マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル   作:neo venetiatti

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第八話 安心できるところ

「それで灯里?あんたはそれでいいの?」

 

藍華は、ARIAカンパニーのカウンター越しに、灯里に問いかけていた。

 

「私はそれでいいんだけど・・・」

 

灯里は、テーブルを拭きながら、少し煮え切らない態度で応えていた。

 

「そんなんで大丈夫なの?」

「うん、もう引き受けちゃったし」

「ひ、引き受けちゃった?」

「うん」

「うんて、そんなあっさりと」

 

藍華は呆れたように、大きなため息をついた。

 

「大体さぁ、あんたにそんな大事なことが務まるの?ホテルよ、ホテル。わかってるの?」

「わっかてるよ、藍華ちゃん。いくら私でもそれくらいは」

「違うの、灯里?」

「何が?」

「私が言ってることと、あんたが言ってることと、多分違うと思う」

「どういうこと?」

「だから、事の重大さよ!」

「それくらい私だって・・・」

「殺人事件よ!あんたが関わろうとしているのは!なんかあったらどうするの?」

 

藍華は、バン!とカウンターを両手で叩いた。

 

「藍華ちゃん・・・」

「アリシアさんもアリシアさんよ。いくら警察からの協力要請があったからって、もう少し慎重になってもよかったはずよ!」

「アリシアさんは最初断ったって言ってた」

「そうなの?」

「うん。大事なウンディーネにそんな危ないことをさせられないって」

「じゃあなんで?」

「私から言ったの。協力しますって」

「なんで?なんでそんなこと言ったりしたの?」

「私も最初はどうしようか迷った」

「そりゃあそうでしょう?」

「でもね、藍華ちゃん?ネオ・ヴェネツィアって、いつからそんな不安な場所になちゃったの?」

「どういうこと?」

「ここは本来そんなところじゃなかったはずでしょ?」

「灯里・・・」

 

「とっても素敵なところで、毎日たくさんの人がやって来て、いつも笑顔があふれてる。そんなところだったはずでしょ?」

「灯里?そりゃあ、あんたの言うことはわかるけど」

「私は、少しでも早く事件が解決して、このネオ・ヴェネツィアに、いつでも安心してたくさんの人たちに来てもらえるようにしたいの。そのためだったら、私の出来ることがあるんだったら、協力したいと思っただけ」

 

灯里は真剣な眼差しで藍華を見つめた。

 

「あんた、そんなこと考えてたんだ」

「藍華ちゃん、そう思わない?」

「わかるわよ、灯里のその考え。でも、今回のことに関しては、普段の私たちの日常からは、かけ離れているんじゃない?不安じゃないの?」

「不安じゃないと言えば、嘘になると思う」

「でしょ?」

「うん・・・」

 

灯里は、そう頷くと、視線を下に下ろした。

気持ちとは裏腹に、表情には不安の色がにじみ出ていた。

 

「灯里、あんたって・・・」

「無茶だったかなぁ」

「うーん、もう!」

「どうしたの、藍華ちゃん?」

「どうしたもこうしたもないわよ!」

「なに?」

「もう決めたんでしょ?」

「うん、そうだけど」

「じゃあ、やるしかないじゃない!」

「えっ?」

「よっしゃあーー!」

 

藍華は両手を腰にあてて、仁王立ち状態になっていた。

 

「灯里、あんたの思うようにやればいいんじゃない?私はあんたに全面的に協力する!そう決めた!今決めた!」

「藍華ちゃん」

「あんたがそこまで思ってるとわかって、私が何もしないわけにいかないでしょ?」

「そこまで言ってもらえるとうれしいけど」

「けどなに?」

「何をするの、藍華ちゃん?」

「そ、それは、今のところ、まだ決まってるわけじゃないけど・・・」

 

そんな藍華の顔を見て、灯里は苦笑しつつも、うれしそうな表情だった。

 

「そうだ、灯里?犯人逮捕に協力するっていうんだったら、その間このARIAカンパニーはどうするの?」

「しょうがないけど、お休みにするしかないと思う」

「そうか。そうなるわねぇ・・・」

「藍華ちゃん?」

 

眉間にシワを寄せて、難しそうな表情をしていた藍華だったが、何かを思い付いたようにニヤリと笑った。

 

「なんか不安なんだけど、藍華ちゃん?」

 

 

 

ホテル・ネオ・ヴェネツィアーティーの、その大きなフロントの中央で、アガタは持ち前の明るい笑顔で客を迎え入れていた。

 

ロビーの片隅で子供の相手をしていたアデリーナは、その笑顔を見て安堵の表情を浮かべていた。

 

ロビーを横切って、カウンターから少し離れた場所に立ったアロンソの姿を、アガタは目で追っていた。

それに気付いたのか、アロンソがアガタの方に目を向けると、アガタは、何事もなかったように、別の方向に目を向けた。

 

「ヒーローはツラいですなぁ」

 

アデリーナは、いつの間にかアロンソのそばに立っていた。

 

「なに?」

「いえね、ヒーローになったご気分はどうなのかなぁと思って」

「ヒーロー?」

「別にいいんです」

「フロントクラークって、そんなに暇なのか?」

「別に暇じゃないですよ!」

 

アデリーナは口を少しとんがらせて、不満げな顔になってみせた。

 

「もういいのか?」

 

アロンソは表情を変えずに、辺りに視線を向けながら言った。

 

「ああ、あのお客様ですか?とりあえずは納得していただけたので、大丈夫かと思います」

「なんのことだ?」

「えっ?あの傍若無人のお客様のことじゃ・・・」

「朝から笑ってる」

 

アロンソは、そう言ってチラッとアガタに目を向けた。

 

「なんだ、アガタのことね」

「あんたのことは気にしてない」

「そうなんですか!ヒドイ言い方」

 

アデリーナは、そう呟いて、少しため息をついてみせた。

 

「あのあと、大変だった」

「何かあったのか?」

「控室でわんわん大泣きしてたかと思うと、ケーキや大福を食べまくって。そして悪態の連続。あの子、そこまで言うかってくらい凄かったんですよ」

「それは良かった」

「良くない!」

「なんで?機嫌直ったんだろ?」

「いくら腹が立ったって言っても、お客様に変わりない。限度ってもんがあるの!」

「そんなもんかねぇ」

「そんなもんなんです」

 

アデリーナはアロンソの背中に自分の背中を向け、胸の前で腕を組んだ。

 

「ところでエグゼクティブ・スイートって、そんな簡単に用意できるのか?」

「あれは、タイミングです」

「タイミング?」

「たまたまタイミングよく空きがあったんです。本来なら、特別な上得意のお客様のために、空けておくんです。それに、私にはそこまで独断で決められる権限はありません」

「じゃあ」

「総支配人から、少しお小言はありました。でも無事に納めることができたので、今回はおとがめナシというこになりました」

 

アデリーナは、アロンソから何も反応がないことに気づいて、振り返った。

 

アロンソは、正面玄関から入ってきた男の姿を、じっと凝視していた。

 

黒いジャンパーに黒いズボン、そして黒いマスク。

 

「えっ、ほんとに?」

 

アデリーナは、そう呟きながら、その男の方に歩き出していた。

 

アロンソは、その手首を掴んで、歩き出したアデリーナを引き止めた。

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