マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル   作:neo venetiatti

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第四十六話 予想外の推理

 

灯里は、ホテル一階のロビーに戻ってくると、必死の表情で辺りを見回した。

 

すると、フロントのカウンターを挟んで何かを覗き込むように立っているアガタとアールドの姿が見えた。

 

灯里は少し気を落ち着かせようと意識的にスピードを押さえて歩き出した。

だがどうしても足早になっしまう。

 

「アガタさん!アールドさん!」

 

その声に顔を上げた二人は、急ぎ足で迫ってくる灯里に驚いた表情を向けた。

 

「どうしたんですか、灯里さん!」

「なんかあったんだね?」

 

アガタとアールドは同時に声を上げた。

 

「あわわわわ~~」

 

「灯里さん、ちょっと落ち着いて!」

 

「あ、あの~~先ほどなんですけど~~」

 

「どうしたの?」

 

「アロンソさんが、自分は先に行くから知らせて来てくれっておっしゃってですね?」

 

「行くってどこなんですか?」

「誰に知らせろって?」

 

「あわわわ~!どちらからお答えしたらいいですかあぁー!?」

 

「どっちでもいいから!」

「そんなことはないけど・・・」

 

「じゃあ話された順番でいいですか?」

 

「もう!灯里さん!」

 

アガタは何か言おうとしたアールドの口を手で押さえた。

 

「アデリーナさんは、きっとそこにいるって走って行かれたんです!」

 

「なんだって!」

 

アールドはアガタの手を押し退けて声を上げた。

 

「それ、どこなんですか?」

 

「アサド様という方が、クリーニングのスーツを取りに来られなかったんですね?」

 

「なんの話?」

「誰なんですか、灯里さーん!」

 

「だからぁ、取りに来られるはずだったアサド様が、来てないということでですね?」

 

「わかったぁ!」

「誰なんですかぁー!おじさん!」

 

「もう!アガタさん!」

「なんですか!」

「調べて!それで!」

 

アガタはハッと気がついて目の前のタブレットを手前に引き寄せた。

 

「705号室です」

 

「灯里さん、知ってたの?」

 

「はい。リネン担当の方がそうおっしゃってました」

 

「じゃあ行きましょう!今からみんなで乗り込んで・・・」

 

アガタはアールドの難しい顔を見て、途中まで上げた握りこぶしを下ろした。

 

「ちょっと待って。そもそもなんでそこにアデリーナさんがいるってわかったの?アロンソは、なんでそう思ったわけ?あいつ、なんて言ってたの?」

 

「ああ、それは、なんていうか、それだと言わんばかりの勢いだったと申しましょうか・・・」

 

「よっぽど高級なスーツなのに取りに来なかったから、とか?」

 

アガタはそう言って、ふたりの顔を見た。

 

「誰も突っ込んでくれないんですね」

 

「そうだ!」

 

「うわぁ!びっくりしたぁ!」

 

アガタはうつむきかけた顔を、灯里の声に驚いて勢いよく上げた。

 

「それともうひとつ、ありました!」

 

「何があったんですか?」

 

「そのリネン担当の方が久しぶりに会ったっておっしゃったんです。そしたら急にアロンソさんの表情が変わって・・・」

 

「誰!」

「誰!」

 

「そんなぁ、おふたり同時に・・・」

 

「あいつ、誰って聞いたら驚いたの?」

 

「確か、アージアさんというお名前だったです」

 

「えっ!それホント?」

 

アールドは思わずアガタと顔を見合わせた。

 

「能面女!」

 

アガタは眉間にシワを寄せて怖い顔でそう言った。

 

「能面?」

 

「そうか。灯里さんは知らないんだ」

 

「灯里さんは、あの注射器女、知らないんですか?」

 

「えっと、能面?注射器?それってなんでしょうかぁー?」

 

アールドの顔色が変わった。

 

「これはちょっと急がないと、マズイことになりそうだ」

 

「そんな大変なことなんですか?」

 

「灯里さん?アデリーナさんがバックヤードで襲われた一件があったとき、先ほど言ってたリネン室でアガタさんも襲われそうになった話は知ってるよね?」

 

「はい、お聞きしてます」

 

「それ時の女がアージア。アルマの妹なんだ」

 

「アリーチェ様のお側付きのメイドの、あのアルマさんの?」

 

「そうなんだ。これはまだ、世間には公表されてない話なんだけど、その姉妹がアデリーナさんを襲った犯人だという話を、あるところからあってね」

 

「インターポールです」

 

「ちょっと、アガタさん!」

 

「しかも、総支配人とも関係があるらしいんです」

 

「アガタさんさぁ・・・」

 

「しかも、もっとややこしいことにもなってるって噂です」

 

「あぁ~~」

 

アールドは額を押さえていた。

 

「おじさん!わかったんなら、急がないとダメじゃないですかぁー?」

 

「いや、待って。それはマズイかもしれないんだ」

 

「なんですか?」

 

「ボクとアガタさん、それにアロンソの3人は顔を知られている。あの時の3人だからね。だから、うかつに動いて刺激したら、どうなるかわからない」

 

「それじゃあ、どうするんですか?」

 

アガタはカウンターに乗り出すように手をついて詰め寄った。

 

「灯里さん?アロンソは他に何か言ってなかった?」

 

「他にですか?うーん、何か言ってたかといわれても・・・」

 

「おじさん?警察の人たち、たくさんいるんですよね?みんなで一斉に行けばいいんじゃないですか?」

 

「アガタさんには悪いが、ここにはたくさんの警察の人は、実はいないんだ」

 

「どうして?あの無精髭のおじさんがいつもいるじゃないですか?」

 

「そうなんだが、ホントのこと言うと、いつもはいないんだ。特に最近はね。他に大きな事件が絡んで来ちゃったから」

 

「そうなんですか?じゃあ他の人は?」

 

アガタは、改めてロビーを見渡した

 

正面玄関にドアボーイに扮した男性がひとり、客の対応をしている女性のフロントクラークがひとり。顔の知っている捜査員は、ロビーには二人しかいなかった。

 

「つまり、そういうこと」

 

驚いた顔のアガタに、アールドはすまなさそうに応えた。

 

「ちょっと、待ってください!おかしいですよ!ホテルの脅迫事件はどうなったんですか?先輩の事件は、まだ何も解決してません!」

 

「アガタさん、声が大きいよ」

 

アールドはアガタをなだめるように声をかけた。

 

だが、アガタはタブレットをカウンターの中にしまうと、そのままその場を離れようとした。

 

「アガタさん、どこ行くの?」

 

「行ってきます。705号室に」

 

「行ってどうするの?」

 

「助けるんです!先輩を!」

 

「ちょっと、早まっちゃダメだよ!」

 

「じゃあ、どうするんですか?」

 

「うーん・・・」

 

二人の会話を聞いていた灯里がこう切り出した。

 

「それじゃあ、私が行きます」

 

「灯里さんが?」

 

「お話を聞いていたら、そのアージアさんという方が関係しているようですよね?そして、そのアージアさんと私は面識がない。それなら、私が適任だと思うんです」

 

「それはダメだ。危険すぎる。灯里さんは、あくまでも人手不足を補うために来てる人だ。そんなことはさせられない」

 

「でもアールドさんもアガタさんも顔を知られてるから動けないんですよね?だったら、私が行った方がいいんじゃないですか?」

 

「それでもダメだ。どんな事態になるか、わからない。第一、行ってどうするつもりなんですか?」

 

「それは説得というか・・・」

 

すると、アガタが大きな声を出した。

 

「おかしいです!」

 

「ど、どうしたの?」

 

「だって、このホテルでこれだけおかしなことが起こってるのに、なんで何もできないんですか?だれも、協力してくれないんですか?」

 

「協力っていったって・・・」

 

「そういえば・・・」

 

灯里がポツリと呟いた。

 

「あのー、実は、ある方がなんか難しそうな話をしていたんですが」

 

「どうしたの、灯里さん?」

 

「少し前から滞在いされているアルピーナ婦人に、アデリーナさんがいなくなった話を私がしたら、何か事情をご存知のような話し方をされて」

 

「事情か。アルピーナ婦人が絡んでたか。やっぱりな」

 

アールドは頭をかく仕草をした。

 

アガタはキョトンとした表情をしていた。

 

「なんでいきなり、あのご婦人が出てくるんですか?」

 

それに答えようとしたアールドより前に灯里が話し始めた。

 

「その時、お部屋からアダルベルト様が出てきて、えーと、確かライデンが動いたとかなんとか」

 

「灯里さん?ライデンて言ったの?」

 

「それを聞いた婦人が、矛先を変えたとかおっしゃって」

 

「それでどうしたの、灯里さん?」

 

「なんか聞いてはいけない話しに聞こえたので、そこからは聞かずに別れました」

 

「そうか」

 

アールドは何か考えるように視線を遠くに向けた。

 

「そうだ!あの人は?アレキサンドロ氏は最近どうしてんの?」

 

「あんなひと、知りません!」

 

アガタが即座に答えた。

 

「そういえば、最近はお見かけしてないかもです」

 

「そうか。それなら、いよいよ動き出すのかもしれない」

 

「いったいおじさんは、さっきから何をブツクサブツクサいってるんですかぁー?」

 

「いやぁー、アガタさんには参るよなぁ。なんかね、ようやく役者が揃ったって感じがしてね?」

 

「役者?」

 

「ホテルが脅迫されて、アデリーナさんが襲われて、ぼや騒ぎも起こったりして。そして総支配人がいなくなったかと思うと、インターポールのお出ましで。なんかきな臭い匂いまでしてきて」

 

「だから、おじさんは何を言いたいんですか?」

 

「つまり、登場人物が多すぎて、何がどうなってるのかが、わからなかったってわけ。だけどようやくここへ来て繋がり始めたような感じ」

 

「それで?」

 

「それで?」

 

「犯人は誰なんですか?」

 

「犯人かぁ・・・」

 

アガタはバン!とカウンターを両手で叩いた

 

「もう!そんなの、全員捕まえればいいんです!全員が犯人です!きっとそうです!間違いありません!」

 

「アガタさん」

 

興奮しているアガタに、灯里は困ったように苦笑していた。

 

「なるほど。当たらずとも遠からずってところかも」

 

アールドは逆に、感心したように呟いた。

 

「アールドさんまで」

 

「違うんだよ、灯里さん?そう考えると、全部がちゃんとつながる」

 

「へっ?」

 

アールドは、腕を組んでプンプン怒っているアガタの方を見た。

 

「ねえ、アガタ女史?フルネーム聞いてもいい?」

 

「なんなんですか、おじさん?こんな時に!私の名前は、アガタ・クリスティです!」

 

アールドはニヤリと笑った。

 

「あ、あの、アールドさん?まさかと思いますけど・・・」

 

 

 

 

 

アリーチェ・エレノアは、信じられないくらい装甲の分厚い黒塗りのリムジンの、その後部座席に険しい表情で座っていた。

 

「お嬢様?」

 

その一つ前の、二列目のシートに座っている第一秘書のアレグロは、少し振り返りながらアリーチェに呼び掛けた。

 

「何かしら?」

 

「先ほどお知らせした休暇中の二名の隊員が、今しがた本部に到着したと連絡がありました。間もなくチームと合流いたします」

 

「そうなの。ご苦労様。それぞれのご家族に何か送っておいてくれる?」

 

「かしこまりました。それではネオ・最中饅頭でも送っておきます」

 

「だから、なんでもネオってつけたらいいと思って・・・」

 

言いかけて途中で言葉をやめたアリーチェに対し、アレグロは不思議そうにチラリと目を向けた。

 

「どうかなさいましたか、お嬢様?」

 

「なんか腑に落ちないのよね」

 

「と、おっしゃいますと?」

 

「例のフロントクラークよ。てっきりホテルでトラブってると思ったのに、特命チームからの報告だと、ライデンの方には動きがないっていうじゃない?じゃあどういうこと?」

 

「どこかに隠れているとか?」

 

「なんのために?」

 

「さぁ」

 

「ちょっと、アレグロ?適当に相づちさえ打ってればいいと思ってるんじゃないでしょうねぇ?」

 

「まさか!そんなこと!」

 

「ちょっとオーバー言い方が余計に怪しいわね」

 

その時、アレグロの電話が鳴った。

 

「今度はナニ?」

 

アリーチェが面倒くさそうに言った先で、アレグロが声のトーンを落として電話の相手に返事していた。

 

「お嬢様?特命チームからの連絡です」

 

「ナニ?フロントクラークの居場所がわかったの?」

 

「アデルモ氏とアルマが、先ほどライデンに捕らえられた模様です」

 

「なっ・・・」

 

「お嬢様?」

 

アリーチェは押し黙ってしまった。

そして、窓の外を流れる景色に視線を向けていた。

 

「つけられていたのね。うかつだったわ」

 

そう言ったアリーチェは、悔しそうに唇を噛んだ。

 

「アレグロ!戻って!」

 

「どちらまで?」

 

「決まってるでしょ?ネオ・ヴェネツィアよ!」

 

「でもあそこはお車では入れません」

 

「そんなことわかってるの!」

 

「それでは・・・」

 

「ボートでもなんでも用意するの!」

 

「いよいよアリーチェ隊の出陣ですね?」

 

「その言い方、やめなさい!」

 

 

 

 

アデルモとアルマは、周囲に拳銃を持った男たちに囲まれて、戻ろうとした道を、再び進んでいた。

 

「アルマ、私がなんとか気を引くから、その隙に逃げなさい」

 

アデルモは周囲に聞こえないように、後ろを歩くアルマに出来るだけ小声でそう言った。

 

「どうやって逃げろっていうの?」

 

「そうでもしないと、コイツらのアジトに連れて行かれたら、もう戻ってこれない」

 

そこでアデルモは背中を拳銃の銃把の硬い底の部分で殴られた。

 

息がとまりそうになり、その場に倒れ込んだ。

 

「余計なことをしゃべるな!」

 

アデルモを殴りつけた男が、そう怒鳴った。

 

「ちょっと!ヒドイじゃない!」

 

アルマは、膝まずいたアデルモを抱え起こそうとした。

 

「お前も殴られたくなければ、黙って歩け!」

 

アデルモの腕を肩に回して、アルマは必死に歩き続けた。

 

その時だった。

 

銃声が轟き、男たちのひとりがうめき声をあげて倒れた。

 

続けざまに一発。そしてもう一発。

 

その銃声とともに拳銃を持った男たちもひとり、ふたりと倒れた。

 

「そこまでだ!」

 

気付かないうちに、ライフル銃を構えた男が、アデルモたちから少し離れたところにひとり立っていた。

 

「打て!打て!」

 

男たちの中のひとりがそう言ったかと思うと、拳銃を持った男たちは一斉に構えた。

 

だが、次々と繰り出される銃声とともに、男たちも倒れていった。

 

銃声は、周囲から無数に聞こえていた。

 

アデルモとアルマの周囲には、もう誰も立っている男はいなかった。

 

ふたりの正面に立っている、ライフルを持った、迷彩柄の服を着た男が静かに近づいてきた。

 

「なんとか間に合ったな」

 

「あんたは誰なんだ?」

 

アデルモは困惑の顔をその男に向けた。

 

「勘違いしないで欲しい。あんたを助けに来たわけじゃない。ライデンに持っていかれると、罪を償わせることができなくなるからだ」

 

その言葉を聞いて、そばにいたアルマは驚いた顔で、その男の顔をじっと見つめた。

 

「あなた、まさか・・・」

 

「やっとわかったのかね、アルマ?」

 

日焼けした顔が、その刻み込まれたシワを幾重にも浮かべて、笑って見せた。

 

「アダルベルトさん!」

 

信じられないといった表情で、アルマは呆然と立ち尽くしていた。

 

「誰なんだ?アルマ!」

 

アデルモは苛立つようにアルマに問いかけた。

 

「悪いが、そんな悠長な話しをしている暇はない。すぐに追っ手が来る」

 

港に面した造船所跡に向かって、無数のモーターボートのエンジン音が迫っていた。

 

「やれやれ。こんなかたちで最後の戦争をすることになるとはな。だが、アイツが相手なら不足はない」

 

すべてのモーターボートの上には、多くの男たちがライフルを構えていた。

 

そして、その一番中央のボートには、悠然とひとりの男が立っていた。

 

「ライデン・・・」

 

アデルモは、その男の姿をじっと睨み続けていた。

 

 

 

 

アージアは、じっと座っていた。

息をしているのかすらわからないほど、じっとしていた。

 

ソファーに座らされているアデリーナの後ろで、少し距離をおいて、そこからアデリーナを監視し続けている。

 

反対にアデリーナは、疲れきった表情で、ぼんやりとテーブルの上のロウソクを見つめていた。

 

「ねえ?いつまでこうしているつもり?」

 

反応は何も返って来ない。

 

「どこからか連絡が入って来るんでしょ?それを待ってるんでしょ?でも、遅すぎない?おかしくない?」

 

アージアの気持ちに少しでも訴えかえようと、アデリーナはずっと語りかけていた。

 

だがアージアからは、何一つ返ってこなかった。

 

ただ唯一、誰からの連絡を待っているのかと聞いたことに反応したことに、アデリーナは何か解決の糸口がそこにあるのではと、辛抱強く繰り返し聞いてみるのだった。

 

だが、時間が経つにつれ、冷静になってみると、こんなことをする理由がなんなのかが、一番の疑問に変わり始めていた。

 

アデリーナにとって、自分が狙われる理由。

 

すぐに、あのバックヤードの夜のことが頭をよぎった。

 

そして、頭の中にあった、脅迫事件とアデルモ総支配人との関わり。

 

そこに自分が関係している。

 

アデリーナは、自分とホテルとは、あくまでも従業員としての関わりしかないと考えていた。

 

だが、それだけではない、何か他の理由があるとしたら・・・

 

「ねえ、もしかして、あなたもホテルに勤めていた経験があるんじゃない?」

 

ほんの少しだが、その問いかけに反応したように見えた。

 

「やっぱりそうなのね?だとすると、ホテル・ボンヴェネチアッティー、じゃない?」

 

能面のような顔のアージアは、あえて何も反応しないよう振る舞っているように見えた。

 

「あなたもあそこにいたっていうこと?」

 

アデリーナがアデルモに引き抜かれる前に勤めていたホテル。

それが、ホテル・ボンヴェネチアッティーだった。

 

「意外ね」

 

アージアが口を開いた。

 

「意外ってどういうこと?」

 

「あんなちっぽけなホテルのこと、まだ覚えていたのね」

 

「規模は大きくはないかもしれないけど、伝統のある老舗のホテルよ。私にとっては思い出深い場所」

 

「何を格好つけてるの?そんなウソ話を人は信じると思ってるの?」

 

「ウソって、なんでそんな・・・」

 

「じゃあなんであんたみたいな三流のホテルマンが、いきなりこのネオ・ヴェネツィアーティーのフロントクラークなの?それ、本気にしてたの?」

 

アージアは笑い出した。

それはこの世のものとは思えない、不気味な笑い声だった。

 

「本気にって、どういうこと?」

 

「まだわからないの?あなたって、つくづくおめでたいのね」

 

「何か知ってるのね?私の知らない何かを!」

 

「あんたってバカなの?あんたとアデルモはね・・・」

 

その時、ドアのベルが鳴った。

 

少し間があって、今度はドアを叩く音。

 

「お客様?いらっしゃいますか?」

 

続けてドアを叩く。

 

「お返事がなければ、このままお部屋に入りますが、よろしいですか?」

 

アージアの表情が変わった。

 

それを見たアデリーナが大きく目を見開いた。

 

「あれって、仮面じゃなかったの?素顔ってこと?」

 

だが、アージアはその華奢な体つきからは想像できないほど素早い動きをみせると、アデリーナの両手を縛っていたロープを掴むと、アデリーナをソファーからひきづり下ろした。

 

その勢いで床に身体を打ち付けたアデリーナは、なすすべもなく、そのまま引きすられて行った。

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