マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル 作:neo venetiatti
水無灯里は、いつもようにシャッターを開けた。
朝の心地いい風と新鮮な空気。
「さあ、きょうもがんばりましょう!」
まばゆい光に目を細めて、どこまでも続くネオ・アドリア海を見つめた。
その時、ドアをノックする音がした。
「もう来られたのかなぁ、今日一番目のお客様。それにしても早すぎるような・・・」
灯里は、返事をしながら、ドアの方に向かっていった。
「おはようございます!ARIAカンパニーへようこそ!」
だが、ドアを開け、目の前に立っていた男二人は、明らかに客という雰囲気ではなかった。
なぜかはわからないが、違う目的で訪れてきたことが、その瞬間わかるような緊張感を漂よわせていた。
「ARIAカンパニーの水無灯里さんですね?」
「はい、そうですが」
「ネオ・ヴェネト州警察です」
そう言った男は、身分証を灯里に向かって見せた。
それに続いて、背後にいたもうひとりの男も身分証を出して見せた。
灯里は、驚きを顔ににじませ、身分証の顔写真と目の前にいる男を見比べた。
「警察の方が何か?」
「朝早くから、お忙しいところ申し訳ありません。実は、この辺りで、ある人物の目撃者を捜しておりまして、それでお伺いした次第です」
「はぁ」
「そこで水無さん?」
「はい?」
「三日前の夕方、どちらにおられました?」
「三日前の夕方ですか?」
灯里は〈う~ん〉と人差し指を頬に当て、考える仕草をしてみせた。
「え~と、そうですねぇ。三日前かぁ。三日前ということは、確かその日最後の、ご家族のお客様をお乗せして、それでその後、ARIAカンパニーへ戻ったと思いますが・・・」
二人の男はチラッと目を見合せた。
「実は、その日の夕刻にあなたを見かけたという人がいましてね。その人が言うには・・・」
「あっ、思い出しました!」
「何をですか?」
「おひとり、帰る途中にお乗せしました!」
「それは誰ですか?」
「そこまではちょっと・・・」
男は思わずため息をついた。
「すみません」
「謝っていただいても仕方ありません。それよりも、その時のことを詳しく聞かせ下さい」
灯里は、二人の刑事を店内に招き入れた。
そして、テーブルについた二人の前に紅茶を入れたカップを置いた。
「水無さん?早速ですが、その時あなたが乗せたという人物について、教えてください。できるだけ詳しく」
「はい、わかりました」
灯里は、刑事たちに向かい合うようにして、テーブルについた。
そして、その時のことを思い出すように、ゆっくりと話し始めた。
その人物は、船着き場にひとり立っていたこと。全身黒づくめの姿だったこと。黒のマスクをしていたため、顔ははっきりとはわからなかったこと。
そして行き先はサンミケーレ島だったこと。
「あの墓地の島ですか?」
「はい」
「そんな時刻に?」
「私も変に思いました。そんな時刻から行くと、島へ到着する頃には真っ暗になるので」
島に到着すると、料金としては考えられない高額紙幣を渡され、そのまま別れたことを伝えた。
「そのあとは?」
「そのまま帰りました」
「そのまま?」
「はい」
「その人物はどうしたんですか?」
「一晩お墓の前で夜を明かすとおっしゃってました」
「墓の前でねぇ」
「それで、翌朝迎えに来て欲しいと頼まれました」
「それで?」
「お迎えにあがりましたが、いませんでした」
「いなかった?」
「はい、誰も」
「じゃあ、ウンディーネさんがサンミケーレ島へ行く前に島を出ていったと」
「それはできないんです」
「なぜですか?」
「あそこは夜に行かれる方は、ほとんどいませんので、夜間から早朝にかけては、定期便のボートもないんです」
「じゃあどうやって島を出るのですか?」
「わかりません」
「他の方法は?」
「ないと思います」
ホテル・ネオ・ヴェネツィアーティーの中の会議室のひとつを、臨時の捜査本部にしていた捜査班は、ロビーに張り付いているベルボーイに扮した捜査員を残し、全員がその部屋に集まっていた。
パイプ椅子に座っている捜査員たちを前に、アルフ捜査官は、背後にあるホワイトボードにマーカーを走らせて、そして皆の方に振り返った。
「と言うわけだ。何か質問は?」
「そいつは、そもそも男なんですか?女なんですか?どっちなんですか?」
アロンソは、苛立ち混じりの声でアルフにくってかかった。
「目撃者のウンディーネ、水無灯里さんは男だと言っている」
「言っている?」
「全身黒ずくめだったということだ。あくまでもその時の印象にすぎない。身体は細身だったらしい。女性の可能性も十分ある」
「声は?声はさすがに変えられないじゃないですか?」
「だから、あくまでも目撃証言だ。だが、今は唯一の手がかりでもある」
アルフは一旦会議は終了だと告げ、皆に持ち場へ戻るように言った。
捜査員たちの動きとは逆に、アロンソはアルフの方に向かって行った。
「なんで俺に行かせてもらえなかったんですか?」
「お前はロビー担当だ」
「なんでですか?連続殺人犯の可能性があるんです。捜査に関わっていた俺に行かせるべきです」
アロンソは納得がいかないと言わんばかりにくいさがった。
「そんなことより、お前、ひと悶着やらかしたらしいじゃないか?」
「なんのことですか?」
「フロントクラークのアデリーナさんだ」
「ああ、あれですか?なんにもやらかしてません」
「お前がよくても、こっちの立場が悪くなるだろう?捜査協力をお願いしているのは、こっちの方だ!」
「フロントクラークに一体何が出来ると言うんですか?」
「今は自重しろ。これから先は、まだどうなるかわからない」
「それなら尚更じゃないすか?」
「このホテルがターゲットになってるんだ」
「だから、俺を専従捜査班に入れて下さい!」
「ホテルがターゲットになっている以上、ここも重要な捜査対象だ。何度も言わせるな!犯人が現れた時のことを考え、お前はロビーで張りつけだ!」
アルフは、持っていたマーカーをテーブルに投げつけ、部屋を出ていった。
「俺に行かせてくれれば、もっとなんとかなったはずだ。そんなウンディーネの証言なんて、当てにできるのか?」
アロンソは、怖い形相でアルフの後ろ姿を見送っていたかと思うと、思いっきりパイプ椅子を蹴りあげた。