八幡side
時は12月の中旬。秋のGⅠ祭りが始まってからもうすぐ終わりを告げる暦となっている。そしてその終わりを迎える3週間前のレース、謂わば今日である。ジュニアクラス限定の3つしかないGⅠレースの1つ、阪神JF(ジュベナイルフィリーズ)の開催日だ。前にも話してたが、エアグルーヴはこのレースに登録している。このレースに勝てば、ティアラ路線への大きな飛躍にもなる。そして………エアグルーヴの勝負服の初めてのお披露目でもある。
勝負服はGⅠレースでしか着用する事しか許されておらず、晴れ着とも言われている。一見走りにくそうに見えるのだが、ウマ娘達は不思議な力を感じる……らしい。
実況『7枠9番、エアグルーヴッ!!』
エアグルーヴ「………」
解説『デビュー戦、前走に続いて今日もとても仕上がっていますね!とてもジュニアクラスとは思えない程の貫禄があります。』
落ち着いてるな、良い感じを保てている。それに見ていても分かる、闘志が漲っているのが。
ーーー控え室ーーー
エアグルーヴ「おい、今日はどんな策で行くのだ?」
八幡「今日は逃げろ、最初から最後まで1番を譲るな。」
エアグルーヴ「私の本来の脚質ではないぞ、理由があるのか?」
八幡「今回のレースにはこれまで逃げの作戦で勝ってきたウマ娘は1人も居ない。ならばお前が今日のレースの全ての主導権を握れ。お前がレース展開を作って勝て。お前なら出来るだろ。」
エアグルーヴ「随分な評価だが、このレースはGⅠだぞ。それでもお前は勝てると踏んでいるのか?」
八幡「当たり前だ。寧ろこのGⅠの舞台でもお前には生易し過ぎるくらいだからな。ジュニアと言わずクラシック級と戦わせたいものだ。だがまぁ今回の作戦は逃げで頼む。お前の力、残りのウマ娘達に見せつけてやれ。」
エアグルーヴ「……あぁ、分かった。」
ーーー観客席ーーー
八幡「……指示通り、エアグルーヴには逃げるように言いましたけど、今日は何でわざわざ?」
「何、弟子が育てた担当ウマ娘に少しだけ試練というものを与えてみただけだ。それにこの程度の試練は軽く越えてくれないとな。でないと張り合いが無い。」
八幡「ジュニアクラスのウマ娘に何やってるんですか………まぁ俺も勝てるとは思ってますけど。」
「まぁこれも、トレセン学園に赴任してから八幡が私に電話やメールを殆どしてこなかった腹いせでもあるのだ。」
八幡「エアグルーヴ関係無いじゃないですか……けど、すいません先生。」
「………いや、お前もトレーナーとして成長しているようだしな。今回はこれで許そう。だが月に5回は連絡をして欲しい。君は私のたった1人の愛弟子なのだからな。」
八幡「あれから生徒は出来てないんですか?」
「八幡がトレーナー試験に合格したと噂を聞いた時に、私の事も少し噂になったくらいなのだが、教えが厳しいのか、もう生徒は居ない。」
八幡「……そうですか。」
「まぁ、私はもういいとも思っている。お前をトレーナーとして育てられたから、満足しているのかもしれない。」
八幡「………」
「そう寂しそうな顔をするな、お前らしくもない。」
八幡「……し、してませんよ。それよりもそろそろレースが始まります。」
「相変わらず話の誤魔化しや逸らし方は下手だな。だがお喋りもこのくらいにして、レースを楽しむとするか。」
レースが始まる前のファンファーレが鳴り響き、ウマ娘達がゲートへと入っていく。此処からだと全く見えないが、ターフビジョンがあるからそれで分かる。うん、大丈夫そうだな。
ガッコン!!
「ふむ、良いスタートだ。逃げ打つ前に出遅れたのでは話にならない。」
八幡「先生がやらせたんでしょうに………」
「だがこれで彼女にも勉強になったのではないか?レースは前を追うだけではないのだからな。」
実況『3、4コーナー中間に差し掛かりました!以前先頭はエアグルーヴ!!差を離して2バ身後続と差があります!このリードを守る事が出来るのか!?』
逃げは逃げでも後ろとの距離はあまり離さず、4コーナー手前で一気に加速して後続を離す、か……先行や差しでよく使われる動きをこの場で使ったか。しかもエアグルーヴの場合、コーナーの動きや加速も普段のトレーニングに加えて鬼ごっこや買い物競争で鍛え上げられている。追い上げられるウマ娘が居るとすれば、ソイツは相当な化け物だな。
もう直線か……これも決まりか?
実況『先頭エアグルーヴ!!4バ身から5バ身のリードを広げている!!後ろビワハイジが懸命に前に迫るがこれは2番手!!エアグルーヴ、3連勝でGⅠタイトル!!!来年の桜花賞に向け、一点の曇り無し!!今日は華麗な逃げでした!!』
結果は1着、結果は予想通りだ。
八幡「どうでした、先生?」
「………八幡、1つ忠告をしておこう。」
八幡「?」
「彼女から目を背けない事だ。」
八幡「?それってトレーナーをやる上で当然の事じゃないですか?」
「そう、当然の事。だからこそお前に言っておこうと思ってな。八幡なら心配無いとは思うが、まぁ念の為にという事だ。」
八幡「……分かりました、胸に留めておきます。」