マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル   作:neo venetiatti

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第六話 手詰まりのロビー

その日のホテル・ネオ・ヴェネツィアーティーでは、どの従業員もいつも以上に忙しさに追われていた。

 

秋の観光シーズンを迎えていたネオ・ヴェネツィアにおいて、ホテル・ネオ・ヴェネツィアーティーは、今や観光の目玉スポットとなっていた。

 

持ち前の明るさとポジティブな姿が魅力のアガタは、先輩クラークのアデリーナに憧れ、そしていつかは彼女のようなフロントクラークなれるようにと頑張る日々を送っていた。

 

フロントに立っていたアガタの前に、高級スーツを着こなした男性がやったきた。

 

男はネクタイのしまり具合を気にするような仕草を繰り返していた。

目付きが鋭く、神経質な印象だった。

 

「いらっしゃいませ。ようこそホテル・ネオ・ヴェネツィアーティーへ」

「アレキサンドロだ」

「アレキサンドロ様。少々お待ちください」

 

アガタは手元のタブレットの画面を軽快にタップしていった。

だが、彼女の顔には疑問の表情が浮かんだ。

 

「すみません、アレキサンドロ様。本日はご予約いただいておりませんが・・・」

「ああ、予約は入れてない」

「それでは、ご宿泊のご希望でよろしいですか?」

「ホテルに来て泊まること以外、何があるというんだ?」

「し、失礼しました」

 

アガタの顔に緊張が走った。

 

「一名様のご宿泊でよろしいですね?」

「ああ」

「お部屋はどのようになさいますか?」

「スイートで頼む」

 

アガタはすぐさま空き状況の確認を行った。

だが、スイートルームはすべて満室状態だった。

 

「申し訳ありません、アレキサンドロ様。本日スイートルームは満室となっております」

「満室?なんでだ?」

「そ、それは・・・申し訳ございません」

「ここはネオ・ヴェネツィアを代表する高級ホテルと聞いてきた!客室数もかなりの数を揃えているんじゃないのか!なんでスイートのひとつも取れないんだ!」

 

アレキサンドロと名乗る男の大声に、周辺が静まり返った。

 

その先では、ロビーの中央でフロントの方に振り返るアロンソが、鋭い目線を向けていた。

 

「一体このホテルはどうなってるんだ?客をもてなす気など、全くないんじゃないか?」

「お、お客様?すぐに別のお部屋をご用意させていただきます」

「なんだ、別の部屋というのは!お前は客をナメてるのか?そんな態度がホテルのフロントクラークと言えるのか!」

 

その大きなカウンターにいた他のフロントクラークたちは、それぞれ別の客の対応に追われいた。

その他のベルボーイたちも忙しく動き回っていた。

 

誰もがアガタの窮地をわかってはいたが、加勢に向かうことができないでいた。

 

すると、アレキサンドロはカウンターの上の、宿泊者名簿の横にあったペンをアガタに投げつけた。

 

そのペンが、避けようとしたアガタの胸元に当たった。

 

緊張が走った。

周辺にいた従業員たち誰もがその光景を注視していた。

 

アガタはどうすることもできず、ただそこに立ち尽くしていた。

 

「おい!聞いてるのか!」

 

アレキサンドロは、興奮した様子で、今度はアガタの制服に掴みかかろうとした。

 

その瞬間、アレキサンドロの手首を誰かが掴んでいた。

動きをいきなり止められたアレキサンドロは、驚いて振り返った。

 

アロンソの鋭い目が、アレキサンドロの目を捉えていた。

 

「その辺でいいんじゃないですか?」

「な、なんだ、お前は!」

「そこまでやれば、ご気分が晴れたでしょ?」

「て、手を離せ!」

 

アロンソが手を離すと、アレキサンドロは痛そうに手首をさすった。

 

「一体このホテルはどうなってるんだ!」

 

アレキサンドロはいっそう大きな声で、周囲にアピールするように言い放った。

 

アガタはその光景を前に、涙で潤んだ目を大きく開けて、茫然としていた。

 

その時、誰かがアガタの横に身を寄せるように音もなく現れた。

 

「お客様?大変失礼いたしました。このあとは、わたくしが代わって対応させていただきます」

 

アデリーナが、満面の笑顔でそこに立っていた。

 

カウンターの下では、アガタの腕に、後ろへ下がるよう合図を送っている。

 

だが、アガタはまだ茫然としていて、アデリーナの合図に気づいていない。

 

「お客様?ご気分を害されたお詫びといってはなんなんですが、もしよろしければエグゼクティブ・スイートをご用意させていただきたいと思うのですが、いかがいたしましょうか?」

「エグゼクティブ・スイート?」

 

アレキサンドロは、手首をさすりながら険しい顔をしていたが、その言葉を聞いて、アデリーナの方に向き直った。

 

「それはなんだ?」

「当ホテルが認めたVIPのお客様だけにご用意させていただいております、特別スイートルームでございます」

「そんなのがあるのか?」

「はい、ございます」

「そんなの、聞いたことないぞ!」

「これは一般にはご紹介しておりません」

「そ、そうなのか?」

 

アデリーナの勝利が確定した。

 

我に返ったアガタに、アデリーナは小声で下がるよう伝えた。

アガタはうつむいた姿で、そのまま消えていった。

 

アレキサンドロに宿泊者名簿の記入を促していたアデリーナは、カウンターから少し離れたところに立っていたアロンソに目配せした。

 

アロンソは「なんだ?」といった表情を返した。

 

アデリーナは、向こうへ行けと言わんばかりに、顎を突き出して合図を送った。

 

それを見たアロンソは、「はぁ?」とリアクションを返した。

 

それを見たアデリーナは、もう一度顎を突き出してみせた。

 

アロンソは肩をすくめて、ゆっくりとカウンターから遠ざかっていった。

 

アデリーナは、カウンターを回り込むと、アレキサンドロのそばにあったトランクを、身体を大きく傾けるようにして、持ち上げた。

 

「あんた、そこまでしてもらわなくても」

「ご迷惑をおかけしたわけですから、せめてお部屋までご案内させていただきます」

 

アデリーナにはどう見ても重たすぎるように見えるトランクを、笑顔を崩さないように気をつけながら、全身を使って運んでいった。

 

アロンソは、ロビーを見回しながら、チラッとアデリーナの方に目を向けた。

 

アデリーナの身体は、大きく斜めに傾いていた。

 

 

 

 

少し時間が経過したところで、アロンソは腕時計に目をやった。

苦い表情で辺りを見回す。

 

「誰を探してるんですか?」

 

アデリーナがすぐ後ろに立っていた。

 

少し驚いた表情になったアロンソは、アデリーナに背を向け、何事もなかったように、また周辺に目を向けた。

 

「ありがとうございます」

「何が?」

「アガタを守ってくれたこと」

 

アロンソはそのまま目線を他に向けていた。

 

「大丈夫だったんですか?」

 

アロンソは表情を変えずに言った。

 

「もしかして私のこと、心配してくれてるんですか?」

 

アデリーナは、背中から回り込むようにして、アロンソの顔を覗き込んだ。

 

その瞬間、二人の目が合った。

 

アロンソはそのまま顔を戻し、アデリーナはスッと姿勢を戻した。

 

「あんたに」

「えっ、なに?」

「あんたには、先に話しておこうと思う」

「何をですか?」

「目撃者の件」

「あの唯一の、でしょ?」

「そうだ」

「それが?」

「ここに来る」

「来るって、このホテルに?」

「ああ」

「どうして?」

「協力してもらう」

「確かウンディーネよね?」

「なんでそれを知ってるんだ?」

「こないだここで」

「ここで?」

「聞こえちゃったし」

「はぁ~」

「それで?」

「それで、君にはもう少し頑張ってもらうことになると思う」

「私が?なんで?」

「安心しろ」

「どういうこと?」

「優秀らしい。そのウンディーネ」

「その人ね」

「そうだ」

「ちなみにどこの水先案内店かわかりますか?」

「確か、アリア・・」

「ARIAカンパニー」

「それだ」

「でもちょっと待って?」

「どうかしたか?」

「ARIAカンパニーといえばアリシア・フローレンスだけど、彼女はすでに引退したはず・・・」

 

その時、正面のガラス扉がドアボーイによって、左右に大きく開かれた。

 

アデリーナとアロンソは、同時にそちらに目を向けた。

 

中に入ってきた女性は、ホテルの雰囲気にはまだ似つかわしくないくらいの若さで、その場に立って、辺りをキョロキョロと見回していた。

 

その様子を見たアデリーナは、すぐにその場に向かっていた。

 

「いらっしゃいませ。お客様?ご宿泊ですか?」

「あ、いえ、そのぉ」

 

そう言ったかと思うと、ロビーの高く広がる天井を見上げた。

 

「私、ここに来るの初めてなんです。こんなふうになってたんですねぇ~」

 

女性は、その場でポツンと立ち尽くすと、辺りを見回して感動に浸っていた。

 

「あのー、お客様?」

 

「はひっ」

 

「大丈夫ですか?」

 

「あっ、失礼しました。でも私、お客様じゃないんです」

 

水無灯里は、すまなさそうに、頬をピンク色に染めていた。

 

 

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