マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル   作:neo venetiatti

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第二十四話 灯里の一番長い日 ブランチ編

「でも、灯里さん?」

「はい、なんでしょうか?」

 

灯里とアガタは、朝から引き続きロビーで業務を続けていた。

 

アガタには灯里のサポート役という仕事があったが、それでも朝礼とは別のタイミングで副支配人から私語は慎むようにと釘を刺されていた。

 

だが、相変わらず灯里のそばに寄り添うように立って、絶え間なく話し続けている。

 

「なんか、おかしいと思いませんか?」

「おかしい、ですか?」

「はい。これは間違いなくおかしいですよ」

「はぁ」

「だって、静かすぎませんか?」

 

そう言われて、灯里は周辺をゆっくりと見回してみた。

 

「いつもと変わらないような・・・」

「だからおかしいんじゃないですか?」

「はぁ」

「だって、あんなことがあったのに、カメラマンもリポーターも誰も来てないじゃないですか?一体どうなってるんですか?」

「確かにそう言われるとそうかも」

「先輩があんなヒドイ目にあって、それなのになんの騒ぎにもなってないって、ヘン過ぎます!」

 

ホテル内で起こった殺人未遂事件。

確かにもっと騒ぎになっていてもおかしくないはずなのに、いつもと変わらない風景がそこにあった。

 

「聞いたところによると、アデルモ総支配人が外部に漏れないように押さえたっていう、もっぱらの噂なんです」

「総支配人さんがですか?」

「そうなんです。警察にも協力を要請したってことらしいです」

「はぁ」

「理解は出来ます。ホテルはお客様あってのものですから、変な噂は立てられたくない。でも、殺人予告の次は、実際に人が狙われたんですよ?しかもそれが先輩なんです。このまま黙ってるなんて、なんかおかし過ぎます!」

「アガタさん、ちょ、ちょっと声が・・・」

 

灯里の言葉にアガタはまわりに視線を巡らした。

そして、すっと肩をすくめた。

 

「すみません。つい力が入り過ぎました。私の悪いクセですね」

「でも、お気持ちは十分にわかります」

「そうなんですか?」

「はい。もし私の先輩がそんなことになったらと思うと、平気ではいられないと思います」

「そうですか。灯里さんも、ですか」

「はい、もちろんです」

 

少しうつむきながら話すアガタの横顔を、灯里は心配そうに覗きこんだ。

 

「それに、ずっと考えてたんです」

「はい」

「なんで、先輩が狙われたんだろうって」

「それってもしかかして、心当たりが?」

「ないです」

「あっ、そうなんですね・・・」

「だってそうじゃないですか?あの先輩が、人から恨まれるなんて考えられないです」

「そうですね。アデリーナさんて、気遣いがすごくて、いつも相手のことを考えている印象です」

「そうですよね?その通りなんです。先輩は本当に尊敬できる人なんです。そして、私の目標なんです」

「素敵ですね」

「灯里さんも、そう思います?」

「はい!アガタさんのことですよ!」

「わ、わたし?」

「はい。すぐ近くにそんな風に思える先輩がいて、アガタさんもその先輩を目標に頑張ってる。とても素敵なことだと思います」

「なんか照れます。えへへへ」

 

アガタはにやけた顔で頭をかいてみせた。

 

「でも、先輩みたいになれるかどうか、最近、雲行きが怪しくなってきたとういうか・・・」

「その辺はちょっと私には・・・」

「ああ、灯里さ~ん!その言い方気になりますよ~」

 

灯里は、アガタが少し笑顔を取り戻したのを見て、ほっとしていた。

 

だがアガタの顔が急に真剣な表情に変わった。

 

「もし、なんですが・・・」

「もし、どうされたんですか?」

「先輩が狙われた理由です」

「やはり心当たりがあるんですか?」

「以前、先輩に関する噂を聞いたことがあったんです」

 

「先輩って、いろんなことに気がついちゃうというか、見過ごせないというか。人によっては、それがウザいと思う人もいるようなんです」

「それが原因で?」

「まさか、そんなことで狙われちゃうなんてことになったら、やってられないですよ」

「そうですよね」

「でも考えられることと言ったら、それくらいしか思い浮かばないんですよねぇ」

「優秀だから、ですか・・・」

 

 

「ちょっと、お嬢さん方?」

 

スーツ姿が上品さをより感じさせる老紳士アダルベルトが、ふたりに声をかけてきた。

 

「談笑中のところ申し訳ないが」

「ああ~、とんでもございませ~ん!失礼致しました、お客様!」

「ちょっと気になることがあってね?」

「はいっ、なんでもどうぞ!」

「よく見かけるフロントクラークの方が、今朝から見かけないので、ちょっと気になってね?休みかな?」

「それはもしかして、お客様とお孫さんの話をした者ですか?」

 

アガタは、アデリーナからアダルベルトのことを聞いていたので、きっとそうだろうと聞いてみた。

 

「そうだね。何かご存じかな?」

「実は、ちょっと今、お休みをいただいている最中でして」

「体調でも悪いの?」

「まあ、悪いと言えばそうなのか、はたまた、そうではないのでしょうか・・・」

 

アガタの下手なはぐらかし方が、かえってアダルベルトに心配を抱かせてしまうような状態だった。

 

「そうなんですか。それじゃあ、あなたからよろしくお伝えください」

 

アダルベルトは、心配そうな表情のまま、玄関から出ていった。

 

「さすが先輩って人気者ですねぇ。これで朝から二人目ですよ。先輩のこと聞いてきたの」

 

その言葉が耳に入ったのか、アロンソが近づいてきた。

 

「灯里さん、どうします?」

「どうしますと言われても・・・」

 

「先程の話、どう言うことだ?」

「どういうことと聞かれても」

「二人も聞いてきたんだろ、アデリーナのこと」

「アデリーナって、いつから呼び捨てなんですか・・・」

「なに?」

「い、いえ、なんでもありません!」

 

アガタが横を向いてしまったので、灯里は代わりに話を続けようとした。

 

「あの~」

「なんですか?」

「そのアデリーナさんのことを聞いてきたお客様のことなんですが」

「何かあるんですか?」

「いつもこのロビーで見かけるのに、今朝から見えないということで、お聞きになってこられたということです」

「わざわざ?」

「お二人ともここへこられた時に、アデリーナさんと接点があったようで・・・ですよね?」

 

灯里は確かめるように、アガタの方に顔を向けた。

 

「接点?」

「ご案内をした、ということです」

「それだけで、接点ていうのか?ホテルの従業員なのに?」

 

「先輩は特別なんです!そんじょそこらのフロントクラークと一緒にしないで欲しいです」

 

アロンソはアガタの言葉には反応せずに、ロビーに視線を戻した。

 

「そんなことより、あの女の人は、いったいなんだったんですか?」

「女?」

「あの注射の人です!」

「ああ、あれ」

「あれって言いますけど、私も狙われたんですよ!死んでたかもなんですよ!」

 

アガタは、またもや感情が高ぶってきていた。

だが、今度はちょっと収まりきらないようだった。

 

「あの、アガタさん?」

「大丈夫ですから、灯里さん」

 

「それは大丈夫だ」

「大丈夫って、なんなんですか?」

「食塩水だった」

「食塩水て・・・なんなんですか?」

「別に死にはしない」

 

「そういう問題でしょうか?」

 

灯里から出た言葉に、アガタもアロンソも驚いたように灯里の方を見た。

 

「そういうことではないと思います」

 

「まあ、確かにその通りだ」

「そうですよ!あぶなかったんですから!」

「それは確かに認める」

「そうですよ!認めるって・・・えっ、認めるんですか?」

「あのときは、犯人に逃げられる前に取り押さえることに気をとらていた。アデリーナの言葉がどうしても気になっていたから」

「アデリーナって、また呼び捨て・・・」

「それにあんたに協力を頼んだのはオレだ」

「私は〈あんた〉って呼ぶんだ・・・」

「ん?」

「そうですよ。そうでしたっ!それで結局のところ、あの注射器能面女は、なんなんですか?」

 

 

 

捜査本部にしたホテルの会議室の一角で、関係者の周辺を調査していた専従捜査班のうちの二名とアルフ捜査官は静かに話をしていた。

 

それは、他の捜査員ですら聞かれたくないといった雰囲気が漂っていた。

 

「ヒットしました」

 

捜査員の一人の言葉に、アルフの声のトーンは、いつもより低くなっていった。

 

「そうか。詳しく話してくれ」

 

そう言って、いつも捜査会議に使う部屋の、もうひとつ奥にある部屋に捜査員とともに入り、そっとドアを閉めた。

 

そして、ドアノブのロックを回した。

 

そこにもいくつか並べられていたパイプ椅子のひとつにアルフは、背もたれを前にしてまたぐように腰かけた。

 

「で、誰だ?」

 

「アデルモ総支配人です」

 

その言葉にアルフは少し眉間にシワを寄せた。表情に厳しさが増していくようだった。

 

「それで?何が出た?」

 

「アデルモ総支配人は、このホテルに着任する前、いくつかのホテルの支配人を歴任し、その実力を買われてここに来ることになったということです」

「そんなことはよくある話だ」

「ただ、ある時期だけ経歴が空白になっているんです」

「空白ってなんだ?」

「わからないということです」

「そんなことってあるか?これだけのホテルを任されてるんだぞ?」

「二十年前のある時期だけ、どこで何をしていたかがわからない状態です」

「二十年前?なんでそんな前のことが出てきたんだ?その前後はどうなってる?」

「その前はマンホームのリゾートホテルでフロントクラークとして働いています。そこを辞めた半年後、ホテル・エクセルシオール・ネオ・ヴェネツィアの支配人に就任しています」

「エクセルシオールだと?あのネオ・リド島のか?」

「はい」

「マンホームからいきなりアクアで、しかも高級リゾートのエクセルシオールの支配人?一体どうやったらそんな出世が出来るんだ?」

 

アルフは脂で覆われた顔を、思わず手で撫でまわした。

 

そして、ふぅーと息を吐き出した。

 

「そのマンホーム時代は何か情報はあるのか?」

「残念ながらまだ何も掴めてません。マンホームの国際警察機構とも今後連絡をとっていいく必要がありそうですが、なんせそのホテルは現在水没してしまっているため、詳しい情報を得るのに時間がかかりそうです」

「わかった。マンホームの方はこっちでやっておこう。それでエクセルシオールの方はどうだ?」

「それもこれからになりそうです」

「そうか」

「ただ気になることが一点」

「なんだ?」

「アデルモ総支配人は、そこを半年で辞めています」

「半年?エクセルシオールをか?」

「はい。二十年前のエクセルシオールは、本島から少し離れていることもあって、本島の有名ホテルに比べるとリーズナブルな面がありましたが」

「今のエクセルシオールは、プライベートビーチも備えた、本島にはない本格的なホテルとして有名だ。それにしたってエクセルシオールはエクセルシオールだぞ?」

 

アルフは両腕を背もたれの上で重ねると、そこに顎を乗せて、ため息をついた。

 

「その後の足取りも含めて、引き続き頼む」

 

 

 

アガタのそばにいつの間にかアヴェリーノが立っていた。

 

「わっ!ビックリしたぁー」

「アガタさん、交代です」

「な、なんなんですか、いきなり?」

「しゃべり過ぎとのことです」

「んぐっ」

 

アガタは思わず両手で口を押さえていた。

 

「でも、誰がそんなことを?」

「副支配人です」

「やっぱりそうですか・・・」

 

見るからにうなだれてしまっていた。

 

「灯里さん、しばらくお別れです」

「そんな落ち込まないでください」

「ああ、灯里さんて、やさしいですね~~」

 

「早く行ってください」

 

アヴェリーノが冷たく言いはなった。

 

「言われなくても行きますぅ!」

 

アガタは「ふんっ!」と口をとがらせて去っていった。

 

灯里は、何事もなかったかように正面をじっと見つめていた。

 

だが、本当は気になっているアヴェリーノの方を、横目でチラッと見てみた。

そして、すぐに目線を戻した。

 

「プリマ、らしいですね?」

「あわわわ~」

「違うんですか?」

「あっ、いえ、その通りです」

 

灯里は気まずそうに下を向いた。

 

「大変ですね?」

「あ、あの、お気遣い、ありがとうございます」

「アガタさん、ボクのこと、怪しんでたでしょ?」

「えっ?」

「さっき、カウンターの方をみる目が怖かったから」

「いえ、そんなことは」

「それくらいわかります」

「はぁ」

「ところで」

「は、はい!」

「これからどうします?」

「どうしますというのは、どういう意味なんでしょうか?」

「ブランチ、と言いたいところなんですが・・・」

「はい?」

 

アヴェリーノはメガネの縁に人差し指をあて、そのズレを直した。

 

「犯人のあて、あるんですよね?」

 

アヴェリーノの言葉に、一瞬にして灯里の身体に緊張が走った。

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