マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル   作:neo venetiatti

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第十四話 お嬢様と地味メイド

アロンソと、そのアロンソと親しげに話す中年の男性は、そのままロビーを抜けて、関係者入口の方へと向かって歩いていた。

 

アデリーナはアロンソの後をロビーの途中まで追ってきたが、片方の眉毛を上げて、不思議そうにその二人の姿を目で追っていた。

 

「なにあれ?なんであんなところに向かってるの?」

 

その後を追っていこうかとしたアデリーナは、呼び止める声に思わず足を止めた。

 

「ちょっと、いいですかな?」

 

振り返ったところには、数日前にアデリーナ自身が応対したあの老紳士アダルベルトが立っていた。

 

「失礼しました、お客様」

「お忙しいところ、申し訳ないのだが」

「いえ、どうぞ何なりとお申し付け下さい」

「そうですか?それなら少し頼みたいことがありましてな」

 

アデリーナは、アダルベルトとすこしばかりその場で話し込むと、そのままエレベーターホールへと向かった。

二人は笑顔のまま、楽しそうな表情でエレベーターに乗り込んだ。

 

灯里は周りを見渡すと、そのままゆっくりとロビーの中央付近に出てきた。

 

まだ誰が捜査員で、誰がホテルの従業員なのかハッキリとはわかっていないため、周辺にいるホテルの格好をしている人物が目に入ると、どうしても気になってしまう。

 

「あの人は確かホテルの人で、こっちの人は警察の・・・」

 

もし何かあったら、誰に何をいえばいいんだろう。

 

アデリーナもアロンソも姿が見えないことに気づいた灯里は、いっぺんに不安な気持ちが押し寄せていた。

 

だがそれでは、ホテルの従業員には見えない。

 

灯里は、気を引き締めるように、背筋をピンと伸ばした。

 

その時、正面のガラス扉が開いた。

 

少し小柄な、銀色の長い髪の少女と、そのすぐ後ろに寄り添うように、二十代半ばくらいの女性が姿を現した。

 

少女は水色のミニハットを頭に付け、膝下まであるスカートの、同じ色のドレスを着ていた。

ロビーには一輪の花が咲いたように、華やいだ雰囲気になっていた。

 

それに比べると、「お付きの人」という印象の女性は、黒のワンピースを身にまとい、少女とは対照的にとても地味だった。

 

物怖じすることなく歩くその少女は、ロビーの真ん中を悠然と歩いていた。

そして、灯里の前までやってくると、ピタッと動きを止めた。

 

「ちょっとそこのあなた」

 

少女は前に顔を向けたまま、横に立つ灯里に話しかけた。

 

灯里はというと、女の子の姿に口を開けて見とれていた。

 

「ねえ、ちょっと、そこ・・・聞いてるの!あなた!」

「はひっ!」

「はひって何?」

「私ですか?」

「あなたよ、あなた!決まってるでしょ!どういうおつもり?」

 

灯里は恐縮しまくっていた。

 

ホテルの従業員の中で、敏感に反応する姿が何名かいた。

その中のひとりのベルボーイが、イヤホンに指を押し当てていた。

 

「あなたにお尋ねするわ」

「は、はい」

「いいかしら?」

「どういったご用件で?」

「ご、ご用件でって、あなた、ホテルに来た客にどういった用件があるというの?」

「ああ~それは~失礼しました~~」

「いったいこのホテルはどうなってるのかしら?」

 

その少女は見た目とはかけ離れた高慢な物言いが、ものすごい違和感を醸し出していた。

 

いったいどうしたらこんな少女が生まれるのだろう・・・

 

その少女を見た誰もが、きっとそう思うに違いない。

それくらいインパクト大だった。

 

「じゃあ言うから、ちゃんと聞いてるのよ。いいわね?」

「はい!どうぞ!」

「なんか、調子が狂うわよね」

「大丈夫です」

「何が?」

「ちゃんとお聞きしていますから」

「当たり前よ!」

 

少女はため息をついた。

 

「それで」

「アリーチェお嬢様?」

「そう、私はアリーチェお嬢様・・・アルマ!なんでそんなタイミングで入ってくるの!」

 

アリーチェと呼ばれた少女は、くるっと振り返ると、その呼んだ本人をにらみつけた。

 

「あなたはいつもそう!大事な時にタイミング悪く話に入って来る!いったいどういうおつもり?」

 

アルマと呼ばれたその女性は、申し訳なさそうにゆっくりと頭を下げた。

 

「お嬢様?お怒りになられるのは、ごもっともではございますが、そろそろお時間が迫って来るかと」

 

アリーチェはその言葉を聞いて、アルマが差し出した懐中時計に目を向けた。

 

「アルマ?なぜもっとそれを早く言わないの?」

「お屋敷を出る前に、お嬢様が熊のぽーちゃんのぬいぐるみを、お持ちになるかどうかを1時間悩まれたことが主な原因でございます」

「なんでそれをここで言うの!」

 

近くのソファーに座っていた男性が、手に持っていた雑誌で顔を隠しながら、思わず吹き出していた。

 

「ちょっとあなた!」

「はいー!」

「時間が迫ってるから手短に申し上げるわ!いいわね?」

「はい。ですが、何かお急ぎなんですか?」

 

「もう間もなく、お嬢様のおねむの時間でございます」

「オネム?」

 

「アルマ!余計なこと、言わなくていいの!」

 

そう怒鳴りながら、後ろからアルマが再び差し出した懐中時計に目を向けた。

 

「ゴ、ゴホン!じゃあお望みの用件を言うから」

 

アリーチェは、灯里を見上げるようにして顔を向けた。

 

「このホテルの最高級ルームを用意してちょうだい。今すぐ」

「最高級ですか・・・」

「そうよ」

 

灯里はどう返事していいか迷っていた。

 

アデリーナからネオ・ヴェネツィアーティーの保有している部屋の構成は、一応は耳にしていた。

だが、観光シーズン真っ只中の繁忙期となると、アクア全土だけでなく、マンホームからの観光客も激増している。

そうなると、最高級スイートなどは、確保するのがむずかしくなってくる。

 

しかも最後の砦だった最高級エグゼクティブ・スイートは、アデリーナが先日の、傲慢な客をなだめるための方法として使ってしまっていた。

 

「お嬢様?そろそろおねむのお時間です」

「だからアルマ!言い方!」

 

灯里は、二人の間で額から汗を流しながら、あたふたしていた。

 

「もうその辺でよろしいんじゃなくて?」

 

紫色のワンピースに身を包んだ女性が、ロビーの空気を一変させるほどのオーラを放って、目の前に立っていた。

 

「ちょっと、あなた、なんなの?」

 

アリーチェは、自分を見下ろすように悠然と立つその姿に、明らかに苛立ったいた。

 

「お嬢様?アレッサンドラ・テスタロッサです」

「わかってるわよ!それくらい!」

 

顔の全てを隠さんばかりの大きなサングラスを、アレッサンドラはゆっくりと外した。

その大きく、そして輝きを放つ威圧的な目が、アリーチェを視界に捉えていた。

 

「お部屋なら、私が譲って差し上げてもよろしいですわ」

「なんですの、その言い方は!」

「お部屋が無くて、お困りなんでしょ?」

「別に困ってるわけじゃありません!」

「そうだったわね。困ってるのではなく、困らせている方だったわね」

「なんなんですの、このひと!」

 

アレッサンドラは、両手を腰に当てて、余裕のポーズを決めていた。

 

アリーチェは、大声を出しながらも、そのアレッサンドラに押されるように、少し後退りしていた。

 

「アレッサンドラさん!いくら名家の出身だからって、いい気になってるんじゃ」

「お嬢様?タイムアップです」

「なくて・・・」

 

アリーチェは、目をパチクリとしばたかせ始めた。

 

「お、お客様!大丈夫ですか?」

 

「お気になさらず。いつものことです」

「いつもの、なんですか?」

 

そうしているうちに、アリーチェは足下からガクッと崩れ落ちた。

 

「はひっ!」

 

だが、その小さな身体をアルマはスッと抱き上げた。

 

「タイムアップって、本当だったんですね」

 

アルマは冷静な眼差しで灯里の前に一歩歩み出た。

 

「フロントクラークの方?どこでも構いません。お部屋をご用意していただけますか?」

 

「それなら、私の部屋を使ってください」

 

アレッサンドラはサングラスをかけながら、さりげなくそう言った。

 

「今からお部屋を用意するの、面倒でしょ?」

「でもお客様が」

「私のことは気にしなくていいの。別になんとでもなるから」

 

アレッサンドラは、そう言ってホテルの外へ向かって歩きだした。

 

「灯里さん?今度、時間を作っていただけませんか?」

 

灯里のそばを通るとき、灯里の耳元にそっと呟いていった。

 

「アレッサンドラさん・・・」

 

灯里は茫然とその美しすぎる後ろ姿に見とれていた。

 

「ああ、いい匂いですぅ~~」

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