夜明けの狩人   作:猫又提督

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前回から7日経ちましたね


第6話

海面の下に黒い影が一つ、彼女に近づいてくる。かなりのスピードの伴って飛び込んできた。しかしあらかじめ構えていた鉈を振り下ろされて飛び出した勢いのまま2つに割れてしまった。ノコギリ鉈はそんな切り口がきれいになるような切れ方はしない。よってその断面はボコボコするし、切る際に中の内蔵を雑に傷つける。彼女には大量の血と言えるような青い液体が降りかかる。青い液体。もしこれを血というのであればまさにこれは青ざめた血だ。

 

『青ざめた血を求めよ。狩りを全うするために。』

 

昔見た手記を思い出した。

 

彼女はその大量の返り血を浴びても微動打にしない。飛び出した深海棲艦を2つに割った体制で静止していた。いや、むしろ彼女は笑っていた。

 

さっきのを皮切りにしてか海の影がどんどん増えていく。

 

不思議とこのおびき出された深海棲艦はその全てが重巡以下であり、皆砲撃をせず叫び声を上げながら吶喊する。周りを一切気にしてないような行動は戦術的とは到底思えず、もはや互いを認識しているのか、理性があるのかも怪しい。それは彼女めがけて突撃する際よく互いの体をぶつけるものだから、おかげで確かに切り裂くはずだった彼女の刃が、空を切る、カス当たりする、別の個体を切り裂くほどであった。

彼女は思った。これでは効率が悪いと。ノコギリ鉈は複数の相手を一度に相手するには分が悪い。彼女は斧を取り出し、その柄を伸ばした。体をひねり体制を低くする。大量の深海棲艦が彼女の全周から一斉に飛び出す。瞬間、彼女はその体制を引き戻しその勢いのまま2回転した。遠心力を伴った斧は深海棲艦の装甲などものともせず容易く切り伏せた。ボトボトとただの肉塊とかしたものが一時的に肉の壁を作った。

 

その様子を観測機を通して見ていた明石たちは、まさに絶句といったような様子だった。

 

「う、うわぁ…。」

「おびき寄せ過ぎじゃない?」

「そうですね。実践訓練に使えたらと思ったんですけどこれ訓練どころじゃなくなりますね。」

「…そっちなのね。」

「彼女を敵にしたら駄目ですね。」

「うん。僕の鎮守府終わっちゃうね。…これならとりあえず心配することはないね。」

「はい。あとは担当海域がどこになるかですね。」

 

彼女はその後も深海棲艦を切り、叩き潰し、串刺しにした。気づけば周りは沈みきっていない残骸だけで、海の色が変わるほどの影も今は一つもない。あの機械から発せられていたおぞましい声もすでに聞こえなくなっている。終わったのだろうか。取り敢えず明石を呼ぼうと無線機を持つが、どこを押しても反応しないし明石が呼んでくるようなこともない。壊れたのか。いろいろ傾けるとスピーカー部分の穴から深海棲艦の血がドボドボと出てきた。すでに血で染まっていたこの無線機。この様子だとカバーの隙間から血が入って壊れてしまっているだろう。伝わるかはわからないが上を飛んでいる水上機に無線機を掲げたままバツじるしを作ってみる。少しだけ残っていた血がポトポトと慕っている。意思は伝わったのか、バンクした。

 

10分ほどしてクルーザーが来た。

 

「どうしたの。話しかけても全然応じないしバツじるしも。」

「無線機が壊れたのよ。」

「どれどれ。…んひゃ⁉」

 

明石は彼女から無線機を受け取った瞬間ぬちゃっとしたその感触に思はず落としてしまった。運良くクルーザーに落ちた無線機は白いクルーザーの床に藍色を着けた。深海棲艦の血は青く、さらに彼女の服装とその無線機が黒かったのでよくわからなかったがどちらも血まみれだった。

 

「こ、これまた派手に…。」

「私、深海棲艦の血初めて見ました…。」

「いや、普通見ないと思うわ…。」

 

クルーザーの椅子に座るとベチャっとした感触がある。

 

クルーザーが出発した。

 

「……。」

 

やはり誰かがこちらを見ているような気がする。結局見回しても何もいないのだが。

 

 

 

鎮守府に戻ってきた。

 

「着いたよー。暁ちゃんはとりあえずシャワーをって、な、なんでそんな綺麗になってるの?」

 

つい数十分前まで深海棲艦の血や贓物でまみれていた彼女の全身はすっかりきれいになっていた。しかし彼女が座っていた場所は少しの青いしみ以外痕跡はなにもない。まるで血や贓物が蒸発してしまったかのようだった。

 

「狩人なら常識よ。」

「どんな常識よ…。」

「叢雲ちゃん今日突込みばっかりだね。」

「…なんででしょうね。」

 

今日はもう解散でいいといわれた。吹雪の付き添いのもと部屋に戻る。ついでに昼食も渡された。さっと食べて本で読もう。

 

少しだけ読み残していた2冊目を読み始める。まあ、1冊目と比べると突拍子もない世界観ではないが話自体は面白い。まともな世界だから人物の言動い理解しやすい。そうすれば読むスピードもおのずと速くなるものだ。3冊目はどうしようかと本を収めながら本棚を眺める。個々の本棚にはいろいろなジャンルがある。本自体も2つある本棚にぎっちりと仕舞われている。ヤーナムから本を持ってこようとしたが収めることが出来なさそうだ。諦めるしかないか、と思いつつ目に入った本を一冊取り出してみる。…これでいいか。

 

机に置いたその本は今の時代ではなかなか見ない無地の表紙で革のような質感だった。題名も何も書いてない。どれどれと一枚めくってみる。

 

「…。」

 

本に書いている文字は読めなかった。だがなぜかその内容は理解できる。内容としては、何かの召喚だったり魔法に関してだろうか。…ああ。多分これはやばい本だ。なにか、引き込まれそうだ。そして頭の中をかき回そうとしている。常人ならくるってしまうような代物だろう。狩人である彼女にはせいぜい啓蒙が増えたぐらいだが。今更魔法だの召喚だの何回も見てきた。これぐらいで狂うなんてことはない。せっかくだ最後まで読み切ってやろう。

 

ある程度呼んでみたことだし、なにか試してみようか。この本によると何か媒体というか魔力がないといけないだしいが、水銀弾でいいだろう。水銀弾を手に取り本に書いている通りに呪文を唱えてみる。

 

「…お、できた。」

 

見事水銀弾は彼女の指から火を出す魔法になった。しかし、これなら医療協会の秘術のほうが効率もいいし威力も申し分ないだろう。指からちろちろと吹き出す火をぎゅっと握って消す。召喚の方法についても書いていたが、準備がかなり面倒そうだったのでやめた。

 

結局この本は最後まで読まなかった。この本、ずっと魔法関連のことしか書いてないし途中で真面目に読むのをやめパラパラとめくってみたところそのあともずっと同じ感じだった。これは本と言っても教科書みたいな奴だろう。書かれている魔法も医療協会の秘術のほうがよっぽど便利なので使うこともないだろう。別の本にしよう。

 

本を返そうと背表紙を触ったときに気づいた。背表紙に凹凸がある。色がついてないので凹凸とそれによってできる僅かな影で判断するに『ネクロノミコン』と英語で書かれているようだ。本の内容は訳の分からない言語で書かれているというのに背表紙だけ英語とはますますおかしな本だ。

 

「……?」

 

誰かに見られている感じがした。海で感じた者とは別のものだ。こっちのほうがこう、威圧感が違う。場所は同じ海のほうから。遠いところから見られているはずなのにまるですぐ後ろから見られているような…。それほど気にすることもないだろうと振り切って別の本を選ぶ。

 

 

 

夕食を食べ終わり月夜とともに読書を楽しんでいたころ。コンコンとノックが聞こえた。返事をすると吹雪が入ってきた。もう、この部屋を訪ねるのは吹雪か叢雲がほとんどになってきた。

 

「暁ちゃん?会議だから呼びに来たよ。」

「ああ。分かったわ。」

 

読みかけの本に、付いていた栞代わりの紐を挟んで吹雪についていく。そとは満月から目立って欠けが見え始めていてそれでも月が見えてなかった昨日と比べるとまだ明るい。鎮守府内の道沿いにつけられている街灯がほんのりと明るく光っている。少し蒸し暑かった。今日も今日とてアメンドーズが張り付いて彼女を見つめている。吹雪と一緒にアメンドーズが張り付いている建物に入っていくのだが吹雪は奴に気づいている様子はない。

 

 

「連れてきましたよ。」

「お、来たね。それじゃ始めようか。赤城。」

「はい。今日の正午大本営から担当海域の知らせが入りました。」

 

赤城が丸めた紙を広げた。黒い線が丸く見えるがところどころ赤や青が混じっているので前に書いた線に上から新しく引いたのだとわかる。

 

「結果として範囲は予想通りとなりました。」

「そうか。」

「これなら作戦の変更もしなくて大丈夫ですね。」

「別の鎮守府の行動範囲も把握する限りは支障はなさそうだね。」

「装備にも変更は?」

「それも変更はない。最新の兵器を使わせてもらう。明石。」

「あ、はい。えと今回使える新兵器はまず試作型ですけど51cm連装砲。5連装酸素魚雷…まあいろいろあります。種類多いんで省かせてもらいます。」

 

彼女は退屈していた。確かに大切な会議であろう。しかし彼女にはほとんど関係のない話だ。自身が本当にこの会議で必要なのかと、真っ暗な窓を見ていた。この部屋が明るいため窓には彼女の姿が映っている。我ながら相変わらずの死んだ目である。その奥に見える狂気も。…ついでに感じる視線。朝のとは違うものだ。やはり遠くからも見られているような感じがするしすぐ後ろからとも思える。恐らくこの視線は彼女しか感じてないだろう。彼女以外の全員は謎の視線なんぞ気にせず会議に集中している。あの、ネクロノミコンとかいう本を読んだあたりからどうもおかしいらしい。

 

「よし、じゃあ今日の会議はここまで明日もまた確認を行うからよろしく。」

 

結局彼女の名が挙がることはないまま会議が終わってしまった。しかも、明日もまたあると。自分を呼ばないのであればわざわざこの会議に連れてこないでほしいと彼女は思った。吹雪にふとそう愚痴ると。

 

「あはは。まあ、今日はたまたまかもしれないし明日は暁ちゃんも必要かもしれないから、ね。」

 

だそうだ。真面目だなと彼女は思う。昔の彼女もまじめだった。それがゆえに妹を庇う形で結局その妹と一緒に死んだのだ。

 

建物の近くで彼女は解放された。吹雪に挨拶され適当に返事をする。ふと空を見れば今夜は妙にすこし緑が勝った月に見える。

 

「変わった月もあるものね。」

 

月に見とれながら建物に入った瞬間、悪寒が走った。彼女が今までにこのような感覚を感じたことがあるだろうか。少なくともヤーナムで狩人を始めてからは感じたことはなかった。どれだけ恐怖を感じようとも自身の狂気がそれをごまかしたのだから。しかし、今。彼女はその狂気ですらごまかしきれないほどの恐怖を覚えている。いる。確実に何かが。それも彼女が知らないほどの恐怖がこの建物に潜んでいる。恐る恐る建物に入る。中に充満していたのであろうか、いやな空気が彼女を全身を撫でる。これほどまでに暗い廊下というのを不気味に思ったのは初めてだ。

 

一歩一歩進むたびにろうかがからきしむ音がする。今までこの廊下がきしむようなことはあっただろうか。あそこの部屋の扉はずっと開いていただろうか。今まで気にしていなかったことに自然と注意が向いてしまう。この建物全体からにじみ出ているこの不気味さの原因はどれだろうかと、探し回るせいだ。結局、一階に原因となるようなものはなかった。と、すれば後は二階のみだ。彼女はノコギリ鉈を取り出し変形させる。折りたたんでいた刃を伸ばし、まさに鉈と化した。こちらのほうがフルスピードが遅くなるが、その分、力が入る。

 

いくら恐怖が勝るとはいえ彼女は狩人だ。その本能は恐怖でかき消されるほどやわなものではない。

 

二階に着いた。不気味な雰囲気がさらに増した気がする。明らかに彼女の部屋からそれは出ていた。寄りにもよって自分の部屋からだとは。これで確信した、あのネクロノミコンとかいう本内容的にろくなものではないと思ったがまさか得体のしれないものを引き付けるとは…あんな本はあとでヤーナムのどこかにおいてこよう。ビルゲンワースあたりでいいか。

 

あの本の処分先も決まったところで意を決して彼女は部屋に飛び込んだ。部屋を開けた途端あの不気味な視線を一気に感じた。その刺さるどころかぶつかるほどに全身で感じる視線とともに部屋に踏み込む――

ことはできず、彼女の足はとらえるはずの床をとらえることができずさらに下へ行く。前に転ぶような形になるが支えようとした彼女の手も床につくことはなくさらに下へ沈む。これらの出来事に彼女は驚くがそれよりも早く、まるで最初からそこに地面などなかったかのように彼女の全身が床よりも深く沈みこんだ。

 

 




出ましたね。ネクロノミコン。タグに付け加えておきます。

戦闘シーンは難しいですよね。特に躍動感を言葉で表すのは至難の業です。

本編を書きながらこの部分に書く内容を考えているんですけどいざ書くとなるとすっかり忘れてしまうんですよね。どうしたものか

誤字脱字等ありましたら遠慮なくどうぞ

いあ!いあ!くとぅるーふたぐん!
いあ!いあ!くとぅるーふたぐん!

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