マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル 作:neo venetiatti
アヴェリーノは観念したように、イスに座り込んでいた。
その周りを取り囲むように、アロンソ、アールド、そしてアガタが立っていた。
「アガタさん?あなたはお仕事の方に戻られてはいかがですか?」
アールドはやんわりと、隣で腕組みして鼻息荒くしているアガタに話しかけた。
「何言ってるんですか?この人は先輩が残した大事なメモをゴミ箱に捨てたんですよ!信じられません!」
「それはそうなんだけどね」
アールドは困った顔で頭をかいていた。
それには構わずアロンソは、近くにあったパイプイスを引き寄せ、腰を下ろした。
「応援に来ていたはずのあんたが、なんでこんなことをしたんだ?」
アヴェリーノは、そのまま力なくうなだれていた。
「それに、ひとりであの部屋に行って、何をするつもりだっんだ?」
納得いかないとばかりに、アガタは答えようとしないアヴェリーノに掴みそうな勢いで歩み出た。
「この裏切り者!」
「う、裏切り者?」
「そうじゃないですかぁー!この人は総支配人のいとこだという立場を利用して」
「甥っ子だけど」
「そう!その甥っ子という立場を利用してですよ!私たちを欺いたんです!」
「アガタさんて、興奮すると結構難しい表現が出てくるんだね」
「そんなことに食いついてる場合ですか?」
「まあ確かに」
アールドはそう言うと、長テーブルに手をついてため息をついた。
「そこなんだよねぇ、わからないのが。なんでそんな変な立ち回り方になってるの?アガタさんのいう通り、裏切るにしても理由はなんなの?もしかして、ライデンと繋がってるの?」
それを聞いたアヴェリーノは、心外だと言いたげな顔をアールドに向けた。
「あんな野蛮人と一緒にしないでください!」
「じゃあなんなの?」
「ボクは・・・」
額に垂れた髪を直すと、改めて仕切り直すように話し始めた。
「ボクは、アデルモおじさんとは血が繋がっている関係じゃないんです」
「えっ、いきなりナニ?」
アールドがすっとんきょうな声を出した。
「おじさんが昔付き合っていた人の、妹の子供なんです。おじさんが、ネオ・ヴェネツィアで新しく立ち上げることになったホテルで総支配人をやるって知って、昔からネオ・ヴェネツィアに憧れていたボクにとって、いいチャンスだと思ったんです。それでなんとかホテル業界に口をきいてもらって・・・」
「コネでなんとかしてもらった?」
「まあ、そうともいいます」
「そうとしか表現ないと思うけど・・・」
アロンソは、そのやり取りをじっとアヴェリーノを凝視して聞いていたが、口を開いた。
「そのあんたが、アデリーナの伝言のメモを、なんで握りつぶす必要があるんだ?」
「それは・・・」
アヴェリーノが言い淀んだ様子に、苛立ったアガタが思わず怒鳴った。
「吐いちゃいなさい!」
「アガタさんさあ、ちょっと落ち着こうか?」
「ゲロしろ!とか言うんですよね?」
「ドラマの見すぎ」
アガタとアールドのやり取りをスルーするように、アヴェリーノは話を続けた。
「早く終わって欲しかったんです」
「終わる?何を?」
「このホテルで起こっているゴタゴタのすべてです!」
「それって、つまり脅迫事件ていうことか?」
「それももちろんですが、アデルモおじさんの件についてもです」
「総支配人の件てどういうこと?やっぱりライデンのことなの?」
アールドがちょっと高い調子で聞き返した。
「言っておきますが、ボクは関わってません!ボクがそのことを知ったのは、このホテル業界で働き出してからですから!」
「そうなの?」
「おじさんの名前を出すと、なんか周囲の目が違うって感じるようになって、それでわかったんです。あのホテル王のアイアート・ライデンと関係があるって」
「へぇー、そうなんだぁ」
「おじさんがいなくなったって聞いて、咄嗟にその事が頭に浮かんだんです。やっぱりヤバイことに巻き込まれたんだと」
「それで何?君はなんで、このホテル・ネオ・ヴェネツィアーティーに来ようと思ったわけなの?」
「それは・・・」
また言い淀んでいるアヴェリーノを見て、アールドの腕を引っ張って、アガタが前に出てきた。
「素直にお縄につきなさい!このままだと、市中引き回しの上、獄門張り付け、遠島への島流しですよ!」
「なんなんですか、それって!」
「あ、あの、応援くん?聞かなくていいから」
そこには一切反応しないアロンソが、代わりに口を開いた。
「そう時間があるわけじゃない。結論を言うんだ」
アヴェリーノは少しため息をついた。
「アデルモおじさんがアイアート・ライデンと知り合いだと知って、きっと危ないことにも関わっていたんだと思った。だから、おじさんがいなくなった理由はそれに違いないと。だから、おじさんとライデンの間で話がつけば、こんな面倒なことは早く終わらせることができると思った。だから、申し訳ないと思ったんだけど、アデリーナさんには犠牲になってもらって・・・」
そこにいた三人の表情がいっぺんに険しいものへと変わった。
「ちょっと、どういうことなんですか?犠牲ってなんなんですかぁー?」
アガタがすぐに詰め寄った。
「それってつまり、総支配人をライデンに引き合わせるってことなんでしょ?そう考えたってことでしょ?なんでアデリーナさんなの?」
「だってアデリーナさんは、アデルモおじさんの実の子供ですから」
アヴェリーノの言葉にすぐには誰も聞き返すことができなかった。
想像していなかった言葉が出てきたことで、みんな一瞬黙ってしまった。
「それってホントの話なの?アロンソ、知ってた?」
アロンソはいっそう険しい表情になっていた。
「それなら、理解できるところもある」
「そうなの?」
「アデリーナがヘッドハンティングでここにやって来たのは、すべてアデルモの意思だ。一介のホテル従業員が、いきなりネオ・ヴェネツィアを代表するホテルのフロントクラークに抜擢された。すべてはアデルモの独断だ」
「おじさんは、アデリーナさんの存在をひた隠しにしていたんです。ライデンには絶対知られたくなかったからです。だから、あくまでも優秀な人材を発掘することが目的だと、周りにはそれを理由にしていたわけです」
「自分の娘がホテル修業をやってることを知って、思わず手を貸したくなった。もしかしたら、アデリーナさんと自分との関係がバレてしまうかも知れないのに」
「でも、ボクはちょっと違います」
「どういうこと?」
「おじさんは、やっぱり身勝手なひとだったと思う。仕事の口をきいてもらって、こんなこと言うのおかしいと思うかもしれないけど」
話を聞いていたアガタは、うつむいてしまった。
「アガタさん、大丈夫?」
「私は大丈夫です。そうじゃないんです。あれだけ一生懸命、誰よりも頑張っていた先輩が、そんな感じで扱われて、なんか、おかしいですよ」
アガタの言葉には、いつもの元気がなかった。
だがそこで、アロンソが話に割って入った。
「今は感傷に浸っている場合じゃない。言ったはずだ?結論だ。なぜ、705号室に行ったことを隠す必要があったんだ?」
「そうだ!そこだよ!なんで応援くんはあの部屋のことを知ってたの?」
「見たんです。あのリネン担当のひとが、その部屋に入って行くのを」
「アージアを?見たの?」
「アデリーナさんが襲われた事件にあの人が関わっていたかもしれないと噂を聞いていたので、気になってました。そうしたら、フロントのメモを発見して、何かあると思ったんです」
「何かって何?」
「今度は本当に何かあるんじゃないかと」
「つまり、アデリーナさんがまた狙われるってこと?なんでそんなふうに思うの?」
「だって、以前と同じように狙われたんだとしたら、ライデンの仕業と考えるのが筋が通ってるんじゃないですか?アデルモおじさんは、あの男のヤバイことを知ってるんでしょうから、つまりは取引きをしようと企んでいたんじゃないですか?」
「そう考えたってことか・・・」
アールドは、ウーンと唸るような声を出した。
「違うんですか?」
アヴェリーノは、アロンソとアールドの顔を見比べた。
アロンソは床に目を伏せると、少しため息を漏らした。
「さっき、アルフ捜査官から連絡があった。港の外れの造船所跡で、銃撃戦が起こっているらしい」
「何それ?!」
アールドは思わずテーブルに腰を下ろした。
「もちろんライデンだ。そこにアデルモとアルマも巻き込まれてるようだ」
「おじさんが?」
アヴェリーノは状況が読めずに混乱していた。
「ちょっと待って?じゃあ相手は誰なの?ライデンとやりあうなんて、そんな物騒なこと考えるやつは?」
「多分、アデルモを必要としている別の誰かだ」
それを聞いたアールドがアガタの方を見た。
「アガタさん?アルピーナ婦人は?」
「まだいらっしゃると思います。チェックアウトはされていないはずです」
「じゃあ考えられるのは、元軍人のあの男か」
「それと、エレノア家」
「そうだ!あのお嬢様もだ!」
「アルマが絡んでるってことはそうに違いない」
アロンソとアールドの会話についていけてないアヴェリーノは、困惑の表情を浮かべていた。
「じゃあなんで、こんなことになってるんだ・・・」
アールドはアヴェリーノの肩にポンと手を置くと、やれやれといった調子で言った。
「君は、思い違いをしていたんだよ。アイアート・ライデンが自ら動いたってことは、もう君のおじさんとは話は終わっていた。いや、終わっていたというより、終わらせようとしたってことだ」
「それなら、なんでアデリーナさんは705号室にいるんですか?」
「アロンソ?」
アールドはアヴェリーノの言葉を聞いて、何か確かめるようにアロンソの顔を見た。
「ホテルの周辺に捜査員を配置するよう連絡は入れた。まだ動きはないはずだ」
「じゃあ、応援くんの言った通り、何やってんの?あの部屋の中でさぁ?」
「何も起こってないと思いたいが・・・」
それを聞いて、アヴェリーノが立ち上がった。
「ボク、やっぱり行きます」
「行くって705号室に?行ってどうするの?」
「だって・・・」
そこで黙って腕組みをしていたアガタが話始めた。
「ちょっと待ってください!さっきから聞いてると、訳がわかりません!何を言ってるのか!そんなことより、先輩は大丈夫なんですか?今どうなってるんですか?」
「アガタさんの言うことはもっともなことだ。だけど、話の流れから察するに、今すぐどうこうということではないと思う」
「なんでそんなことが言い切れるんですか?」
「確かにアージアは、ライデンとの関係で動いていた可能性が高い。だが、そのライデンは、もう直接ケリをつけることを選んだ。じゃあ今のアージアはなんであの部屋にいるのかということだ」
「だからなんなんですか?」
「もしかしたらだけど、もしかしたら孤立無縁なのかも」
「意味がわかりません!」
「アージアと繋がってたヤツが、何かの都合で消えた、としたら?」
「消えた・・・」
「言い方を変えると、消された・・・といった方がこの世界には合ってるのかも」
「先輩・・・」
アガタは困惑と不安で虚ろな表情になっていた。
アロンソは、力なく座り込んでいるアヴェリーノにもう一度、その険しい顔を向けた。
「あんたにはもうひとつ確認しておかなければならないことがある」
疲れきった、落ちくぼんだ目でアヴェリーノは顔を上げた。
「なぜそこまで急いでいたんだ?アデルモがこのホテルにいない今、アデリーナを相手に差し出したからと言って、すぐどうこうなるって訳でもなかっただろ?」
「確かにそうだ。応援くん?他に何かあるんじゃないの?」
「だって・・・」
「往生際が悪い!早く言いなさい!」
また言い淀んだアヴェリーノにアガタが間髪いれず突っ込んだ。
「だって、灯里さんが大変そうだったから・・・」
「はぁ?」
「はぁ?」
アガタとアールドは、同時に眉をつり上げた。
「なんでそこで灯里さんが出てくるんですかぁ!」
「そうだよ!誤魔化してもダメ!」
「だってぞうじゃないですか!こんなことに関わっている間、いったいどれだけ灯里さんがウンディーネの仕事から遠ざかってると思ってるんですか?これはネオ・ヴェネツィアにとって、いやアクアにとって大きな損失なんです!」
「損失って、何それ?」
アールドは口をだらしなく開けていた。
「ボクがここにやって来た本当の理由は、灯里さんを助けるためなんです!」
アガタは思わず一歩前に出た。
「それって、灯里さんの大ファンてことじゃないですかぁー?!」
「アガタさんまで・・・ファンて何?」
そこでアロンソがボンヤリと前方を見つめながらポツリと呟いた。
「それがネオ・ヴェネツィアに憧れていた理由か・・・」
「ちょっと!なんでアロンソまで理解してるの?」
「クシュン!」
水無灯里はひとりポツンと、取り残された子供のようにカウンターに立っていた。
「あの~まだ終わらないんですかぁー?」