マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル   作:neo venetiatti

49 / 62
第四十九話 美貌のライオン

 

アレッサンドラ・テステロッサは、うつ伏せのまま倒れているアレキサンドロの側でしゃがみこんだ。

 

アレキサンドロは苦悶の表情だったが、意識はあるようだった。

 

アデルモとアルマは駆け寄ると、心配そうにアレキサンドロの様子を覗き込んだ。

 

「アレキサンドロさん!大丈夫ですか?」

 

アルマはアレキサンドロの、その苦しさに歪んだ顔に向かって叫んだ。

 

だが、アレキサンドロはそれに答えるだけの余裕はなかった。

 

「心配だけど、今は動かさない方がいいわ。そのうちに、うちのチームが来るはずだから」

 

アレッサンドラはそう言うと、アレキサンドロの身体をゆっくりと仰向けに寝かせ、持っていたハンカチを胸にあてた。

 

「さっき、ボートを用意したって言ってた」

 

アルマは、アレキサンドロの胸に手をあてて、その表情を見ているアレッサンドラに向かって言った。

 

「それはどこ?」

 

「確か、あの造船所の向こうからやってきたから」

 

「そうなの」

 

アレッサンドラは厳しい表情でアルマが示す方向に目を向けた。

 

「でも、いったいあなたは何者なの?」

 

「詳しいことは後でいくらでも聞いてちょうだい」

 

そう言って腕時計に目をやった。

 

「あなたたち、ボートは動かせる?」

 

「操作ぐらいなら、なんとかなると思う」

 

アデルモが真剣な表情で言った。

 

その時、近くの柱やコンクリートの路面に何発も銃弾が跳ねる音がした。

 

アレッサンドラはアレキサンドロの身体を柱の陰まで引きずって行った。

 

アデルモとアルマもそれを手伝った。

 

「このままじゃ、らちがあかない。私がそのボートまで走る。その間、アルマ?ここに手を当てて、できるだけ止血をして?出来るわよね?」

 

一瞬だがアルマは、その目の前の光景にたじろいだが、すぐに気を取り直し返事した。

 

「やります」

 

アレッサンドラが押さえていた手を緩めると、すぐさま血が流れ出した。

 

アルマは必死になってそこを自分の手で押さえた。

 

「じゃあお願い」

 

アレッサンドラがそう言って立ち上がった時だった。

 

「その必要はないわ!」

 

その甲高く高飛車な声は、その古びた造船所の中から聞こえてきた。

 

姿を現したアリーチェ・エレノアは、両手を腰に置いて大きく脚を開いて立っていた。

 

「さあ、アレグロ!我が特命チームに指示をお出しなさい!」

 

「かしこまりました!」

 

アリーチェの背後には、分厚い防弾チョッキに防弾ヘルメットを身につけた第一秘書のアレグロが、グッと腰を据えて構えていた。

 

そのアレグロが高らかにゴーサインを出すと、一体どこの軍隊かと思わせる程のしっかりとした装備を身にまとった兵隊たちが、ライフルを構えたまま次々と走り出てきた。

 

そして、アレッサンドラたちの前にやってくると、次々にライフルを乱射し始めた。

 

すると今度は、担架を持った数名の兵たちが慣れた手つきで素早くアレキサンドロを担架に乗せ、造船所の中へと消えていった。

 

「緊急脱出用のヘリを用意させたから、すぐにこの戦線を離脱し、直ちに緊急手術を行うことになるわ」

 

アリーチェはいつもの調子で得意気に言ってのけた。だが、顔は真剣そのものだった。

 

「お嬢様・・・」

 

アルマは路上に座り込んだ状態で、茫然とアリーチェの様子を見ていた。

 

「アルマ?私が来たからにはもう心配はいらないわ!」

 

そう言ってアリーチェは高らかに笑い声を上げた。

 

その瞬間、アリーチェの顔のすぐ横を銃弾がかすめて行った。

 

「なっ・・・」

 

「お嬢様!」

 

「な、何をそんなにうろたえているの?こんなタマの一発や二発くらい・・・」

 

今度は先程とは顔の反対側を銃弾が通過していった。

 

「ちょっと!どこを狙って撃ってるの?私が誰かわかっての狼藉ね!」

 

だが次の銃声が鳴った瞬間、アリーチェは誰かに掴まれるようにして横に引き寄せられていた。

 

そして、アリーチェが立っていたところの少し後方のコンクリートの柱に銃弾が命中した。

 

アリーチェのすぐ斜め後ろに立っていた第一秘書のアレグロは、直立不動のまま身動きひとつできず 棒立ちになって顔面蒼白になっていた。

 

「ご当主に申し上げたはずです。お屋敷でお留守番をお願いしますと」

 

アレッサンドラ・テステロッサは、まるでハリウッドスターのような、誰もが憧れるような笑顔で、アリーチェの腕を掴んで、その小さな身体を引き寄せていた。

 

「アレッサンドラ!」

 

「いくら威勢がよろしくても、このような場所は似合わないですよ、ご当主?」

 

「このぉー!と言いたいところですが、今は感謝を申し上げておきますですわ」

 

アリーチェはばつの悪そうな顔をアレッサンドラには見られまいと反対側に背けていた。

 

「ご当主?」

 

「な、なんですの?」

 

「兵たちに攻撃を前方に集中するようにご指示を出していただけると有難いですけど?」

 

「みんな!攻撃を前方に集中なさい!」

 

アレッサンドラの言葉を聞くやいなや、間髪入れずにアリーチェは大声で怒鳴りつけた。

 

「その間にアデルモ氏とアルマさんを後方に引かせて・・・」

 

そう言いかけたアレッサンドラは、次の瞬間、信じられない早さで動き出していた。

 

「えっと、アレッ・・・」

 

アリーチェが気がついた時には、もう横にはいなかった。

 

アレッサンドラはその銃撃の雨の中、空中高く跳躍していた。

 

その後ろには立ち上がろうとしていたアデルモがいた。

 

アレッサンドラは空中で回転しながら手に持ったベレッタで続けざまに撃ち続けていた。

 

だがその瞬間、アレッサンドラの巻き上げた髪がほどけ、その長い髪が空中に大きく舞い上がった。

 

その場にいた誰もが言葉を失った。

 

アレッサンドラはコンクリートの路面に転がるように着地した。

 

「アレッサンドラ!」

 

アリーチェは思わず叫んでいた。

 

「みんな撃って!撃つのよ!」

 

その後ろでアレグロは膝から崩れ落ちていた。

 

「そんな・・・」

 

アリーチェの兵隊たちは、アレッサンドラを狙ってきた方向にライフルを撃ちまくった。

 

だがまた別の方からも銃声が鳴り響いていた。

 

アデルモは目の前にいるアレッサンドラの身体を柱の陰に動かそうとした。

 

だがその瞬間、アデルモは首の後ろの襟を掴まれ、その場に引き倒された。

 

「まだ気を緩めないで!」

 

上体を起こしたアレッサンドラが銃を構えながら叫んでいた。

 

髪が顔を覆うように乱れていた。

なのに、その姿さえ美しさに溢れていた。

 

「アレッサンドラ!」

 

今度は歓喜の声があがっていた。

 

アレッサンドラは、犬の子を扱うようにアデルモを後方に引きずって行った。

 

「あ、あなた?いくらなんでもその扱いは・・・わかるけど」

 

アリーチェが思わず呟いていた。

 

「この人は大事な証人なので、この場で死んでもらう訳にはいかないの」

 

アレッサンドラは真剣な眼差しで長い髪をかきあげた。

 

その様子を見ていたアレグロは、目に涙を浮かべて見つめていた。

 

「あの」

 

「何かしら?」

 

「よかったです。ご無事で」

 

「そう?ありがとう」

 

「あの」

 

「ん?」

 

「できればで結構なんですが」

 

「なに?」

 

「サインいただけないですか?」

 

アリーチェはその様子に振り返ってにらみつけた。

 

「アレグロ!あなた!仮にも第一秘書なのよ!プライドを持ちなさい!」

 

「それとできれば写メを。待ち受けにしますからぁ!」

 

「アレグロ!」

 

アリーチェはアレグロの黒い防弾ヘルメットをバチン!とはたいた。

 

「ごめんなさいね。サインはお断りしてるの。当然写真はムリ」

 

アレグロは残念そうにうつむいていた。

 

だがアリーチェは、真剣な表情でアレッサンドラに向き直った。

 

アレッサンドラはその場に膝まづいて、アリーチェの兵隊たちの様子と、その向こうに見えるライデンの私兵たちの様子を見つめていた。

 

「アレッサンドラ?あなたのお仕事については察しがついてるわ。でも、どうしてそこまでするの?」

 

アレッサンドラはすぐには答えようとしなかった。

 

「あなた、以前言ってたわよね?その手にお持ちの拳銃を合法的にぶっぱなすことの出来る立場だって。それなら、その組織のお力でもって解決出来るんじゃなくって?」

 

アレッサンドラは静かに話し始めた。

 

「ご当主にも、許せないことってお有りではないですか?」

 

「どいうこと?」

 

「私は幼い頃、ネオ・ヴェネツィアに来て、この街の素晴らしさに感動した覚えがあります。以来、ことあるごとに訪ねるようになった。それには他にも理由があったから」

 

アレッサンドラは何かを思い返すように、少し間をおいた。

 

「あるウンディーネと出会ったんです。その方は、まだ学生だった私に他の観光客とかわりなく接してくれた。その上、いろんな相談にも嫌な顔ひとつせずに親身になって聞いてくれた。当時悩みを抱えていた私にとって、その方と、このネオ・ヴェネツィアで会うことが、どれだけの救いになったことか」

 

「それが理由?」

 

「だからネオ・ヴェネツィアを汚す者は許せない」

 

「それってつまり、ライデンてこと?」

 

「あいつはケダモノ。許すわけにはいかない。それに・・・」

 

アレッサンドラは言いかけて、話すのをやめた。

 

「何よ?そこまで話しておいてやめるの?」

 

そう言われたアレッサンドラは、目を閉じると、ふっと笑みを漏らした。

 

「私、ウンディーネを目指していたことがあったんです」

 

「ウンディーネって、あのウンディーネのこと?あなたが?」

 

すると、後ろで黙って聞いていたアレグロが口を開いた。

 

「姫屋に所属されて、ペアとして活躍されておいででした!」

 

「ペアで活躍って・・・」

 

アレッサンドラは少し声を出して笑って見せた。

その横顔は、今までのアレッサンドラと違って、まるで少女のような、あどけない表情だった。

 

「あの頃は、ウンディーネなんてって思ってた。オールをうまくさばいて、観光案内なんて出来るって。でも違ってた。憧れていたプリマ・ウンディーネたちは、確かに思い描いていたものとは、少し違っていた」

 

「何がそんなに違うって言うの?」

 

「後でわかったことだったのですけど、強いて言うなら、覚悟と、言ったらいいかしら」

 

「何よそれ?格好よすぎでしょ?」

 

「そう、ご当主の言う通り。それがあったから、あのプリマたちは格好よく見えた。輝いて見えていた」

 

「じゃあ、あなたは?」

 

「聞かないでください。その事がわかったのは、諦めた後のことでしたので」

 

「ふーん」

 

アレッサンドラの表情は、諦めたという言葉とは裏腹に、スッキリとしていた。

 

アリーチェはその場で腕を組んで、前方で繰り広げられている光景に視線を向けていた。

 

「それでは、次はご当主の番です」

 

アレッサンドラの言葉にアリーチェは拍子抜けした顔になっていた。

 

「何よ、それ!」

 

「人にしゃべらせておいて、ご自身は何も話さないおつもりですか?」

 

「そうですよ、お嬢様!」

 

アレグロが後ろから突っ込んできた。

 

「あなたねぇ、何を調子に乗ってるの!」

 

「次はお嬢様の番ですぅー!」

 

「わかったわよ!」

 

アリーチェは観念したように、大きなため息をついた。

 

「わたくしの場合、答えはとってもカンタン!それは、悪との決別よ!」

 

「なるほど」

 

「何がなるほどなの?」

 

アレッサンドラの反応に少し不満げに言い返した。

 

「冗談に聞こえるかも知れないけど、わたくしはいたって真剣ですの。エレノア財閥の当主として、そしてこのアクアを愛する者として、この世界から本気で排除するつもり。ああゆうライデンのようなヤツは特にね!」

 

アリーチェは腕を胸の前で組んだまま、大きく脚を広げて、高らかに宣言でもしているようだった。

 

「残念だけど、どこにだって悪はついてまわるもの。この星を人類の叡知によって開拓し、満々たる水の惑星に作り替えたのは奇跡に値することだわ。それでも、悪は存在した。それが人というもの。だけど、それもわたくしの代で終わりにするの。このアクアを、その名前の通りに、澄んだ、透明なところにするために」

 

アリーチェはいつになく真剣な眼差しで、目の前に繰り広げられている光景を、冷静な、でもどこか熱い眼差しで見つめていた。

 

「アレグロ?そう言えば、うちの第二チーム、第三チームはどうしたの?」

 

「先程入った連絡では、この地域一体が完全封鎖されているため、なかなか入って来れない状況のようです」

 

「やってくれるわねぇ、ネオ・ヴェネツィア特別行政自治区!じゃあ時期に海洋局もやってくるわね」

 

アリーチェは鼻息荒くして言った。

 

「アレッサンドラ?わたくし思ったのだけど、あなたの考えとわたくしの考えは、似ているように感じるのだけど、どうかしら?」

 

「そうですわね」

 

「あなたのこと、イケスカナイ女だと思ってたのだけど、ここはどうかしら?こんなこと、早く決着をつけるべきでしょ?協同戦線ていうことで、どう?」

 

その言葉を聞いたアレッサンドラは、スッとその場に立ち上がった。

 

アリーチェはその時に初めて、アレッサンドラの左の二の腕の部分の、皮のジャケットが破れて、その裂け目のところが赤く滲んでいることがわかった。

 

「あなた、その腕・・・」

 

「ご当主?悪いけど、そのお話には乗れそうにありません」

 

「どうして?あなただって、こんなことにいつまでも振り回されている場合ではないでしょ?」

 

「ご当主のお言葉は、有りがたく頂戴しておきます。ですが、もうそろそろ本当に終わる時がやってきたかと」

 

「どういうこと?」

 

アレッサンドラが海の向こうに視線を向けたのを見て、アリーチェも海の先に目を向けた。

 

造船所跡を取り囲んでいたライデンのボートたちよりも、はるかに多くの船が迫ってくるのが見えた。

 

しかもそれらの船は、物騒な装備をしっかりと備えたものばかりだった。

 

「ようやくお出ましなのね?海洋局も本腰をいれる気になったということね」

 

アリーチェは鼻からフン!と息をはいた。

 

「いえ、違います。あれはウチのチームです」

 

眩しそうにアレッサンドラはその光景を見て言った。

 

「チ、チーム?あれが?」

 

すると今度は空から次々とヘリコプターが姿を現した。

 

「何よあれは!今度は空からなの?」

 

「あれもウチのチームです。敵の拠点を攻撃する強襲ヘリです」

 

すると、そのうちのヘリの1機がミサイルを発射させた。

 

命中したボートが木っ端微塵に吹っ飛んだ。

 

「ちょっと!これがなんでチームなのよ!」

 

もうそれだけで十分だった。

 

ライデンの手下の連中は、みんなボートから海へ飛び込んで、海の中から両手をあげていた。

 

だがよく見ると、そこにはライデンの姿はなかった。

 

それを知ったアレッサンドラは、怖い表情になって呟いた。

 

「あいつだけは、絶対逃がさない」

 

アレッサンドラは銃撃の止んだ港を一気に走り出した。

 

長い髪がその勢いにたなびいていた。

 

「あの人は、わたくしたちと同じ人間なの?」

 

思わずアリーチェは、その走って行く後ろ姿を見ながらつぶやいていた。

 

その姿は、まるでたて髪を揺らして疾走するライオンのようだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。