マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル 作:neo venetiatti
アデリーナは、いつでも客を迎えられるよう笑顔をつくろってはいたが、フロントから視界に入るアロンソが、どうしても気になっていた。
〈わかってはいても、なんか邪魔なのよね〉
そんなアデリーナに気付いたのか、アガタがそっと身を寄せてきた。
「先輩?どこ見てるんですか?」
「どこって、別にどこということはないわよ」
「そうなんですか?さっきからチラチラあの人のことを見てるように思うんですけど?」
「あの人?」
「あの日焼けした刑事さん」
「ちょっとアガタ!それを言っちゃダメでしょ?」
アデリーナは声をひそめるようにしていたが、強い口調でアガタに釘を刺した。
アロンソ刑事は、フロントクラークと同じ制服を着て、ロビーの中央寄りに立っていた。
昨日、アデリーナが総支配人室で会った時の印象とは違い、無精髭はきれいに剃られ、こざっぱりとしていて、制服のスーツ姿が板についていた。
アロンソは、いつでも対処できるよう、フロントクラークとしてホテルのロビーに張り付いていた。
「すみません、先輩。でも、私は何をしたらいいんですか?」
「いつも通りでいいのよ。フロントクラークとして、しっかりと働いていればいいの」
「でも先輩は、犯人逮捕に協力するんでしょ?」
「だからそういうことを口にしちゃダメだって!」
「スミマセン」
アロンソがフロントの方を振り返って、こちらにジロッと目を向けていた。
「私、あの人のこと、あんまり好きになれません」
「そんなこと、いいから」
アデリーナはカウンターの前にやって来た客に挨拶した。
アガタはすっと離れ、持ち場に戻った。
その時、アロンソの前にひとりの老婆がやってきた。
アロンソは、その硬い表情のまま、その老婆に顔を向けた。
「なんですか?」
「ここはホテル・ネオ・ヴェネツィアーティーでよろしいですか?」
「ええ、その通りですが?」
「ホテルなんて久し振りなもんで、勝手がわからなくてね」
「それなら、あちらに行ってください」
アロンソはフロントの方を指差した。
その様子を見たアデリーナの表情が一変した。
「アガタ、ここお願い!」
「は、はい!」
アデリーナはカウンターの端へ回り込むと、急ぎ足でアロンソのところへ向かった。
声のトーンは低く抑えられていたが、抑えきれない気持ちが爆発しそうだった。
「どういうつもりですか?」
「何が?」
「何がじゃありません!」
「何をそんなにカリカリしてるんですか?」
「お客様にあんな態度はおかしいじゃないですか?」
「ああ、あの客?ちゃんとフロントに案内しましたよ」
「そうじゃないです!あなたの態度がホテルマンとして、あり得ないと言ってるんです!」
「僕はホテルマンじゃない」
「じゃあ、あなたが着ているその制服は、なんなんですか?」
「これは捜査のためです」
「その制服を着た以上、あなたはすでにホテルマンなんです!そんな振る舞いをされると困るんです」
「僕はちゃんと客に案内しました」
「客じゃありません!」
「じゃあなに?」
「お客様です!」
アデリーナの毅然とした態度に、アロンソは煙たそうに回りに視線を向けていた。
「こうしている間にも犯人を取り逃がすかもしれない」
「犯人なんてどうでもいいんです!」
「ちょっと、あんた!」
周辺の客たちが、ふたりに視線を向けはじめていた。
その時、別のフロントクラークの制服を着た男が、アロンソに近づいて耳打ちした。
「目撃者・・・ウンディーネ・・・証言を・・・」
「わかった」
二人は足早にフロントの奥へと姿を消した。
その姿に呆気に取られていたアデリーナにも、その声が耳に届いていた。
「目撃者が現れたの?それもウンディーネって・・・」
アデリーナは、急いでフロントへ向かった。
そして、カウンターの前にたどり着いた老婆に優しく声をかけた。
その老婆は、何も気にしていないと手を振って見せた。
アデリーナには、その老婆の白く細い指がとても印象的だった。