マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル 作:neo venetiatti
「初めまして。ARIAカンパニーの水無灯里と申します」
灯里は恐縮した面持ちで、捜査本部のある会議室にいた。
そこには、アルフ捜査官とアロンソ、そしてアデリーナまでも揃っていた。
「私はなんでここに呼ばれたのでしょうか?」
アデリーナはパイプ椅子のひとつに座って、正面のホワイトボードを背にして立っているアルフに向かって眉をひそめていた。
少し離れたところで、アロンソが脚を組んで黙って座っていた。
アルフは、自分の横で恐縮して立っている灯里に優しく笑顔を向けた。
「水無灯里さん、本日はわざわざ来ていただいてありがとう。そしてアデリーナ?それについても今から説明するから聞いてくれ」
アルフはそう言うと、軽く咳払いをした。
「アロンソには説明済みなんだが、この水無灯里さんは、ほぼ唯一といっていい、この度の事件の犯人とおぼしき人物の目撃者だ。ただ、それとて確たる証拠があるわけではない。しかし、現在の状況を考えると、重要な手がかりでもある」
アルフは、灯里に対し、そばにあるパイプ椅子に腰かけるよう合図を送りながら、自らも椅子に腰かけた。
「そこで、灯里さんにも捜査協力をお願いした」
灯里は、うっすらと笑みを浮かべたが、誰もそれに応えてくれそうにない雰囲気に、下を向いてしまった。
「つまり、このアロンソ刑事のようにロビーに張り付く、というわけですか?」
「アデリーナ、さすがに察しがいい。つまりはそういうことだ」
「でもどういう風に・・・もしかして、このウンディーネさんにも?」
「アロンソと同じ、とは、さすがに無理な話だが、ただいてもらうわけにはいかないので、彼女にもフロントクラークとして張り付いてもらうつもりだ」
「そうなんですか・・・」
「アデリーナ、何か不安でも?」
「ええ。もちろん不安はあります」
「彼女は、このネオ・ヴェネツィアで日々観光案内を行っている現役のウンディーネだ。そこは問題ないのでは?」
「それはそうなんですが・・・」
「ARIAカンパニーといえば、言わずと知れた水先案内店だそうじゃないか?」
アデリーナは、少し言葉をためらっているように見えたが、意を決したように口を開いた。
「灯里さん?気にさわったらごめんなさい。率直な意見を言わせてもらっていいかしら?」
「はい、構いません。おっしゃってもらって結構です」
灯里は真っ直ぐにアデリーナの方に向いて答えた。
「ARIAカンパニーと聞くと、私はどうしてもアリシア・フローレンスを思い浮かべてしまうの。もちろん、引退されたことは知っています。あのミス・パーフェクトと称されたアリシアさんなら、私は喜んでお願いしたと思う」
「そんなにすごいウンディーネだったんですか?」
思わずアルフが言葉を挟んだ。
「ええ。ウンディーネの世界でも群を抜いていたと思います。もちろん、姫屋の晃・E・フェラーリやオレンジぷらねっとのアテナ・グローリィーは、アリシアさんと並んで、水の三大妖精と呼ばれていた。でも、アリシアさんがなぜそこまで素晴らしかったかは、彼女がすべてをひとりでこなしていたからに他ならないからだと」
「確かにアリシアさんは今でも、私の憧れであり、目標でもあります。正直、近づくことすらできないかもしれません」
灯里は、率直に自分の気持ちを言葉にした。
「何もあなたをバカにして、こんな話をしているつもりはないの。ただ、ホテルの業務は時に過酷で、いろんなことが試される。お客様をお客様として扱えない人もいるくらいだしね」
そう言って、アデリーナはアロンソの方を向いた。
アロンソは、それには一切反応しなかった。
「アデリーナの気持ちはわかった。ただ、あくまでも捜査協力だ。ほんとうにフロントクラークになってもらうわけではない。それに、今回のことについては、ゴンドラ協会にも申し入れをして、理解をしてもらっている。対応に当たった、そのゴンドラ協会の理事だとい方からも、この灯里さんなら大丈夫だとお墨付きをもらっている」
「ゴンドラ協会の理事」
「ああそうだ。現在のARIAカンパニーを立派にひとりで切り盛りしている彼女だから、何も心配していないそうだ」
「そこまで・・・」
「ただ、身の安全だけが心配だと。何かあっては困るからと、かなり念を押された」
アデリーナは、そこで何かに気づいたような表情になった。
「ねえ、灯里さん?アリシアさんて、もしかして引退されてからゴンドラ協会の・・・」
「はい、名誉理事をされています」
「つながったな」
アロンソが口を開いた。
「つまり、あんたは、その人から引き継いだんだろ?そのARIAカンパニーを」
アロンソがじっと座ったまま、灯里に顔を向けていた。
アデリーナは、そんなアロンソの横顔を見ていた。
「確かにそうだな。アデリーナがそれほど素晴らしいと感じていたウンディーネから、灯里さんはその店を引き継いだ。それで十分だと思うのだが・・・」
アルフの言葉を聞いたアデリーナは、灯里の方に目を向けた。
灯里は、少し不安げな表情のまま、上目遣いでアデリーナと目を合わせた。
気まずそうに、思わず視線を床に向けてしまう。
「そこでだ。アデリーナ?君を見込んで頼みたいことがある」
「なんでしょうか?」
「灯里さんを君に任せようと思う」
「任せる?私に?それってどういうことですか?」
「つまり、彼女の教育係だ」
「私がですか?」
「そうだ。いくらウンディーネとして接客になれているからといって、フロントクラークとなるとまた別だと思う。それでいいですよね?」
アルフは灯里の方を見た。
「はい、私はそれで構いませんが・・・」
アデリーナは、うつむき加減に返事をする灯里を、ポカンと口を開けて見ていた。
その横でアロンソは、うつ向いたまま、クスッと笑ってみせた。