マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル   作:neo venetiatti

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第三十三話 出会っていた?

 

その時は突然訪れた。

 

ホテル・ネオ・ヴェネツィアーティーの副支配人が、その日全く姿を見せないアデルモ総支配人を不信に思い、連絡を取ろうとしたが、どこにもその姿は発見されなかった。

 

アルフ捜査官は至急専従捜査班を召集し、アデルモの捜索に全力をあげるよう命じた。

 

万一のことを含め、アロンソを始め、ホテル班の捜査員もホテル内やその周辺をくまなく捜索した。

 

だが、その姿はどこにも見当たらなかった。

 

疑わしい人物として名前があがっていたアルピーナ婦人やアレキサンドロに加え、アガタや灯里たちもアリバイを調べられていた。

 

だが、アデルモにつながる証拠は何もあがってこなかった。

 

その一方で、少しずつアデルモの過去についてわかり始めていた。

 

アデルモがマンホームのリゾートホテルにいた頃から、本人がいうところの旅をしていた半年後に、ホテル・エクセルシオール・ネオ・ヴェネツィアで支配人となるが、それから金遣いが荒くなり始めていた。

誰かパトロンでもいるのかと噂されていたが、その一方で、女性と子供を養っていたという噂話も出てきた。

だがアデルモには結婚していた経歴はなく、そのプライベートをはっきりと知る者もいなかった。

 

「その当時のエクセルシオールを徹底的に調べろ!」

 

アルフ捜査官の激が飛んだ。

 

捜査班は、アデルモ本人の捜索とエクセルシオールにいた当時を調べる側と二手に別れた。捜査は完全にアデルモに的が絞られていた。

 

 

 

 

「はぁ~」

 

アガタは、灯里のそばまでやって来ると、大きなため息を漏らした。

 

「どうされたんですか?」

 

灯里は力なくうなだれているアガタを気遣うように声をかけた。

 

黒づくめの男の特定には至らず、その上アデルモの失踪という出来事まで起こり、どうすることも出来ないロビーでは、ホテル関係者全員がそのアリバイを調べられたことで、苛立ちがピークに達しようとしていた。

 

だが、灯里の横に戻ってきたアガタは、まるで関係がないかのように、不満だらけの表情をしていた。

 

「おかしいと思いません、灯里さん?」

 

「そうですねぇ。おかしいとは思います」

 

「でしょ?」

 

「はい」

 

「そうですよ。絶対におかしいです!」

 

「ところで、あの、どの辺がおかしいのでしょう?」

 

「ええー!灯里さん、それ、どういうことですか?」

 

「あっ、いえ、そのぉ~、なんか色々ありすぎて、ちょっとこんがらがってきてしまって」

 

「なるほど。そういうことですか。それなら、灯里さんの気持ちもわかります」

 

灯里は「エヘヘヘ」と何とか苦笑いでごまかそうとしていた。

 

「でもです!」

 

「はひっ!」

 

「納得いきません!」

 

「ああ、それは、結局のところ、何がどう、納得がいかないというか、なんというか・・・」

 

「あれですよ!あっ!れっ!」

 

アガタは人差し指をグイッとフロントの方につきだした。

 

そこには、他のホテルから急遽応援に駆けつけた女性のフロントクラークが、忙しく接客に追われていた。

 

「この私や、灯里さんがいるというのに、それを差し置いてですよ?なんであんな人が、あそこに、当たり前のようにいるのかです!」

 

「ア、アガタさん!聞こえますよ!」

 

「いいんです!ちょっと、綺麗だからって・・・フン!」

 

灯里は、またもや苦笑いを顔に浮かべていた。

 

「アガタさん、そこだったんですね・・・」

 

「これ以上気になることが他に何かありました?」

 

「だってアデルモ総支配人のことで、色々と・・・」

 

「それも確かにありました」

 

アガタはアデルモの名前を聞くと、少しうつ向いて暗い表情になった。

 

「実は前から気にはなってたんです」

 

「前からですか?」

 

「ええ。先輩といい、私といい、こんな若くて綺麗な乙女たちを、こんな豪華なホテルのフロントクラークに抜擢するなんて、なんかあると思ってたんですよ」

 

「そ、そうなんですね」

 

「やっぱり総支配人には、何か私たちには知らない別の顔があったりするのでは・・・」

 

「別の顔?」

 

「そうです!例えば、生きのいい女子たちを育てて、あちこちのホテルに派遣するんです!そして言うんです!返して欲しくなければ、いや、返して欲しければ・・・ん?あれ?」

 

「あ、あの、アガタさん?」

 

アガタの頭の上に、はてなマークが浮かんでいるところに、誰か後ろから冷めた口調で話かけてくる声が聞こえた。

 

「あんた、何をやらかしたの?」

 

アロンソだった。

 

「なんですか?いきなり。そんな言われ方される覚えはありません!」

 

アガタは不愉快だと言わんばかりに、口をとんがらぜた。

 

「じゃあ、なんで捜査官からお呼びがかかってんの?」

 

「お呼びですか?さっきちゃんとアリバイをお話しましたよ?」

 

「それとは別件のようだね。とにかく会議室に来てくれって」

 

「ええー?また行くんですか?そんなに暇じゃないんですけど、わたしたち」

 

「いや、あんただけ」

 

「ええー?なんでですか?脇役だからですかぁ?」

 

「そんなこと聞かれても知らない」

 

アガタは、ブツクサ言いながら、従業員出入口の方へ向かって行った。

 

灯里はそんなアガタを見送っていたが、ふとアロンソと目が合ってしまった。

 

「えーと、あのー、そのー」

 

その時、二人の背後から声がかけれた。

 

「アガタ女史は、相変わらず楽しそうに仕事してるねぇ」

 

「アールドさん!」

 

いつもの調子でくたびれたコートを引きずるように、アールドがニヤリと笑って立っていた。

 

「部外者は出ていってくれ」

 

アロンソもまた、いつもの調子で冷たく言い放った。

 

「またそんな冷たいことを言うねぇ」

 

「冷たいとかそんなんじゃなく、ほんとにそうだから仕方がない」

 

「またまたぁ」

 

灯里は、二人の言葉のラリーに口をあんぐりと開けて見ていた。

 

「そうだ、灯里さん?」

 

「はい、なんですか?」

 

「来てる?」

 

「来てるって、誰がですか?」

 

「灯里さんも、またまたぁ」

 

「またと言われても・・・」

 

「あれだね?ここのホテルはさぁ、ロビーにいると、とぼけるのがうまくなるんだね」

 

そう言われたアロンソと灯里は、なんとなくお互いを見ていた。

 

「まあ正直言って、どっちがどっちだとは言いにくいところもあるんだけどね」

 

「何が言いたいんだ?」

 

「ああ、ごめんごめん。一応仕事中だったね」

 

「だから帰れ」

 

「残念なんだけど、今日は灯里さんに用があるんだよねぇ」

 

「わたしですか?」

 

「だから、灯里さん?こないだ頼んだ件、覚えてる?」

 

「こないだって?」

 

「うそ!マジで?ほんとに?」

 

「す、すみません。えっと、なんだったでしょう~?」

 

「ひどいなぁ、灯里さん!あの超美人で有名な、こないだのネオ・ヴェネツィア映画祭で華々しく新人賞を取った、赤が世界で一番似合う、ほら、ね?わかるでしょ?」

 

「ああ、わかりました!」

 

「そうでしょ!」

 

「姫屋の晃さん!」

 

ドテッ

 

「い、いや、その灯里さん?」

 

「違いましたぁ?」

 

「当然違うよね?晃さんは新人賞取らないよね?だって、女優じゃないもんね?」

 

「違うかぁ」

 

「えっ、灯里さん?わざとなの?中年のおじさんをからかってるのかな?」

 

「だとすると」

 

「うん、だとすると?」

 

「藍華ちゃん!」

 

ドテッ

 

「違うよね?最初っからわかってるよね?というか、そんなに赤ってイメージでもないような気もするよね?」

 

「だって、クリムゾン・ローズって」

 

「だからそれは、さっきの晃さんの通り名だよね?」

 

「えっ、アールドさん?晃さんのこと、ご存知なんですか?」

 

「灯里ちゃん、もう止めよっか?このラリー」

 

「はひー」

 

「言えないなら、言えないって言ってくれればいいのにさぁ」

 

アールドは苦笑しながら、頭を掻いていた。

 

「スミマセン」

 

「別にいいんだけど。でも、本当はダメなんだけどね」

 

そこにアロンソが話に入ってきた。

 

「一体さっきから何を無駄口を叩いてるんだ?」

 

「お前さんはいいの。どうせ興味ないだろうし」

 

「アレッサンドラ・テスタロッサ」

 

アロンソはロビーに目を向けながらポツリと呟いた。

 

「そんなさぁ、あっさりとよく言えたもんだねぇ。灯里さんを見てみろよ?」

 

灯里は「あー」と口を開けて、抗議するような目で、アロンソを見ていた。

 

「女優のひとりやふたり、どうしたって言うんだ?」

 

「またそんなこと言っちゃって。ほらぁ、また灯里さん、怒らしちゃったんだから」

 

灯里は、アロンソに背を向けて、ブスッとほっぺを膨らませていた。

 

「個人情報ですよ、アロンソさん!」

 

「そうですよ、アロンソさん!」

 

アールドは灯里の真似をして言って見せた。

 

「それでなんだ?お前はそんなのに会いにきたのか?」

 

「会いに来たのかって言うけど、なかなか会えないんだからね」

 

「じゃあ、そこでじっとしればいい」

 

アロンソは、顎を近くにあるソファーに向けた。

 

「また、そんな言い方して。で、泊まってるの?どうなの、灯里さん?」

 

「だから、言えません!」

 

そう言った瞬間だった。

 

ロビー全体を一瞬にして空気を変えてしまう、かぐわしい香りが漂ってきた。

 

三人は同時に正面玄関に目を向けた。

 

アレッサンドラ・テスタロッサは、両サイドからドアボーイによって開けられたドアの中央から、オーラ全開の姿で現れた。それはまるで、舞台中央から主役の女優が登場でもしたかのような印象をそこにいる全員に与えていた。

 

トレードマークの大きなサングラスを少しずらしながら、その大きな瞳でもって、チラッと横目で視線を送った。

 

その姿に誰もが見とれ、動きを止めてしまう。

 

灯里は、あんぐりと口を開けたままだった。

 

アロンソは、いつもと変わらない表情で、その姿を見ていた。

 

その横で、アールドはニヤリと表情を崩していた。

 

アレッサンドラは、そのずらしたサングラスから見える瞳を、三人の方に向けた。

 

その時、ほんの一瞬だったが、その瞳が今までにない鋭い光を放っていた。

 

しかしそれは、誰に向けられたものかは、定かではなかった。

 

「いよいよお出ましか」

 

「えっ?」

 

灯里は、アールドが何気なく呟いた言葉に引っ掛かっていた。

 

「どういう意味・・・」

 

だが、そんな灯里の前にその美貌の主は、足を止めた。

 

そしてサングラスをゆっくりと外し、その印象的な瞳で灯里をじっと見つめた。

 

「灯里さん、お疲れ様。あなたには、本当に頭が上がらないわ」

 

「はっ?へっ?ほっ?」

 

「あなたのような献身的な姿をすべての人が見習うべきだと思う。もちろん、この私も含めてね」

 

「あ、あのー、そこまで言って頂いて恐縮しますデス」

 

「時間があるときに、是非お会いしましょう。そうね。その時はゴンドラに乗せていただこうかしら」

 

「はい!その時は、いろんなところを・・・はひッ!」

 

「どうしたの?」

 

「あ、あのー、わたしはフロントクラークでして、ハハハハ・・・ゴ、ゴホン!」

 

あたふたしている灯里を見て、アレッサンドラはクスッと小さく笑った。

 

「じゃあ頑張ってね。フロントクラークのウンディーネさん!」

 

「はい!あ、いや・・・ああー、どうして、そうなるんですかぁー?」

 

困った顔をしている灯里を尻目に、アレッサンドラは悠然と立ち去っていった。

 

「いやぁー、やっぱりすごい美人だねぇー!びっくりしたぁー!」

 

アールドはちょっと大袈裟と思えるように声をあげた。

 

「それにしても、灯里さん!知り合いだったの?なんであんな親しそうなの?」

 

「なんでって、それには色々と事情があってですね、うーん・・・」

 

「なんかマズイの?」

 

「だって、アールドさん!わたし、ここでは一応ホテルのフロントクラークなわけですから!」

 

「なるほど。彼女は灯里さんの事情を知ってるって訳だ」

 

「今さらなんですけども。トホホホ~」

 

「というか、灯里さん?それって、気にしてるの、灯里さんだけだと思うよ」

 

「えっ、どういうことですか?」

 

「灯里さんが、あのARIAカンパニーのウンディーネだなんて、まさに今さらだということ!」

 

「ええー!そうだったんですかぁ?」

 

「灯里さんが驚いてることに、驚いちゃうんだけど」

 

灯里は、その場でひとりぐったりとうなだれてしまった。

 

「でもアールドさんだって、なんか知り合いみたいなこと、言ってませんでした?」

 

「ボクが?そんなこと言ってた?」

 

「いよいよお出ましかとかなんとか」

 

アールドはそれを灯里から言われて、気まずそうに笑った。

 

「あーあぁー。そんなこと言ってたんだぁ。やっぱり灯里さんて、なんかあるのかなぁ?」

 

「なんかって、なんですか?それって、ゼッタイ誉めてませんよね?」

 

 

 

 

アガタは、捜査本部となっている会議室のドアの前に立っていた。

 

「さっきも来たばっかりで、また来ることになるなんて。私がなんかしたって言うんですか?」

 

ブツブツ呟きながら、そのドアをノックした。

 

中から聞き覚えのある声がして、アガタはドアを開けた。

 

部屋の中には、アルフ捜査官ともうひとり、見慣れないスーツ姿の男性がいた。

 

「ご苦労様。まあそこに座ってくれ」

 

アガタはアルフに言われるがまま、目の前のパイプ椅子に座った。

 

部屋の中は、明らかに数時間ほど前にアリバイの説明に訪れた時とは違う空気が漂っていることを、アガタは感じていた。

 

「実は君に来てもらったのは、改めてあのときのことを話してもらいたいからなんだ」

 

「あのときの?」

 

「そう、アデリーナが襲われた時のことだ」

 

アガタは少し動揺した顔になっていた。

 

「でもそれは、あの時、さんざん説明したはずです」

 

「そうなんだが、実はあの時、君だけが最重要人物二人に、同時に会っていたんだ」

 

アガタはアルフの言葉に、何か言おうとした状態で、動きを止めていた。

 

「私だけってどういうことですか?」

 

「そのままの意味だ」

 

「それって誰なんですか?」

 

アルフは、そこにいるもうひとりの男性の方を見た。

 

その男は、黙ったまま、頷き返した。

 

「そこにいた、二人の犯人だ」

 

「二人って」

 

「実行犯の姉と、それを手助けした妹」

 

アガタは言葉を失っていた。

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