マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル 作:neo venetiatti
捜査本部としているホテルの会議室で、アルフ捜査官は、一部を除いたほとんどの捜査員を召集していた。
それは、捜査方針の大幅な変更を余儀なくされていたからだった。
先日やって来たインターポールの刑事により、事態が急を要することを告げていた。
「みんなに集まってもらったのは、重要な用件があるからだ。ここへ来て、大幅な捜査方針の変更を行う必要がでてきた」
集まった捜査員たちに動揺の声が上がった。
「何かあったのですか?」
そんな声の上がる中、アロンソは黙って目を閉じていた。
「もうすでに知っている者もいるかもしれないが、先日インターポールから捜査員が訪ねてきた」
今度は先ほどとは違い、緊張感が漂い始めた。
「失踪したアデルモ総支配人に関して、情報の提供と協力を求めるものだった。インターポールでは、このホテルを立ち上げた当初からアデルモ氏をマークしていたらしい」
「今回の脅迫事件と何か関連があるんですか?」
「その部分は、まだはっきりしているわけではないが、おそらくその関連を探るためだろう」
「インターポールが動くということは、アデルモは、何か国際的な犯罪に関わっていたと?」
「彼自身が、というわけではないらしい。アデルモ氏が、関わっていた人物が厄介なんだ」
「誰ですか?」
「ホテル王、アイアート・ライデン」
一同がその名前を聞いて沈黙した。
「知っての通り、ホテル王として君臨する人物だが、もうひとつの裏の顔は黒一色。そして尻尾を掴ませない。だが、インターポールは何かを掴んだに違いない。そして、アデルモ氏の名前を出してきた。そんな中で起きたホテルの脅迫事件だ。全く関係がないとは考えられない」
今まで黙っていたアロンソが口を開いた。
「インターポールは、この脅迫事件をどこまで把握してるんですか?」
アルフは少し間をおくと、鼻からため息のような息を吐き出した。
「犯人」
「犯人をですか?」
捜査員一同がどよめいた。
「正確にはすべてではない。おそらく把握しているのは、アデリーナを襲った件だ」
「誰ですか?」
アロンソの語気が強くなった。
「リネン室で捕らえたアージアは、実行犯の協力者と我々の側でも見当はついていた訳だが、アージアはその実行犯の妹だということだ」
「じゃあその姉は?姉が実行犯ということですか?」
「そういうことになる」
「だから誰なんですか?」
「アルマだ」
「アルマ・・・」
その場にいた捜査員たちは、その名前に心当たりがないようだった。
だが、アロンソだけは、何かに気づいたようだった。
「捜査官?このホテルに来てますよね?」
その言葉に全員がアロンソに注目した。
「ああ、現れた」
「あっ、そうか!だから・・・」
捜査員一同がアルフの口から放たれる言葉に静まり返った。
「アリーチェ・エレノアのメイド、アルマだ」
どよめきが広がった。
そして、誰かから思わず声が漏れた。
「エレノア財閥が、どうして・・・」
会議室の空気が一変に重苦しくなった。
インターポールにホテル王が登場し、アデリーナの事件は姉妹の犯行、そこにエレノア財閥まで。
ホテルを脅迫した事件とは、桁違いの出来事に発展しそうな話だった。
しかも、渦中のアデルモはどこへ行ったかわかっていない。
「だがみんな、脅迫事件も、インターポールのお出ましがあっても、やはり鍵を握るのはアデルモだ。いったいアデルモが、どんなかたちでホテル王と関わり、アデリーナを襲った姉妹と繋がっているのかだ!」
捜査本部は、先ほどの沈んだ空気から一変、捜査員たちの目付きが変わり始めた。
「これまでの捜査の先に、必ず答えがあるはずだ!なんとしてもアデルモを追え!」
「灯里さん、それ、ホントなんですか?」
アガタは驚いた顔で、灯里の顔を見つめていた。
「はい、そのようです」
灯里は、捜査本部のアルフに呼ばれていた。そこで何か大事な話があったようで、ロビーに戻った灯里の、少し元気のない様子に、アガタは心配になって声をかけた。
灯里の返事はこうだった。
「お役目は終了とのことです」
それを聞いたアガタは、一瞬戸惑った様子で、じっと立ち尽くしていた。
「じゃあ、灯里さんは、もうホテルには来られないということですか?」
「そうなります」
「灯里さんは、それでいいんですか?」
アガタの声のトーンが強くなった。
「ごめんなさい」
「アガタさん、謝らないでください。これまでよくしていただいたのは、私の方なんですから」
「でもなんでなんですか?」
「捜査の方針が変わるそうで、私がここにいることも、あまり必要ではなくなったとのことです」
「そんなぁ~。じゃあこれまでやってきたことはなんだったんですか?灯里さんが目撃した、あのお騒がせ男はなんだったんでしょうか?」
「お騒がせ男?」
「あのくろずくめの、趣味の悪い男の人ですよ!」
「そういう意味なんですね」
「なんか騒がせるだけ騒がせといて、最重要人物だとか言っちゃって。なのに、いったいなんなんでしょうかねぇー!」
「アガタさん、ごもっともです」
「そうですよねぇー!」
アガタはそう言うと、ふぅーと息を吐き出した。そして、少し真顔になって灯里の方に再び顔を向けた。
「灯里さん?」
「はい?」
「ちょっと寂しくなりますねぇ」
「アガタさん」
「それに、いったい何がどうなってるのか、わからないことだらけです」
「はい」
「これから先、どうなるんでしょう」
アガタはここに居続け、この先どうなるかわからない不安と向き合っていかなければならなかった。
だが、アガタの不安は、灯里にも同じことが言えた。
確かに自分は、ここを離れたら、次の日からウンディーネに戻ればいい。
でもそれでは、このネオ・ヴェネツィアから、何も不安が解消されたわけではない。
灯里が捜査に協力を申し出た理由は、それがあったからだった。
何か得体の知れない大きなものに飲み込まれていくような、そんな不安を感じていた。
「灯里さん?」
「なんでしょうか?」
「いつか、ゴンドラに乗せてください」
「はい!是非!」
「そんな日が早く来ないかなぁ」
灯里はまた訪れることを約束した。
そして気になっていたアデリーナのところに、一緒にお見舞いにいくことも約束した。
そのあとは、アレッサンドラ・テスタロッサの映画を観に行くことも約束した。
「ここにいる限り、私はまた会えますからね。多分ですけど」
アガタは楽しそうに笑ってみせた。
だが、アガタの思いとは裏腹に、それは実現せずに終わりを告げることになりそうだった。
アデリーナは、担当医の診察の結果、予定されていた日よりも早くに退院できそうだった。
入院してから数週間、事件の被害者ということもあって、ホテル関係者とは、ほぼ誰とも面会できずにいた。
そのため現在のネオ・ヴェネツィアーティーのことをほとんど把握できていなかった。
しかも、アデリーナの方から連絡を取ることも禁じられていた。
それ故に、余計に気がかりで仕方がなかった。
「アデリーナさん、これから先のスケジュールが決まったので、お渡ししておきますね」
A4用紙に印刷された文面の中には、リハビリの日程も記されていた。
「順調にいけば、一週間で退院できるかもしれないわね。後は、通院をしばらくしていただいて経過を見る感じですね」
アデリーナは、その病院職員の話に明るい気持ちになっていた。
それは、少しでも早くホテルに復帰できることへの希望でもあった。
「それと、以前いらしてたアンナリーザさんが来られていたみたいね」
アデリーナはその名前をきいて、ハッと驚いた顔になった。
「その方、まだ病院にいますか?」
「どうだろう?院長先生と話されていたと思うので、もしかしたらまだいらっしゃるかも」
「会わせて下さい!」
「確認はしてみるけど」
「わたし、まだ会ったことがないんです」
「そうだったの?」
「はい。是非お礼を言っておかなくてはならないですし・・・」
アデリーナは、またとないチャンスに思えた。
自分の身に起きたことと、今置かれている状況を知る、唯一の人に違いない。
職員が出ていったあと、その答えを知るまでの間、胸の鼓動が早まるのがわかった。
その時、ドアをノックする音が鳴った。
「どうぞ」
アデリーナは、そのドアを開けて入ってくるのは、先ほどの職員だと思い込んでいたので、その姿を見た瞬間、何も言葉が出てこなかった。
「よろしいかしら?」
病室に入ってきたその女性は、なぜ同じ人間なのに、こうも違うのかと思わずにはいれないくらいの美貌の持ち主だった。
すらりと伸びたプロポーションとウェーブのかかったきれいなロングヘア。
どこの王室のプリンセスかと訪ねたくなるほどの、美貌とオーラを兼ね備えていた。
アデリーナはポカンとその姿に見とれてしまっていた。
「初めまして、アデリーナさん。アンナリーザ・エレノアと申します。お会いできて光栄です」
「どうも、初めまして」
アデリーナはそれ以上言葉が続かない。
「何かお聞きになりたいことがあるとか?」
アデリーナはうまく言えそうになかったが、このまま帰られたら、この先一生会えないと思い、話を切り出すことにした。
「あの、ほんとは最初にお礼を言わなくてはいけないのはわかってるのですが・・・」
アンナリーザは、躊躇しているアデリーナに優しくほほえんでみせた。
「お気になさらなくとも結構です。どうぞなんなりと」
「じゃあ、聞きます。理由を教えて下さい。なぜこんなことをするのかを」
アデリーナの真剣な眼差しに、アンナリーザはぐっとアデリーナの目を見つめた。
「いきなり直球勝負なのですね?」
アデリーナはその見つめる眼差しから目をそらすまいと、目線を外さないよう見返した。
だがアンナリーザからは、はなから勝負になりそうにないほどのオーラが放たれていた。