マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル   作:neo venetiatti

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第三十話 唯一の誤算?

 

「ゴンドラって、結構管理が厳格に行われているらしいですね」

 

アールドは海沿いを歩きながら、隣にいる灯里に話かけていた。

 

「そうですね。一艘一艘が貴重なものなので、どの水先案内会社も大事に扱っています」

 

「そう聞いたので、仮説を立ててみたんです」

 

「仮説ですか?」

 

「ここからは、アルフ捜査官もアロンソ刑事にも内緒にして下さい」

「なんでですか?」

「まあそこは、いろいろと事情を抱えてるもので」

 

「でもそこは安心して下さい。あくまでも事件解決のためです」

「はぁ」

 

「今回のこの事件、どうも複雑な出来事が絡んでるように思えるんですね。ただひとつ、はっきりしていることが、ホテルがターゲットになっていることです。そこに焦点を絞り込んでいくと、いらないことがわかってきた」

 

「いらないこと?」

 

「そう。つまり、事件にそんなに関係がないと言ったらいいか、必要だったんだろうかと思える点なんです」

「ちょっとピンとこないです」

「そりゃそうだね。簡単に言うと、最初から別にいらなかったんじゃないかということなんだけど」

「えっと、すみません。余計にわけがわからないというか・・・」

「つまり、灯里さん、あなたのことなんですよ」

「私のこと?」

「だってそうじゃない?ホテルに何か迷惑をかけるとういうか、問題をしかけようとするんだったら、それをそのままやってしまった方が早い。こんな回りくどいこと、考えられない」

「そう言われると、確かにそうですが」

「だとすると、何か他に理由があるに違いない」

 

 

 

ふたりは、海沿いにあるゴンドラを扱う工房のひとつにやって来た。

 

古くからあるのか、工房の中は年期の入った雰囲気が漂っていた。

 

「あれ、ここは・・・」

 

灯里がポツリと呟いたとき、中からこれまた年期の入ってそうなおじさんが顔を出した。

 

「なんだ、灯里ちゃんじゃないか?」

 

「お久しぶりです」

 

灯里の笑顔に、その工房のおじさんも思わず笑顔になっていた。

 

その様子を見たアールドが、とぼけた顔でふたりの顔を見比べた。

 

「知り合いなの?」

 

「はい。いつも大変お世話になっています」

 

「そうなんだ」

 

「ARIAカンパニーのゴンドラに関しては、代々こちらの工房でお世話になっているんです」

 

「なんだ、そうだったんだ!それ知ってたら、こんな回り道しなくてもよかったのに」

 

アールドは頭をさすりながら、やれやれといった仕草をしてみせた。

 

「早速なんですが、こちらはあちこちの水先案内会社からゴンドラに関する依頼を受けてらっしゃるとお聞きしたんですが?」

 

その工房の主は怪訝な顔で灯里の方を見た。

 

「ああ~、こちらの方はですね」

 

「すみません。私としたことが失礼しました。ネオ・ヴェネト州警察のアールドといいます」

 

アールドは、胸のポケットから身分証をとりだして見せた。

 

「警察の人がなんなの?」

 

「今言った話なんですが、結構たくさんの水先案内会社と仕事をされていると?」

 

「まあそうだね。うちは古い方だから。でも最近は新しい工房も出てきたりしてるから、以前に比べたら減ってきてはいるけどね」

 

「なるほど。じゃあ、新しいお店からの仕事の依頼は?」

 

「滅多にないねぇ」

 

「滅多に?あるにはある?」

 

「ないわけじゃないよ。でも新規に開店するところは、どこも台所事情がいい訳じゃないから、手っ取り早く引き受けてくれるところに行く傾向にはあるよね」

 

「なるほどねぇ。で、ちなみにどうなんですか、こちらでは?」

 

「新規ねぇ・・・」

 

工房の主は、腕を組んで難しい顔になっていた。

 

「そういえば」

 

「なに?あったの?」

 

「正確にはあったというわけじゃないんだけど」

 

「なにそれ?」

 

「水先案内の仕事に興味があるとかで、ゴンドラについて色々と聞いてきた人がいたね」

 

「それって、店を持つということ?」

 

「そんなこと言ってたな」

 

「それで?どうなったの?」

 

「でも資金に余裕がないから、中古で揃えられないかって」

 

「ゴンドラを?中古で?」

 

アールドは不思議そうな表情で灯里の方に顔を向けた。

 

「そんなこと、あるの?」

 

「私はあまり聞いたことないですけど・・・」

 

すると、工房の主が言った。

 

「ないわけじゃない」

 

「そうなの?」

 

「滅多にはないけどね」

 

「それでその人はなんて?」

 

「とりあえず、そんなところはないかって聞いてきたんで、知ってる店を紹介しといたけど」

 

「そのお店、教えてくれます?」

 

アールドはメモをとると、今度は自分の連絡先のメモを渡した。

 

今度来たら、必ず知らせて欲しいと。

 

「わたし、そのお店知ってます」

 

アールドは灯里の顔をぼんやりと眺めていた。

 

 

 

灯里とアールドは、教えられたゴンドラを取り扱う店に向かった。

 

灯里の案内もあって、それほど時間もかからずに到着することができた。

 

「ウンディーネさんが一緒だと助かるねぇ」

 

アールドのニヤリと笑った顔に灯里は微笑んで返した。

 

作業場の内部が見えるところから海に面したところが斜めにスロープになっていて、いくつかのゴンドラが置かれていた。

 

どれもかなり使い込んだ様子が伺えた。

 

「いないみたいだねぇ」

 

アールドが誰もいない作業場を見て呟いた。

 

「ちょっと待って下さいね」

 

そう言うと、灯里は作業場の横手の方に入っていった。

 

「こんにちはー!おじさーん!」

 

すると、そこから汚れた作業服姿の男が顔を出した。

 

「おおー!誰かと思えば、灯里ちゃんじゃないか!久し振りぃー!」

 

「ご無沙汰してます!」

 

浅黒い顔をしわだらけにして、その男は豪快に笑った。

 

「灯里さん、あんたって人はなんなんだろうねぇ」

 

アールドは感心した様子で、その光景を眺めていた。

 

「お茶でも飲んでく?」

 

「それがですね」

 

「あーこれはこれは失礼しました」

 

「誰、あんた?」

 

アールドはルーティンのように身分証を取り出した。

 

「アールドと申します。少しお伺いしたいことがありまして」

 

「知り合い?」

 

その工房の主人は灯里の方を見て尋ねた。

 

「そのぉー、ちょっとした理由がありまして」

 

「こちらのウンディーネさんには、いろいろとご協力を頂いている次第なんです」

 

「へぇー」

 

その工房の主人は、釈然としない顔でアールドを上から下まで眺めていた。

 

「それで?」

 

アールドは紹介で来たことを告げ、これまでの経緯を簡単に説明した。

 

「おじさん、お忙しいのにすみません」

 

「灯里ちゃんの頼みとあらば、協力しないってわけにはいかないけども」

 

その工房の主人は、仕方ないといった感じでそばにあった作業用と思われる、使い込んだ椅子に腰をおろした。

 

「それでお聞きいたいことが、中古のゴンドラを探してる人がいたということを聞いたのですが?」

 

「いたね」

 

「いた?」

 

「そうだね。うちは修理専門だけど、古くなったもので使えそうなものは、引き取って中古として出す。だからそういう客は結構来るね」

 

「最近来た客は?」

 

「まあ、何人かは」

 

「何人かね。どんな人か教えてくれます?」

 

「どんな人って言ってもねぇ」

 

「水先案内店を開業することに興味があるって人とかは?」

 

「そういえば、そんなのがいたなぁ」

 

「いたの?」

 

「でもあれはちょっと違うなぁ」

 

「違うって何が?」

 

「店を持ちたいとか、そんなんじゃないね、あれは」

 

「えっ、ちょっと何それ?なんでわかるの?」

 

「あれは軍人だな」

 

「軍人?」

 

アールドは驚きと嬉しさがいっしょくたになって、顔がひきつっていた。

 

「灯里さん?」

 

「はい?」

 

「やっぱりあんたと来て正解だった」

 

「はぁ」

 

アールドはその主に向き直ると、真剣な表情に変わった。

 

「ところで、なんで軍人てわかるの?」

 

「そりゃあ、おれがそうだったからだよ」

 

「そうなんだ。何が違うの?」

 

「見ればわかるんだよ。理屈じゃないんだ。同じところに長年いると、なんだろう。身体に染み着くといったらいいか」

 

「へぇー」

 

「でもあれはまた、ちょっとちがうね」

 

「違うって?」

 

「筋金入りだが、俺らとは違う。根っからの軍人。つまり、かなりの上級クラスだね、あれは」

 

「そうなんだ。でもなんでそんな人が水先案内店なんて、考えたんだろうね」

 

「そんなの、わかるわけないだろう?」

 

 

 

 

「この事件て、ややこしそうでしょ?」

 

アールドは、帰る道すがら灯里に話かけていた。

 

中古のゴンドラに感心あるなんて人物は珍しいことから、また訪れることがあったらすぐに連絡をもらえるよう話をして、灯里とアールドはその工房を離れた。

 

そして、海沿いを歩きながら、アールドは灯里の横顔に話しかけていた。

 

「灯里さん、どう思います?」

 

「わたしにはちょっと・・・」

 

「そりゃそうだよね。でもね、こういうときこそ、何かきっかけになるポイントがあるもんなんだよねぇ」

 

「ポイント?」

 

「そうそう。この事件、誰が見ても用意周到に計画された犯行だと思えるよね。犯行予告から始まって、次々といろんなことが起こってるし、ホテルに内通者がいないと成立しないこともあるしね。なのに、なんかチグハグな感じもする」

 

「チグハグですか?」

 

「だってさぁ、用意周到に計画されたとしたら、あのフロントクラークの女性、狙う必要あったのかなって思ってね」

 

「アデリーナさんですか?」

 

「そうその人。だって、あんなことしたら、もっと警戒して下さいって言ってるようなもんでしょ?そもそもの目的がどこにあるのかは、まだわかったわけじゃないけど、やりにくくなるに決まってる。犯人自らハードルを上げてるようなもんだよ」

 

「はぁ」

 

「おそらくだけど、このチグハグさが指し示す意味は、犯人は一枚岩じゃないということ」

 

「それって、仲間割れみたいなことですか?」

 

「灯里さん、鋭い!」

 

「そ、それほどでも。エヘヘヘ」

 

「そもそもあのフロントクラークさんは、あのホテル・ネオ・ヴェネツィアーティーが新設されるのを期にやって来たって話なんだよ。だから、狙われたきっかけが、まだよくわかっていない。ただ、総支配人の肝いりで抜擢されたってところは、ひっかかるんだけど」

 

「アデリーナさんはとても気配りができて、判断も的確で、ホテルの皆さんから一目おかれていました」

 

「そこだよね。捜査官は、地雷を踏んだのかもなんて言ってたらしいけどね」

 

アールドは納得したように、フムフムとうなずいた。

 

「ただね、こういうややこしい事件の時は、反対から見るのも、ひとつ、手だと思ってるんだよ」

 

「反対からですか?」

 

「用意周到に計画を練ったはずだと思うんだよね、犯人は。でも、そういう時こそ見落としてることってあるもんなんだよ」

 

「見落としてる」

 

「まだまだこの事件、何が起こるかわからないところもある。というか、起こすはずだ。だが、犯人が敏感に何かを感じ取れるヤツだったら、もう気付いてるはずなんだ。あれっ、こんなはずじゃなかったんだけどってね」

 

「何かあるんですか?」

 

「うん、あるね。ボクはこう推察してる。これは、犯人が判断を誤った唯一の誤算」

 

「先程の仲間割れとかですか?」

 

「いや、それはある程度わかっていた可能性もある」

 

「ということは、何か別のことで、ですか?」

 

「灯里さん、あんた本当にウンディーネさん?」

 

「わたし、それ以外の何かに見えますでしょうかぁ~?」

 

「ハハハハ!」

 

アールドは灯里の困惑した顔に思わず笑っていた。

 

「ごめんごめん。つまりね、計画を練りに練っても、そもそも知り得ないことは分かりようがなかったということだよね」

 

「そんなことがあったんですね」

 

「あったんですねって言ってるけど、灯里さん?」

 

「はい?」

 

「あなたのことですよ」

 

「わ、わたし!」

 

「犯人が予測出来なかった唯一の誤算て、あなたとことなんです」

 

「アールドさん!なんで私なんですか?」

 

「あの黒ずくめの男、灯里さんが第一発見者となった人物。当初はあれが唯一の手がかりだった。でも、考えても見てください。そもそも、そんなの必要ありますか?」

 

「でも、あの人、またホテルに来たんです」

 

「ボヤ騒ぎの一件ですよね」

 

「はい。私に手を引くように言ったんです」

 

「なるほどねぇ」

 

アールドは少し笑ってみせた。

 

「何がおかしいんですか?」

 

「だから、誤算だったからなんですよ。まさか、ウンディーネが灯里さんみたいな人だなんて思いもしなかった、ということなんです」

 

「すみません、アールドさん?私には、よくわからないのですが・・・」

 

「灯里さんがわからないのは当然です。だって、犯人だってそうだったんですから」

 

「アールドさん?」

 

「すみません、そうですね」

 

アールドは、エヘンと咳払いをして仕切り直した。

 

「黒ずくめの男なんて、本来必要じゃないんです。あれは、犯人はここにいるぞっていう、いわば目眩ましのようなものだったんです。つまり、犯人を特定されないようにするためのカムフラージュなんです。多分ですけど」

 

灯里は、少しどや顔で話すアールドの横顔を、「はぁ」とため息を漏らして見ていた。

 

「そこで、黒ずくめ男がいることをしっかりと証言してくれる目撃者が必要だった。しかも印象に残るシチュエーションでね」

 

「その目撃者が私ってことなんですか?」

 

「そういうことです。わざわざ陽も暮れかけた時間にサンミケーレ島までゴンドラで送らせる。これ以上ないシチュエーションでしょ?このネオ・ヴェネツィアにおいては特にね」

 

「確かに、あんな時間にサンミケーレ島に行かれる方なんて、ほとんどいません」

 

「そしてそれを、噂のARIAカンパニーのウンディーネに狙いを定めた」

 

「なんか、ちょっと、わかってきたような・・・」

 

 

 

「有名な水先案内店に素晴らしいと噂のウンディーネ。おそらく、前評判を聞いていたのでしょう。証言者としては、打ってつけです。誰も疑わない」

 

「でも、私だった」

 

「灯里さんには悪いけど、犯人は勝手に前の店長、アリシア・フローレンスのことだと思ったはず。だが、もしかしたら顔すら知らなかったのかもしれません」

 

「はぁ」

 

「それが犯人の誤算だった」

 

「アールドさん?なんか私、複雑ですぅ~」

 

「いやいや、灯里さん?そんなショックを受けるようなことじゃないですよ。さっきも言ったように、犯人の誤算は、ウンディーネが灯里さんだったことなんです」

 

「だから、アリシアさんではなく、私だった」

 

「そうじゃなくて、灯里さんのような人だと思ってなかったということですよ!」

 

「私のような人って・・・」

 

「まあおいおいわかってきますよ。それよりいま気になってること。ボクの勘では、きっと灯里さんは、この事件のキーパーソンになる」

 

「なんですか、それ?もうややこしいのは結構ですよ~~」

 

 

 

灯里とアールドは、ARIAカンパニーの近くまで戻ってきていた。

 

「灯里さん、お付き合い頂いてホントにありがとう。お休みだったのに申し訳ない。でも大きな収穫があったからね」

 

「お役に立ててよかったです」

 

「でも、まだ何もわかってるわけじゃないから気をつけてね」

 

「あのー、さっきのキーパーソンの話、気になってるんですけど」

 

「ごめんごめん。ちょっと驚かしちゃったかなぁ。大丈夫だよ、灯里さんは。なんと言っても主役だからね。多分だけど」

 

「なんかビミョーな感じですぅ~」

 

「ハハハハ」

 

アールドは灯里の困った顔がツボになってしまっていた。

 

「そう言えば、彼女どうしてんの?あのアガタ女史は?」

 

「私が休みなので、サポート役のアガタさんも、本日は休みだと思います」

 

「そうなんだ。彼女のポジティブさには頭が下がるよね」

 

「そうですね。先輩のアデリーナさんがあんな目にあったのに、あんなにも頑張ってらっしゃいます。わたし、あそこまで頑張れるかわかりません」

 

「彼女が居合わせたことで、あのフロントクラークさんも助かったわけだしね」

 

「そうですね」

 

「そう言えば、アロンソも居合わせたらしいけど、アガタ女史、フロントクラークさんを捜していたらしいんだよね。何があったんだろう。なんか聞いてない?」

 

「確か、誰かにアデリーナさんのことを尋ねたられたって言ってたような・・・」

 

「尋ねた人がいたの?誰?」

 

「えっと、そうだ!アレッサンドラさんです!」

 

「ア、アレッサンドラ?もしかしてあの女優の?スッゴい美人で有名の?ネオ・ヴェネツィア国際映画祭で新人賞を受賞した?あの、アレッサンドラ?」

 

「はひっ!」

 

「それって・・・」

 

「なんかあるんですか?アールドさん!」

 

「あるよ!いや、ない!」

 

「はい?」

 

「ボク、まだ会ってな~~~い!」

 

アールドは、これまで見たことない、情けない顔になっていた。

 

「今度ホテルについていくけど、いい?いいよね?」

 

「私には、なんとも答えようがないのですが・・・」

 

「灯里さ~~~ん」

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