マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル 作:neo venetiatti
灯里の目の前に現れた女性は、少しポーズを決めて話しかけてきた。
「あの~、フロントクラークさん?とってもかわいい女の子を探してるのだけど、見かけたりしなかったかしら?」
先ほどまでの怪しげな態度とはまったく違う、余裕のポーズを決めていた。
「あ、あの~、アテナさんですよね?」
「ええ~~、なんでわかったのぉ~~?灯里ちゃ~~ん!」
「なんでと言われても・・・」
灯里は苦笑いするしかなかった。
すると、その後ろから黒髪ロングの、上下白のスーツスタイルでビシッとカッコよく決めた女性が現れた。
「おまえはバカか?」
「ちょっと!いくら晃ちゃんでもそれはヒドイわよ~~!」
「だからぁ、なんでいきなり名前で呼ぶんだ?」
「だってぇ~~」
晃はサングラスをはずすと、アテナの横に並んだ。
「一体、これのどこがお忍びなんだ?バレバレじゃないか!」
「そんなこと言ったって、灯里ちゃんがいたから、つい声をかけちゃったのよ。悪い?」
「もういい!お前とは二度とこんなところには来ないからな!」
「まあまあ、そんなこと言わないで下さい」
灯里は思わず間に入っていた。
「ほらぁ~」
「何がほらぁ~だ?」
「灯里ちゃんは、ちゃんとわかってるのよねぇ~」
「だから、何が言いたいんだ?」
「私がわざと分かりやすいように、声をかけたことよ」
「お前は、ただのドジッ子なだけだろ?」
「ちょっと、晃ちゃん!人前でなんてこと言うの?まるでこの私が、いつもドジばかりしてるみたいでしょ?」
「違うのか?」
「もう~~~」
「あの、お取り込みの途中で申し訳ありませんが、そろそろご用件をお願いできますでしょうか?」
「そうだったな。灯里は仕事中だった。邪魔してる場合じゃない」
「そうよねぇ。灯里ちゃんは今、大変な状況にいるのよね」
「それでお二人がそろって来られたわけは、どういうことなんでしょうか?」
「灯里、それは違うんだ」
「違う、と言いますと?」
「それはね、つまり、ふたりじゃないということよ」
「お二人じゃない、ですか?」
すると、晃とアテナが玄関の方に目線を移した。
「やっとお出ましか?」
「そうみたいね」
玄関の扉をドアボーイが両側から開けたところに、その人は登場した。
キレイにウェーブのかかった金髪の長い髪、肩からジャケットをはおり、タイトスカートで歩くその女性は、黒いサングラスがとてもクールに一段と美ししさが増しているようだった。
少し視線を横に向けながら、ハイヒールの靴音をロビーに響かせ、ゆっくりと三人のところに向かって歩いてくる。
「あ、あのー、もしかして・・・」
「なんだ?あいつ、なんかの撮影のつもりか?」
「カッコいいー!」
その女性はようやく三人のまえにやって来ると、ゆっくりとサングラスを外した。
「灯里ちゃん、ご苦労様♡」
「アリシアさん!」
「その勿体ぶった登場はなんなんだ?」
「アリシアちゃん、すごくイイ!」
「ありがとう、アテナちゃん。アテナちゃんもとってもキレイよ」
「ありがとう、アリシアちゃん!」
「晃ちゃんもカッコよく決まってる」
「そ、そうか?」
「あのー、ところで、さっきから聞いてるのですが、水の三大妖精の三人が集まって、一体どうことなんですか?」
「どういうことって、それは決まってるじゃない?陣中見舞いよ」
「陣中見舞い?」
「そうよ。灯里ちゃんが頑張ってるでしょ?だから、応援してあげたくなっちゃった♡」
「ついでにね、みんなでごはんを食べようとなったってわけ」
「それは、アテナ、お前が行きたい行きたいってうるさく言い出したからだろ?」
「そんなことないわよ!晃ちゃんだって、結構ノリノリだったわよ!」
言い合っているふたりの間で、アリシアはニッコリと微笑んだ。
「つまりね、みんなで灯里ちゃんを励ましてあげようとなったってことなの」
「そうだったんですか」
「お邪魔だったかしら?」
アテナが気を使うように聞いた。
「うれしいです!先輩方にわざわざ来ていただけるなんて、うれしいに決まってます!」
「そうか。それはよかった。来たかいがあったというものだ」
晃は、両手を腰において、ニッコリとほほえんで見せた。
「それで、皆さん、なんでそんな格好を?」
「これはね、みんなでホテルに合った格好にしようと考えたんだけど」
「私とアテナはまだしも、アリシア?お前のコンセプトはなんなんだ?」
「私はもちろん、大事な後輩の様子を見に来た、憧れの上司Aよ」
「自分で憧れって言うか?」
「なるほど」
「何がなるほどなんだ、アテナ?」
「だって、灯里ちゃんの元上司で、名前はアリシア。だから、上司A、でしょ?」
「アテナちゃん、大正解♡」
「だからぁ、ホテルだって言ってるだろ!」
晃とアテナは、先にレストランへ向かった。
灯里とアリシアは、ロビーの一角にあるソファーに向かい合うように座っていた。
「いろいろと話は聞いてるわ」
アリシアはサングラスをポーチにしまい、改めて灯里の顔を眺めていた。
「心配していたの。でも元気そうでよかった」
「はい。なんとかやってます」
「みんなも灯里ちゃんのことを心配しているわ」
「はい」
灯里は、それぞれがホテルに姿を現したときのことを思い出していた。
みんな忙しい身なのに、時間をさいてやってきていたのだった。
「アリシアさん、もしかしたら私の考えって、わがままだったのかなぁって思ってたんです」
「ううん、そんなことないわ。灯里ちゃんの思いは、みんなも同じなんだと思う。そう、それはネオ・ヴェネツィアへ思い。みんなにとっても大事なこと。だから、灯里ちゃんの勇気を、みんな尊敬してるのよ」
「尊敬なんて・・・」
「でもね、灯里ちゃん?」
穏やかだったアリシアの表情が真剣な表情へと変わった。
「はい?」
「無理しないでね、絶対に」
「アリシアさん」
「これだけは約束して。お願いだから」
アリシアの心配そうな顔を見て、灯里はアリシアに向かってしっかりと応えた。
「はい。わかりました」
すると、アリシアはほっとした表情で、ソファーに深くもたれかかった。
「灯里ちゃんの顔を見れたかしら?なんだかお腹がすいてきちゃった♡」
「アリシアさ~ん?私の顔って、お腹すくんですかぁ~~?」
「あらあら♡」
会議室のひとつ、モニタールームでアルフ捜査官は、ロビーを写し出していた画面から目を離した。
そして壁際にあるパイプ椅子に腰かけ、目頭を指でギュッと押した。
「灯里くんは、多くの人たちから慕われてるんだな」
そして、もう一度モニターに目を向けた。
「それに比べると、アイツはどうしたもんだろうか・・・」
アルフが見ている画面の中には、ロビーに立っているアロンソのそばに近づいてくる、くたびれたサラリーマン風の男が映し出されていた。
チラチラと灯里とアリシアの様子を横目で見ながら、にやけた顔でそのそばを通過しようとしていた。
「すごい美人だなぁ」
「うるさい」
「ちょっと、なにそれ?」
「うるさいからうるさいと言っているだけだ」
「誰?女優?あのウンディーネと親しそうに話してるけど」
アロンソは答えるのをやめた。
「今回の事件は、あれだね?」
「あれ?」
「ウンディーネが絡んでるね」
「ウンディーネが・・・何か分かったのか?」
「ほら、例の早朝のゴンドラの件」
「サンミケーレ島から消えた」
「そうそう」
「あれがどうした?」
「あれが正体不明」
「ふざけてるなら帰れ」
「正体不明のウンディーネ」
アロンソは別の方に顔を向けた。
「つまり、正体不明の水先案内会社」
「何?」
「存在してないんだよね、正式には」
「どういうことだ?」
「だから確かめたいんだけどさぁ」
アールドはそう言って、にこやかに話す灯里のそばに座っているアリシアを見ていた。
「いやぁ、ほんとに美人だなぁ」
アールドの言葉を聞いたアロンソは、アリシアの顔にチラッと目を向けた。
その瞬間、それに気づいたアリシアが、アロンソの方を見た。
アロンソはすぐに目をそらしたが、アリシアは怪訝な表情でアロンソ見ていた。
「あの手は気を付けた方がいいぞ」
「どういうことだ?」
「見ていないようでちゃんと見てる。怖い!」
「というか、お前、知ってるんだろ?」
「ああ、あの人ね」
アールドはアリシアに背を向けるようにして語り始めた。
「ゴンドラ協会名誉理事、すべてを完璧にこなす才女、アリシア・フローレンス」
「ウンディーネの現役時代、水の三大妖精と称えられたウンディーネ界のトップ3のひとり。だが実質的には彼女が飛び抜けていたらしい。ウンディーネの歴史でレジェンドと呼ばれているグランマから、これまた伝説といわれているARIAカンパニーを引き継いだ女性。なんでも完璧にこなすもんだから、ついたあだ名がミス・パーフェクト」
アールドはニヤリと笑って見せた。
「信じられる?あだ名にパーフェクトがつくんだよ。なにそれって感じ」
アールドは少し浮かれた調子でおどけていた。
「ロックオン」
「何?ロックオンて」
アールドはゆっくりとアリシアの方に顔を向けた。
アリシアが見ていた。
「うわー、どうしよう!」
「なんで刑事のお前がビビってるんだ?」
「何言ってんの、アロンソ?彼女の記憶力はハンパないんだから!覚えられたら、仕事がしにくくなるだろ?」
アロンソはロビーに目を向けながら、そのまま言った。
「それで、どうするんだ?」
「少しでも情報が欲しいとこだけど、今回は止めとく」
「お前らしくない」
「だって、アリシア・フローレンスだぞ?彼女に接触すれば、いろいろと勘ぐられるのは間違いない。俺の刑事としての勘が近づくなと言ってる」
「お前はなんかやらかしてるだろう」
「違うよ。刑事としてって言ってるだろう?」
「ねえ、灯里ちゃん?」
「どうしました、アリシアさん?」
アリシアはどこか遠くに目を向けながら、ちょっと怪訝な表情をしていた。
「私の顔、なんか変かしら?」
「アリシアさんの顔が変?どういうことですか?」
「ちゃんとメイクしてきたつもりなんだけど」
「アリシアさんのメイク、バッチリですよ!」
「ホント?」
「ホントですぅ~キレイに決まってますぅ~~!」
「よかった♡」