マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル   作:neo venetiatti

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第四十四話 ネオとアクアでお休み

「灯里さん?」

 

灯里がロビーを走り回っていた子供たちと、迎えに来た父親に手を振って見送っていた横で、アガタも手を振って立っていた。

 

「アガタさん、どうかされたんですか?」

 

アガタの表情がいつになく元気がなかった。

 

「なんかですね、最近わかんなくなってきまして」

 

「はぁ」

 

「なんか、いろんなことがありすぎて、よく整理できてないというか、なんというか・・・」

 

「整理ですか」

 

「そうなんです。なのに、なんでかわからないんですけど、やたらと忙しいんですよ。ここ最近」

 

「ホテルが忙しいのって、いいことじゃないんですか?」

 

「でも、程度ってものがあるじゃないですか?」

 

「まあ確かに、そうかも」

 

「でしょ?灯里さんもお仕事柄、あるんじゃないですか?」

 

「そうですね」

 

「ふーん」

 

アガタはロビーの真ん中で、大きなため息をついた。

 

「いったいこのホテルの教育はどうなってるの?」

 

灯里たちよりだいぶんと背丈の低い、お嬢様気質いっぱいのオーラを発散した少女がそこに立っていた。

 

「い、いらっしゃいませ!ようこそ、ホテル・ネオ・ヴェネツィアーティーへ!」

 

灯里は練習していたフレーズを条件反射のように言葉にした。

 

その横でアガタは、不思議そうな顔をしていた。

 

「確か見たことあるような・・・」

 

しかし、次のセリフを言う前に、数名の男性従業員が必死の形相で走ってきた。

 

「あれ、副支配人に部長に・・・」

 

アガタの前を通過すると、かしこまったように一同が直立不動になって立ち止まった。

 

「お待ちしておりました、アリーチェ・エレノア様!」

 

そのセリフを聞いて、アガタはようやくわかった。

 

「そうだ。あの、なんかやたらと偉そうなお嬢様です。ね?灯里さん?」

 

「そ、そうですね?いや、あの、その~~」

 

灯里は、アガタの声がアリーチェに聞こえていないか気が気でなかった。

 

「どうなの、ホテルの調子は?」

 

「はい、それはもう、順調でございます!ご当主様!」

 

「それはよかったわ」

 

副支配人は、従業員たちに指示を出す普段の口調とは大違いの声のトーンだった。

 

「君たちもちゃんと挨拶をしたまえ!」

 

副支配人は灯里とアガタに厳しい口調で言った。

 

「このホテルの新しいオーナー様だぞ!」

 

「オーナー様?」

「いつの間に?」

 

二人は目を丸くして、涼しげに微笑むアリーチェを見つめた。

 

「そういうことだから、よろしくね」

 

アリーチェは腰に手を当ててポーズを決めていた。

 

「お嬢様?あまりお時間がありません」

 

そのアリーチェの後方で、第一秘書のアレグロが声をかけた。

 

アリーチェの手がズルッと滑った。

 

「アレグロ!私の立場も考えなさい!それにタイミングも!」

 

アリーチェは、不満げな顔ながらも、ホテルの男たちを従えて奥へと進んでいった。

 

灯里とアガタは、大きく息をついた。

 

「アガタさんは、ご存知だったんですか?」

 

「知りません。いきなりですよ!そんな重要なこと、なんで従業員に知らされてないんですか?」

 

「そうなんですね」

 

灯里は、アガタのプンプン怒る表情を見て苦笑していた。

 

その時、アロンソが怖い形相でロビーに現れた。

ロビーを見回すと、そのまま階段の方へと走っていった。

 

「なんだったんでしょう」

 

「わたし、あの人、ちょっと苦手なんですよねぇ」

 

「ホント、なんだろうね」

 

いつの間にか二人に並ぶようにアールドが立っていた。

 

「おじさん!いきなりなんですか?」

 

「だからさぁ、アガタさん?もうさぁ、止めてくんない?」

 

言葉は冗談めかしていたが、アロンソの後ろ姿を追う目は、笑ってなかった。

 

灯里はそんなアールドの表情に、何か不安を感じ始めていた。

 

「そういえば、アデリーナさんはどうしたの?休み?」

 

「休みな訳ないじゃないですかぁー!」

 

「じゃあ、どこ?」

 

アールドはフロントからロビーへと視線を走らせていた。

途端に表情が曇り始めた。

 

「アールドさん、どうしたんですか?」

 

灯里は心配になって、アールドの緊張感を漂わせた横顔に尋ねた。

 

アガタは腕を組んで難しい顔で言った。

 

「わかりません」

 

「わからない?お客を部屋まで案内に行ってるとか?」

 

「それならそうとメモでも残すはずなんですけど、先輩にしては珍しく、なんにも書き残してないんですよねぇ」

 

「じゃあ今、アデリーナさんがどこで何をしてるかってことを、把握してる人はいないってこと?」

 

そのアールドの言葉を聞いて、アガタの表情が一変した。

 

 

 

 

アルピーナ婦人は、ホテルでぼや騒ぎがあって以来、長期滞在用の部屋へと移っていた。

 

その部屋から出ようとドアを開けた瞬間、目の前の廊下を灯里が走っていく姿があった。

 

廊下に出たアルピーナ婦人は、キョロキョロ辺りを見回している灯里の後ろ姿に声をかけた。

 

「灯里さん!」

 

その声に驚いて灯里は振り返った。

 

「アルピーナさん!」

 

「どうしたの?何かあったの?」

 

「はい、実は・・・」

 

灯里は言った方がいいのか、少し迷った。

 

「何か大変なことがあったのね?」

 

「アルピーナさんにもお聞きした方がいいのかも」

 

「どういうこと?」

 

「アデリーナさんを見かけませんでしたか?」

 

「アデリーナさんて、あのフロントクラークの方?」

 

「そうです!さっきから、どこにも見当たらなくて、手分けして捜してるんです!」

 

「いない・・・」

 

アルピーナ婦人はそう呟いて、灯里の顔を真剣な顔で見つめた。

 

「そう、いないの。いないのね?」

 

「アルピーナさん?」

 

「一足遅かった。また、同じ過ちを繰り返してしまったのかもしれない」

 

アルピーナ婦人は後悔の念を滲ませた表情をしていた。

 

「あの、どういうことですか?」

 

「おそらく、ライデンね」

 

「はぁ」

 

「アデルモ総支配人は、まだ戻ってないわよね?」

 

「総支配人ですか?まだ、戻られてないと思いますが」

 

「そうなのね。だから矛先を変えた」

 

「あの、アルピーナさん?」

 

灯里は話しが見えてこず、困惑していた。

 

「もしかして、アルピーナさんは、何かご存知なんですか?」

 

すると、先ほどアルピーナ婦人が閉めたドアが、カチャリと音がなって開いた。

 

「アダルベルトさん!」

 

部屋からは、浅黒い顔をした、眼光鋭い男が姿を現した。

 

「婦人?今、情報が入りました。ライデンが動いたと」

 

「そうなの」

 

不安な表情で見つめている灯里の方に、アルピーナ婦人はゆっくりと振り向いた。

 

「灯里さん?思っていたより、急がないといけないかもしれない」

 

「それってどういうことなんでしょうか?」

 

「このホテルは、負の連鎖に囚われている」

 

「あの、どういうこと・・・」

 

灯里はそれ以上聞けなかった。

アルピーナ婦人とアダルベルトの表情が、あまりにも真剣だからだった。

 

「悪いこと言わないわ。今からでも、ここを離れることはできないの?あなたのような方がいるべき場所ではないと思うの」

 

灯里はどう返事していいかわからなかった。

 

深刻な状況にいることは感じていた。

だが、ここを離れることはそれ以上に考えられなかった。

 

「婦人?先程の情報ですが、続きが」

 

アダルベルトが声をかけた。

 

「ライデンが配下の者を始末したというものです」

 

「配下?仲間ということ?」

 

「先日、アデルモの奪取に失敗した者のようです」

 

「でもそうすると、ライデンの目的は何?」

 

「おそらく推察するに、取引を持ちかけて始末された」

 

「でも、アデルモ氏はエレノアのご当主のところでしょ?アルマも・・・」

 

「つまり」

 

「だからなの?」

 

二人の会話を聞いていた灯里は、顔を強ばらせて動けずにいた。

 

「私には、お二人が何をおっしゃっているのか、わかりません」

 

アルピーナとアダルベルトは、灯里の言葉に不安な顔を向けた。

 

「灯里さん?」

 

「わたし、聞かなかったことにします」

 

そう言って、灯里は足早にその場を去っていった。

 

アルピーナ婦人は、そんな灯里の後ろ姿を見つめていた。

 

「確かに、灯里さんが知る必要のない話だったかもしれない。でもね、あなたが必死になって捜している人のことなのよ」

 

廊下の角を曲がっていく灯里の背中には、まるで不安と焦りが張り付いているように見えた。

 

 

 

 

 

アガタは落ち込んだ表情で、従業員出入口からとぼとぼとロビーに戻ってきた。

 

「どうだった?」

 

正面玄関から走ってきたアールドが、そんなアガタに声をかけた。

 

「いません。どこにも」

 

「そうか」

 

うなだれているアガタに、アールドはどう声をかけていいか、困った顔をしていた。

 

「先輩、どこにいったんですか?」

 

「アガタさん、諦めるのはまだ早い」

 

「誰も諦めてません!」

 

「そ、そうだよね」

 

アールドは気まずそうに頭をかいていた。

 

「アガタさん?バックヤードや関係者が出入りしそうなところ、それにホテルの周辺にもいないとなると、後は客室と考えるのが妥当だと思う」

 

「客室って言ったって、どれだけあると思ってるんるんですか?」

 

「確かにそうなんだけど、フロントにいたはずのアデリーナさんがそこにいないとなると、考えられるのは、お客への対応でフロントを離れたということじゃないの?」

 

「そうかもしれません」

 

「そうだ!宿泊名簿は見れる?」

 

「見れますけど」

 

「片っ端から捜すんだ!アデリーナさんがトラブルに巻き込まれそうな客はいないかを」

 

「捜すって、おじさん!このホテル・ネオ・ヴェネツィアーティーに、どれだけの宿泊客が泊まってるって思ってるんですか?」

 

「別に全部って言ってるんじゃない。ここ一日二日の話だ。しかも短期の宿泊予定の客だ!」

 

アガタはカウンターの中に回り込むと、タブレットに指を走らせた。

 

「でも、ここ最近でも、30名ほどのお客様がいます」

 

「なんでそんなにいるの?」

 

「知りません!」

 

アガタは苛立ちと焦りの感情をアールドにぶつけた。

 

その時、カウンターに近づいてきた男性がアガタに声をかけてきた。

 

「予約をしていたのだが、いいかな?」

 

「は、はい!お客様!」

 

アガタは返事をしながらも、タブレットから手を離そうとしなかった。

 

「どうしよう・・・」

 

「こちらでお引き受けいたします、お客様?」

 

アガタの少し離れた横に、涼しげな顔をしたアヴェリーノが立っていた。

 

「応援のひと!」

 

「あのときの彼か!」

 

アガタとアールドは突然現れた救世主でも見るかのように、ふたり同時に声をあげた。

 

アヴェリーノはニッコリと微笑んで客への応対をしてくれた。

 

その様子に安心して、アガタはカウンターの上にタブレットを出して、アールドと宿泊者名簿に集中した。

 

アヴェリーノは手続きの後、ロビーに目をやった。

手の空いているベルボーイは一人もいない様子だった。

 

「それではご案内いたします」

 

そう言って、カウンターから出ていこうとした時、思い出したように振り返った。

 

「そうだ、アガタさん?今、七階って忙しいのですか?」

 

そう言われたアガタは、怖い顔でアヴェリーノを見た。

 

「今このホテルで、暇なところはひとつもありません!全部忙しいんですぅ!」

 

「そ、そうなんですね」

 

アヴェリーノは、困ったように眉を下げて苦笑していた。

 

そして、向きを変え歩き出した。

 

その時、ズボンのポケットから紙屑のような、黄色いものを出し、ゴミ箱に入れていった。

 

とても自然な、何気ない所作だった。

 

だが、アールドは視界の隅でそれを捕らえていた。

 

 

 

 

特別なVIPしか通されない豪華な部屋で、アリーチェはゆったりと大きなソファーに腰かけていた。

 

第一秘書のアレグロは、そのそばで澄ました顔で立っていた。

 

「どうして私たちは待たされているのかしら?」

 

アリーチェは釈然としない様子でポツリと呟いた。

 

「どうしてと聞かれましても」

 

「あのねぇ、仮にも第一秘書なんでしょ?」

 

「そのように仰せつかっております」

 

「もう!」

 

その時、アレグロの携帯電話が鳴った。

 

アレグロは、電話の相手に冷静かつ歯切れいい返答をしていた。

そして、その電話を切ると、おもむろにアリーチェにこう言った。

 

「アンナリーザ様から、アデルモ氏が逃走したとご報告です」

 

「ブホッ!」

 

アリーチェは、飲みかけのコーヒーを思わず吐き出した。

 

「いきなりナニ?どういうこと?」

 

「ですので、アデルモ氏が・・・」

 

「わかったわよ!そんな報告は一回で充分よ!」

 

アリーチェはカップを受け皿に戻すと、大きなため息をついて、ソファーに深々ともたれかかった。

 

「今さらなんでそういうことになるの?」

 

「それともうひとつ、ございます」

 

アレグロは冷静に言葉を続けた。

 

「まだあるの?」

 

「アルマもいなくなりました」

 

「アルマも?」

 

「どうやら手引きをしたのが、アルマだということのようです」

 

「アルマがアデルモの逃走に協力したってことなの?」

 

アリーチェは思わずこめかみを親指と人差し指で、グッと押さえた。

 

すると、ドアをノックする音が鳴った。

 

恐縮しきりの副支配人が、腰を低くして入ってきた。

 

アリーチェは、上目遣いで睨み付けた。

 

「ねえ、副支配人?この時間はナニ待ち?」

 

「申し訳ありません。実は少々手違いがございまして」

 

「手違い?」

 

「それで少々ホテルがバタバタしておりまして」

 

「バタバタって、忙しいってことなんでしょ?いいことじゃない。喜ぶべきよ」

 

「そうではございませんでして」

 

「なんなの?はっきりおっしゃい!」

 

「実は、従業員がひとり、いなくなりまして」

 

「いなくなったって、何をしてるの?ちゃんと従業員教育はやってるの?」

 

「そういうことではございませんでして、突然と申しましょうか、姿が見えなくなったということでございます」

 

「あなたねぇ、何をバカなことを言って・・・」

 

アリーチェは、何かに気づいたように突然、自ら言葉を遮った。

 

「アレグロ?あのフロントクラーク、ロビーには?」

 

「いませんでした」

 

「いない・・・」

 

「あの、ご当主?」

 

「それって、フロントクラークね?」

 

「なぜご存知で?」

 

アリーチェは苦い表情で、ソファーをバン!と叩いた。

 

「アレグロ!」

 

「はい、お嬢様」

 

「うちの特命チーム全員に召集をかけて!全員よ!」

 

「全員ですか?」

 

「そうよ!」

 

「別名“”アリーチェ隊“”ですよね?」

 

「なにそれ?私の知らないところでいつの間に・・・」

 

「あのー、実は二名が現在休暇中でして」

 

「当主が声をかけているのに、なんなのよ!」

 

「一名はネオ・ディズニーランドで、もう一名はユニバーサル・スタジオ・アクアです」

 

「なんでも、ネオとかアクアってつけたらいいってもんじゃないでしょ!」

 

「久し振りの家族サービスで、子供たちがはしゃいで喜んでるとかで・・・」

 

アリーチェは頭を押さえた。

 

「もうなんでもいいわ。とにかく集められるだけ集めなさい!」

 

「わかりました!」

 

「戦争よ!」

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