しかし生まれながらの魔女も居て。
そしてある時その魔女はこんなことを考えた。
早朝、白黒の服装を身に纏った少女が箒に跨り空を飛んでいた。
彼女がそのまま直進すると、周りの世界から隔絶されたかのように濃霧に包まれた霧の湖が現れた。
臆することなくその霧に突っ込み、ある程度進むとそこから現れたのはまるで血液でもぶち撒けたかのように全体が紅く塗られた洋館。紅魔館である。
そして勝手知ったるや風に門の前までやってきた彼女だったが、しかし彼女を迎えたのはいつものように寝こけて職務放棄している門番ではなく、少し陰鬱な表情を浮かべた妖怪の門番であった。
普段であれば門前払いがお決まりの門番は、しかし今日は白黒の少女を裏庭へと案内した。
白黒の目当ての人物がその裏庭にはあったから。
###
「レミィは私を裏庭に埋めてくれるかしら?」
蝙蝠の羽を生やした幼い少女に、鋭い印象を持つ全体的に紫色をした少女がその魔導書からは視線をあげず、そう聞いた。
「できれば埋まって欲しくわないわねパチェ。」
語外にどうしたの?と語りかけてくる幼い蝙蝠を少し可愛く思いつつ、紫の魔女は経緯を少し。
「レミィはまだ五百歳の吸血鬼だから分からないかも知れないけど、こうしてふと空を見上げたときにこのまま吸い込まれて行きたいと思うようになるのよ。」
「分からないわね。」
意地悪く言った魔女もしかしここまで素直になられてはこちらも素直に話さざるお得なくなる。
「それにあの白黒。」
「魔理沙がどうしたの?」
「人間だからということもあるのでしょうけど、毎日が楽しそうで、そしてそういうのを見ているうちにいつしかそう思うようになったのよ。」
「そう。」
吸血鬼は悲しそうにはしなかった。
「パチェのことだからいつかそう言い出すとは思っていたけど、思ったより早かったわね。」
「ただまぁ、貴方の家族は私だけではないわ、よく考えてというよりは少し話ぐらいしてあげなさい。」
魔女は吸血鬼になるほどと少し感心した。それと同時によく私のことをわかっているわね、とも。
「当たり前じゃない、何十年あんたの親友やってる思ってるのよ。」
魔女は同じ屋根の下暮らす者に同じ話をした。
門番は驚きと納得を、女中は少しの悲しみと潔い別れを、吸血鬼の妹は案外すっぱりと別れを、そして司書は
「ダメです、考え直してくださいとは私の口からは言えません。」
「ですが本当によろしいのですか?」
魔女は一番身近にいた司書を最後にした。それは少し時間が掛かるかもというのと、それでも彼女であれば最後に折れてくれると思ったからだ。
「私は有言実行するタイプよ。口にしたことを違えたことはないわ。」
そう毅然と言えば、やはり司書はわかりましたと言ってくれた。
「ありがとうみんな。」
自分の最後を潔く看取ってくれる者たちに囲まれて、魔女は幸せだった。
そして魔女は身内ではないがこのことを伝えておきたい一人のところへ向かった。
###
謎の瘴気の渦巻く森の少し浅いところにその家は立っていた。
お洒落な外観のその洋風な家の扉を魔女は叩いた。
声がしてから少し経つとそのお扉がゆっくりと開く。
「あら驚いた、貴方自ら私の家に赴くなんて。きっと槍が降るわ、早く中に入りなさい。」
「会ってそうそう随分なご挨拶ね。でもまぁ、今日はお言葉に甘えるわ。」
魔女を迎えた金髪の人形遣いは今度こそ本当に驚いて魔女を自室へと誘導した。
魔女は人形遣いにことの顛末を打ち明ける。
「なるほどね、私は貴方と違って目標があるからまだ死ねないけれど。でもそれを達成してしまったら私もいつか力尽きてしまうのかも知れないわね。」
人形遣いは空中に待機させていた人形を抱き寄せて感慨深そうに呟いた。
「分かったわ、お裁縫くらいしか出来ないけど冥土の土産に何かできることがあれば私を頼って頂戴。」
やはり人形遣いは優しくそう言った。
「それはありがたいわね。」
「そうね、話せるうちにもっと話しておきたかったのだけれど。」
「それはいつでもそうよ。沈むか浮かぶかはちょっと分からないけれど、きっと同じ魔法使いだから同じところへ行けるわよ。待ってるわ。」
魔女はどうも柄にないようなことまで言ってしまった。
「それもそうね。それに貴方にそこまで言わせてしまったのだから、私も少しは考えておかないとね。」
そして魔女は去って行った。
しかし人形遣いには一つの懸念があった。
「魔理沙はきっと認めないでしょうね。」
###
魔女は帰ってくるなり図書館に引き篭もった。
彼女曰く死に方を研究するらしい。
膨大すぎる彼女の魔力が勝手に彼女の身を守ってしまうため、それを突破する最大の魔法とそれを閉じ込める結界の術式を完成させるそうだ。
「魔法使いも難儀なものね。」
吸血鬼はそれを見ながら高みの見物を決め込んでいた。
「親友の自殺の準備を眺めながら随分と余裕綽々ですわね。」
「やはり虫が湧いてきたか。」
女中を侍らせ紅茶を嗜んでいた吸血鬼のそばに、空間が切り取られたかのようの線が生まれ、その中から美しい女性が出てきた。
紫色のドレスを着たその女性は空間の裂け目から上半身のみを露出していた。
「これまた随分なご挨拶をどうも。」
「別に余裕な訳でも薄情なわけでもないわよ。どうせいつかは会えるのだから、そう悲しむものでもないじゃない。」
「それにあんたが顔を見せたのそれだけじゃないんでしょ。」
吸血鬼は女性にキツくそう言った。
「妖怪の賢者ともあろうものが、と言いたいところですけれど。しかし今回はどうもそういうわけにも行きませんわね。」
妖怪の賢者は今度は完全に体を出して吸血鬼の対面の椅子に座る。
「まだ五百歳の貴方が親友をなくしてしまうということに、私はやはり自分の傷を思い出してしまうのです。」
「先輩としてね。」
賢者は悪戯っぽい表情でそう言った。
「ご忠告痛みいるわ。それでも私はあの魔女を信用しているの。死んでも私は親友のつもりよ。」
賢者は浅いため息をつくと吸血鬼に寂しげな笑顔を残して裂け目へと消えて行った。
「咲夜、今日は気分を変えて珈琲がいいわ。」
「かしこまりました。」
###
それから過ぎたのはほんの数日で、その間に紅魔館の面々はいつも通りに過ごしていた。
魔女と吸血鬼の意向により、葬儀は行わない。
弔う意味がないから、ということだった。
そしてその日はやはりやってきた。
「結局魔理沙に伝えないまま逝くのね。」
魔女の自殺に居合わせようと集まったのは紅魔館の面々と人形遣い。
よく魔女の図書館に通っていた白黒の魔法使いはそこに含まれていなかった。
「ええ、どうせ死生観の違う私たちと話し合っても余計に彼女を塞ぎ込ませてしまうだけよ。だから納得させて死ぬよりも現実を見て勝手に納得してもらう方がきっといいわ。」
その言葉に人形遣いが反論しようとして、しかし魔女は先に口挟む。
「それに、あの子と話したら。私揺らいじゃうかも。」
やはりらしくないことを言う魔女に人形使いは堪えきれなくなってしまった。
それは紅魔館の者も同じで、涙は見せないまでも皆一様に悲しがっている。
「今更止めるつもりはないわ。やっちゃいなさい。」
「またねパチュリー。」
「長い間お世話になりました、どうかお変わりなく。」
「長かったですけど、お世話様です。」
「私は楽しかったですよ、パチュリー様と居られて。」
「私もよこぁ。でも貴方悪魔だからもしかしたら向こうで会うかもしれないわね。」
人は死を直前にすると心が穏やかになると言う。
まさにそれを体現する魔女に司書も堪えきれなくなってしまった。
各々が挨拶を終えてそして魔女は自分の生の幕を閉じる作業に入った。
まず強固な結界を築く魔女は最後を共にする魔導書を開いた。
光る鎖のようのものが魔女の周りを球状に囲う。
そして喘息の彼女らしくない恐ろしく早い詠唱が始まり、数秒と経たないうちに鎖の内側で眩いばかりの光が発生する。
そして次の瞬間には地面に焦げ跡ひとつ残さずその場にあったものは姿を消していた。
吸血鬼を残し紅魔館のメンバーは涙は溢さず屋敷へと戻って行った。
主人の消失とともに契約の打ち切られた小悪魔は既に姿を消していた。
そして最後に残った吸血鬼と人形遣いは二人で魔女の唯一残した帽子だけを裏庭に埋めた。
そしてそれから少しして翌日の早朝。
紅魔館に来客があった。
それは白黒の魔法使いであった。