カフェside
タリアト「11月の下旬、アメリカではサンクスギビング・デーという感謝祭が開かれていた。そんなおめでたい日にその子はウイルス性の腸疾患にかかってしまったんだ。数日もの間、生死の境を彷徨う程の重症だったと聞いている。当然発病したすぐに病院に連れて行って治療を受けたのだが、全く回復の兆しが現れなかった……そんな様子に担当医もその子の事を見放して、後の事は看護師任せにしていたそうだ。だがその後は看護師達のおかげで何とか危機を脱する事が出来た。」
八幡「……なんて医者だ、それじゃ患者を見殺しにするようなものじゃないですか。」
タリアト「その通りだ。これは後で私が独自で調べた事だが、その医師は指令書を看護師達に渡していて、それで回復した事から大きな事態には発展しなかった。悪運の強さは認めざるを得なかったな。」
お友達『………』
カフェ「……大丈夫?」
お友達『ん?あたしは大丈夫だよ。』
タリアト「だが、これはまだ良い方だ。」
八幡「え?今のが、ですか?」
タリアト「あぁ………きっとその子にとって本当の意味で絶望したのは、この事件だろう。」
今のよりもっと………どんな事が、あったの?
タリアト「その子が入学してから数年経ったある日、その子が所属していたクラブの遠征帰りの事だった……バスでの遠征で数十人が乗っていた。帰り道半ばで運転手が心臓の発作を起こしてな、バスが路肩を外れて大きく横転する事故が起きた。」
八幡「……そんな事故が………」
タリアト「事故の影響で乗車していた子達は身体中に無数の打撲や切り傷を追っていて、すぐに近くの病院に搬送された。その子も含めていずれも重傷の状態だった……幸いな事にその子は奇跡的に回復した、幸運な事に競走能力も残ったままでな。」
カフェ「良かった……無事じゃないけど、本当に良かった。」
タリアト「あぁ、そう思うだろう……だが、周りはそれを許さなかった。」
カフェ「……え、どうしてですか?無事だったのでしょう?なら喜ぶべき、です。」
八幡「………カフェ、先生はお友達が無事だとは言ったが、他の子の事は話していない。その後にも何かあったんですね?」
カフェ「っ!」
お友達『………』ギュッ!
タリアト「お前の言う通りだ八幡。お友達は無事だった……だが他の子達、発作を起こした運転手は全員死亡したのだ。」
カフェ「………全員?」
タリアト「そうだ、あの事故で無事だったのはその子ただ1人………その子の親は当然喜んだ事だろう、だが他の親からしてみればどうだ?『何故自分の子は死んだのにあんな子が?』『どうしてあのケダモノが生きててウチの子が!?』『何故アイツだけが生きているんだ!?』………行き場の無い怒りを全てその子に向けられていたのだ。その頃はまだ中学にも上がっていない、まだ初等部の頃だったな。そんな小さな身体に大人達の理不尽な怒りをぶつけられていた。」
八幡「………」
カフェ「………」
タリアト「それだけじゃない、その子と一緒に遠征に出ていた子達の怨念とも言えるような声や唸りが聞こえたりしていたそうだ………その声も『痛い………』『死にたくない………』『助けて………』『何で………』という声が聞こえていたらしい。生者からの怒りの声と死者からの悲痛な声、板挟みにされていた。普通の子だったらきっと耐えられないだろう………」
お友達『………』ギュッ!!
………なんて、なんて壮絶な……私だったらきっと、耐えられない。
八幡「………それで、お友達は?」
タリアト「あぁ、数週間の入院の後に退院したのだが、暫くは真っ直ぐ歩けない生活が続いていた。だが事件のせいもあってその子はクラブでも学校でも腫れ物を見るような視線に加えて、保護者からも色々と尾鰭がつくような噂のせいで、友人すらも居なかった。だからクラブでも彼女と併走する子は愚か、話す者も居なかった……その子の話では、いつもコーチからは別メニューをやらされていたと言っていたな。」
八幡「それってまさか………放置ですか?」
タリアト「その通りだ。」
八幡「………」ギリギリ…
タリアト「学校でもいつの間にか、その子とは関わらないようにという決まりが作られていた程だ。きっと子供達だけで作られた決まりだろうが、学校側も黙っていた事から教師達もそれを認めていたのだろうな。」
カフェ「………」フルフル…
八幡「………」ギリギリ…
タリアト「………これがその子のデビュー前の出来事だ。辛い、酷い、この言葉がすぐに出てくるだろうと思う。だがその言葉だけでは済ませられないくらい凄絶な出来事だ。これを初めて聞いた私も、あまりの衝撃にその子を抱き締めたものだ。未成熟な精神、未発達で小さな身体には大き過ぎる負の感情を1人で受け止めていたのだ、並大抵の精神力の子ではすぐに壊れてしまうだろう………」
お友達『………』
八幡「先生……そのコーチや学校の先生達ってどうなったんですか?先生がそれを聞いて黙っている筈が無いでしょう?」
タリアト「………無論、私もそのままにしておくのは良しとはしたくなかった。だが………その子が『そんなどうでもいい事しなくていい。』って言ってな、当の本人がそう言うのであれば、流石に部外者の私が動くわけにはいかないからな。動きたくても動けなかったと言うべきだな。」
八幡「………そうですか。」
タリアト「………ひとまず、ここまでにしよう。続きはお前達が落ち着いてからにする、オーストラリアに着くまでまだ時間はあるからな。」
………そんな過去が、あったんだね。
お友達のデビュー前……余りにも………