暁ちゃんからもらったやつ、あれ素材はごく一般的なもので、何なら素材の質では今の金属よりも悪かったから。いったいどう扱えば深海棲艦の装甲を容易く破れるのかとね。」
「あ、そ。」
「うーん素っ気ないなあ。なんか私の知ってる暁ちゃんと差がありすぎる…。」
「…暁、さん。今回の護衛を務めます赤城です。」
「言いにくいなら態々そんな名前で呼ばなくてもいいのよ。」
「いえ、あなたは紛れもなく駆逐艦暁なのですからそういうわけにもいきません。早くこちらが慣れればいいだけのこと。」
全くまじめなことだ。こっちから見ても無理してるのが分かる。恐らく赤城が今最も彼女に対していまだに猜疑心が強いのだろう。加賀とは違って先入観が強いようだ。別に彼女が怖いのであれば今回の護衛など引き受けなくてもよかっただろうに。…いや、言うまあ。どうせ同じことを繰り返されるだけだ。
彼女は視線を外に向ける。まだそれほど時間は経ってないがすでに日差しが強い。彼女もすっかりこの世界に慣れてしまったといえよう。これもヤーナムでは一切経験してなかった朝というもの。目指していた夜明けよりさらに向こうのもの。あれほど苦労したものが何もしなくてもやってくるこの世界は、しかしヤーナムにも存在したはずのものである。すべては獣の病が悪い。相変わらず何もない今この瞬間。彼女の後ろから聞こえてくる様々な音が彼女の耳に入ってくる。ほとんどは何かしらの機会の音だが、かすかに聞こえる明石と赤城の会話。吹雪と叢雲の会話。何かを叫ぶ夕張。獣の叫びでない音が彼女を埋め尽くしていた。
「や、待ったかい?」
水平線を楽しんでいると工廠の端から提督が顔をのぞかせた。彼女はちらりと時計を見る。予定時刻まであと10分。
「…いえ、全く。」
「そっか。それはよかった。どう、ここの生活で何か不満はあるかい?」
「いえ、満足に過ごさせてもらってるわ。」
「そうか、それもよかった。」
「あ、提督。来ましたか。」
「いやーすまないね。どうやら来たのは僕で最後みたいだね。なんか2人増えてるけど。」
「あ、いや。私たちもちょっと気になるなーって。」
「そういうことね。まあ、せいぜい気を付けて。それじゃ行こうか。」
「あ、はい。夕張ちゃーん!あと頼んだよー!」
「はーい!」
提督を先頭にみんなが歩く。彼女もまたついていく。やはりあの時のドッグから出るらしい。狩り衣装に着替えた彼女は水面を歩きだそうとするが明石がそれを止めた。
「あ、暁ちゃん。こっち乗ってくれるかな。そっちのほうが楽だからさ。」
なるほど。確かに全員で一緒に向かったほうが変に速度を合わせずに行かなくて済む。彼女は明石の言う通り乗船した。中はそこまで広くない。そのスペースもほとんどよくわからない機械で埋められていた。明石が手際よくエンジンをかけ外に出る。
「予定海域はここから北東に30kmほど行ったところ。大体30分ぐらいで着くかな。」
なんだもう30待つのか。
「……?」
彼女はふと視線を感じた。視線と言えばアメンドーズだが確かに今も建物にくっついて彼女を見ている。しかし彼女は別に視線を感じていた。しかもそれは海上からだった。あたりを見ても特に何かあるわけでもない。それにその視線もすぐに感じなくなった。気のせいか。
予定海域までつくまでずっと船に揺られっぱなしだった。その途中で何度か先の視線を感じた。そのたびにあたりを見渡すがやはり何もない。少し啓蒙を取りすぎただろうか。見えないものが見えるのは面白いがあまり見えすぎても面白くないし、発狂しやすくなるのもいただけない。今度いくつか取引しようか。
「着いたよー。」
着いたらしい。特にこれと言って目立つものがあるわけではないが。
「ちょっと、これ誰か持ってくれないかな。」
「あ、私持ちますよ。」
明石は何か機械を外に出している。提督も手伝っていた。
「ふいー。…よっ。」
明石が何か打ち出した。水上機らしい。明石が持っていたのはカタパルトか。
「よし、じゃあこれ持って。暁ちゃんはこっからもう1km進んでね。そこで始めるから。」
「分かったわ。」
明石に言われた通りに進んだ。持たされた無線機から明石の声がした。
『あ、あー。聞こえてるかな。今から暁ちゃんには30分ほど深海棲艦と戦ってもらうね。』
「なに。戦術テスト?」
『まあ、そういうことだね。いま頭上を観測機が飛んでると思うけどそこから試作型の深海棲艦をおびき寄せる装置を落とすね。それの効果時間が30分だから。』
なんだ。ついでにその装置の実験も入ってるのか。
『でね。問題はその装置がどれだけの効果を発揮するのか未知数なんだよね。もし、予想以上に来るようであれば赤城さんの艦載機で対処してもらうしそれでも無理そうなら回収するから安心して。じゃあ、準備はいいかな。』
「ええ。何時でも。」
『オッケー。』
明石の声と同時に何か落ちてくる音がする。それは海中にぼちゃんと落ちた。あれが例の装置だろう。
ああ。悪趣味なことだ。どうやっておびき寄せるのかと思ったが、声でおびき寄せるなんて。普通人間や艦娘が深海棲艦の声を聴くことなんてのは姫級やそれ以上のものでないと不可能だ。だが、彼女には聞こえる。深海棲艦のまるで憎悪に満ち溢れているような声が。それは言葉なんかではない。まさに鳴き声のようなもの。聞いていてあまり気分のいいものではないがそれも今更だ。
今は真昼間で月など到底出てるはずもないがまあ、べつにいい。きっと多くの獣がやってくることだろう。それでは始めようではないか。獣狩りだ。
吹雪ちゃん強キャラ枠ですね。暁ちゃんの存在を知っている娘一応みんな強い設定なんですけどね。
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