夜明けの狩人   作:猫又提督

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前から7日経ちましたね


第8話

「出撃が今夜?」

「うん。前日の夜には出てほしいって。」

 

吹雪は朝食を差し出しながらそう言った。

 

「そんなこと聞いてないのだけど?」

「ごめんね。提督が伝えるの忘れてたって。」

 

情報の管理ができてないな。しかも当人に一切の相談もなしに決めている。ここの提督は無能か?それとも彼女を信用しきっていないということか。いや、隠ぺい作戦の概要の稚拙さを考えると無能である可能性が高いだろう。今回彼女は先の兵器実験時並みに暴れる予定だ。彼女の常識から考えてまずもって一艦隊が出せるような戦果ではないだろう。隠ぺい作戦に参加する艦娘の数はまあ…艦隊一つぐらいだろう。あれを見て一切変更しないようならいよいよ本当の無能だ。しかし、提督が無能だろうが有能だろうがどっちみち彼女には関係のないことだ。呆れながらも彼女はその時を待つことにした。

 

時計の針が10を超えたころ、鳴子が部屋に訪ねてきた。

 

「おはようございます。」

 

彼女はここ最近毎日この時間帯、この場所で鳴子と世間話をするようになっていた。しかし、今日は別の場所で話そうというのである。

 

「外のベンチですか?」

「はい。すぐ横にあるんです。」

 

はて、ベンチなどあっただろうか。毎日無駄に外に連れ出されているが、ベンチがあった記憶はない。とりあえず鳴子についていくと確かにあった。しかし、そこはいつも歩く場所とは反対側だった。なるほど、道理で見たことがないわけだ。そこにあったベンチは、周りに何もないせいかどこか哀愁を漂わせていた。

 

彼女は鳴子の隣に腰かけた。昨日まで騒がしく聞こえていた演習の音も、今日は鳴りを潜めている。明日のために体力を温存する算段だろうか。

 

「今夜出発ですか?」

「おっと、聞こえていましたか。」

「ええ、そんな感じがしたので。」

 

彼女はこの人のことをつくづく不思議な人だと思っていた。そういえばこの人は人間ではなかったな。では、この場合どういうべきか。鳴子さんはあのタコと同じ類のものらしいが。

 

「どうかしましたか?」

「あ、いえ。鳴子さんは人間じゃないんですよね。じゃあ何者なんだろうなあって。」

「ああ…。人間どもは私のことを皆神様だとかニャル様だとか言ってましたね。」

 

に、にゃる?いや、それよりもまさか神様だったとは。神様ということはつまり上位者?…だめだ。鳴子さんは大事なお隣さんだ。

 

「だからって、そんなに委縮しないでくださいね。暁さんとはお隣なんですから。同等ですよ。」

「はい。もちろん。」

 

彼女は気をそらすため海を眺める。静かな波の音がただただ聞こえる。今日は曇りであるが、晴れているときであれば絶景とまではいかずとも、きっといい風景だろう。

 

「暁さんは、ここをどう思いますか?」

「ここ、ですか?…思うというと、どう?」

「ここはいつまで持つと思いますか。」

「もつ…。そうですね、あまり長い間は持つとは思いませんね。」

「そうですか。私もそう思います。ここの人間はどうもよくない。」

「詳しくご存じで?」

「彼があなたみたいな人間と話しているのを聞いてましたが、彼は理想しか話さない。」

「私みたいな…鳴子さん。それは艦娘というものですよ。」

「艦娘。ああ、あれが例の。あ、で、話を戻しますけど、彼にはあまり現実を理解してないような気がします。」

「私も全く話したことはありませんが同感ですね。行動を見ればわかります。彼がこうして活動で来ているのは周りの艦娘たちのおかげでしょう。」

「確かに。その艦娘という人間たちは実際よく動いています。リーダー格のような人がいるようですね。」

 

リーダー格というと、きっと長門のことだろう。

 

「でも、その人は提督のことをどうやら信じているようでちょっと不安です。」

「そうなのですか?」

「ええ、本人と話しているときにそう聞きました。きっとほかの艦娘もそうなのでしょう。自我を持っているように見えますが、あれでは自我を持っているとは言えない。どっちかというとAIでしょうね。」

「AIですか。」

「はい。物事を自分の基準で考えて行動できる。でも人間の操作が入れば簡単にその基準がかわる。まさいAIと言ってよくはないですか?」

「確かに。言いえて妙ですね。暁さんは例えがうまい。」

「いえいえ。そんなに褒めないでください。あまり天狗にはなりたくないですから。」

「そんな。天狗だなんて。」

「昔、似たようなことで調子に乗って後悔したことがるので。」

「あらあら、それは…。」

 

二人で笑った。この時間が彼女にとって読書と同じぐらい幸福な時間なのだ。鳴子は気の置けない相手であるから冗談も言いやすいしちょっと無理やりな例え話をしても鳴子は分かってくれる。しばらく、そうやって世間話をしていると時報が聞こえた。

 

「おや、12時のようですね。そろそろ戻らないと。部屋にいなかったら何を言われるか分かりませんからね。」

「そうですね。暁さんも大変ですね。」

「ええ。提督の変なこだわりのせいでまるで囚人のような扱いですよ。」

「でも、どっちかというと箱入り娘の方では。」

 

確かに。囚人と比べるとまだ自由がかなりある。

 

「おや。確かにそうだ。鳴子さんも上手ですね。」

「うふふ。では、また明日…はいないですかね?」

「どうでしょう。いつまで出撃なのか。今回の作戦がいつまであるのか、私に一時帰投が許されるのかさえ分かりませんからね。でも、いつかはまた絶対に話せますから。」

「そうですね。あなたはそう簡単に死ぬような人ではないですから。今夜からでしたよね、頑張ってくださいね。」

「はい。ありがとうございます。」

 

彼女はベンチにただ一人座る鳴子を残して先に部屋に戻った。

 

 

 

 

我に返った。彼女は椅子に座って窓を眺めていた。沈みかけた太陽はそれほどまぶしくなく茜色が照っている。

 

鳴子と別れたあたりからどうも記憶が怪しい。手には本を持っていたが、開いているページに心当たりがない。30ページほど先を開いているようだがずっと上の空で読んでいたのか。

 

背伸びをすると固まった筋肉が伸びたような感覚がして気持ちがいい。夕焼けだけでは部屋全体の照らすことはできず、窓の近く以外は薄暗い。背伸びをした勢いで立った彼女は電気をつけてその流れで冷蔵庫を開けた。中にはペットボトルのお茶と、もう一つ、ガラス瓶に入った黄色い液体が粘性を感じさせながら揺れている。

 

数日前に鳴子からもらった。何かと聞くと、蜂蜜酒と答えた。『黄金の蜂蜜酒』という銘柄だそうだ。確かに綺麗すぎるほどのこの色は黄金と言い表すのには十分だ。どうやら、作り過ぎたのでおすそ分けにということらしい。

 

鳴子には一種の強壮剤みたいなものだとあの時言われた。一度に少量で飲んだほうがいいということらしいので、コップに少量注ぎ、飲み干す。彼女は酒を飲んだことがないのでこれが酒として美味しいのかはわからないが、とりあえず十分飲める味はしている。少なくとも匂いは、彼女であったもこれはいいものだとわかる。ヤーナムにある酒は血の匂いしかしないのでとてもじゃないが飲もうとは思えない。いくら狩人は血が好きだとは言え、だ。だから狩人は酒なんてものは獣をおびき出すためにそこらに投げつけるぐらいにしか使わない。

 

飲み干してすぐ、頭がさえわたるような感覚を覚えた。そのせいか部屋の中の雰囲気を違うように思われる。そして波の音が聞こえだした。普段は聞こえないが、この酒を飲むと五感が研ぎ澄まされるのだろうか。先日もこれを飲んだが、おかげで狩りがはかどった。

 

しばらく軟禁されていたせいですっかり気が緩んでしまった。今日を機に一度締めなおしたほうがいいだろう。この蜂蜜酒の効能も明日まで持つはずだ。

 

一つ、溜息を吐く。彼女はその場に立ち尽くし窓を眺め沈み切る太陽を眺めていた。太陽が沈めば、にわかにそこから月が見えだした。今日の月は満月だ。まるで今日の門出を祝うかのようである。彼女はその月に交信を行う。ああ、なんとも綺麗な美しい月だ。見惚れてしまう。月も彼女の交信に応えるかの如く発光している。周りに星が集まりだし、ゆっくりと月の周りをまわりだす。いずれ、月から黒く靄が出始める。その靄は月を覆わんとするか。否、その靄は月の形にこの部屋の中に現れたのだ。

 

ノック

 

彼女は交信をやめた。部屋の中の靄も、月の周りをまわっていた星も光り輝いていた月も消えた。吹雪だった。

 

「あ、暁ちゃん。」

「はいはい。時間でしょ。」

「あ、うん。準備できてる?」

「特にこれと言って特別準備するものもないわ。」

「分かった、じゃあこっち。」

 

吹雪に連れられてきたのはあの時のドッグだ。外に出るとき二階の窓から鳴子が手を振ったのが見えたので振替しておいた。吹雪に少し怪しがられたが適当に返しておいた。

 

見送りに来たのは叢雲だけのようだ。

 

「見送りはあなたと吹雪だけ?寂しいものね。」

「しょうがないでしょ?提督は忙しいんだから。」

「じゃ、お願いね。」

 

彼女は一人海を歩きだす。着替えた狩り装束が月によく映える。

 

汝、月は見えているか。ああ、よく見えている。とてもきれいな月が、彼女を見守っているさ。彼女は記憶を頼りに定められた海域に向かう。結局地図は渡されず、期間もよく知らされないまま駆り出されたわけだが、彼女はあの男を裏切ろうとはしない。彼女は楽しむためにここに来た。ここにいれば楽しめると思ったからここにいる。なぜ、まだ楽しめてもいないのにここを離れることが出来ようか。彼女はいずれ来る獣狩りの夜を夢見に歩く。

 

 

 

この海はしじまを生み出している。水面に映し出された月は静かに波に揺られている。何も音がしない。感覚が研ぎ澄まされてなお静寂なこの場には彼女ただ一人が存在する。その時がいつ来るのかはわからない。彼女は待つ。ただ待つ。いずれまた太陽が昇ってこようが彼女に問いかける声がなければ彼女もまたそれにこたえることもないのだから。

 

問いかける声が聞こえずともほかの音は聞こえるものだ。どこか遠くで戦う音がする。飛行機、砲弾、怒号、悲鳴、歓喜、妬み、感謝。感情が彼女には聞こえてくる。それでも彼女にかける声は少しもない。まだ、存在がない。

 

時間というものは個人によって違うものだ。誰かが見ている時間と誰かが聞く時間が違うように、誰かが生かす時間と誰かが死にゆく時間は違うのだ。だがそれは、対象が違うのであって一緒であれば時間も一緒だ。彼女の時間には誰一人として当てはめることはできない。たとえまねしたとしても彼女の時間に合わせることは不可能だ。彼女は誰にも合わせたがらないのだから。誰かが近づいてこようとも彼女はそれと引き離す。それゆえ誰も彼女に近づくことができない。彼女も近づかないからぶつかることもできない。ぶつかることができないのであればそれすなわち、気づくことができない。ほかのものと時間を離した彼女は、誰からも認知されることもないし、彼女がほかのものを認知することもできない。深淵をのぞくとき深淵もまたこちらを覗いているように、彼女がのぞいてなければ、彼女がのぞかれることもない。

 

彼女はただ待つ。彼女が唯一、時間をぶつける相手を。彼女だけが見ている、彼女だけを見返す深淵を。とっくにまた日は沈み先に飲んだ酒など意味もなかろうが彼女の感覚は研ぎ澄まされる。

 

ふと、感じる時間の流れ。誰かが時間に乗ってやってくる。海面から飛び出し彼女に切られる。違う。これではないはずだ。彼女が待つのは唯一。これは、相手が自分の流れに多くのものを載せて引き連れてきた。彼女を取り囲む。ゆっくりとその数は増えてきた。すべてが立ち尽している。相手も彼女と同じように時間がぶつかるのを待っているのだ。

 

待ちきれなかった者が彼女を襲わんとする。静かに切れ臥しその体を丁寧に密着させる。かとおもえばすぐに違う、と投げ捨てる。とびかかり切り捨てるごとにそれを行う彼女の体は夜となったこの場において月の光で鈍く光っている。

 

もはや自分が切り捨てられることなど受け入れてしまっているうやつらの行動はひどく冷淡で理性的だ。もはや全てをあきらめこれを最後の行動とせんと。彼女に抱擁を願う。彼女もそれにこたえる。元来狩人というのはそういうものだから。

 

だんだんと時間の流れが太くなったころ、ついにその源が海の底から上がってきた。ひどくその目は冷たく映る。彼女は一種の美を見出した。確信した。彼女が待っていたのはこれだ。これなのだ。これこそ彼女が待ち望んだ相手だ。月が赤い。この日のための赤い月。祝え。今この瞬間を。狩人は動き出す。

 




いつも5000字以上を目指しているのですが書いているといつも3000字程度なんですよね。残りの2000字をその場で考えてるのでどうも変な言い回しになっちゃいます。このお話には変であるほうがいいんですけどね。

誤字脱字あれば遠慮なくどうぞ
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