マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル 作:neo venetiatti
観光都市として人気の高いネオ・ヴェネツィアに、新名所といえるスポットが誕生した。
ホテル・ネオ・ヴェネツィアーティー。
アクア全土のみならずマンホームからの観光客や賓客を想定されており、豪華で質の高いホテルと、開業当初から評判が高い。
その豪華ホテルのロビーでは、縦横整然と並べられたソファで談笑する者や新聞を広げる者、誰かを待ちわびている者など、あちらこちらに様々な客の姿があった。
正面の入り口を入り、そのロビーのソファ群を左右に見ながら、真っ直ぐにそのまま中央を進むと、横に長く延びた受付カウンターにたどり着く。
そこには何人かのフロントクラークが姿勢を正し、笑顔で客を待ち受けている。
その日、ちょうど交代したタイミングでカウンターの中央の位置に立ったアデリーナは、ロビーを見渡してから正面に顔を向けると、少しふっと息を吐いて、背筋を伸ばし、柔らかに微笑んだ。
アデリーナは、年齢はまだ若いが、接客の的確さと仕事に対する情熱で、周囲から一目置かれている存在だった。
「いらっしゃいませ。ようこそ、ホテル・ネオ・ヴェネツィアーティーへ」
アデリーナの前にやって来たメガネをかけた老紳士が、予約を入れていることを告げた。
「アダルベルト様、いつもご利用いただきありがとうございます」
「今日も盛況だね」
「はい、お陰様で、たくさんのお客様にご利用頂いております」
「そうだね。忙しいかい?」
「はい、とても」
アデリーナは少し冗談めかした口調で言った。
「ハハハハ、それはいいことだ」
アダルベルトと名乗る老紳士は、アデリーナの表情を見て、嬉しそうに笑った。
アデリーナも優しく微笑み返す。
「この度もお仕事ですか?」
「いや、今回は観光なんだ」
「そうでいらっしゃいますか」
「たまにはネオ・ヴェネツィアでゆったりと時間を過ごそうと思ってね」
「そうなんですね。もしご予定などお考えがございましたら、チケットなど必要なものを手配いたしますが、いかがなさいますか?」
「そうだねぇ。その時はお願いするよ」
「かしこまりました。いつでもお声をおかけください」
アダルベルトは、それほど大きくないトランクを持ったベルボーイとともに、客室へと向かった。
アデリーナの右側の、少し離れた位置に立っていた女性のフロントクラークが、その様子を見送りながら、アデリーナのそばにスッと身を寄せてきた。
「先輩?あの方、お知り合いですか?」
「何言ってるの、アガタ?お客様よ」
「そんなことは分かってます。そうじゃなくて、よく知ってる方なのかということです」
「初めてお会いするわね」
「どういうことですか、それ?」
「どうもこうもないわよ。お客様の第一声を覚えてる?」
「忙しいかって」
「その前」
「確か、盛況だねって言ってました」
「“今日も“盛況だね、でしょ?」
「つまり、何度も来られてると」
「何度もじゃない。三度目」
「えっ、そうなんですか?」
アデリーナは手元にあるタブレットを操作して、すぐさま宿泊記録を呼び出した。
「確かに、それを見ればわかるとは思いますが。でも先輩?この度もお仕事ですかって聞かれてましたよね?」
「ここを見て」
アガタはアデリーナが指差した項目を、顔をぐっと近づけて見つめた。
「ボートのご予約」
「そう。過去二度ともカ・ドーロへ行くために、ボートの予約をされている」
「それなら観光じゃないですか?」
「もともとカ・ドーロは、ヴェネツィアの起業家マリノ・コンタリーニの邸宅だったところ。その後は美術館になったりしたけど、ネオ・ヴェネツィアで再現され後、この前の改装後にはコンタリーニを称える意味で、起業を推進する場所としても利用されるようになったでしょ?だから、多くのビジネスパーソンが集まる場所になった」
「つまり、アダルベルト様は起業家ということですか?」
「おそらくだけど、起業する人を支援する投資家だと思う」
「なんでそんなことまでわかるのですか?」
「まあね」
不思議そうにタブレットを眺めているアガタに、アデリーナが肘で彼女の腕をつついた。
「ほら!お客様!」
「は、はい!いらっしゃいませ!」
アガタが持ち前の笑顔を取り戻して接客しているとき、アデリーナのそばに別のフロントクラークが近づいて耳打ちした。
「アデルモ総支配人がお呼びです」
「今?」
「はい。至急だそうです」
「至急・・・」
アデリーナの顔に緊張が走った。
「しばらく私が交代します」
「わかった。ありがとう」
アデリーナは何事もなかったように、フロントの後方へと下がって行った。