マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル 作:neo venetiatti
「すみません、アルフ捜査官?監視カメラの映像、私にも見せてもらっていいですか?」
アデリーナは捜査本部のある会議室に入ってくると、いきなりアルフに向かってそう告げた。
「今、先程の黒づくめの男をもう一度確認しているところだ」
「できれば私にもお願いしたいのですが」
そう言いながらアデリーナは、数台のモニターの操作している捜査官の、その後ろに陣取っていたアルフの横に並んだ。
「何か気になることでも?」
「実は灯里さんが、先日から宿泊されているご婦人と一緒に正面玄関から入ってきたんですが」
「ああ、それは確認済みだ」
「なんですが」
「君の言いたいことはわかっている。灯里さんは、あの黒づくめの男を見たはずなのに、何の反応も示さなかった。私もそこは重要な点だと感じている」
「捜査官もそうですか。ただ、それとは別に、なんだか変な違和感があったんです」
「違和感?」
「ハッキリとはしていないのですが、なんだか、こう、不自然というか」
「不自然というのはどの辺りが?」
「それがわからないんです。ですので、監視カメラの映像を見れば、何かわかるかもと思ったのですが・・・」
ぼんやりとその時のことを思い出そうとしていたアデリーナだったが、いくつか分割されたモニター映像のひとつに目が止まり、ぎょっと驚きの表情に変わった。
「ん?あれはなんだ?」
アルフ捜査官もアデリーナと同じ映像に目が止まった。
「拡大してくれ」
モニターの操作をしている者にアルフが声をかけた。
映像は、入り口付近からフロントの様子を捉えている。
アガタと話していた男が、そこから猛ダッシュで走り去る姿が写し出されていた。
別の画面では、追いかけたベルボーイ姿の捜査員が、玄関を出たところで飛びかかって取り押さえていた。
カウンターの映像には、アガタのそばに近づいたフロントクラーク姿の女性捜査員が、アガタが何やら手に持っていた物を、取り上げるように奪い去る様子が映し出されていた。
「あの子、いったい・・・」
その映像を見たアデリーナは、思わず呟いていた。
アロンソがすぐさまマイクに手を伸ばした。
「フロント、どうした?」
アデリーナはそばにあったヘッドフォンに手を伸ばし、耳に当てた。
〈若い男性がひとりやった来て、小さな箱を置いていったんです。ここへ渡すように頼まれたと言ってました〉
「それが玄関の外で取り押さえたヤツなんだな?」
〈はい〉
「わかった。すぐに連れてこい」
〈了解〉
「あの~」
アデリーナは、ちょっと言いにくそうにしながら、アルフに話しかけた。
「なんか、怒ってらっしゃるように感じたんですが・・・」
「そうか?」
アルフはもう一度マイクに向かった。
「フロント、まだいるか?」
〈了解、どうぞ〉
「ところで、そこにいるフロント係と何かあったか?」
〈はい、まあ・・・〉
モニターには、アガタの方にチラッと目を向けた捜査員と、それを見て反対側に目をそらしたアガタが映っていた。
「どうした?」
〈こちらのフロント係が、男が持ってきた箱を、カタカタとおもちゃのように音を立てて振り回していて〉
「振り回してません!」
アガタの声が小さいながらもマイクが拾っていた。
画面には抗議をするように、そばにいる捜査員に訴えかけるアガタの姿があった。
「それで問題はなかったのか?」
〈今のところ、問題はないようです〉
「わかった。事情を聞きたいから、交代が来たらここへくるよう、そのフロント係に伝えてくれ」
〈了解〉
その捜査員から話しかけられたアガタが、一瞬驚いたかと思うと、すぐに落ち込んだ様子がモニターに映っていた。
「私、戻ります」
アデリーナは、急ぐように会議室を後にした。
その直後だった。
〈捜査官、アロンソです〉
アロンソからの無線だった。
「どうだった?」
〈見失いました〉
「そうか。ご苦労。とりあえず戻ってくれ」
〈このまま追いかけます〉
「駄目だ、アロンソ。それは専従捜査班に任せろ。お前はロビーに戻れ」
〈どうしてですか?俺は今、目の前で見ていたんですよ?〉
「今ロビーは手薄になっている。そこを狙われたらどうするんだ。いいから戻れ!」
応答はなかった。
「おい、アロンソ?聞いてるのか!」
アルフは、耳に当てていたヘッドフォンをテーブルに投げつけた。
「あのー、お取り込み中のところ、申し訳ありません」
アルフが振り返ると、入り口のところで水無灯里が恐縮した様子で立っていた。
「灯里さん、どうぞ入ってください」
「はい、失礼します」
「今ちょっと取り込み中ですので、そちらで少しの間お待ちください」
アルフは、隣の部屋の、パイプ椅子の並んだ、誰もいないところに案内した。
「しょうがないやつだなぁ」
アルフが見ているモニターには、正面からロビーに入ってくるアロンソが映っていた。
別の画面には、フロントに到着したアデリーナの姿もあった。
アデリーナは、意気消沈しているアガタのそばにやってきた。
「先輩、私、またやっちゃったかもしれません」
「どういうこと?」
「変な男の人が小さな箱を持ってきたんです」
「さっき見てた」
「えっ、見てたんですか?」
「まあね。なんかカタカタ音をさせてたって」
「それもなんですけど・・・」
「他にもあるの?」
「私、思わず言っちゃったんです」
「何を?」
「箱を持ってきた男の人が、そのまま帰ろうとしたんで、このままじゃマズイと思って」
「で?何を?したって?」
アデリーナの顔が険しくなっていった。
「捜査の方ぁー!お願いしますぅー!って」
「ここで?まさか?」
「そのまさかですぅ~」
「アガタ、あんたって人は・・・もう!」
「協力したかったんですぅ~!」
「はあ~」
ため息をついたアデリーナが何気なくロビーに目を向けた先には、とてもホテルマンとは思えない険しい表情のまま、いつもの定位置に突っ立っているアロンソの姿があった。
「こっちもこっちなら、あっちもあっち!なんなの、いったい!もう~~!」