マスカレード・ヴェネツィアン・ホテル   作:neo venetiatti

9 / 62
第九話 再会

アロンソは、アデリーナの手首をつかんだまま、無線機のマイクを忍ばせた上着の袖口に口を近づけた。

 

「捜査官、全身黒づくめの男がロビーに現れました」

 

アデリーナは、自分の手首を掴んだ手を離すように、アロンソの腕を掴んだ。

 

「大丈夫です。お客様として接するだけです」

「しかし」

「もしなんかあったら、その時はお願いします。アガタの時みたいに」

 

アデリーナはアロンソにそう声を掛けて、黒づくめの男のもとへ向かった。

 

男はロビーの中央をゆっくりとフロントへ向けて歩いていた。

それはまるで、自らの存在を誇示すかのような姿だった。

 

アデリーナはその男の横からさりげなく近づいていった。

 

「いらっしゃいませ。ネオ・ヴェネツィアーティーへようこそ」

 

男は立ち止まると、アデリーナの方に顔を向けた。

 

「本日はご宿泊でしょうか?」

「いや、ロビーで人と待ち合わせをしている」

「かしこまりました。何かご用はございませんか?」

「今のところ、別に用はない」

「また何かございましたら、いつでも結構ですので、お申し付け下さい」

「わかった。ありがとう」

 

すらりとした外見の印象とは違い、男性的な、落ち着いた雰囲気の声だった。

 

男は辺りを少し見渡すと、玄関に程近いところに腰かけた。

 

フロントクラークやベルボーイに扮した捜査員たちは、一斉にその男に注意の目を向けていた。

 

ただならぬ雰囲気に、他の従業員たちにも緊張の空気が広がってゆく。

 

それに気付いたアガタが、その男をジーッと見つめた。

 

アデリーナはアガタに向かって、めくばせをしながら顔を横に振った。

 

〈あの子、なんでじっと見てるの?〉

 

その男に注意を注いでいるアロンソの前を通って、アデリーナは急ぎ足でフロントへ向かった。

 

「アガタ!ちょっと、何してるの!」

「先輩、あの人なんか怪しくないですか?」

「だから、そういうことを口に出すんじゃないって!」

「やっぱりそうなんですか?なんか急に空気がピリピリしてるような感じがしたんですよ」

 

アデリーナはアガタをカウンターから少し後ろに引っ張り、小声で話しかけた。

 

「あなたもロビーがピリついているのを感じたのなら、今どういうことが起こっているか想像がつくわよね?」

「もしかして、あの人が?」

「そんなの、まだわからないの!」

「なんだ、そうなんですか?」

「あなたって、ホントに緊張感ないわね」

「そんなことないですぅ!わたしだってピリピリしてますぅ~!」

 

アデリーナはため息ををつくしかなかった。

 

「もういいわ。休憩行ってきて」

「いえっ!私もこのホテルの立派なフロントクラークなんです!犯人逮捕に協力をしますから!」

「あのね、こんなことで名誉挽回しなくていいんだから・・・」

 

その時だった。

 

何気なくロビーに目を向けたアデリーナは、険しい表情でこちらに目を向けているアロンソと目が合った。

 

そのただならぬ気配を感じてエントランスに目を向けたアデリーナは、正面玄関から入ってくる人の様子に、思わず目が釘付けになった。

 

ひとりの老婆に連れ添うようにして、水無灯里が一緒にロビーに入ってきた。

しかもその老婆は、先日アロンソと言い争うきっかけとなった、あの老婆だった。

 

二人は、エントランス付近でそのまま何やら話し込んでいる。

だが、その近くには、ソファーに腰かけた、あの黒づくめの男がいる。

 

その距離、ほんの数メートル。

 

「先輩、どうしたんですか?」

「アガタ、あなたはここから動かないでね。絶対よ!」

「ええー、なんでですかぁー?わたし、なんかしました?」

「なんにもしないでほしいからよ!」

「そんなぁ~」

 

アデリーナは急いでロビーに向かった。

だが、途中で足を止めた。

そして、先程とは反対に、その場から歩きだそうとしたアロンソの腕を掴んだ。

 

「なんだ?」

「ちょっと待って」

「どういうことだ?あのウンディーネに変な動きをされたら、あいつを取り逃がしてしまうかもしれない」

「でももう少しだけ」

「どうして?」

「なんとなくだけど、彼女なら大丈夫な気がする」

「あんた、こないだはあのウンディーネを信用してなかったじゃないか?」

「そうなんだけど」

 

灯里の、その老婆に向けるやさしさの溢れた笑顔に、その老婆は思わず微笑んでいる。

 

そんな光景を見たアデリーナは、灯里がなぜ、あのアリシアから全幅の信頼を受けているのかが、少しわかるような気がした。

 

それと気がかりなことが、もうひとつ。

 

灯里の老婆に向けた視線の先には、あの黒づくめの男がいる。

 

その姿は、灯里の視界に入っていてもおかしくないはずなのに、灯里は全くなんの反応も示していない。

 

「どういうこと?」

 

灯里は、その老婆と一緒にフロントへ向かって歩き出した。

途中アデリーナと目が合った灯里は、ほほえんで会釈した。

 

アデリーナも軽く会釈を返した。

 

「ちっ」

 

すると、アロンソが舌打ちをして、走り出していた。

 

その様子に振り返ったアデリーナは、驚きの余り、声が出なかった。

 

あの黒づくめの男は、先程までいたソファーからすでに姿を消していた。

 

視線を戻すと、灯里と老婆が笑顔のままで、フロントからキーを受け取る姿があった。

 

もう一度エントランスに目を向けたアデリーナは、ホテルマンに扮した捜査員数名と駆け足で玄関を出て行くアロンソの後ろ姿を見た。

 

捜査員全員が注視している中、その男は忽然と消えた。

 

だが、アデリーナば何かを思い付いた顔をしたかと思うと、フロントの奥へと駆け出していった。

 

「先輩?トイレ・・・じゃないか」

 

アガタは、回りをキョロキョロ見回して、大きなため息をついた。

 

「あのー」

「は、はい!いらっしゃいませ!」

「先程、ホテルの前でこんなものを預かったんですが」

「はい?」

 

二十歳前後に見える青年が、ずれたメガネを人差し指で直しながら、カウンターの上に小さな箱を置いた。

 

「なんですか、これ?」

「わかりません。渡してくれって預かっただけですから」

「預かった」

「はい」

「誰宛とかないんですか?」

 

アガタはそう言うと、箱を持ち上げ、宛名らしきものがないかを見回した。

 

「なんにも書いてないですねぇ」

「じゃあ僕はこれで」

「えっ?ちょ、ちょっと待ってください!こんな変なもの置いていかれても困ります!」

「でも僕だって困ります。頼まれただけなんです!」

「頼まれたって、そんないい加減なこと、あります?」

「そんなこと言われても・・・」

 

その青年は、汗を拭いながら、困り果てていた。

 

「じゃあ、僕はこれで」

「すみませーん!捜査の方ぁー!ちょっとお願いできますかぁー?」

 

アガタの呼び掛けに、ロビーにいたベルボーイひとりと、アガタから少し離れたところにいた女性のフロントクラークが、ふたり同時にギクッと反応した。

 

「ちょっと、あなた!どういうつもりなの?」

 

フロントクラークに扮した女性捜査員が、血相を変え、アガタのそばに飛んできた。

 

アガタの言葉を聞いた青年は、顔をひきつらせると、くるりと振り返り、そのまま勢いよくロビーのど真ん中を走り出した。

 

その姿にすぐさま追いかけたベルボーイが、エントランスを出たところで、背後からタックルした。

青年は地面に突っ伏して倒れ、その勢いでメガネが道路に飛んでいった。

 

「えっと、あのぉ~、どういうこと・・・なんでしょうか?」

 

アガタが手に持って、カタカタ音を鳴らして揺すっていた箱を、そばにいたフロントクラーク姿の女性捜査員は、もの凄い形相で取り上げた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。