現代にも天才ゆえの悲劇というものが御座いましょう。
それとは少し趣が違いますが。
しかし彼女もそれとは同列だったようで御座います。
ひらひらと広葉樹の葉が舞う。ゆらゆらと言うよりは、その強い風に流されてさらさら、くるくると舞う。
そしてそれが行き着いたのは、白黒の服を身に纏い箒を携えた、異国の髪色をした少女である。
少女は流れて来たその葉を優しく摘んで、そしてその葉が流れて来た方を見た。
少女の視線の先にあったのは、周りよりも高く突き出した地面にそびえ立つ神社であった。
その神社を見て少女は手に収まった葉を潰すとも投げるとも行かずに、その親指でそっと撫でて地面に置いた。
少女は軽く首を振って、その視線を鋭いものに変え、神社の真逆の方向へと歩き出した。
少女によって地面に置かれた葉は風に吹かれ、周りの落ち葉とカサカサと触れ合って、その身を深く沈めた。
その葉の事を、もう誰も知らない。
春がやって来たのはついこの間であった。春告精が声高々に空を舞ってしかしもう二週間も経っていた。いつもは春の宴会だと騒がしくなる妖怪たちは、しかし私の周りだけのなのだろうか、今年はとても静かだ。
私はどうにもこうにもとその疑問を頭の隅に置いて、しかし今は少し別のことが気がかりだった。
机越しに私の正面に座るのは、天狗が住う妖怪の山にいけしゃあしゃあと居を構える、守矢神社の風祝である東風谷早苗であった。
彼女はその無駄に大きい胸を机に乗せる形で前傾姿勢をとっており、それに連れて頭も低くなる。
要は分かりやすく言えば、彼女は項垂れているのである。
「態々人ん家まで押しかけて何があったて言うのよ。」
項垂れているくせに、出したお茶にはしっかりと口をつけている早苗は、その言葉を待っていましたと言わんばかりに捲し立てる。
彼女の神社には二つの神が住んでおり、幼い頃から彼女にしか見えなかったその二神は、彼女にとっての親以上の存在となって、その為信仰が足りず消滅しかける二神に早苗は元の世界の事を捨てて幻想郷にやって来た。
しかしどうも最近、その二神がつれないらしい。正直どうでもいいと切り捨ててしまいたいところだったが、私はどうしてこう家族という言葉に弱いのだろうか。
「取り敢えず、しばらくはここにいなさい、一度離れる事でわかることもあるでしょ。」
「ありがとうございます、霊夢さん。」
そういうと早苗は一度神社に帰って、荷物やらをとってくるらしい。
私は遠く高く彼女を見ながら、どうにもやりきれない思いが燻っていることに、少し不機嫌になった。
「どうしたのかしら霊夢、不機嫌が顔に出ておいでよ。」
いつのまにの言葉もなく、先ほどまで早苗が居た空間に現れたのは、この幻想郷を作った賢者の内の一人妖怪の賢者八雲紫である。
私はその慣れた神出鬼没さに相変わらずと短いため息をついて、縁側から見える青い空を見た。
「いいえ、別に。ただ、家族っていいなぁ、と思って。」
私はいつのまにか、そんな事を言っていた。特に言うべきことでもなかったはずなのに、それでも紫に零してしまっていた。
「へぇ、そう。」
存外に紫は静かな顔をして、先ほどから上半身を覗かせている自身の能力、スキマの中に引っ込んで行った。
言葉尻を弄ばれるのはいつものことだったが、しかし素直に引く紫は新鮮だった。
私は珍しいものを見たと言う特別感と、しかしそれでも晴れないこのさもしい気持ちのせめぎ合いにあった。
私はついこの間こたつ布団をひっぺがしたばかりの机にその体を預け、先ほどの早苗のような格好になってしまった。
博麗の巫女は世襲制ではない。代々紫が見てつけてきた才能のある子供に、紫や今代の巫女が修行を施し完成させる。
カエルの子はカエルと言うように、案外次代の巫女が今代の娘になることもありうるが、しかし鳶が鷹を生むこともあるし。カエルとて子供を遺せないと言うこともあるのである。先代がそうであっただけに、相当悔やまれたそうだったが。
しかし紫に言わせれば、私は今までの巫女を凌ぐほどの才能を秘めているらしかった。
しかしそれほど莫大なものを内に持っていたとしても、私は自分の心が満たされていないのを知っていた。
ただ空っ風が吹くだけの心が、いつか錆び付いてしまわないように、今はただ少ない油を満遍なく塗り広げるだけである。
そうこうしている間に、早苗が小さめの鞄を抱えて戻ってきた。
「お待たせしました霊夢さん。」
「別に待ってないわ、勝手にあんたが住みつくだけだもの。」
そう言っても早苗はそのにこにことした表情を変えないまま、先ほどまで紫が居た場所に戻る。
どうも早苗はさっきまでとは打って変わって楽しそうに茶を啜る。
「随分楽しそうね。」
「私友達とお泊まりって初めてなんですよ。」
どうにも自分はお泊まりって柄じゃないと思いながら、しかしそれが早苗がいた外の世界では日常的に行われていることだと知って、私は意外に思った。
しかし外の世界どころか、幻想郷での日常的な友達との関わり方さえ知らない私は、そんなものかと上積みを撫でるだけ。
私はおもむろに立ち上がると座布団と、急須に湯呑みを乗せたお盆を持って縁側へと向かう。
それに応じて早苗も立ち上がって、二人して縁側に座布団を敷いて座る。
見上げた空は快晴とは言えないものの、しかしまるで絵にかいたような青空で、まるで自然にそこにある。
早苗は最初不思議そうに私を見ていたが、しかし納得したのか割り切ったのかどうなのか、再び茶を啜って私と同じように空を見上げている。
そうして日向ぼっこを敢行していれば、騒ぎというのは向こうからやってくるもので、私たちが見上げている空に箒に跨ってこちらに飛んでくる魔法使いの姿が見えた。
黒いとんがり帽子を被り、黒と白の服に身を包み箒にまたがればもうそれは立派な魔法使いである。しかしどうやら彼女は形から入るタイプらしく、彼女はまだ完璧な魔法使いとも言えないらしいがそれは少しどうでもよかった。
黒白の魔法使い、霧雨魔理沙は縁側で寛ぐ私たちの前にゆっくり着地する。
「どうした二人揃って、まるで老夫婦みたいだな。」
「私は忙しないのが嫌いなの。」
「随分枯れてるな、そんなんで妖怪退治が務まるのか?」
「煩いわね、仕事は感情で行うものではないわ。」
これは私の持論である。博麗の仕事の一つ、異変解決で行われる弾幕ごっこは嫌いではない。しかし人間に危害を与える妖怪に関してはこの世から退場願っている。
「妖怪から見れば私はただの殺し屋よ。仕事に感情はいらないわ。」
持論というのもあったが、しかしそれは私の仕事に対するポリシーでもあり、何より幼い頃から紫らに言い聞かせられてきたことだった。
「それにしては随分妖怪と仲がいいな。妖怪神社と評判だぜ。」
「私は依頼があって仕事をするのだから、それ以外の妖怪はただの妖怪よ。無闇矢鱈に殺すことなんてないわ。」
魔理沙の質問に答えていくたびに、なんだか私の心が締め付けられるような気持ちになる。
「そんなに仕事と割り切れるのかよ。」
魔理沙はいつのまにか俯いて、何かを堪えるようにしていた。
「それが霊夢、お前の気持ちなのかよ。」
「そうよ、それが博麗の巫女の仕事なのだもの。」
私はきゅっと縮こまる心を無視してそう答えた。
それを聞いた途端に魔理沙は顔を上げて、走り去ってしまった。魔理沙はそのまま青い空へと消えていった。
「よかったんですか、霊夢さん。」
魔理沙が完全に見えなくなってから早苗はそう言った。
「何がよ、私はただ当たり前のことを答えただけ。」
「でしたら、そんな悲しそうな顔をしないでください。」
早苗は私をまっすぐ見つめてそう言った。
「私はきっと、魔理沙さんほど霊夢さんを知りません。それでも今のあなたが苦しんでいることはわかります。どうか一人で閉じこまらないで。あなたは一人じゃないから。」
早苗はそういうと腰を上げて、持ってきた小さな鞄を拾った。そして殊更元気な声でこう言った。
「私はこれから神奈子様と諏訪子様と話してきます。だから霊夢さんも話してください。いつかきっと。」
それだけ残すと早苗は飛び去っていった。白い雲に消えていく白い彼女の後ろ姿を私はずっと眺めていた。ただどうにも言うことの聞かない自分の心だけを抱えて、私は縁側から立ち上がり歩き出した。
行き先は決めていなかった。
ただなんだか今は、少しでも遠くに行きたかった。
深い森を抜けると眼下に広がるのは、一面が眩しいほどに黄色に輝く向日葵畑である。
人里から続く道もあるのだが、神社からまっすぐの最短距離はこの森を通ることである。
向日葵によってできた道を進み私は中央で立ち止まる。
向日葵畑のちょうど中央に位置するこの空間で椅子に座り、優雅に紅茶を嗜んでいる麗人。
人は彼女をフラワーマスターと呼ぶ。花の妖怪風見幽香である。
「あら霊夢、あなたからここに来るなんて、珍しいこともあるものね。」
「ただの気まぐれよ。」
私がそう返すと、幽香は私に椅子を勧める。
彼女の対面に座り、私は出されたお茶を飲む。面白いことに、これでは先ほどの早苗と同じような構図である。
「……ねぇ、幽香。」
「何かしら。」
「私はどうしたらいいのかしら。」
私は空を見上げながら幽香にそう尋ねた。
「相当、悩んでいるようね。」
「でも私には博麗の巫女の悩みなんてわからないわ。」
「いいえ、そうじゃないの。」
「幽香、私はどうすればいいの。」
今度はまっすぐに幽香を見据えてそう言った。それを見返した幽香はハッとして、それから深く考え出した。
「あなたに何があったかは分からないわ、それでも一つだけわかるのは、あなたがきっと疲れていると言うこと。」
「いい霊夢。」
幽香は視線を私から外して、遠くへ向けた。
「人は愚かよ。」
「けれどそれが面白いの。」
そう言うと幽香は私を優しく見つめた。
きっかけは些細なことで、それでもズレは重大な。一口の疾患だけをその胸に抱えて、そして空から堕ちていく。
帰りは飛んで。
神社に着いた私は、また縁側に座って空を見上げた。
「よう霊夢、親友に振られてご愁傷のお前に魔理沙さんがやってきてやったぜ。」
「そう。」
魔理沙は早苗が座っていた場所に座る。
箒を置いて座る彼女はこちらを見て、そして何も言わない。
早苗のようににこにことして、それでいて無駄な意地も張っていない。
「ねぇ、魔理沙。」
「おう。」
魔理沙は頼もしく、威勢よく答えた。
「私は面白いかしら。」
「そうだなぁ、お前は大して面白くないな。」
「でもお前といると、私は結構楽しいぜ。」
私は少しそっぽを向いて、魔理沙から視線を外す。
「そう。」
「ああ、そうだぜ。」
初春は過ぎ、しかし桜はまだ咲いていない。
きっと彼女はいつもそうだったのだ。
だからずっと変わらずに、そして動かずに。
ひっそりと。
高くそびえ立つ神社が見える場所。そこにまた白黒の服を身に纏った少女が居た。
少女の手にはいつもの箒はなく、代わりに大きめの缶とスコップがあった。
缶を傍に置き、スコップで地面を深く掘り缶を埋めた。
作業を終えた少女は帰る間際缶を埋めた場所を一瞥し、森に消えていった。
それから数年が過ぎて、あの缶が埋められて場所に桜が生えた。
それはそれは、立派な桜色であった。