エアグルーヴside
トレーニング終了後、私達はトレーナー室に残って会長を呼びに行っている八幡を待っている。一体どんな内容なのか、想像もつかない。余程の事だとは思うのだが………
ガチャッ
八幡「すみません先生、プロフェッサー。お待たせしました。」
ルドルフ「申しわけありません、お時間を取らせてしまって。八幡君から聞いた話では、他言無用なお話だと聞いたのですが………」
タリアト「概ね合っている。全員揃った事だし、早速話すとしよう。八幡のケガに対する反応の事についてだ。もう察しているとは思うが、原因は私にある。」
4人『………』
タリアト「それは私がまだ現役の頃に遡る………」
エアグルーヴsideout
タリアトside
当時の私はアメリカ3冠を25年振りに獲った事と、全てのレースでレコードを樹立させた事で話題になっていた頃だ。別に天狗だったわけではない、こう見えても私は勤勉だった。そんな私にも誇りに思える後輩が少なくとも何人か居た。この前来たアファームドもその1人だ。そのウマ娘は………
???「先輩、また走ってくださいよ!!アタシまだまだ強くなりたいんです!!それこそ先輩のようなレコードをバンバン出せるようなウマ娘に!!」
タリアト「そう思うのならば、勉学にも励む事だ。お前の担当トレーナーから聞いたぞ?この前のテストでもまた赤点だったと。」
???「うぐっ!」
彼女の第一印象は……女番長といったところだろう。乱暴で素行が悪く、問題を起こすような娘だった。だが自分よりも強いと認めた者には従順に従うような、芯の通った一面もあった。彼女の名はラフィアン。
私が当年の新入生で誰よりも才能が高いと思ったウマ娘で、その証拠に彼女と渡り合えた同世代の子は片手で数えるくらいだった。そんな彼女もアメリカ史上最高と言われていた私に勝負を幾度となく挑んだが、遂に敵わないと認めると私の舎弟になるとか言って常に側に居るようになった。私も才能ある彼女の実力を伸ばそうと思い、担当トレーナーとのトレーニングが終わった後に個人的なトレーニングを課していた。彼女の頼みでもあったからな、可愛い後輩には手を焼きたくなる。
その甲斐もあってラフィアンは負け無しの連戦連勝、10戦して10勝のキャリアで半分がGⅠという戦績だった。それだけではなく、内3戦にニューヨークティアラ3冠を無敗で成し遂げた偉業まで作り上げたのだ。彼女のレース後の喜ぶ姿は今でもよく覚えている。
そんな折、同期のウマ娘であるフーリッシュプレジャーとのマッチレースが行われる事になった。アメリカでは当時マッチレースはよく行っていたイベントだった。観客も多く来ていて大賑わいだった。そして予定通りレースが行われた。今を走るスターウマ娘2人が肩を並べて走る姿は心が熱くなるものだった。この試合もまた彼女の良い経験になる、そう思っていた。
だが、その思いは突然の出来事と共に断ち切られた。
知っての通り、ウマ娘は人よりも耳が良い。そんな私だからこそ分かった。残り800m辺りで突如音がした。我々にとっては聴きたくもない音が。
ボキッ!!!!
タリアト「っ!」
その音を聞いた瞬間、ラフィアンの走りはおかしくなった。私はその音の正体がすぐに分かったので、誰よりも早くラフィアンの元へと駆けた。ラフィアンはフラフラした状態で私に寄りかかるとそのまま気を失ってしまった………私はラフィアンの脚の方に意識を向けると、そこには正気の抜けたような、折れ曲がった右脚があったのだ。
ラフィアンの故障発生により、急いで救急車に運ばれた。病院で手術を受けて何とか成功したものの、深刻なのは骨折名だけでなく、医師の姿も物語っていた。骨折名は【右足種子骨粉砕骨折】だった。骨折しているだけでも重いものだったのに、粉砕骨折していたのだ。それだけでなく、手術をしていた医師の手袋が血で真っ赤に染め上がる程の重度の骨折だったのだ。
ラフィアン「………ねぇ先輩、アタシ粉砕骨折なんでしょ?また走れるかな?」
タリアト「当たり前だ。だから今は治療に専念しろ。分かっているとは思うが暴れたりするなよ?かえって治らなくなるからな。」
ラフィアン「先輩………そこまでバカじゃないですよ、アタシ。」
しかしそんな会話も、まるで神は嘲笑うかのようにことごとく一蹴してしまった………彼女の脚には麻酔をかけていたと同時にギプスで固定していたのだが、その麻酔が切れた瞬間にラフィアンはあまりの激痛に大暴れしてしまったのだ。
タリアト「ラフィアン、止せ!!耐えろ!!ここで暴れたらお前は地に足着くどころか、2度と地を駆けられなくなる!!」
必死に羽交い締めしながら呼びかけるもラフィアンには届かず、再びあの時の木の枝が折れるような音が聞こえた………あの時よりも強く、鈍く、そして………止めを刺すかのように。
ボキッ!!!!
その日から数日後、ラフィアンの右脚は完全に動かなくなってしまった………動けと意志を伝えるも、そこにはただあるだけの物になってしまったのだ。彼女の両親にも医師から説明を受け、競走能力喪失の診断が下された。そしてラフィアンとご両親は学園に行くと、退学届を出した。良くも悪くもこの世界は競争社会、過去は強かったとしても走れなくなってしまったのでは意味が無い。私は彼女が学園を去る時に別れの挨拶をしたのだが、その時の笑顔が今でも心を締め上げるように痛む………
ラフィアン「ごめん先輩、走れなくなっちゃった………私の分まで、走ってくださいね!」ニッ!
タリアト「………あぁ、約束だ。」
ラフィアン「っ………はいっ!」
泣きたい程悔しい筈、叫びたい程葛藤してる筈、なのにそれだけ言うとラフィアンは車椅子を母親に押されながら学園を去った。そして去り際に見てしまった………右に曲がる瞬間に彼女の頬を伝う涙が流れていた事に。
タリアト「………という事が私がまだ学生の時に起きてしまったんだ。」
4人「………」
タリアト「それ以来、私は怪我というものに恐ろしく敏感になった。もうあんな思いはしたくない、見たくもない、そう何度も思った。」
ルドルフ「……だからお弟子さんの八幡君にも、怪我の事を重点的に教えた、と?」
タリアト「その通りだ。こんな思いは誰もしたい筈が無い。八幡はウマ娘ではないから、余程の事をしない限りは骨折はしないだろうが、担当するウマ娘がそんな事にならないように、ケガの恐ろしさについては徹底的に教え込んだ。」
八幡「俺もこの話を聞いてから怪我の意識が変わった。お前達はいつも怪我と隣り合わせだ、そんなお前達の怪我に対して、軽い対応をしてはならないと強く思っている。」
タリアト「これが八幡の怪我に敏感な理由だ。分かっただろう?教え込んだといえば聞こえは良いが、結局のところは本当に私の押し付けでしかないのだ。それでも八幡はそうではないと、そんな経験をすれば誰だってそう思うと言った。私には過ぎた弟子だよ。」
ルドルフ「そんな事はありません、セクレタリアト殿。もし我々が八幡君と同じ立場であっても同じ事を言うでしょう。お辛いお話をさせてしまいました。」
エアグルーヴ「私も軽率でした。お話するにはあまりにも辛過ぎる………申しわけありませんでした。」
タリアト「いや、謝る必要は無い。私が話すと決めた事だ。だが話した以上約束して欲しい。怪我には気をつけてほしい、たったこれだけの頼みだが、聞いてくれるだろうか?」
フジ「勿論です、少しの異変も見逃さないようにします。そして困った時には………」
シービー「八幡に相談する、そうですよね?」
タリアト「……あぁ、そうして欲しい。」
私は存在を信じた事は無いが、もし存在しているのであれば懇願する。神よ、どうか私の弟子の育てるウマ娘には手を出さないでほしい。弟子にまであんな思いはさせたくはないのだ。
………はい、今回の競走馬はラフィアンという馬です。ニューヨーク牝馬3冠を勝った名牝です。
10戦10勝のキャリアは凄まじいの一言ですが、同世代の馬には敵無しだと思わせる程の強さでした。そんな彼女はマッチレースで粉砕骨折して途中経過で暴れてしまい、治療は断念されてそのまま………安楽死の措置が取られました。そしてこのレース以降、アメリカではマッチレースそのものが行われなくなりました。
母と父も2年後にラフィアンと同じように骨折した後にこの世を去り、ラフィアンの再来とまで言われたゴーフォーワンドという馬もBCデイスタフというレースで故障し、予後不良となりました。
この2つの出来事をラフィアンの悲劇と呼ばれる程、悲しい出来事に加えて悲劇な名牝でした。