マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル   作:neo venetiatti

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第六十話 でじゃびゅ?

 

アリア社長は、その開け放たれたカウンターの上で、キョロキョロと海の方を見回していた。

 

まあるいお尻が、左右にプリプリ動いている。

 

「アリア社長?何を探してるんですか?」

 

灯里の問いかけに返事もせずに、アリア社長はいっこうにやめる気配がない。

 

「アリア社長?いつまでやってるつもりなんですかぁ?もうそろそろ・・・」

 

その時、アリア社長が大きな声をあげた。

 

「ばいちゃ!ばいちゃーー!」

 

「アリア社長?」

 

灯里は、アリア社長の後ろ姿の、そのリアクションだけでなんなのかがわかった。

 

「帰ってきたんだね」

 

アリア社長は何かの動きに合わせるように、右から左へとカウンターの上を移動していた。

 

そして、階段からかけ上がってくる足音が、カウンターの方にやって来た。

 

「アリア社長!ただいまぁー!」

 

「ばいばいばいーー!」

 

その弾んだ声は、いっぺんに店内を明るくしていた。

 

「アイちゃん、お帰りー!」

 

「灯里さん、ただいまぁー!・・・って、なんでいるんですかぁ?」

 

「なんでって、いるとおかしい?」

 

灯里は困ったように苦笑していた。

 

「だって、今日は忙しくなるかもって言ってませんでした?」

 

「言ってたよ。でもほら、あれが急遽決まったでしょ?」

 

「あれって・・・ああ!あれですね!」

 

「そうそう!」

 

「だからヒマになったんですか?」

 

ドテッ

 

「あ、灯里さん?」

 

「違うよ~逆だよ~~」

 

「逆ということは、忙しくなったというわけですか?」

 

「その通りだよ~」

 

アイは、不思議そうな顔から、パッとひらめいた顔に変わった。

 

「わかりましたぁー!お手伝いします!任せておいてください!」

 

「任せておいてって、わかってるの?」

 

「もちろんです!あれですよね?チャリティーですよね?」

 

「そうなんだけど・・・」

 

「だからかぁ・・・」

 

「なに?どうしたの?」

 

「あずさが、今日は早く会社に戻るって言ってたんです」

 

「合同練習でってこと?」

 

「はい。今日は忙しくなるから、早く切り上げて戻ってこいって言われてたらしいです」

 

「そうなんだぁ」

 

「でも丁度よかった」

 

「どうして?」

 

「だってあのふたり、時々、やりにくいんです」

 

「あずさちゃんとアーニャちゃんでしょ?やりにくいの?」

 

「なんかあるごとに〈やっぱりARIAカンパニーのウンディーネは違う〉とか、〈さすがARIAカンパニーだね〉とか、とにかくうるさいんです!」

 

「そんな感じなんだね」

 

灯里は、プリプリ怒っているアイに笑うしかなかった。

 

「ところで灯里さん?私は何をすればいいですか?」

 

「そうだねぇー。今回は、地元のネオ・ヴェネト州の子供たちがたくさん来るから、とにかく案内だとか、道を教えたりとか、きっと、あちこち走り回ることになると思うよ」

 

「そうなんですかぁー?じゃあ間違いなく、私の出番ですね!」

 

アイの目がキラーンと光った。

 

「自信たっぷりだね。頼もしい限りだよ!」

 

「はい!頑張りますからねー!」

 

アイは腕まくりのまねごとをしながら、店内の拭き掃除をせっせと始めた。

 

灯里はその様子をほほえましく眺めていた。

 

「あっ、そうだった!」

 

アイが突然声をあげた。

 

「どうしたの、アイちゃん?」

 

「さっき、合同練習から帰ってくる途中、サン・マルコ広場の少し先の船着き場で、女の人に声をかけられたんです」

 

「女の人?なんて?」

 

「ARIAカンパニーのウンディーネさんですかって」

 

「へぇーそうなんだぁ。で?」

 

「そしたら、かわいいウンディーネさんねって言われまして」

 

「そうなんだね」

 

「そこはもちろん、ちゃんと〈はい!〉と答えておきました!」

 

「ああーなるほど」

 

「でもその方、サン・ジョルジョ・マッジョーレ島の方をじっと見てたので、もしかしてあそこに行きたいのかなと思って・・・」

 

「ちょっと待って!まさか、違うよね?アイちゃん?」

 

「何がですか?」

 

「だって、そのぉー、まさか・・・」

 

「いいところですよねぇーって言いました」

 

ドテッ

 

「灯里さん?」

 

「いいのいいの。気にしないで。続けて?」

 

「それで行かれますかって聞いたんです」

 

「ア、アイちゃん?」

 

「でもふたりいっぺんに、いきなり乗せるって、ちょっと抵抗感がありまして」

 

「い、いや、乗せるって・・・えっ?ふたりも?」

 

「はい。その方、赤ちゃんを抱いていました」

 

「赤ちゃん?」

 

「さすがに、ちょっと荷が重すぎると思いまして・・・」

 

「アイちゃん?だからね?」

 

「大丈夫です。灯里さんが心配するようなことはしてません!」

 

「それならそれでいいけど」

 

「ペアなのにお客様を乗せるなんて、そんなバカなことするわけないじゃないですかぁー!」

 

「そ、そうだよね」

 

「当然です!じゃあお友達ならなんて、そんな反則技は、ペアでも無理です!」

 

「ごめんなさい!」

 

「灯里さん?なんで謝ってるんですか?」

 

「なんか、そんな気分だったから・・・」

 

「でもその方、なんかよく知ってるような感じでした」

 

「どういうこと?」

 

「アテナさんがサン・ジョルジョ・マッジョーレ教会の大聖堂で歌うのって、急遽決まったことでしたよね?でも知ってたんです、その方」

 

「知ってた?」

 

「はい。当然みたいに〈歌うんですよね?〉って」

 

灯里は、なぜか胸騒ぎに似た感情を抱いていた。

 

「昔にもあったんですよね?」

 

「昔って、誰に聞いたの?」

 

「アーニャが言ってました。昔、まだアテナさんが現役のプリマの頃に急に頼まれたことがあったって、アリス先輩から教えてもらったって」

 

「そう・・・あった・・・」

 

「灯里さん?」

 

灯里に、想い出の奥にしまっていたはずの光景が一気に甦ってきた。

 

「そうだった。鐘楼にあがっていって、そしたらとても素敵な歌が聞こえてきて・・・」

 

「灯里さん?なんでそのことを知ってるんですか?」

 

「えっ、どういうこと?」

 

「それって、その女の人が言ってた話ですよ?」

 

「えっ?」

 

灯里は急にその場に立ち上がった。

 

「ど、どうしたんですか、灯里さん!」

 

「私、行ってくる」

 

「行くって、どこにですか?」

 

「アイちゃん?その人と会った場所、教えてくれる?」

 

「場所って、会いに行くんですか?今から?」

 

「うん」

 

「もしかして、お知り合いだったんでしょうか?」

 

「うん。かも・・・」

 

「でも、もう無理だと思います」

 

「どうして?」

 

「だって、そこでお別れしました!その方とは!」

 

「別れた?」

 

「はい!」

 

灯里は、アイの返事を聞いて、力が抜けたようにゆっくりとそばにあったイスに座りこんだ。

 

その様子を見たアイは、ふぅ~~と大きく息をついた。

 

「灯里さん、大丈夫ですか?」

 

「うん・・・大丈夫だよ・・・」

 

「全然逆に見えますけど」

 

 

 

 

「灯里さん?今日はもう閉店にしますか?」

 

アイは、ぼんやりとカウンターから海を眺めている灯里の背中に話かけた。

 

「ゴメン、アイちゃん。もう大丈夫だから」

 

「そうですか?」

 

灯里はパッと振り返ると、アイに笑顔を向けた。

 

「今日は、忙しい日だからね。ガンバって行こうー!」

 

「おお・・・」

 

灯里に続いて、アイも拳をあげるまねをしてみた。

 

「あれ?」

 

「何ですか?」

 

「アイちゃん?手袋は?

 

アイは、ウンディーネの必需品といえる手袋をつけてなかった。

 

「あっ、そうでした!さっきも言われたばっかりだった・・・」

 

「さっきも?」

 

「着けてました、その時は。そのさっきの女の人に会ったときなんですけど・・・」

 

「どういうこと?」

 

「私、ちゃんと着けてたんですよ、手袋。でもその人が言ってたきたんです。手袋をなくさないようにって。きっと大事な想い出になるからって」

 

「そんなことを・・・」

 

「灯里さん?やっぱり今日は、もう閉店にしませんか?」

 

「やっぱり、行ってくる」

 

「行くって、どこぉ?」

 

「サン・ジョルジョ・マッジョーレ島」

 

「行ってどうするんですか?灯里さんも歌うんですか?」

 

「確かめてくる」

 

灯里はそのままデッキからゴンドラへとおりていった。

 

「ええー?ホントに行くんですか?」

 

アイはカウンターから身を乗り出すと、そそくさと海に出た灯里のゴンドラを呆れた顔で眺めていた。

 

「いったいどうするんですかぁー?チャリティーはぁー?」

 

「店番お願いー!」

 

アイはビックリした顔で振り返った灯里を見ていた。

 

「聞こえてたんだぁ・・・」

 

 

 

 

灯里はサン・ジョルジョ・マッジョーレ島へ向かう前に、アイの話から予想した、その女性と出会ったという場所を通っていった。

 

その時、遠くから呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「ちょっとー!灯里ぃー!」

 

「へっ?」

 

「止まれー!止まりなさーい!・・・止まれって言ってるでしょうがぁーー!」

 

「はひっ!」

 

そこには猛スピードでやってくるゴンドラの姿が。

 

そして、そこに乗っている人の姿にも見覚えが・・・

 

「藍華ちゃん!」

 

「ちょっと!聞こえてんの?」

 

「なに?ちょっと急いでるんだけど」

 

「こっちだって急いでんの!」

 

「じゃあ、この辺で」

 

「そうね・・・って言ってる場合じゃないの!」

 

「なにぃ~?」

 

「ちょっとさぁ、あんたんとこの新人、やってくれるじゃない?」

 

「アイちゃんのこと?」

 

「そうよ!あのただ乗りの子よ!」

 

「何かあったぁ?」

 

「あったも何もないわよ!ペアの分際でお客様を乗せようとしたって言うじゃない?」

 

「お客様を?ああ、それ?」

 

「ああ、それって、どういうこと?」

 

「乗せなかったよ」

 

「そんな、あっさりとした答え方しちゃって」

 

「だってそうなんだもん。仕方ない」

 

「まあ~しらばっくれちゃって!あんたからも何か言いなさいよ!」

 

と言われたあずさが、藍華の後ろから姿を現した。

 

「あずさちゃん、いたんだ。お疲れ様~」

 

「灯里先輩、お疲れです」

 

「そう、挨拶はちゃんとしないと・・・って、そういうこと言ってんじゃないでしょ?」

 

「だって藍華先輩?私は遠くから見かけただけで、そうだとは言ってないわけですし・・・」

 

「あんたは、あの子と親しいからそんなこと言ってんでしょ?これとそれとは違うんだからね!」

 

「藍華ちゃん?」

 

「なにぃ?」

 

「じゃあそろそろ・・・」

 

「なに言ってんの?これは重大な問題で・・・ちょ、ちょっと!灯里ぃ!まだ話してるでしょ?」

 

「藍華先輩?」

 

「何よ!」

 

「あの人、後ろ向きで漕いでます」

 

「あれは、勢いつけるときにそうするの!」

 

「そんな方法があるんだぁ・・・今度アイちゃんに聞いてみようっと」

 

「そんなのあるわけないでしょ!」

 

 

 

 

灯里は、混雑し始めているサン・ジョルジョ・マッジョーレ島の、少し端の方にある船着き場にゴンドラを止めた。

 

そこから、駆け足で大聖堂まで急いだ。

 

コンサートのための機材やら何やらでゴチャゴチャしているところをすり抜けて、関係者出入口らしきところにたどり着いた。

 

「すみません。ここは関係者以外入ることはできません」

 

スタッフに止められてしまった。

 

「違うんです」

 

「関係者の方?パスはお持ちですか?」

 

「それが関係者でもないですし、パスも持ってないですけど・・・」

 

そのスタッフは、胸元の小さなマイクに向かって話始めた。

 

「今、スタッフの入り口に不審者が1名・・・」

 

「あわわわ~」

 

その時、灯里にはまるで天使のように、その声が聞こえた。

 

「灯里先輩?そんなところで何してるんですか?」

 

灯里の前には、アリスが驚いた顔で立っていた。

 

「アリスちゃ~~ん」

 

「なんなんですか?そんな気持ち悪い声出して!」

 

「私、不審者じゃないって言ってぇー!」

 

「もう!」

 

 

 

アリスは、入り口から少し入ったところにあるイスに灯里を座らせた。

 

「それで、いったいどうしたんですか?」

 

「それがちょっと、説明するとなると、時間がかかると思うんだけど」

 

「どういうことか、説明できないんですか?」

 

「うーん・・・」

 

「はぁ~」

 

アリスは頭を抱えた。

 

「できれば、アテナさんと話がしたいんだけど」

 

「灯里先輩!」

 

「はい!」

 

「先輩もわかってますよね?ここで今から何が行われるか」

 

「うん、わかってるつもりではいるけど・・・」

 

「もうすぐ本番なんですよ?アテナ先輩のステージ!」

 

「そうだよねぇ」

 

アリスは灯里の煮え切らない態度に、これ以上ないくらいの大きなため息をついた。

 

「わかりました!言ってください!私で協力できることがあれば、協力させていただきますっ!」

 

「アリスちゃん、ありがと~~やっぱりアリスちゃんはアリスちゃんだねぇ~」

 

「もうっ!」

 

 

 

「で、その人がどうしたんですか?」

 

アリスは諦めた様子で灯里に付き合うことに決めていた。

 

「忙しいのにごめんね」

 

「だったら早くしてください!」

 

灯里は恐縮しまくっていた。

 

「だからね、そういった赤ちゃんを抱いた女の人を見なかったということなんだけど」

 

「灯里先輩?」

 

「何?」

 

「見てください。外の様子を」

 

少し開いたドアの隙間から、たくさんの人々の様子が見えていた。

 

「先輩には悪いですけど、これだけの人がアテナ先輩を一目見ようと集まっているわけです」

 

「はい、そうだね」

 

「ですから、一人の人を探すなんて、無理なのはわかりますよね?」

 

「うんそうだね。ゴメンね」

 

その時、予想外の言葉が横から聞こえてきた。

 

「私、見ましたよ」

 

それは、あっさりと答えるアーニャだった。

 

「アーニャ?どういうこと?」

 

アリスは驚いて目を丸くしていた。

 

でもその横で、灯里が今にも涙を流しそうな顔をアーニャに向けていた。

 

「先ほど、赤ちゃんを抱いている女性の方がいらっしゃったので、席をご案内しようと思ったのですが、お断りになられて」

 

「それでどうしたの?」

 

「会場には入られずに」

 

「に?」

 

「あちらの鐘楼の方に行かれました」

 

灯里はそれを聞くと、勢いよく立ち上がった。

 

そして、そのままドアを出ていった。

 

「アリス先輩?」

 

「何?」

 

「今現在は、鐘楼も立ち入り禁止になってます」

 

「追いかけてぇー!不審者じゃないって説明してあげてぇー!」

 

「わかりましたー!」

 

アーニャは灯里の後を追って、ドアの外へ駆け出して行った。

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