マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル   作:neo venetiatti

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第二十七話 灯里の一番長い日 来訪者編 2

「あゆみさん、どうされたんですか?」

 

灯里は、ばつが悪そうに頭をかいているあゆみの顔を覗きこんだ。

 

赤いニット帽に赤白のボーダー柄のセーター姿のあゆみは、苦笑いの表情で立っていた。

 

「いやー、こんなはずじゃなかったのになぁ」

「一体何があったのですか?」

「うーん、いやぁ、そうだねぇ」

「はい?」

「こりゃ無理だわ!お嬢!降参です!」

 

あゆみは頭のニット帽を取った。

そして、ボサボサの髪を直しながら、やれやれといった調子で息をついた。

 

「ふぅ~」

「あの、あゆみさん?」

「あー、わるいわるい。かえって迷惑かけちゃったかなぁ」

「別に迷惑はかかってないと思いますけど・・・」

 

灯里はチラッとまわりに視線を巡らした。

 

幾人かのベルボーイが不審な目をこちらに向けていた。

明らかに怪しんでいる。

 

「いやぁ、実は灯里さんの様子を見てきてくれって頼まれましてね」

「頼まれた?誰にですか?」

「誰にですかって、灯里さん?ウチがここにいるわけですから、誰だかわかりそうなもんですけど」

「もしかして、藍華ちゃん?」

「その通りです。というか、それ以外ないっしょ?」

「まあ、そうですね」

 

灯里は苦笑いで応えるしかなかった。

 

「なんか、ホテルが大変そうだということを聞いて、いてもたってもいられないー!ってなって、それでこうなったというわけです」

「わかるような、わからないような・・・」

「つまり、自分じゃ行けないから行ってこい!ってなったわけっす。ほんとお嬢には困ったもんですよ」

「はぁ」

 

「要は、こないだのARIAカンパニーでの一件があったばかりでしょ?行きづらいっていうわけなんですけど、じゃあウチはどうなるんすかって言ったんですよ」

「藍華ちゃんは、なんて?」

「あんたはどうにでも食っていけるから大丈夫でしょ?だって。そんなのあります?」

「はぁ」

「だから言ってやったんですよ。お嬢が面倒見てくれるんなら、いいっすよって」

「はぁ」

「そしたら、あっさりと〈いいわよ〉って言うもんだから。そうなったら、断れないじゃないすか?」

「はぁ」

「なんか、ずるくないっすか?」

「はぁ」

 

あゆみは、そんなことを言いながら、ロビーの中を見回していた。

 

「それで、どうなんすか?」

「うーん」

「なんかあるの?」

「えーと」

「難しそうですね」

 

あゆみはそう言いながら、ちょっと怪訝な表情になった。

 

「なんか、ウチの勘違いかもしれないけど」

 

周りをチラチラと見回した。

 

「さっきから、なんか見られてるような感じがするんです。気にせいなのかなぁ」

 

〈あゆみさんの勘は当たってます〉

 

灯里は心の中だけで呟いておくことにした。

 

すると、あゆみが玄関の方にじっと目を向けた。

 

「あれぇ、まさかとは思うけど・・・」

 

そう言うあゆみの言葉を聞いた灯里も玄関に目を向けた。

 

そこには、サングラスをかけた女性が、何事もなく、すまし顔でロビーを見渡していた。

 

だが、その仕草は、何かを見つけようとして、必死な感じに変わっていた。

 

すると、今度は片手でサングラスをずらして、ぐっと目を凝らして見始めた。

 

「どこ?どこなの?」

 

その様子を見たあゆみは、大きなため息をついた。

 

「なんで来るんですか?それなら頼まなきゃいいんですよ、もう~」

 

「えっ、あれってやっぱり?」

 

キョロキョロ見回していたその女性は、灯里とあゆみの姿を見つけるなり、すっとサングラスをかけ直し、二人のいるところに向かって歩き出した。

 

「灯里、どうなの、調子は?」

 

藍華はサングラスを目の下にずらした。

 

「ねえ、藍華ちゃん?」

「ナニ?なんかあった?」

「今って、サングラス流行ってるの?」

 

ドタッ

 

「あんた何言ってんの?」

「だって、あゆみさんに藍華ちゃんでしょ?そうなのかなぁと思って」

 

その横であゆみは腰に手をおいて、違う方向に目を向けていた。

 

「あゆみ、ご苦労様。どんな感じ?」

「どんな感じも何も、今来たところなんですから」

「えっ、今来たところなの?なんで?」

「だって、トラゲットやってたら、いきなり代わりのウンディーネがやって来てですよ、ホテルの様子を見てくるようにって。いきなりですよ?灯里さん?」

 

「私はなんて言ったらいのか・・・」

 

「あんた、だからそんな格好なの?」

 

藍華はあゆみの格好をまじまじと見つめた。

 

「そんなことはいいんです!そんなことより、お嬢!来るんなら、ウチはいらなかったっしょ?」

「まあ、そこはあれよ。ひとりよりふたりのほうが灯里も安心するのかなって思ったのよ!」

「それって、お嬢がでしょ?」

「そんな、核心をつくのはやめなさい!」

 

「まあまあ」

 

灯里は困った顔でふたりの間に入った。

 

「あんまり大きな声を出すと、不審に思われるから」

 

藍華はギクッと肩をすくめた。

 

「お嬢は前科がありますからね」

「ちょ、ちょっと!それをゆうならあんたもでしょ?」

「ウチはお嬢の言いつけを守っただけですから」

「この子、今になって裏切る気?」

 

「藍華ちゃん?会話がホントにおかしくなってる!」

 

藍華がにらんでる横で、あゆみは涼しい顔でロビーを見回していた。

 

「藍華ちゃん?それでどうするの?」

 

藍華はちょっと心配そうに灯里の顔を見た。

 

「灯里、あんたは大丈夫なの?」

「うん、なんとか」

「あのさぁ、ウチは結構老舗だから、いろんな情報が入って来るのね。最近になって、あんまりいい話を聞かないのよね、このホテル。それに・・・」

 

藍華は周りを伺うように視線をめぐらした。

そして、前屈みになり、小声で話し始めた。

 

「怪我人が出たって話、ホント?」

「う~ん」

「ボヤなんかもあったって」

「藍華ちゃ~ん」

 

灯里の困った表情を見て、藍華はすっと姿勢を戻した。

 

「わかった。もう聞くの、やめにする。だけどこれだけは約束して?危ないことはやめてね。絶対よ!」

 

藍華はそう言って、あゆみを引っ張って行こうとした。

 

「ええー!もう帰るんすか?」

「あんた、ビビンバ好きでしょ?行くわよ!」

「ウチ、最近、ネギ塩豚骨ラーメンにはまってるんですけど・・・」

「ネギ塩とん・・・あんた、普段なに食べてんの?」

「ダメすかねぇ」

「なんでも食べればいいでしょ!」

「さすが!お嬢ー!」

 

ロビーには、ビビンバとネギ塩豚骨の言葉が響いていた。

 

 

灯里はロビーの中央付近に戻ってきた。

 

そこで、すでに立っていたアロンソと目が合った。

 

灯里が気まずそうにうぃていると、距離を保ったまま、さりげなく話しかけてきた。

 

「にぎやかですね」

「す、すみません。お騒がせしました」

「ちなみに俺は味噌醤油豚骨・・・」

「ちょ、ちょっと、待ってください!」

 

灯里は、アロンソのラーメンの好みの味を遮るようにした。

 

玄関から緑色の長い髪の少女が、またもやサングラスをかけた姿で現れた。

 

「またサングラス・・・」

 

ふわふわの襟の少し短めのコート、膝丈のスカートに茶色いブーツを履いて、頭にはかわいい山高帽を被っている。

 

まるでマンホームで古くから伝わる北欧の人形のような姿だった。

 

だがその少女は、灯里の存在に気がつくと、慌てたように近くのソファーに座った。

 

灯里がその少女の方に歩き始めると、すっと立ち上がり、離れた別のソファーへと移動した。

 

また灯里が近づこうとしたとき、また立ち上がろうとした。

が、タイミング悪く、間に合わず、その場でキョロキョロしていた。

 

「あのー」

「はい!なんかご用ですか?」

「それ、私が言うセリフだよ、アリスちゃん!」

 

アリスはぎょっとして固まってしまっていた。

 

「だ、だ、だ、だれのこと、おっしゃっているのですか?」

「もちのろん、アリスちゃんだよ」

「先輩、その言い方・・・あっ!」

「もう、わかっちゃってるし」

「そんなぁ~」

 

アリスはサングラスを取ると、力が一気に抜けたようにソファーに座り込んだ。

 

「アリスちゃん、どうしたの?」

「灯里先輩、いつわかりました?」

「うーん、ホテルに入ってきたところからかなぁ」

「じゃあ、最初からじゃないですか?」

「そうなるね」

「なんなんですかぁ~」

 

「お休みなの?」

「別にお休みではありません」

「じゃあどうしたの?」

「噂のホテルの様子を拝見しに来たんです」

「もう噂になってるっていうこと?」

「もうってどういう意味・・・灯里先輩、何かあったんですか?」

「あっ、ゴメン、アリスちゃん。そこは聞かなかったことで。エヘヘヘ」

「もう!先輩は、ごまかすの下手すぎです!」

 

アリスは、そこで被っていた帽子を取り、サングラスを外した。

 

「とりあえず安心しました。先輩が無事だったので」

「アリスちゃん、ゴメンね。心配かけて」

「そんなことはいいんです。それより聞きましたよ。藍華先輩のこと!」

「藍華ちゃんのことって、どれ?」

「どれって、どういう意味ですか?なんかいろいろやらかしてるってことですか?」

「やらかしたのかなぁ、やっぱり」

 

「わたし、言ったんですよ。灯里先輩におせっかい焼かないほうがいいんじゃないかって。藍華先輩が張り切りすぎると、なんかやらかすんじゃないか心配だって」

「アリスちゃん?もうすでにやらかしたあと、なんだよねぇ~~」

「やっぱりですか?はぁ~」

 

灯里はARIAカンパニーでの一件を説明した。

 

アリスは聞いていた話以上にやらかしていたことにため息をついた。

 

「それじゃあまるで、灯里先輩が幽霊みたいじゃないですか?」

「藍華ちゃんは、藍華ちゃんなりに協力したかったみたいなの。だから、そこはうれしく思ってる」

「もう!先輩はやさしすぎますよ」

「そうかなぁ」

 

 

「それでどうするの?」

「先輩の顔も見たことですし、もう帰ります」

「もう帰るの?藍華ちゃんもすぐ帰っちゃったんだよ」

「来たんですか、藍華先輩?」

「うん、来たよ。あゆみさんも一緒だった」

「あの人、人にはカッコのいいこというくせに、結局はひとりで来れないんじゃないですか!」

「アリスちゃん?前にも言ったと思うんだけど、藍華ちゃんは一応先輩なわけだし・・・」

「もちのろん、知ってます!」

「言っちゃった」

 

アリスは帰り際、振り返って灯里にやさしく微笑んだ。

 

アリスの思いやりに胸がじーんとする思いの灯里だった。

 

と言いつつも、ちょっと疲れたようなため息を灯里は、思わず漏らしていた。

 

「みんな、心配してくれて、ほんとにありがとう。でも、こうも立て続けに来られると、ちょっと疲れるかも」

 

灯里は、思わず苦笑いになっていた。

 

少し一息ついたところで、またアロンソが話しかけてきた。

 

「友達?」

「はい、そうなんです。みんな心配してくれて」

「わざわざ様子を見に来た」

「そうなんですぅ~」

 

「でも正直言って、あまり騒がしいのは」

「申し訳ありません」

「まさか、あれも違うよね?」

「えっ?」

 

正面玄関から入ってきた女性は、両手でサングラスを押さえながら、ロビーの中をぐるぐる見回していた。

 

だが、胸元から肩にかけて肌を見せたドレッシーな服装ながら、そのゴージャスな雰囲気とはちぐはぐな不審な行動をみせていた。

 

そして、灯里と目が合った瞬間、思わずその場で声をかけてきた。

 

「灯里ちゃ~ん!アリスちゃん、見なかった?」

 

「はひっ!」

 

すると、その背後から、またサングラスをかけた女性が姿を現した。

 

「おまえ、何考えてんだ!いきなり話しかけてどうするんだ?」

 

黒髪ロングの、バチッとカッコよく決めたパンツスタイルが、なおいっそうカッコよく見せていた。

 

「あ、あの~~お二人揃って、どうしたんでしょうかぁ~~~?」

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