ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション   作:ウママママ

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N10-貪欲になれ

「オグリキャップの走りに注目してみると良い」

 

 後5分でトレーニングが始まるという時、海堂はフジマサマーチに指示を出した。

 内容は″既にトレーニングを行っているオグリキャップの走りを見てみろ″といった、至極単純な物。

 海堂が言った言葉の通り、見るだけでいいのだ。ただぼーっと眺めても、集中して見ても良い。オグリキャップの走り方に注目してみろ、などの指定もない。

 

「オグリキャップの走りを観察するだけですか?」

 

 それに何の意味があるのか、とフジマサマーチは問い返した。

 お喋りなトレーナーではあるが、トレーニング中に無駄な事は決して言わない。それがフジマサマーチから見た海堂だった。

 つまり、今ここで自分に出された指示は、ちゃんとした何らかの理由があって出されている。頭ではそう分かっているが、如何せんその理由が分からない。

 結局、フジマサマーチは海堂の指示の本質を見抜く事ができなかった。

 

 とりあえず見てみな、と顎でオグリキャップの走りを示しながら海堂は言った。

 オグリキャップの走りを観察するなんて無駄だ。眺めている暇があったら5分早くトレーニングを始め、この5分を他のトレーニングに割いた方が有効的に決まっている――と、過去のフジマサマーチなら思っていただろう。

 

 しかし、今は違う。

 オグリキャップに宣戦布告をした後に沸いた、妙な胸の高鳴り。それは今も胸の片隅に存在しているし、その胸の高鳴りは生まれて初めての経験だった。

 それゆえ、海堂に聞かれた時に言葉に詰まってしまったのだ。どう表せばいいのか、今の自分には分からなかったから。

 

 ″それがライバルだよ″と、自分が尊敬するトレーナーは言った。

 ″1人でいるより人生は豊かになる″とも言った。

 

 正直、それがそうなのかはまだ分からない。オグリキャップをライバルだと認識した事は一度もなかったし、そもそもライバルという存在がどのような物かを知らなかったのだから。

 

 それでも、信頼するトレーナーを今だけ信じないでいるよりかは、信じて失敗した方がいい、とフジマサマーチは考えた。それが自分より数年長く生きた、先輩からのアドバイスだというのなら。

 

 思えば、他人に目を向けるというのは初めてだったなと。フジマサマーチはそう思いながら、オグリキャップの走りを眺めた。

 

「……!」

「気づいた?」

 

 オグリキャップがコーナーに差し掛かった時、フジマサマーチは何かに気がついた。

 同時に、海堂もニヤリと口角を上げる。まるで、その気付きを待ってました、と言わんばかりの反応を見せながら。

 

「はい……オグリキャップのコーナーの走り方に、少しばかり違和感を」

「そう、それだ。オグリキャップはコーナーで減速をあまりしない。コーナーを走る時には遠心力が大きくかかるが故に減速をしなきゃいけないのに、その減速を最小限まで抑え込んでいる」

 

 コースを走るオグリキャップを見つめ、海堂が呟く。

 

「次も外枠を引けるとは限らない。ジュニアクラウンの時に限って、内枠で不利な戦いを強いられる可能性だってある。そうなればコーナーでの減速は必須で、リードが取れず他のウマ娘に後ろから差し切られる可能性だって出てくるかもしれない」

 

 と言っても、本番で内枠を引いたとて問題はないだろう。

 

 他のウマ娘が土地を平坦にならしている間に、強固な城を建てたウマ娘。それがフジマサマーチというウマ娘を説明するのに最もふさわしい。

海堂はそう認識していたし、ジュニアクラウンで内枠を引いたとて、ポジション争いに支障は出ないだろうという考えを海堂は持っていた。

 

 しかし、コーナーの減速に関しては話が変わってくる。

 好ポジションを獲得していようがしていまいが、内枠を引いた場合『掛かる遠心力』はどのポジションでも一律。

 前者は対策をせずとも上手くいく可能性が高いが、後者は対策をしなければそのまま重りとなって自分の身にのしかかる。

 コーナーを制する者はレースを制する――――とまでは行かないが、コーナー対策はそれ程までに勝敗に関わってくるのだ。

 

 オグリキャップとフジマサマーチの実力は拮抗している。100戦やれば50勝50敗に限りなく近くなるだろう、と断言できる程には。

 しかし、今求められているのは、その100試合で勝ち越すための長期決戦力ではない。その中の100分の1で確実に勝利できる短期決戦力なのだ。

 

 たった1ヶ月での飛躍的な実力向上は見込めない。今出来るのは、小さな成長を少しずつ積み重ね、勝率を少しでも高める。ただそれだけ。

 

 ただ、普通にその対策をさせても、それはただの成長にしかならない。今のフジマサマーチには成長も必要だが、もっと必要なのはプラスアルファの部分なのだ。

 そこで、海堂はオグリキャップに目を向けさせる事にした。

 

「切り込める外枠と違って、内枠を引いたら遠心力と戦わなくちゃならない。そうなればハナを取る作戦も難しくなるだろ?」

「オグリキャップの走りを観察しろ、と私に言った理由は″ジュニアクラウンまでにあの走りを覚えろ″と遠回しに伝えるためですか?」

「半分正解。半分だけれどもね」

 

 ジュニアクラウンまでに、出来る限り遠心力を抑えた走法を覚える。しかし、ただ覚えさせるだけではプラスアルファは手に入らない。

 オグリキャップの強みを盗ませる事で、成長を手に入れる。それが指示の半分の意味だった。

 

「俺が伝えたかったのは、相手の強みと弱みは徹底的に利用しろって事。強みは徹底的に盗み、弱みは徹底的に突く。それが勝負の世界の基本」

 

 そして、もう1つの意味。

 それが、周りを見る事の有意を伝える事――――つまりは、プラスアルファを手に入れる事、だった。

 

 孤独に慣れているからか、フジマサマーチには周りを見る癖が付いていなかった。すぐ近くに才能の塊とも呼べるウマ娘がいるのにも関わらずにだ。

 

 オグリキャップを一言で表すならば″才能の塊″だろう。

 オグリキャップから得られる物は幾らでもある。コーナーの走法を初めとして、驚異的な加速力、末脚。正に宝の山、と呼べるウマ娘だ。

 オグリキャップもまた、フジマサマーチと同じく、強固な城を建てている側のウマ娘なのだ。あの逸材が近くにいて、ただ意識するだけで利用しないのはもったいない。

 

 強みは奪い、弱みは突く。それを伝えた上で、周りを見る事の有意性を説く。

 結局のところ、フジマサマーチを納得させる一番の決め手は″強さに結び付く″事なのだと。ランニングジャンキーの心を海堂は分かっていた。

 

 その行為が強さに結び付くと説明する。そうすれば、フジマサマーチも納得して視野を広げて強みを吸収するだろう。海堂はそう考え、フジマサマーチに伝えたのだ。

 

「オグリキャップを超えた101%を目指して、1から10までオグリキャップの真似をしろとは言わない。マーチはオグリキャップじゃないからね」

「自分なりにアレンジしろ、と?」

「初めは60%の出来でも、真似でもいいから再現する。そして70%、80%、90%……自分なりの100%になった時には、それはオグリキャップとは別の武器になって、きっと東海ダービー制覇に役立っているはず」

 

 海堂が言った″1人でいるより人生は豊かになる″という言葉の意味が、少しだけ分かった気がした。フジマサマーチは、そう感じた。

 

 併せも何もしていない。なんならトレーニング中でもない。

 たった5分、休憩中にオグリキャップの走りを眺めていただけで″何か″に気が付く事ができた。

 そして、その″何か″は自分を更に高めるきっかけとなった。

 

「強くなるために必要なのはもっと貪欲になる事。生きてる間に起こる全てが強くなる秘訣。だから、本を読んで見識を広げるって感覚で色んな物を眺めてみてほしい……からね」

 

 海堂は肩にかけているカバンから1冊の本を取り出し、フジマサマーチにそれを渡した。

 

「この本は?」

「俺からのささやかなプレゼント。タイトルは『影すら踏ませぬ逃亡者』……教本の類で、役に立ちそうだから買ってみたんだ。読んでみてくれ」

「ありがとうございます。買った本もつい昨日読み終えてしまったので」

「……本、よく読むの?」

 

 まぁ、意外ではなかった。

 文武両道ウマ娘だという事は聞かされていたし、本を読むのが嫌いだと明確に言っているわけでもなかった。

 

 それに、トレセンに入学する前は独学だったはずだ。独学で、ただ漠然と走るだけではどうあがいても知識の限界が来る。

 限界が来れば本を読んで新たな知識を得るという事に行きつくだろうし、そうして本を読んで新たな知識を得た上で、限界のラインを引き上げる。トレセン入学前はそれを繰り返してきたのだろうと想像ができた。

 

「ええ。本から得られる事は多いですから」

「それだと教本しか読んでなさそうだけど……小説とかは読まない?」

「読みますよ。それなら、明日オススメの小説を持ってきましょうか?」

「なら遠慮なく。小説のチョイスはマーチに任せるよ」

 

 少しばかり、フジマサマーチとの絆が深まった気がした。そんな5分間だった。





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