マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル   作:neo venetiatti

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第十九話 夜のバックヤード

灯里は、ARIAカンパニーの外で、捜査員たちとすれ違うようにして店内に入っていった。

 

息を切らせて入ってきた灯里は、アリシアの横で座っている藍華と目が合った。

 

藍華は、少し落ち込んだ表情と、驚いた感情が入り交じった複雑な顔になっていた。

 

その横ではアリシアが、やさしくほほえんで灯里を迎えていた。

 

「藍華ちゃん、大丈夫?」

「灯里ぃ~~、ごめ~~ん!」

「捕まったって聞いたんだけど」

「ええーー!」

 

「あらあら♡そんな話になってるの?」

 

アリシアが驚いた表情で灯里に話しかけた。

 

「アリシアさん!私、捕まるんですか?」

「ううん、そんなことないと思うわ。さっきの警察の方たちの話の感じだと、そこまでのことにはならないと思うけど」

「本当ですか?」

 

「ホテルにいるアルフ捜査官さんも、今のところ、この事件に関しては逮捕者は出てないって言ってた」

 

「そうなのね」

 

「もう!灯里ぃ~!脅かさないでよ~~!」

「ごめんごめん、藍華ちゃん」

 

藍華は複雑な表情ではあったが、少し安堵の表情になっていた。

 

「でも、灯里?ほんとにごめんね。こんなことになるなんて、思ってもみなかったのよ」

「ごめん、藍華ちゃん。わたし、まだ事情がよくわかってないんだけど」

「そうだったの?」

「うん」

 

藍華はこれまでの経緯を一通り説明して聞かせた。

 

「私のいない間、私の代わりに、私がいつも通りお仕事しているよう、そう見えるようにしていてくれてたってこと?」

「そういうことだったんだけどね」

「それがどうしてこんなことになったんですか?」

 

灯里は疑問に対する答えを求めるように、アリシアに問いかけた。

 

「つまりね、灯里ちゃんがホテルにいるのに、ARIAカンパニーらしきゴンドラが街で目撃されたり、夜にはここに灯りが灯っていたりと、何か企んでいるんじゃないかって、警察は、そう考えたみたいなの。だから、灯里ちゃんが本当は何か関わってるんじゃないか、そして共犯者がいるんじゃないかって疑っていたってわけ」

 

「そういうことだったんですか。でも藍華ちゃんは、なんでそこまでしてくれたの?」

「だって灯里さぁ、ネオ・ヴェネツィアが不安に感じるところにしたくないって言ってたでしょ?だから、捜査に協力するんだって。私もそう思えたから、何か灯里に協力したいって思ったの」

「藍華ちゃん、そんなふうに思っててくれたんだ。ありがとうね」

「別にいいの。でも、私のしたことが、こんなことになるなんて、思いもしなかった」

 

藍華は苦笑いで頭をかいていた。

 

「でも、灯里?」

「なに?」

「一応確認しておきたいんだけどけど、本当のところ、どうなの?」

「えっ、何が?」

「なんか、関係してるとか・・・」

 

「そうなの?灯里ちゃん?」

 

「ちょっと!アリシアさんまで、どういうことなんですか?」

 

灯里はアリシアと藍華の顔を交互に見ながら困った顔になっていた。

 

「冗談よ、冗談」

「藍華ちゃ~~ん」

 

それはいつもの藍華と灯里だった。

 

「そんなの、冗談に決まってるでしょ?灯里ったら、真に受けるんだからぁ」

 

灯里は少し溢れてきた目尻の涙を脱ぐった。

 

「灯里?」

「灯里ちゃん、どうしたの?」

 

「よかった。藍華ちゃんがどうなるのか、心配だったから」

 

「灯里ぃ~~」

 

藍華は椅子から立ち上がると、灯里を抱き締めた。

 

「あんたって人は、もう~~」

 

 

 

「それで、とりあえずは疑いが晴れたってこと?」

 

アデリーナはアロンソの話に「ふーん」とうなずいていた。

 

「これでまた、灯里さんはここにやってくるってわけね?」

「そうなるだろう」

「なに?なんか納得してない感じだけど」

「ああ、そうだな」

「なんで?」

 

アロンソとアデリーナは、バックヤードの従業員通路で、ふたりコーヒーを飲みながら話していた。

少し灯りを減らした通路は、他の従業員の姿を見かけることもなく、閑散としていた。

 

「その原因はあんただ」

「わたし?どういうこと?」

「黒ずくめの男がホテルに現れたとき、あんた、あのウンディーネを信じるみたいなことを言って、待ってほしいって言ったろう?」

「ああ、あれね・・・」

 

アデリーナは気まずそうに、アロンソとは反対の方に顔を向けた。

 

「犯人からは何の音沙汰もなく、新しい動きもない。あるといえば、あの小さなおもちゃの宝石が入った箱ひとつ。そう考えると、あのとき黒ずくめの男がホテルに現れたのは、千載一遇のチャンスだったかもしれない」

「そうかもね・・・」

 

アデリーナは、もうほとんどコーヒーの残っていないカップの端っこを噛むようにしてくわえ、顎を動かしていた。

 

「一体あれはなんだったんだ?」

「そうね。強いて言うなら、違和感かな?」

「なんだ、違和感て」

「違和感は違和感よ」

「それじゃあ答えになってない」

「それはそうなんだけど、それ以上言いようがないのだから、仕方がないじゃない?」

 

アロンソはコーヒーを飲み干すと、カップをぎゅっと握りしめた。

 

「ちゃんと説明しろ」

「うん、わかったらそうするつもり」

「ちっ」

 

アロンソは思わず舌打ちをした。

 

「なんか嫌な感じぃ。そんなことより、あなたの方こそどうなってるの?」

「何が?」

「こないだ、ロビーで話してた男の人とここに来たでしょ?最初はお客様かなと思ったけど、あの雰囲気だと違うわよね?誰なの?」

 

アロンソは黙って別の方を向いた。

 

「誰?借金取り?」

「あんたには関係ない」

「人にはいろいろ聞いといて、自分は言わないつもりなのね。ふーん」

 

「まあどっちにしても、また明日からやり直しかしらね。灯里さんも戻ってくるし、そうなるとアガタのおしゃべりも、なんとかしないと・・・」

「いままで通りとは限らない」

 

アロンソはアデリーナの話を遮るぎるように言った。

 

「どういうこと?いままで通りじゃないって」

「本当に疑いが晴れたわけじゃない」

「それって、まだ灯里さんのってこと?あれは、姫屋の藍華さんのお節介の焼きすぎで、ああなったってことがわかったんでしょ?違うの?」

「すべての件がそれで解決できたわけじゃない」

「何よ、それ」

「早朝のゴンドラの一件が・・・」

 

アロンソはそこで話すのを止めた。

 

「えっ、何?まだ何かあったの?」

 

アロンソはそれには答えず、握りしめたカップをゴミ箱に投げ入れた。

 

だが、うまく入らず廊下に転がった。

 

それを拾おうともせずに、アロンソは行ってしまった。

 

「ちょっと!どういうつもり!ちゃんと拾って行きなさいよ!」

 

アデリーナは「ちっ」と舌打ちすると、その転がっているカップをおもいっきり蹴っ飛ばした。

 

弧を描いて飛んでいったひしゃげたカップは、見事ゴミ箱の中に入った。

 

「えっ?ウソ?入った!ナイスイン!」

 

そう言って今度は自分の飲み干したカップをゴミ箱目掛けて投げた。

 

だが、届かずに廊下を転がっていった。

 

「まあ、そんなもんよね。現実って」

 

 

 

「必ずこの先、計画を実行する際に、彼女は邪魔な存在になるだろう。どこかのタイミングで始末しなければならない」

 

耳に入れたイヤホンマイクに指を当て、小声でそういったその男は、廊下の隅に並べられた、荷物を積んだカーゴの影にいた。

 

目線の先には、廊下に転がったカップを取ろうとしゃがみこんだアデリーナの姿があった。

 

「彼女には悪いが、やはり消えてもらう運命だったんだろう」

 

そう言って話を終えると、その白いイヤホンを耳からはずし、黒いジャンパーの内ポケットにしまった。

そして、顎のところに下ろしていた黒いマスクを鼻の上まで戻した。

 

そこから動こうとしたその時、もう一度、アデリーナの方に目線を向けた。

 

「別にタイミングを図る必要もないだろう。今がその、いいタイミングかもしれない」

 

男はジャンパーの内側から、何かキラリと光るものを出し、そのカーゴの影から一歩踏み出した。

 

 

 

ロビーの中央付近では、つまらなさそうに、アガタがどこを見るともなく、ぼぉーっと中空に目を向けていた。

 

「あっち行けってゆうから、あっちに行ったのに、行ったら行ったでなんでいるのかって目で見られるし。こっち来たら来たで、みんなどこかへ行ってしまってるし。一体私はどこへ行けばいいの?」

 

はぁーと大きなため息を、ホテルの従業員とは思えない勢いで吐き出していた。

 

「今日は灯里さんは、いらっしゃらないの?」

 

そんな問いかけに、アデリーナはなんとなく返事しようと、振り返った。

 

「そうなんですよね。なんか私以外の皆さんは、とてもお忙しいようで。私なんてさっきから、あの天井のところにある同じ模様が何個あるか数えてる次第でして。えへへへ」

 

だがアガタは、自分に話しかけてきた人物とバッタリと目が合った瞬間、一瞬にして固まってしまった。

 

「どうかしました?」

「あ、あの~、その~、ええっと・・・ええー!本当ですかぁー!」

 

アレッサンドラ・テスタロッサは、その大きなサングラスをはずして、天井を見上げた。

 

「何が見えるんですって?」

「べ、べ、べ、べつに、見えるとかそんなんじゃあないんです!」

「そうなの」

 

その大きな瞳に見つめられたアガタは、どうすることも出来ずに立ち尽くしていた。

 

「ところで、灯里さんは・・・」

「ああー灯里さんですよねぇーえへへへ」

 

アガタはわけもなく笑っていた。

照れ隠しなのか、単にごまかしているのか。

 

「お休みかしら?」

「さあーどうなんでしょーかー?」

「わからないの?」

「はい、わかりませんですぅ~」

「あなた、大丈夫?」

「はい~~大丈夫じゃありませ~~ん」

 

すると、アレッサンドラはアガタの額に手を当てた。

 

「はっ!」

「熱はないようねぇ」

「どどどどどどど」

「ど?」

「どういうこと、なんでございまでしょうかぁ~~~!」

 

アガタは失神寸前だった。

 

その様子を見たアレッサンドラは、ふっと笑みを浮かべた。

 

「面白い人ね」

「おもももももも」

「じゃあね」

「しろろろろろい・・・って?」

 

アレッサンドラはサングラスを再びかけると、颯爽とカウンターの方に歩き出した。

 

ロビーは、一瞬にしてアレッサンドラの空気に一変してしまった。

 

だがそこで、アレッサンドラは立ち止まると、振り返り、アガタに声をかけた。

 

「そう言えば、いつもいる、もうひとりのフロントの方はどうなさったのかしら?」

 

その言葉に、アガタははっと我に返った。

 

「そう言えば、長いとこ、見てないかも」

 

アレッサンドラは、笑みをたたえて、また優雅に歩き出した。

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