ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション   作:ウママママ

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N11-才能の片鱗

 その日、海堂は早めに観客席へと向かっていた。

 極限まで集中したフジマサマーチに、アドバイスをあれこれと投げかけても無駄だと分かっていた。ああいう時は、自分の時間を大事にさせた方が良いとも分かっていた。

 

 だからこそ、大事なレース前だったというのに、フジマサマーチに託したアドバイスはたった1つだけだった。

 

「……ん?」

 

 観客席は異様な空気に包まれていた。

 異様な空気が作り出されている場所に顔を向け、何が起こっているのかを把握する。

 

「おいアレ……中央の制服じゃね……?」

「マジで!? ウッソだろ……!?」

 

 異様な空気の中心にいたのは、中央の制服を着た1人のウマ娘。

 紫を基調とした制服に、紫色の大きなスクールリボン。

 ――――いや、制服はカサマツの方が可愛いな。と、一瞬出そうになった本音を抑え、噂されている中央ウマ娘の所へと向かった。

 

 向かった理由はただ1つ。中央の領域にいるウマ娘と、一度話してみたかったから。

 次元が違う、あそこは考えなくていい。そう言われる中央は、いったいどんな世界なのか。

 言ってしまえば、ではあるが。いずれ中央に移籍するのだ、事前知識は持っておいた方が良い。海堂はそう考えた。

 

「その制服、中央の生徒?」

「なんや、兄ちゃん……って、そのバッジ、カサマツのトレーナーかいな。ウチに用でもあるんか?」

「いいや、別に。中央の生徒なんてここだと天然記念物だからね。珍しかったから話しかけただけだよ」

 

 葦毛のウマ娘の隣に立ち、フジマサマーチがゲートに入るのを見つめる。

 

 今回も外枠を引いたのだ。しかも9枠の大外を。

 8枠9番の先行タイプ。フジマサマーチの走る条件はカサマツ・1400mに最も適していると言えた。

 

「兄ちゃん、誰の担当しとるんや?」

「8枠9番のフジマサマーチ。君と同じの、葦毛のウマ娘だ」

「なんや、葦毛かいな……ウチも葦毛やし、キャラ被るんやけどな~」

「キャラ被るって、地方と中央じゃブランドから違うと思うけど……」

 

 ゲートに出走する全ウマ娘が収まり、緊張の一瞬が訪れる。

 

「……ところで、名前は?」

「なんや、気になるか?」

「ずっと君って呼び続けるのも、ね」

「ま、それもせやな」

 

 ――――ウチの名前は、タマモクロスや。覚えとき。

 葦毛のウマ娘が名前を教えると同時に、ガシャン、とゲートが開いた。

 

 

***

 

 

(3コーナーで2番手。オグリキャップは1半身後ろの3番手……理想的だな)

 

 残り600m。

 脚の余力も予定通り、スパートを仕掛けるにしても誰にも邪魔されることがない理想のポジション。ここまでは、秋風ジュニアと同じ理想的な走りを展開できていた。

 

(オグリキャップの仕掛けを待つか、先に仕掛けるか)

 

 ――――いいや、仕掛けを待ってはならないと、本能が言っている気がしる。

 先行しているとはいえ、オグリキャップの末脚は侮ってはならない。一度爆発すれば、自分すらも寄せ付けないスピードで全てを抜き去っていく。それがオグリキャップというウマ娘の特徴なのだから。

 

 つまり、オグリキャップのスパートを待つのは自殺行為なのだ。勝つためには、オグリキャップが差し切ろうとしてもギリギリ差し切れない程の距離を作っておく必要がある。

 

(奴が仕掛けるのは残り200mになってから……ならば、ここで――――!)

 

 残り500m地点で強く地面を踏み抜き始め、スパートを仕掛けるウマ娘が2人。

 第4コーナーに差し掛かった、この瞬間がスパートを仕掛けるのにふさわしいと考えたウマ娘が2人。

 

 1人はフジマサマーチ。そして、同時に仕掛けたもう1人は。

 

《フジマサマーチとオグリキャップ、ほぼ同時に仕掛けたぁ!》

 

 灰被りの少女――――オグリキャップ。

 先頭を走っていたオーカンメーカーを抜き去り、更にスピードを上げていく。

 

(同時に仕掛けるのは想定外……だが、オグリキャップ、欲に駆られたな!)

 

 オグリキャップが残り200mで100の力を出し切ってくる差し切りを選んだのなら、フジマサマーチは差し切られて負けていたかもしれない。それこそ、オグリキャップが万全だった場合の新入生デビュー戦。そのifストーリーを再現するかのように。

 だが、オグリキャップは残り500mで100の力を出す戦術を選んだ。力を小出しにする――――先行脚質で来たのだ。

 

 勿論、先行争いでいつもよりも脚の余力が溜まっていなかったというのもあったのかもしれない。しかし、この選択はフジマサマーチにとっては嬉しい誤算だった。

 

 当然、オグリキャップはフジマサマーチに届かない。

 同程度の実力を持った者同士が、同タイミングで仕掛けた場合、有利なのは先行をしている側なのだ。そして、先行しているのはフジマサマーチの方だった。

 こうなった場合、余程の実力差がなければ順位が覆ることはない。

 

 その差、僅か1バ身。

 しかし、距離は残り200m。先行していた分のリードを守り切るには十分な差だった。

 

 限界を超え、悲鳴を上げる寸前の脚。

 息をするのも苦しくなり、張り裂けそうな肺。

 

 だが、心も体も、驚くほど調子が良い。

 レースを脚っている途中に、嬉しいという感情が真っ先に湧いてくる。こんな気持ちは初めてだった。

 

(これが、″ライバル″という存在……!)

 

 フジマサマーチは初めて理解することができたのだ。ライバルという存在がいる事が、どれだけ人生を豊かにするのかを。

 

(感謝するぞ、オグリキャップ。貴様のおかげで、私は――――)

 

 残り150m。

 禍々しい、黒い影が、後ろに現れた。

 

 その時、フジマサマーチは察した。察さざるを得なかった。

 ″眠れる獅子″が、長き眠りからようやく目覚めたのだと。

 

「お……まえ……には……!」

 

 あまりの禍々しさに、空間が歪む。

 ――――いや、それは錯覚だった。実際には空間なぞ歪んではいない。

 しかし、″怪物″が出す圧力によって、本当に空間が歪んでいるのではないかと、フジマサマーチを一瞬惑わせるのに十分足りていた。

 

 ぐん、と。強い踏み込み音が、フジマサマーチの後ろで再び鳴った。

 

 まさか、いや、有り得るはずがない。ここに来て、二度目のスパートを仕掛けるつもりなのか。フジマサマーチの思考は、″怪物″に完全に支配されていた。

 両者、共に一度目のスパートで限界だったのは事実だった。二度もスパートを仕掛ける力が残っていないのも事実だった。

 

「負けん!」

 

 ――――しかし、その限界をオグリキャップは超えたのだ。

 そこに在るのは、勝ちたいと思う執念のみ。その執念が、オグリキャップが出す推進力を更に高めた。

 

《オグリキャップが並んだ、並んだ!》

 

 覆ることのなかった順位が、覆ろうとしている。

 ゴールまで残り100mに差し掛かったタイミングで、二度目のスパートを仕掛けたオグリキャップがフジマサマーチを仕留めようとした。

 

 不味い。このままじゃ抜かされる。

 フジマサマーチは、あの時――――デビュー戦の様な危機感を再び覚えた。

 

(――――落ち着け。)

(――――落ち着いて、あの時の言葉を。)

(――――海堂トレーナーの言葉を、思い出せ。)

 

 

 

 

 

 ――――最後の直線。周りを見ないで、前だけ見て突っ走れ。

 

 パドックに向かう直前に、海堂が言った唯一のアドバイスが頭の中でリフレインした。

 

 ――――仕掛けるタイミングも全部マーチに任せる。

 ――――けど、これだけは約束してほしい。

 

 それだけ言って、観客席に向かっていったのも覚えている。 

 そして、それだけは絶対に守る。そう約束したじゃないか。

 

 後ろを、横を見るな、と自分に言い聞かせてゴールのみを見つめる。

 見据える対象を間違えるな、とも自分に言い聞かせる。

 

 私が。

 私が、見据えるのは。

 

(山の、頂――――!)

 

 フジマサマーチが″覚悟″を決めた瞬間――――

 

 

 

 

(――――なんだ、これ、は?)

 

 目の前にあったゴールが、自分の視界から消えた。

 いや、消えたのはゴールだけではない。隣を走るオグリキャップも、カサマツレース場という空間も。全てが視界から消えていた。

 

 代わりに目の前に現れたのは、ぼんやりと広がる不鮮明な景色のみ。

 風も、歓声も、足音も。自分の呼吸音を除いた全てが、ぼんやりと聞こえるだけ。

 

「……ああ」

 

 フジマサマーチの踏み込みが、無意識に更に強くなる。

 そこから先は、何が起こったのか覚えていなかった。

 

 ぼんやりとした歓声が、不鮮明なままさらに強まる。

 自分の呼吸音のみが、さらに鮮明に聞こえるようになる。

 

 覚えているのは、ただそれだけ。

 

 負けたくない、気持ちいい。そんな感情も、疲れも、考えも、全てが頭から消え去っていた。

 記憶と景色が戻ったのは、ゴールを切ろうとした直前の時。

 

 景色が奪われたのは、たった100mの間のみ。

 記憶が奪われたのは、それよりも短い僅か50mの間のみ。

 

 ゴールの直前に、フジマサマーチは確信した。

 これが、″新たな境地″なのだと。

 

《第15回ジュニアクラウンを制したのは8枠9番、フジマサマーチ! 続いて5枠5番、オグリキャップ 3枠3番、オーカンメーカー……》

 

 一瞬見えた、不思議な景色。

 その景色は、決して悪い物ではなかった。

 

 

***

 

 

「……勝った、のか?」

 

 フジマサマーチ、1着。クビ差でオグリキャップが2着。

 いや、それはいい。電光掲示板はフジマサマーチの勝利を示していたし、今回は目立つ外的要因もなかった。

 フジマサマーチも、海堂も、オグリキャップを打ち負かせたと納得できるレース内容だった。喜ぶべき内容だった。

 

 しかし、問題はそこではない。

 

「兄ちゃん、負けたとおもたんか?」

「……正直に言えば、そうだね」

 

 ただただ、唖然としていた。

 

 普通、スパートを仕掛けたらそれ以上スピードが上がることはない。

 いや、それが当たり前なのだ。ある地点から全速力を出すこと、スパートの本来の意味はそれなのだから。

 

 スパートを仕掛けた後は体が出力に耐えられなくなり、じわじわとスピードが下がっていく。スピードが下がり始めて垂れるのが先か、下がりきる前にゴールをしてしまうか。基本はその2択なのだ。

 

 2人が一度目のスパートを仕掛けたのは残り500m地点。

 フジマサマーチとオグリキャップが同時に仕掛けたが、オグリキャップは若干後方にいたが故に追いつくことができなかった。

 

 誰もが思った。オグリキャップはフジマサマーチに追いつけない、と。

 最高速は一瞬たりとも上回ることはできない。それが世間一般の常識だったのだから。

 

 しかし、その常識を覆す事態が二度も起こった。

 フジマサマーチの勝利を誰もが確信した瞬間に、オグリキャップが二目のスパートを仕掛けたのだ。

 誰もが目を疑った。中央ウマ娘のタマモクロスであろうが、その隣で見ていた海堂であろうが。

 

 1400mの内の、たった150m。スパートを掛けるにしては一瞬の距離。だが、2人のバ身差は僅か1バ身。その事実を考慮するならば、たったそれだけでの距離でも二度目のスパートの効果は十分だった。

 

 クビ、アタマ、ハナ。そして、オグリキャップがフジマサマーチを抜かそうとした瞬間。

 フジマサマーチも、二度目のスパートを仕掛けた。

 

 届かない。

 強烈な末脚で追い上げたオグリキャップだったが、二度目のスパートを仕掛けたフジマサマーチを追い抜くまでには至らなかった。

 

 二度目のスパートなど覚える必要がないと考えていた。覚えられないのが普通、覚えたとしても、並のウマ娘なら発動する前に限界が来て垂れるだけ。その上、使える場面も限られている。

 覚えるだけ無駄だと、確信していたのだ。

 

 まぁ、これは並のウマ娘に限った話なのだが。

 

(中央のシンボリルドルフ、その側近のマルゼンスキーやミスターシービーなら、或いは……)

 

 三冠ウマ娘のシンボリルドルフやミスターシービー、スーパーカーと称されたマルゼンスキーなら出来るかもしれない。オグリキャップやフジマサマーチが今現在行っている無双。それを中央で行っていた彼女らは文字通りの″異次元の存在″なのだから。

 

 つまり、今起こったことをありのまま説明するのならば、2人はこのジュニアクラウン終盤で″異次元の存在″に成りうる才能の片鱗を見せた、という事になるのだ。

 

 勿論、その3者と比べれば粗削りなのは確かだ。彼女らが完成しきった100カラットのダイヤモンドだとすれば、2人はまだ粗が残るダイヤの原石。

 

 しかし、しかしだ。

 2人が見せたその才能の片鱗は、ここにいる全員に夢を見せたのだ。

 カサマツにとんでもないウマ娘が、しかも2人もいるのだ、と。

 

 無論、海堂も2人に夢を見た。見たのだが。

 

(……だったとして。二度目のスパートを覚えていたってのを、俺に伝えないなんて話がある、のか?)

 

 見せられた夢の内容よりも、疑問の方が海堂の頭を支配していた。

 その技を覚えてたとして、フジマサマーチが自分と共有しないとは到底思えなかったからだ。

 

 とりあえず、トレセン入学前に二度目のスパートの仕掛け方を覚えていた、と仮定しよう。

 フジマサマーチが走ったレースは2レース。新入生デビュー戦と秋風ジュニアだ。

 

(いや、覚えてるわけがない。だったら新入生デビュー戦でもっと圧倒していたはず)

 

 しかし、二度目のスパートを披露した形跡はどこにもなかった。

 新入生デビュー戦は1バ身差の1着、秋風ジュニアは8バ身差の1着。後者は使う必要が無かったからという理由で説明がつくが、前者は使わなければ1着が危ない状況に陥っていた。

 つまり、あの時点で覚えていたのなら、使う場面があったのに使わずに温存しておいた、という事になる。これはつまり、有り得ない。

 

 となると、次に考えられるのは、秋風ジュニア終了後とジュニアクラウン当日の1ヶ月の間に2度目のスパートを覚えたという説。

 

 しかし、これも考えられない。

 海堂も2度目のスパートを覚えろとは言わなかったし、フジマサマーチも指示に徹底して従うタイプのウマ娘だった。

 そんなタイプのウマ娘が、指示から外れたトレーニングを行うか。いや、行わないだろう。

 

 カサマツトレセン入学前、半年前、1ヶ月前。技を覚えたと考えられる時期を今に近づければ近づける程、フジマサマーチというウマ娘の異常さが際立っていく。

 

「……まさか、な」

 

 信じたくはない。

 それでも、考えられる可能性を排除し続けた結果、これしか残らなかったのだ。

 

「兄ちゃん、こう考えとるんやろ?」

 

 タマモクロスは″可能性″を持つウマ娘の近くにいた。

 自身は経験していなくとも、その″可能性″を持つウマ娘の近くに居続けた。故に、何が起こったのか、海堂の考えは何か。それが分かっていたのだ。

 

 ――――レース中に、覚えたんちゃうか、ってな。

 

 タマモクロスがそう言うと、海堂は小さく頷いた。

 

「カサマツでこないおもろいレースが見れるとは思っとらんかったで。なぁ兄ちゃん、名前は?」

「……海堂。海堂真」

「海堂……その名前、葦毛の娘らの名前と一緒に覚えとくで」

 

 タマモクロスは去り、その場を包み込んでいた異様な空気は、元の空気へと戻って行った。

 しかし。片鱗を感じ取った海堂だけは、未だその異様な空気に包まれたままだった。

プリティー要素、どのくらい欲しい?

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