マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル   作:neo venetiatti

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第五話 目撃者のウンディーネ

水無灯里は、いつもようにシャッターを開けた。

 

朝の心地いい風と新鮮な空気。

 

「さあ、きょうもがんばりましょう!」

 

まばゆい光に目を細めて、どこまでも続くネオ・アドリア海を見つめた。

 

その時、ドアをノックする音がした。

 

「もう来られたのかなぁ、今日一番目のお客様。それにしても早すぎるような・・・」

 

灯里は、返事をしながら、ドアの方に向かっていった。

 

「おはようございます!ARIAカンパニーへようこそ!」

 

だが、ドアを開け、目の前に立っていた男二人は、明らかに客という雰囲気ではなかった。

なぜかはわからないが、違う目的で訪れてきたことが、その瞬間わかるような緊張感を漂よわせていた。

 

「ARIAカンパニーの水無灯里さんですね?」

「はい、そうですが」

「ネオ・ヴェネト州警察です」

 

そう言った男は、身分証を灯里に向かって見せた。

それに続いて、背後にいたもうひとりの男も身分証を出して見せた。

 

灯里は、驚きを顔ににじませ、身分証の顔写真と目の前にいる男を見比べた。

 

「警察の方が何か?」

「朝早くから、お忙しいところ申し訳ありません。実は、この辺りで、ある人物の目撃者を捜しておりまして、それでお伺いした次第です」

「はぁ」

「そこで水無さん?」

「はい?」

「三日前の夕方、どちらにおられました?」

「三日前の夕方ですか?」

 

灯里は〈う~ん〉と人差し指を頬に当て、考える仕草をしてみせた。

 

「え~と、そうですねぇ。三日前かぁ。三日前ということは、確かその日最後の、ご家族のお客様をお乗せして、それでその後、ARIAカンパニーへ戻ったと思いますが・・・」

 

二人の男はチラッと目を見合せた。

 

「実は、その日の夕刻にあなたを見かけたという人がいましてね。その人が言うには・・・」

「あっ、思い出しました!」

「何をですか?」

「おひとり、帰る途中にお乗せしました!」

「それは誰ですか?」

「そこまではちょっと・・・」

 

男は思わずため息をついた。

 

「すみません」

「謝っていただいても仕方ありません。それよりも、その時のことを詳しく聞かせ下さい」

 

灯里は、二人の刑事を店内に招き入れた。

そして、テーブルについた二人の前に紅茶を入れたカップを置いた。

 

「水無さん?早速ですが、その時あなたが乗せたという人物について、教えてください。できるだけ詳しく」

「はい、わかりました」

 

灯里は、刑事たちに向かい合うようにして、テーブルについた。

そして、その時のことを思い出すように、ゆっくりと話し始めた。

 

その人物は、船着き場にひとり立っていたこと。全身黒づくめの姿だったこと。黒のマスクをしていたため、顔ははっきりとはわからなかったこと。

そして行き先はサンミケーレ島だったこと。

 

「あの墓地の島ですか?」

「はい」

「そんな時刻に?」

「私も変に思いました。そんな時刻から行くと、島へ到着する頃には真っ暗になるので」

 

島に到着すると、料金としては考えられない高額紙幣を渡され、そのまま別れたことを伝えた。

 

「そのあとは?」

「そのまま帰りました」

「そのまま?」

「はい」

「その人物はどうしたんですか?」

「一晩お墓の前で夜を明かすとおっしゃってました」

「墓の前でねぇ」

「それで、翌朝迎えに来て欲しいと頼まれました」

「それで?」

「お迎えにあがりましたが、いませんでした」

「いなかった?」

「はい、誰も」

「じゃあ、ウンディーネさんがサンミケーレ島へ行く前に島を出ていったと」

「それはできないんです」

「なぜですか?」

「あそこは夜に行かれる方は、ほとんどいませんので、夜間から早朝にかけては、定期便のボートもないんです」

「じゃあどうやって島を出るのですか?」

「わかりません」

「他の方法は?」

「ないと思います」

 

 

 

ホテル・ネオ・ヴェネツィアーティーの中の会議室のひとつを、臨時の捜査本部にしていた捜査班は、ロビーに張り付いているベルボーイに扮した捜査員を残し、全員がその部屋に集まっていた。

 

パイプ椅子に座っている捜査員たちを前に、アルフ捜査官は、背後にあるホワイトボードにマーカーを走らせて、そして皆の方に振り返った。

 

「と言うわけだ。何か質問は?」

「そいつは、そもそも男なんですか?女なんですか?どっちなんですか?」

 

アロンソは、苛立ち混じりの声でアルフにくってかかった。

 

「目撃者のウンディーネ、水無灯里さんは男だと言っている」

「言っている?」

「全身黒ずくめだったということだ。あくまでもその時の印象にすぎない。身体は細身だったらしい。女性の可能性も十分ある」

「声は?声はさすがに変えられないじゃないですか?」

「だから、あくまでも目撃証言だ。だが、今は唯一の手がかりでもある」

 

アルフは一旦会議は終了だと告げ、皆に持ち場へ戻るように言った。

 

捜査員たちの動きとは逆に、アロンソはアルフの方に向かって行った。

 

「なんで俺に行かせてもらえなかったんですか?」

「お前はロビー担当だ」

「なんでですか?連続殺人犯の可能性があるんです。捜査に関わっていた俺に行かせるべきです」

 

アロンソは納得がいかないと言わんばかりにくいさがった。

 

「そんなことより、お前、ひと悶着やらかしたらしいじゃないか?」

「なんのことですか?」

「フロントクラークのアデリーナさんだ」

「ああ、あれですか?なんにもやらかしてません」

「お前がよくても、こっちの立場が悪くなるだろう?捜査協力をお願いしているのは、こっちの方だ!」

「フロントクラークに一体何が出来ると言うんですか?」

「今は自重しろ。これから先は、まだどうなるかわからない」

「それなら尚更じゃないすか?」

「このホテルがターゲットになってるんだ」

「だから、俺を専従捜査班に入れて下さい!」

「ホテルがターゲットになっている以上、ここも重要な捜査対象だ。何度も言わせるな!犯人が現れた時のことを考え、お前はロビーで張りつけだ!」

 

アルフは、持っていたマーカーをテーブルに投げつけ、部屋を出ていった。

 

「俺に行かせてくれれば、もっとなんとかなったはずだ。そんなウンディーネの証言なんて、当てにできるのか?」

 

アロンソは、怖い形相でアルフの後ろ姿を見送っていたかと思うと、思いっきりパイプ椅子を蹴りあげた。

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