エアグルーヴside
私がジュニアクラスのGⅠ、阪神JFを制覇したあの日のトレーナー専用の観客席で奴と共に居たウマ娘が私に話しかけてきた。あの時は遠目でしか見られなかったからよく分からなかったが、確かな存在感がある。
「こんな所で何をしているんだ?君は桜花賞に向けたトレーニングをするのが定石だと思うが?」
エアグルーヴ「……2日前に熱発を引き起こしましたので、3日間の療養を言い渡されました。」
「ほう……詰まるところ3日で治れば調整、治らなければ様子見もしくは回避というところか?」
エアグルーヴ「……トレーナーから聞いたのですか?」
「曲がりなりにも私は八幡の師だ。このくらいの事は聞かずとも分かる。しかしそれにしては浮かない顔をしているな?走れないから、という理由ではないのだろう?話してはみないか?」
……見ず知らずの人に先程の事を話すのは抵抗がある。しかしどうする?このままというわけにもいかん。
エアグルーヴ「分かりました、長くなるかもしれませんがお話します。」
「では、隣に失礼するぞ。」
それから私は先程起きた出来事を出来るだけ分かりやすく説明した。奴の師は川や空を眺めながら、偶に相槌を打ったりしていた。真面目に聞いているのだろうか?
エアグルーヴ「というわけなのです、自分の勝手な怒りとはいえトレーナーに当たってしまった事を少しだけ悔いているというか……」
「………」
エアグルーヴ「あの……どうかされましたか?」
「何、少し考え事をしていただけだ。どうしたものかと………八幡には忠告はしておいたんだがな、まぁ説教はまたいつかじっくりとしよう。」
エアグルーヴ「………」
「確かエアグルーヴ、だったな?」
エアグルーヴ「はい。」
「君は八幡の事をどう思っている?」
エアグルーヴ「………申しわけありませんが、質問の意図がよく分かりません。」
「ん?そのままの意味だ。どの視点から見ても構わない。私にとってはこれ以上無いくらい優秀な私の愛弟子であり、最初で最後の最高傑作だ。もう1度トレーナーを育てて欲しいと言われても、八幡のような卵を見つけるのはもう無理だと思っている。身贔屓に聞こえるかもしれないが、彼にはそれだけの力や知識もある。」
エアグルーヴ「………」
「さぁ、君の番だ。君はどう思ってるんだい?」
私にとって、奴は………
エアグルーヴ「今は……よく分かりません。確かにトレーナーは良い腕を持っています。それを私に使ってくれている事はとても嬉しく思います。しかしその反面、良くも悪くもハッキリ物を言うところがあります。我々の為、私の為だという事は理解していますが、欲を言えばもう少し言い方を選んで欲しい、と思っています。」
「ふむ……成る程、ふふふ、そうか。」
エアグルーヴ「何かおかしなところでも?」
「いや、何でもないさ。ならば質問を変えよう。君は八幡を信じられるか?」
エアグルーヴ「………半分、といったところです。」
「そうか、全幅の信頼は預けられない、か。」
エアグルーヴ「………はい。」
「ならば答えは簡単だ。それに、これなら難しく考える必要も無い。」
エアグルーヴ「それは一体?」
「契約を切ればいい。」
エアグルーヴ「っ!!?」
「相手の事を信じられないのであれば当然だろう?前者の答えはまだ面白いと思ったが、後者の答えがあれならば答えなんて1つしか無い。信頼を置けない相手にトレーニングをつけてもらうなんて不安しか無いだろう?ならば無理につけてもらう必要なんて無い。違うトレーナーに、それこそ自分が信頼に足る人物にトレーニングを見て貰えばいい、違うか?」
エアグルーヴ「………」
「それと君にもう1つだけ問おう。去年12月のGⅠの作戦変更、君はどう思った?」
エアグルーヴ「……急な作戦変更に疑問を持ちましたが、納得の出来る理由は聞きましたので、それ以上の事は。」
「それを指示したのは私だ。」
エアグルーヴ「なっ!?」
「弟子の育てたウマ娘の実力を見てみたいと思ったのでな、少し試させてもらったんだよ。結果は言うまでも無いが、同時に危うさも感じた。だからあの時忠告をしたんだが、どうやら無駄に終わったようだ。」
エアグルーヴ「何故、そんな事を……」
「担当じゃなくなる君にそれを言う必要があるのか?これでも私は八幡の才能を高く買っているんだ、それを含めて言わせてもらうとだ、君では八幡の才能が埋もれて当然だ。」
エアグルーヴ「っ!ですがトレーナーは私を選んで「選んだのは君の素質を見て、かな?」っ!!」
「私も八幡の事は4年間ずっと見てきている。その八幡の人物像や性格を知った上で言わせてもらうが、絶対に君のようなウマ娘は選ばない。なんと言ってもウマが合わない。それに八幡は甘い囁きなんてする人間でもないし、人身掌握なんて汚い事をするような人間でもない。ならば私の中では互いに利用するとしか答えは見つからない。」
………全て、理解している。奴の事を全て理解している。それに比べて私は何だ?
「その顔、八幡の事は何も分からないという顔だな?」
エアグルーヴ「っ!」
「当然だ。君は八幡を分かろうともしていなかった。そんなウマ娘の担当をしているなんて時間の無駄だ。君のこの1年間は無駄では無かっただろう、それは認める。だがそれはレースにおいての事に関してのみだ。他はどうだ?何か変わったか?八幡は君に心を開いたか?他愛の無い話をするようになったか?」
エアグルーヴ「………」
「それが答えだ。ハッキリ言おう、今の君は八幡に相応しくない。」
………最後の言葉を私に言い捨てた後、奴の師を名乗るウマ娘はその場から去って行った。私は何も言えなかった、何も出来なかった、今の私が居るのは……トレーナーの力があったからだと今更ながら気が付いた。私自身の力じゃない、私の力なんて………何も無い。
うわぁ、お師匠様からはこんな言葉が………