マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル   作:neo venetiatti

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第三十四話 キナ臭い匂い

 

「アガタくん、こちらはインターポールの方だ」

 

アガタは状況が飲み込めずにいた。

 

その男から放たれた言葉も、今いる状況もすぐには理解できそうになかった。

 

「今はまだ詳しいことまでは言えないが、これまでとは少し、事態が変わり始めているんだ」

 

アルフ捜査官は、難しい顔をしているアガタにゆっくりと話しかけた。

 

「アガタくん、今一度あの時のことを思い出してほしい」

 

「思い出せと言われても・・・」

 

「なんでもいい。気づいたことだ」

 

「でもあの時お話ししたこと以外、何も見てません」

 

アルフは、そのインターポールの刑事の男に目を向けた。

 

男は軽く頷いた。

 

「少し混乱させてしまったようだね。それなら一旦先程の話は忘れてくれ。その上で、思い出してほしい。なんでもかまわない」

 

「そう言われても」

 

アガタは困惑の色を隠せないでいた。

 

「アルフさん?」

 

「なんだ?」

 

「さっき姉妹って言ってましたよね?」

 

「そうだ」

 

「誰だかわかったってことですか?先輩にあんなひどいことした人のこと!」

 

「いや、残念だが、まだはっきりとしたわけじゃないんだ。ただ、あのリネン室にいた女には、どうやら姉妹がいたらしい。だが、行方がわかっていない。今その関連を調べているところなんだ」

 

「じゃあ、その人が犯人なんですか?」

 

アガタの表情が険しくなった。

 

「でもなんで先輩なんですか?恨まれていたとかですか?」

 

「悪いが、そこはまだ話せない」

 

「なぜですか?」

 

「今回の殺人予告とは、また別の事件と絡んでるからなんだ」

 

アガタはアルフのその言葉を聞いて、もうひとりいるその男を見た。

 

これまで接してきたアルフやアロンソたちとは明らかに違う雰囲気を持ったその男が、そのためにここにいるということを、アガタはようやく理解することが出来た。

 

 

 

 

「お姉様、どうなさいました?」

 

アンナリーザ・エレノアは、歴史を感じさせる執務室の、その大きな机のところに、小さな身体で座っているアリーチェの様子に驚いていた。

 

「アンナリーザ、呼び出して悪かったわね」

 

「あら、お姉様がそんな謙虚ななことをおっしゃるなんて、どうされたのですか?お下痢でもなさいました?」

 

「お、お下痢?何を言ってるの、アンナリーザ?」

 

「違うのですか?」

 

「違うわよ!」

 

「それなら良かったですわ」

 

「どこで納得してるのよ!まったく、もう!」

 

アリーチェよりも背が高く、すらりとした身体で立つアンナリーザは、その辺のファッションモデルでは、太刀打ちできないほどの美貌を持っていた。

 

そんな彼女が、アリーチェのリアクションを見て少し安心したように微笑んだ。

 

二人は、部屋の中央にあるソファーのところで、向かい合って座った。

 

そこへ女性秘書が、紅茶を運んできた。

そして一礼すると、そのまま退出した。

 

「先日は、病院の手配を引き受けてくれてありがとう。助かったわ」

 

「そんなこと、造作もないことですわ。あそこは、昔からうちが支えているようなもの。ただ、説明をしただけです」

 

そう言ってアンナリーザはカップに口を着けた。

 

「ところでお姉様?アルマはどうしたの?いつもなら彼女が来ますのに」

 

「しばらく休んでるの」

 

「珍しいこともあるもんね」

 

「実は今日来てもらったのは、他でもない。アルマのことで頼みたいことがあって」

 

アリーチェは、少し上の方に目線を向けると、虚空をみつめるような表情をした。

 

「深刻なことですわね、お姉様?そのようなお顔をされるとういうのは・・・」

 

そう言ったアンナリーザは、驚いた顔で口をポカンと開けた。

 

「まさか、あのホテルの従業員のことと関係しているとか・・・お姉様?」

 

アリーチェは、大きなため息をつくと、目を閉じた。

 

「アルマの生まれの件は、あなたにも話したわよね。それを辿っていくうちに、身寄りのないと思われていた彼女に、腹違いの妹がいることがわかったの」

 

「そんなことが・・・。ということは、あの男に繋がっていると?」

 

「そういうことになる」

 

「まさか。だから、なの?」

 

「そう考えるのが、今のところ、妥当な結論でしょうね」

 

「それなら尚のこと、わからないわ。なぜあの従業員が狙われたの?」

 

「そこをあなたに調べてもらいたいの。私は、こんな立場だから、あまり目立った行動は出来ない」

 

「確かにそうですわね」

 

アリーチェは、紅茶を一口飲むと、またため息をついた。

 

「あの男、まだ何かあるに違いないですわ。それに・・・」

 

「お姉様、他にも何かあるのですか?」

 

「あの女、いつも派手に登場するのに、少しも尻尾をつかませない」

 

アリーチェの表情が、心配から嫌悪に変わった。

 

それを見たアンナリーザは、ふっと笑みを漏らした。

 

「お姉様も相当なお節介焼きですわね」

 

アリーチェは手に持っていたティーカップを皿に戻すと、真剣な表情でアンナリーザに目を向けた。

 

「アンナ、これだけは言える。時間はないということよ」

 

「そんなに深刻なのですか?」

 

「まだ、表沙汰にはなってないことだけど、あの男、姿を消したらしいの。三日前に」

 

「そうなのですか?」

 

アンナリーザは、いつもとは違う深刻な姉の表情に、心配になっていた。

 

 

 

 

「おっ、アガタ女史のお帰りだ」

 

アールドは、冗談めかしてアガタがロビーに戻ってきた姿を見てそう言ったが、アガタの表情が冴えないことに気がついた。

 

「アガタさん、お帰りなさい」

 

「灯里さん、ただいまぁ~」

 

アガタは灯里の横に立つと、大きなため息をついた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「うん、そうですね。ありました。でも言うなって言われてますので」

 

アールドはそんなアガタの様子にちょっと驚いてみせた。

 

「へぇー、そうなんですね。なるほどね」

 

「なるほどねって、どういうことですか?ご存知なんですか?」

 

そこにアロンソが口を挟んだ。

 

「口車にのっちゃだめだ。こいつは捜査班の人間じゃない」

 

「えっ?」

 

アガタは驚いてアールドの顔を見た。

 

「おじさんて、警察の人ですよね?違うんですか?じゃあ誰なんですか?」

 

「違いはしないよ。でもこいつの言う通り、正式にはこの事件の捜査員ではないね」

 

「じゃあ、なんなんですか?確か、ピストル持ってましたよ?」

 

アガタは思いっきり白い目でアールドに視線を送った。

 

「おい、アロンソ!余計なこというなよ!これまで協力してきただろ?」

 

その様子にポカンと見ていた灯里が、クスッと小さく笑った。

 

「どうしたんですか、灯里さん?」

 

「僕たち、そんな笑われるようなこと、言ったつもりないですよ?」

 

「いいえ、なんでもないです」

 

灯里は振り返って、笑いをこらえていた。

 

 

 

 

灯里とアガタが今日の勤務を終えて帰路についた頃、従業員通路の自販機の側でカップを取り出そうとしているアロンソのそばで、アールドはぽつりと呟いた。

 

「新展開?」

 

アロンソはそれには答えず、黙ったままカップのコーヒーを口にした。

 

アールドはそのまま言葉を続けた。

 

「アデルモ氏が姿を消して三日。そろそろ次の展開があってもいいのに、捜査本部も目立った動きがない。そこでアガタ女史が改めて呼ばれた。アリバイなんか何回きかれてもそう変るもんじゃない。だが、彼女の神妙な反応。何か意外なことを聞かれたに違いない」

 

「そうだろうな」

 

「えっ?反応してくれるの?うれしいなぁ~」

 

「捜査官の態度が変わった。それは確かだ。だが、それ以上は話さない」

 

「つまり、現場の捜査員に知らせるには、ちょっと深刻な何かが出てきた?」

 

「そんなところだろう」

 

「なるほどね」

 

「なんだ?また何か情報をつかんでるのか?」

 

「つかんでるわけじゃないけど、ホテル業界ってさぁ、歴史がある分、いろいろ聞くじゃない?」

 

「いろいろねぇ」

 

「あんたも危ない橋を渡ってきた方だから、耳にはしてるだろうけど、影のフィクサーと言われている、あのホテル王の話。最近、耳にする機会があったんだよねぇ」

 

「それはまともな仕事の話か?それともわけのわからない、あんたの人脈の話か?」

 

「わけのわからないは、失礼だよ。でも、当たってるけど」

 

アールドはニヤリと笑ってみせた。

 

「関わってなければいいのにねぇ。せっかく総支配人にまでなったんだから」

 

その時、アロンソの電話が鳴った。

 

アロンソはアールドに背を向けると、少し離れていった。

 

押さえた声で話す雰囲気が、聞いているアールドに、何かを期待させる感じだった。

 

電話を切ったアロンソが振り返ってこう言った。

 

「その人脈の話、どれくらい信用できるんだ?」

 

「えっ?うーん、そうだなぁ。少なくとも、捜査本部ではわからないかもね」

 

ニヤリと笑うアールドの顔をじっと見ていたアロンソは、こう切り出した。

 

「交換条件だ」

 

アロンソの言葉に、アールドは目をふせて静かに笑った。

 

「いいよ。それで何がわかったの?」

 

「インターポールが動いている」

 

その言葉にアールドは思わず目を見開いた。

 

「そうなの?へぇ~~」

 

とぼけた反応を見せるアールドにアロンソは少し苛立った顔になった。

 

「そっちも言え」

 

「ホテル王の裏の顔といえる、ヤバい組織の連中がアクアに入ってきている。しかも先日、ネオ・ヴェネツィアでも目撃された」

 

アロンソは眉間にシワを寄せて、目付きを鋭くさせた。

 

「あの総支配人、もうこの世にいないってこと、ないよねぇ?」

 

アールドは、本当にそう思っているのか、疑わしいくらい気の毒そうな顔で呟いた。

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