ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション   作:ウママママ

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N9-秋風が吹く

  ――――秋風ジュニア。カサマツレース場・1400m。

 

 パドックに収まるウマ娘を見つめ、談笑をする男が2人。

 1人はフジマサマーチのトレーナーの海堂。こちらはいて当然なのだ。教え子のフジマサマーチが秋風ジュニアに出場するのだから。

 

 もう1人は柴崎宏壱。海堂と同じカサマツトレセンのトレーナーで、海堂と同じく中央移籍に向けて努力をしている″先輩″に当たる人物であり、フジマサマーチをスカウトしようとしたトレーナーの1人でもある。

 しかし、フジマサマーチはこの世に1人しかいない。そして、フジマサマーチのトレーナーは海堂である。

 言ってしまえば、柴崎は海堂に負けたのだ。

 

 だが、お目当てのウマ娘を奪われた程度で悪くなる仲でもなかった。実際、中央ライセンス取得の為の受験勉強で忙しいのにも関わらず、一緒にレース観戦に来て欲しいと頼めば来てくれたのだから。

 

「ジュニアクラウンの前哨戦って所か?」

「1400mを走り切る為のペース配分と、不利な内枠を引いた場合の対処法を学ばせるためがメインです。今回は外枠を引きましたが……」

 

 カサマツレース場で外枠が有利とされている理由は主に2つ。

 

 1つは、カサマツレース場の構造上、外側の方が先行を奪取しやすいから。

 

 カサマツレース場では内、外関係なく激しい先行争いが行われる。容赦なく内に切り込める外枠と、容赦なく食い込んでくる外枠のウマ娘をいなして好ポジションを確保しなければならない内枠のどちらが有利か。無論、外枠である。

 

 先行争いが激化した結果、最終コーナーで内に入ってしまったウマ娘が他のウマ娘に囲まれ身動きが取れなくなり、自分の走りができないままなぶり殺しにされる、というパターンが多く見られるのだ。

 スパートをかけようにも、目の前には壁があってスパートがかけられない。そうなれば先行、差しウマは何もできずにレースを終える事になる。

 いくら他を圧倒する実力を持っていたとしても、そうなれば一巻の終わり。これを避ける為には、最初の200~300mでハナ、もしくは2、3番手を取って囲まれないようにする必要があるのだ。

 

 もう1つは、コーナー回りに理由がある。

 

 コーナーは内に入れば入る程、曲がる時に遠心力が掛かって外に流されやすくなる。外に流されないようするには掛かる遠心力を小さく――つまり、自ら走るスピードを下げる必要がある。

 これが天皇賞・春のような長距離レースならまだしも、ジュニアクラウンは1400mの比較的距離が短めのレース。高スピードを維持して好ポジションを奪取し、残り200~300mで余力をぶっ放して走り切るのがベストなのを考えると、みすみすスピードを下げる真似はしたくないのが心情。

 

 つまり、内枠は1400mの短期決戦なのにも関わらず、コーナーで掛かる遠心力を下げる為にスピードを落とさなければならない上に、激しい先行争いに打ち勝たなければならないという二重苦を背負った上でレースに挑まなければならないのだ。

 

 これに対し、外枠はかなりの有利。先行争いを仕掛けられる側から一方的に仕掛ける側に回る事ができる上、コーナーに緩めの角度で入れる為、内と違って遠心力を和らげる為に減速する必要が無い。

 

 ジュニアクラウンで内枠になれるか外枠になれるかは運の要素が絡んでくる。ここで不利な内枠の経験をしておきたかったが、今回引いたのは外枠。

 まぁ、1400mのペース配分を経験できるだけでも良しとしよう。海堂はそう自分に言い聞かせて、レースに集中した。

 

 と言っても、柴崎と談笑しながらなのだが。緊張感もへったくれもない。

 ずば抜けた実力を持ったフジマサマーチが有利な外枠を獲得した。秋風ジュニアで1つ上の世代と戦うならともかく、今回のレースに出場するのは全員同学年。

 こうなれば鬼に金棒、何の心配もいらないというのが本音である。

 実際、フジマサマーチは先行争いに勝利し、そのままハイペースで逃げ続けていた。2番手との差は2バ身半。レースもかなりのハイペースで進んでいる。

 

「ところで……ちゃんとマーチとコミュニケーションは取れてるか?」

「問題なく取れてますよ。ってか、なんですかその質問。まるで取れてないのが普通みたいな……」

「それが普通なんだよ、それが。あのコミュニケーション難っぷりには驚かされるぜ……」

 

 フジマサマーチはコミュニケーション難だ。海堂以外のトレーナーはそう認識していた。

 しかし、海堂はその下馬評をひっくり返した。確かに、他のウマ娘と比べたらコミュニケーション難だと感じる部分もあるかもしれないな、程度に抑え込む事に成功したのだ。

 

 フジマサマーチが集中したい時は何も話さずに集中させるし、逆にリラックスタイムで話しかけても問題ない時のみ話しかけて相手の事を知る、を徹底していた。

 それがかなりマッチしていた。フジマサマーチは気性が荒い――――というか、自分の時間を大事にするし、その時間内は孤独でいたい。そういうタイプだった。

 

「というか、怖かったんですからね。お目当てのウマ娘を奪われたからって嫌がらせをしてくるトレーナーがいるんじゃないかって」

「カサマツにそんな腐ったトレーナーはいないだろ。中央にならいるかもしれないがな」

 

 トレーナーの中で一番の若造が扱っていい素材じゃない。それはそうかもしれないし、どうして海堂が、と疑問に思うトレーナーもいなかったわけではなかった。

 

 トレーナーは夢を追いかける職業だ。美談のように語られることが多いが、現実はそう上手くは行かない。

 結局のところ、トレーナーも仕事の1つ。目立った結果を残せず、競争バを引退するウマ娘。それと同じように、目立った結果を残せず、″上″に契約解除を告げられるトレーナーも少なくはないのだ。

 

 100人の石ころの中から、1人の粗削りなダイヤモンドが見つかるのを期待して発掘をする。それがトレーナー採用試験の実態であり、厳しい現実なのだ。

 

 しかし、海堂にとやかく言うトレーナーは1人もいなかった。

 

 結果を残さなければクビを切られる可能性がある中央ならまだしも、ここはそういうしがらみが少ない地方だから、というのもあるかもしれないが。

 ″この人になら自分の選手生命を託す事ができる″とウマ娘にどれだけ思わせることができるか。それもトレーナーとしての立派な実力なのだから。

 そもそも、自分達トレーナーは選ぶ側ではない、選ばれる側なのだと。カサマツのトレーナーの全員がそれを理解している。だからこそ、海堂にとやかく言う者がいなかったのである。

 

「残り400m、って所か」

「ですね」

 

 レースも終盤に差し掛かり、残り400mを切った。

 

「……来ますよ。マーチの真骨頂が」

 

 そう呟いた瞬間、フジマサマーチは更にスピードを上げた。

 ハナに立っていたフジマサマーチは4バ身、5バ身と後続との距離を突き放して行く。

 

「虐殺だな、こりゃ」

「……いや、これだとダメなんです」

「これでもか?」

「並のウマ娘なら100%勝てるでしょうけどね」

 

 前半は後ろに据わってスタミナを温存し、脚を溜めて、溜めて、最後に爆発をさせるオグリキャップ。

 常にハナ付近に立ち続け、レース展開を早めることで他のウマ娘のスタミナを削り、最後にスパートをかけるフジマサマーチ。

 

 フジマサマーチは逃げと先行の中間、オグリキャップは差し。

 しかし、ジュニアクラウンで差し策を取るのはリスクが大きい。先程も言った通り、スパートをかける直前、目の前に壁ができたらどうしようもない。それは爆発的な末脚を持っているオグリキャップも例外ではない。

 

 ジュニアクラウン限定で、オグリキャップは一番得意な戦法『大外からの差し』を捨ててくる。それが海堂の読みだった。

 となると、オグリキャップは2、3番手――ハナ付近を走るフジマサマーチの後ろに付ける事になる。

 フジマサマーチは大逃げが得意な部類ではない。得意脚質はあくまで逃げと先行の中間。これで大逃げが得意な部類なら、ゲートが開いた瞬間に他のウマ娘を全員引き離し、オグリキャップの末脚を以てしても差し切れない距離を作り出せ、とフジマサマーチに指示していたのだが。

 

 勝負すら仕掛けられない距離を作り出せるなら話は別だが、フジマサマーチにはそれができない。となると、ジュニアクラウンで待っているのは純粋な実力勝負。

 海堂は、並のウマ娘相手なら100%勝てると断言した。これは傲慢でも何でもない。事実、フジマサマーチは8バ身もの大差を付けて秋風ジュニアを制し、レースそのものを支配し続けたのだから。

 

 だが、ここにオグリキャップがいたらどうなっていただろうか。

 その答えは分からない。オグリキャップが勝つかもしれないし、フジマサマーチが勝つかもしれない。

 今年のジュニアクラウンは2人のどちらかが勝利するだろう、とは断言できる。しかし、どちらが勝つかは誰にもわからないだろう。それ程までに、2人の実力は拮抗していた。

 

 そして、フジマサマーチの近くにいる海堂ですら、どちらが勝つかの判別は下せなかった。

 頭の中で何通りもシミュレーションをする。オグリキャップが先に仕掛けるパターン、フジマサマーチが先に仕掛けるパターン、タイミングが被り同時に仕掛けるパターン。

 しかし、そのシミュレーションは丁度残り200mで途切れるのだ。その先が見たいのならば、実際にレースを見に行け、と言わんばかりに。

 

「……勝率は良くて5割でしょうね」

「あのマーチがか?」

「そのマーチが、ですよ」

 

 ぐーっと両腕を上に伸ばし、階段を下りていく。

 

「んじゃ、行きましょうか。ウイニングライブ」

「ウイニングライブって言ったって、始まるのは30分後だろ。まだ行かなくてもいいんじゃないか?」

「教え子のウイニングライブは一番前で見たいし、ファンサも受けたい主義なんですよ。なので行きましょうか」

 

 何時もの事なので。そう言いながら、海堂は会場へと足早に向かっていく。

 そうして当たり前のように最前列を取り、当たり前のように目の前に自身のトレーナーがいる。

 海堂にとっても、フジマサマーチにとっても。それが日常になるのだった。

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