マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル   作:neo venetiatti

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第五十四話 カナル・グランデS字化計画?

 

アールドが灯里の病室を出たあと、そこにアガタがやってきた。

 

それまで静かだった病室が一気に騒がしくなった。

 

矢継ぎ早に話すアガタの様子に、灯里は苦笑しつつも、嬉しそうだった。

 

アデリーナの様子やその後のホテルの状況など、いっさいがっさいをまくしてた。

 

その嵐のような時間が過ぎ去ったあと、今度は、灯里のことを聞きつけた藍華やアリス、あゆみやアトラ、杏までもが心配な顔でやって来た。

 

しかも、みんなそれぞれが、なんとか仕事のやりくりをして駆けつけた次第だった。

 

「なんでこういうことになるの?」

 

怒り心頭の藍華は、その場で両手を腰に置いて眉間にシワを寄せ、仁王立ちとなっていた。

 

「灯里も灯里よ!ホテルが大変な状況で、それを手伝うっていうから、こっちも協力したんじゃない?なんでそんな危なっかしいことに首を突っ込んだりしたのよ!」

 

そう言いながらも、藍華は少し涙ぐんでいた。

 

「藍華先輩、でっかい支離滅裂です」

 

「仕方ないでしょ!灯里がこんな無茶をするから・・・」

 

「藍華ちゃん、心配かけてゴメンね」

 

灯里は、気持ちがこみ上げてきた藍華の、その手をそっと握った。

 

「みんなにも心配かけてごめんなさい。でも、もう大丈夫だから。安心してね」

 

みんなはそれぞれ、灯里に声をかけ、病室をあとにした。

 

それからしばらくして、アリシアが花を持って現れた。

 

「灯里ちゃん?具合はどうなの?」

 

「お陰様で、大丈夫です」

 

「ごめんなさいね、すぐに来れなくて。いろんなことが次から次へと起こちゃって、どうしても離れることができなかったの」

 

アリシアはとても申し訳なさそうな顔だった。

 

「気にしないで下さい。アリシアさんの今の立場なら、当然のことだと思います。それより私の方こそ、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 

「ううん、いいのよ。灯里ちゃんは、精一杯頑張っただけのこと」

 

「アリシアさん・・・」

 

「でも本当に大変だったわね。まさかこんなことになるなんて、思いもしなかったわ。私ね、警察の方にはちゃんと言ったの。灯里ちゃんの身の安全だけは、絶対お願いしますって」

 

「聞いてました。アリシアさんが、その事を強く言って下さったってこと」

 

「だからね、ちゃんと強く抗議しておいたから」

 

「アリシアさんが抗議ですか?」

 

「当たり前でしょ?ちゃんとゴンドラ協会まで来ていただいて、説明をしてもらったわ」

 

「ゴンドラ協会まで・・・ちなみに、どれくらいの時間、警察の方々はいらっしゃったのでしょうかぁ?」

 

「そうねぇ。6時間ほどだったかしら」

 

「6時間・・・」

 

灯里は涼しげな表情で語るアリシアを思わず見つめてしまった。

 

「あら、どうしたの?」

 

「いいえ、なんでもありません」

 

アリシアは呆れたように「ふぅー」と息を吐いた。

 

「仕方がなかったのだけど、私もお付き合いをしたわ。だからその日は一日仕事にならなかったわね」

 

「はぁ」

 

灯里はため息をのような声を漏らした。

 

でもそのあと、クスッと笑顔がこぼれた。

 

「アリシアさん、ありがとうございます。やっぱりアリシアさんがいてくれて、心強いです」

 

アリシアはそれを聞いて、にっこりと優しくほほえんだ。

 

「あらあら」

 

それからふたりは、これまでの積もり積もった話で時間を過ごした。

 

そして、そろそろアリシアがイスから立ち上がろうとした時だった。

 

「そういえば、灯里ちゃんに聞いておかないといけないことがあったの」

 

「何かあったのですか?」

 

「実はね、ある人が訪ねてきたの。どうしても謝りたいことがあるっておっしゃって」

 

「謝りたいことですか?」

 

「そうなの。ネオ・ヴェネツィアを守り切れなかったって。すごく悔やまれていたわ」

 

「悔やまれて・・・」

 

「その方、私に会うなりとても申し訳なさそうな顔をされてた。そして、灯里ちゃん?あなたにもって」

 

「私にですか?どういうことなんでしょうか?」

 

「それ以上は何も話されなかった。でも・・・」

 

アリシアは頬に手を当て、少し考え込むような仕草をした。

 

「あの方、多分だけど、アレッサンドラ・テスタロッサさんだったと思う」

 

「アレッサンドラさんが?ゴンドラ協会に来られたのですか?」

 

「はっきりと名乗られたわけじゃないのよ。普段の雰囲気とは少し違って見えたしね。でもそうとしか思えなかった」

 

「アレッサンドラさんを見間違えるなんて、そんなこと、あり得ないと思います」

 

「確かにそうねぇ」

 

「アレッサンドラさんが、一体何を悔やまれていたんだろう・・・」

 

灯里は、ホテル・ネオ・ヴェネツィアーティーの、あの豪華なロビーを颯爽と歩くアレッサンドラの姿が、今でも脳裏から離れずにいた。

 

そして、部屋へ案内したときに間近でみた、あの圧倒的なまでに美しく光る瞳が忘れられそうになかった。

 

「ところで灯里ちゃんは、アレッサンドラさんと知り合いなの?」

 

「そんなにお会いしてるわけじゃないです。ホテルのお客様として何度かお越しになられた時にお会いしているだけです」

 

「そうなの。でもなんだか、向こうは知っているような感じに見えたんだけど・・・」

 

「そうだったんですか?実は何度か一緒にお食事にって誘われていました」

 

「アレッサンドラさんから?」

 

「はい」

 

「そうなんだ」

 

「アリシアさん?」

 

アリシアはちょっと不服そうに口をとんがらせていた。

 

「いいわね、灯里ちゃん」

 

「あ、あの、それってどういう・・・」

 

「どうもこうもないわ。嫉妬よ、嫉妬♡」

 

「何をおっしゃってるんですかぁー!私の方が羨ましいに決まってますぅー!アリシアさーん!」

 

「もう、灯里ちゃんたら。うふふふ」

 

 

 

 

その大きな窓から見渡せる風景は、観る者を感動させる素晴らしさだった。

 

アリーチェ・エレノアは、ホテル・ネオ・ヴェネツィアーティーの最上階にある執務室から、ネオ・ヴェネツィア全体を見渡せる眺めに満足げな表情をしていた。

 

サン・マルコ広場の大鐘楼からサン・ジョルジョ・マッジョーレ島、そしてその向こうへ広がるネオ・アドリア海を望む眺めは、絶景以外の何物でもなかった。

 

すると、その部屋の重厚なドアをノックする音が鳴った。

 

「どうぞ」

 

副支配人が腰を低くして入ってきた。

 

「お呼びでございますでしょうか?」

 

「どうなの、最近の状況は?」

 

「はい、それはもう順調でございます、ご当主様!」

 

「あのね、前にも言ったわよね?その呼び方やめて頂ける?」

 

「そ、そうでございました!ご当主・・・はっ!」

 

「このままだと、どこかの野球チームのオーナーにでもならないといけなくなるでしょ?」

 

「ご当・・・オ、オーナー様は、野球がお好きなのですか?」

 

「そういうことを言ってるんじゃないの!」

 

その時、またドアをノックする音がした。

 

「もういいわ。肝心なところは実務者部隊に聞くから」

 

副支配人はホッと胸を撫で下ろした様子で執務室を出ていった。

 

それと入れ替わるように、第一秘書のアレグロが入ってきた。

 

「失礼します」

 

「今度は何かしら?」

 

アレグロは、大きなゆったりとしたチェアに、その小さな身体をどっかと委ねるように座ったアリーチェのそばまで歩みよってきた。

 

「医療チームからの経過報告でございます」

 

「わかったわ。教えて」

 

「まずは水無灯里様ですが、精密検査の結果、異常は見つからなかったということで、間もなく退院となります」

 

「あのウンディーネね。それはよかったわ」

 

「次にアデリーナ様ですが、かなり衰弱されていたようでして、今しばらくは入院が必要だということです。それで特に異常がなければ、無事退院の運びとなるかと」

 

「それはなによりね。ただ、彼女にはまだ、試練と向かい合う仕事が待っているわね」

 

「はい、少し大変なお仕事となりそうです」

 

「そうね。それで、その原因を作ったあやつはどうなの?」

 

「お嬢様?急に雑なお言葉になってらっしゃいます」

 

「いいの!続けて!」

 

「そのアデルモ氏ですが、特に問題はないとのことです」

 

「図太いわねぇ。いつの世も悪は栄えるというけれど、ホントね」

 

「それとアルマですが、やはり重要参考人ということで、警察の監視下での療養となりました」

 

「わかっていたことだったけど、仕方がないわね。いくら恨みがあったからといって、やってはいけないことがある。ただ、その原因を作ってしまった私にも、責任の一端はあるわ」

 

「そのことなんですが・・・」

 

「なに?」

 

「ネオ・ヴェネト州警察からお嬢様にもお話をお聞きしたいと、先ほど連絡がありました」

 

「そ、そうなの?」

 

「どうなさいますか?」

 

「どうなさいますかって?いい根性してるじゃない!どこへでも行ってやるわよ!見てらっしゃい!」

 

「あ、あの、お嬢様?警察とケンカをするわけにはいかないですので」

 

「そんなのわかってるの!はい!次っ!」

 

「次にアージアですが、アルマと同じく警察の監視の下となります。その上で、精神鑑定に図られるとのことです」

 

「確かにアージアについては、わたくしもそんなに良くはわかっているつもりではないですから。特に、アージアが思い止まった理由を、もう少し知りたいですわね」

 

「そうですね。それから・・・」

 

「まだいるの?それじゃあ病人だらけじゃないの?」

 

「その病人の中でも一番大変だった方、アレキサンドロ氏なんですが」

 

「そうだわ!忘れてた!で、どうなの?」

 

「一命はとりとめました」

 

「それは当然でしょ?ウチの医療チームをなんだと思ってるの!」

 

「幸いにも撃たれた銃弾は身体を貫通していたので、深刻な状態には至らなかったとのことです」

 

「こやつも図太いってことね」

 

「以上でございます」

 

「そうなのね・・・いや、ちょっと待って。あの女は?あの高慢ちきなイケスカナイ女はどうなったの?」

 

「それはもしや、アレッサンドラ様のことでしょうか?」

 

「それ以外何があるっていうの?」

 

「そうですね。アレッサンドラ様のことは一切わかりません」

 

「一切わかりませんて、何なのそれ?」

 

「お立場を察するに、今後もわからないままかと」

 

「そんなの、どうにでも調べれば済む話でしょ?」

 

「それが・・・」

 

アレグロは、急に言葉をつまらせ、目に涙を浮かべていた。

 

「どうしたの、アレグロ?もしや、あの女の身に何かあったの?」

 

「あったもなにも・・・」

 

「うそ!そんなことが・・・」

 

「今朝のニュースで」

 

「ニュースになったの?」

 

「はい。今朝のニュースで発表が」

 

「そんなことに・・・」

 

「芸能界を引退されるんです」

 

ドテッ

 

「アレグロ?あなた、なんの話をしているのかしら?」

 

「お嬢様!あのアレッサンドラ・テスタロッサ様が女優をお辞めになるというんですよ!」

 

「だからなに?」

 

「なぜそのような冷たい態度なんですか?一緒に同じ釜の飯を食った仲ではございませんか?」

 

「いつ!いつ食ったっていうの!聞かせてちょうだい!」

 

「やはりあの時、一緒に記念撮影を頼んでおくべきでした」

 

アレグロはしんみりした表情で窓から遠くを見つめていた。

 

「だから、あなたみたいな人とは撮らないのよ」

 

アリーチェは、アレグロの様子を呆れ顔で眺めていた。

 

すると突然、アレグロが大きく目を見開いた

 

「ずみません!忘れるところでした!」

 

「何よ今度は?」

 

「水無灯里様からご伝言を預かってました」

 

「伝言?あのウンディーネから?」

 

「はい。できれば、早い方がいいかもとおっしゃってました」

 

「急ぎの用ってこと?」

 

「そのようです。それについては、お嬢様のお力添えがあると有難いと」

 

「私の力添えって、なんなの?カナル・グランデを正確なS字にしろっていうの?」

 

「いくらそれを出来たとしても、ネオ・ヴェネツィア中から大ヒンシュクを買うのは間違いないです」

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