そうなりたいのは山々で、それでいて願い事なのだから少し恐縮である。
猿山の大将と言うには些か力が突飛すぎる妖怪が一匹、そこには居た。ただただ強力で、そして凶悪な。
悲しみに暮れるようなこともあった筈だが、しかしそれも遠い昔。
そういえば最近、数百年くらい前に好きな人間が居たような気もしたが。
それも全てを背負うには、彼女の心の受け皿は、思ったよりも深くはなかった。
この地は幻想郷。常に災いが起きるこのクニは、さて今日はいつにも増して騒がしい様子。
「おい霊夢、大変だぞ。」
「何よ魔理沙、私は今食い物のない明日の我が身を思って大変なの。」
霊夢と呼ばれた巫女は机に項垂れて、危機に瀕していると言うよりは、まるでいつもの事とでも言わんばかりに静観を決め込んでいる。
反対に彼女の家に駆け込んできた白黒衣装の少女は、まるっきり楽しそうに災禍の中心に向かう野次馬根性たくましい様子である。
白黒が巫女に持ち込んだ話というのはいとも簡単で、一匹の妖怪が派手に暴れているというから、それを止めて欲しいと言うことだった。しかし奇妙なのはその話を白黒がわざわざ巫女に持ち込んだことであった。
彼女ほど巫女に対抗心と友情を抱いている人間は居らず、そしてこと弾幕ごっこにおいては、彼女は巫女と肩を並べる人間であるのだ。
それが真っ先に巫女の下までやってくるとなれば、それは所謂ただ事ではないと言う奴である。
問題は、暴れている妖怪とその暴れ方にあった。
今その他の妖怪を蹴散らしている存在は、人々が恐るフラワーマスター、風見幽香であった。
人外らしく、ありえない力を秘めたその強大な妖怪は、今はまだ被害が木っ端妖怪に留まっているようだが。しかし中堅妖怪どころか、たとえ大妖怪といえどあしらえる様な程度のものではないのである。
「分かったわ。私が態々出向いてあげようじゃないの。」
羽織っていた丹前を脱いで外向けの格好に着替えた霊夢は、早速魔理沙を連れて秋の寒空へと飛び出した。
白黒が住処を置く魔法の森を突き進んでいる花の妖怪を見つけたのは、あれからすぐであった。
「待ちなさい。これ以上はあなたの好きには………‼︎」
巫女が驚いたのも無理はない。普段、花が見せる淑女な雰囲気とは全く違い、彼女はまるで幽鬼のような表情で霊夢の前にたたずんでいたのである。
「あら霊夢、貴方から尋ねてくれるなんて珍しいわね。」
「そうだ、お茶…、お茶を、入れましょ…‥…」
フサりと落ち葉の上に崩れ落ちた花はいつもより一層青白い顔をしており。巫女たちは彼女の扱いにほとほと困り果ててしまった。倒れる元凶を前にして、彼女を煮るか焼くかしようと考えていた折に。
ふと巫女が眉を引き締める。すると地面に倒れていた花は不思議な空間の裂け目に飲まれて消えてしまった。
その裂け目はまるでこちらを伺うようにしばらくの間その場で静止し、そして閉じた。
「おい、今のって。」
「ええそうよ、でも今回に限っては全部が全部あの女の思惑ってわけでもなさそうね。」
どうやら裂け目は彼女たちにとってさほど珍しい現象でもなかったようだ。
「ふぅ、私はまだ暇を弄んでいる途中だったわ。早く帰らないと。」
「おい、霊夢それでいいのかよ。」
「これでいいのよ魔理沙。きっとこれ以上は私たちが踏み込むべき場所じゃないわ。」
白黒に振り返ってそう言った巫女の目は、白黒が言うにはどうもアイツらしくないらしかった。
八雲紫といえば、神出鬼没の一言に尽きた。
空間を無視する彼女の能力はそれこそ不可思議で、誰も彼女を縛れない。
幻想郷を作った賢者とも名高い彼女は自分の式と共に屋敷で暮らしていた。
しかしその屋敷がどこにあるのかは誰も知らない。
それがマヨヒガである。
「全く、昔から貴方は馬鹿ですわね。」
「あら酷い、何百年来の付き合いじゃない。」
「だから言っているんですわ。」
互いに視線を交えないのは、お互いが分かっているからである。
「出会って十年目の、今日のような少し寒い初春でしたわね。
貴方は暴発しましたわ。
ただの花故か、それとも生来の性格故か。」
「私だって分からないわ。お医者様曰くは、魔力の性質らしいわよ。」
まるでと言うにはらしすぎるが、妖怪にしては年寄りくさい話題である。かくも年齢というのは人も妖怪も同じように蝕んでいくのか。
「悲しくはないわ、けれどどうしてかしらね。とっても悲しいわ。」
「幽香っ!私はっ!」
「分かってるわよ。きっと誰も悪くないわ、ただちょっと、長く、生き過ぎたかしらね。」
花は、悲しそうに笑った。
「必然だったのだと思います。妖怪といえど無限ではありません。ですからいつか、貴方や私たちのような特別でないものは、朽ちるのです。」
「だから悲しまないでと?」
賢者は、永遠亭に居た。菊はベットに手向けられて、月と話をしていた。
「言いません、貴方の苦しみも悲しみも、私にはわかりません。ただその姿を見て、私も少し感傷に浸りそうになっただけ。」
月は苦そうな顔をしてそう言った。
「こんなものさえ、あんなことさえ。そう思うのは枚挙にいとまが無いのに、それでも私たちは背負わなければならないの。」
「よく喋るわね。」
賢者は俯いていて、表情がよく見えない。
「ええ、私は貴方じゃ無いから。」
「そう。」
「だから、いつかは立場が逆になるかも、知れないわね。」
そんなかも知れないことを、そう言うしか月にできることはなかった。
直に桜がやってきた。
「あら、今日は随分貴方らしいわね。」
「そうかしら。」
「ええそうよ。」
桜は懐から、白い菊を取り出すと、それを賢者に渡した。
「これは私じゃ無いわ。彼女のことを悲しむのは、私たち異形だけでは無いもの。」
「全くあの子ったら、こんなこと教えていないのに。」
賢者はやはり俯いたまま、それをベットに手向けた。
「子は育つものよ。」
「ふふ、それもそうね。」
そして少し顔を上げて、少し赤い笑いを浮かべた。
「結局、あの騒動はなんだったのぜ?」
「……さぁ、私にも分からないわ。あれっきり紫は引きこもりっぱなしだし。今じゃ太陽の畑も無人の荒野よ。」
「……そうか。」
花は今日も眠ります。明日か明後日か、果てしない虚空の中を眠るのです。
いつか向日葵のような大輪な花として咲くことを願って。