ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション 作:ウママママ
「……穣さんのトレーナー室、ここだったよな」
″中央″を知る人がこの先にいる。そう考えると、ドアノブを握る手が自然と強くなった。
形容しがたい謎の圧力。扉の向こう側から、それが感じ取れた。
扉を開けると、部屋の中にはたばこをふかし、座って待つ男が1人。
その男を一言で表すならば、老将という言葉がピッタリなんじゃないだろうか。海堂はそう思い、男に対して一礼をした。
「お前が、ジョーが言ってたトレーナーか……」
そう言うと、男はまじまじと、品定めをするかのように海堂を眺め始めた。
顔、上半身、下半身。そして再び一番上に戻り、最後に両目をじっと見つめる。
「……なるほど。確かに、領域に入るウマ娘にふさわしいトレーナーの目をしているな」
そして、何かに納得したのか、男は小さな笑みを浮かべた。
「ま、まずは自己紹介だ。ジョーの叔父で中央でトレーナーやってる、六平銀次郎ってモンだ」
「貴重な時間をありがとうございます」
「とりあえず、ここに座れ。ジョーから話の内容は聞いている」
「では……失礼します」
海堂が六平の対面に座ると、六平は″不思議な世界″についての話を始めた。
「ま、大雑把に言っちまうが、フジマサマーチが見た不思議な世界ってのは、プロスポーツに有りがちな精神世界────ゾーンみてぇなものだ」
「ゾーン、ですか」
極度に集中している時に入る、一種の世界。それがゾーンの定義だったはずだ。
極限まで集中した結果、自分の知らない世界────新たな境地へ辿り着くことができた。
極限まで集中したが故に、何が起きたかを覚えていなかった。
確かに、フジマサマーチの入った世界がゾーンの一種であると言われれば納得は行く。
「だが、マーチが入ったゾーンは少し違ぇんだ。話を聞く限りはな」
「少し違う……不思議な世界が見えたことと、何か関係が?」
「通常、ゾーンってのは極限まで集中した状態のことを指す。それ以外に何も特徴はなく、ただ自分の限界を超えた動きができるってだけだ。だが、ごく稀に、通常のゾーンとは少しばかり違うゾーンが見られるようになった。そのゾーンはいろんな意味で特別でな。特別たる所以を簡単に言っちまうなら、自分の世界に入るだけでなく、自分の世界まで形成しちまうゾーンなんだが……この説明、妙に聞き覚えがあるだろ?」
ニヤリ、と笑う六平を見て、海堂は小さく頷く。
聞き覚えがありすぎる。
六平が説明した特別なゾーンと、マーチが言っていた世界の内容。それらは酷似────いや、なんなら完全一致までしていた。
「その二種類のゾーンを同じゾーンとして扱うには無理が多くてな。そこで、トレーナーやウマ娘は、ある″特別な現象″が起こるゾーンをこう呼ぶことにした────【領域】とな」
「その、″特別な現象″というのが……」
「そう。お前のマーチが見た″不思議な世界″ってヤツだ」
ゾーンに酷似した世界で、それとはまた違い、同時に特定の景色が見える領域。
これが、自分の求めていた答えなのだと。六平の口から領域という言葉が出た時、海堂はそう確信した。
「ゾーンと領域は同じ直線の上にあると思ってもらって構わねぇ。そして、ゾーンは領域に含まれちゃいるが、領域はゾーンに含まれちゃいない。加えて、ゾーンと領域には決定的な違いが2つある。それを踏まえた上で、今から話すことをよく聞け」
小さく頷いて、胸ポケットに入っていた手帳を取り出し、サラサラとメモを取っていく。
「1つは、領域には作られる範囲が決まってるってことだ」
「作られる範囲……?」
「極端な話、ゾーンは集中力さえ高まってりゃどこで走ってたとしても入れる。だが、領域は違ぇ。特定の場所、特定のポジション、特定の脚質……突入すんのに、何かしらの条件を必要とする。ただ集中力が高まってるだけじゃ入れねぇんだ」
最終コーナーを1着で駆け抜ける、最終直線で競り合う。
それぞれに領域を形成する条件が決まっている。逆に言えば、いつ発動するか読み取れないゾーンとは違って、それさえ満たせば自分の任意のタイミングで入れるようになる、ということだろうか。
「もう1つは、領域を覚醒させるウマ娘は限られてること。断言しちまうが、ゾーンってのは誰にでも入れる。だが、領域は限られたごくわずかなウマ娘にしか入れねぇ世界なんだ。そのわずかに分類される条件は解明されてねぇが……領域を覚醒させたウマ娘には、決まって共通点があってな」
「その共通点、とは?」
「領域を覚醒させたウマ娘は大なり小なり【時代を作る】。それが共通点だ」
「……なんというか、アバウトじゃないですか?」
2000mを何秒で走り抜ける。格式高いレースで1着を取る。
そういった明確なものではなく、時代を作る、といった漠然なもの。
そもそも、時代を作ったではなく、時代を作るという部分が引っかかる。作ったなら過去形だが、作るならまだ作られていない状態、つまるところは未来形なのだ。
ゾーンとは違って、それを形成するのに努力以外の要素が必要なのは分かる。
だが、六平の口から出た、時代を作るという言葉。その言葉は、漠然とし過ぎているが故に、あまりにも奥が深かった。
しかし、やはり【時代を作る】という部分が引っかかる。
「領域を覚醒させる条件はまだ解明されちゃいねぇって言っただろうが。たまたま覚醒させたウマ娘が全員時代を作ってるってだけで、覚醒する予兆なんかは何も見当たらねぇ」
「……あの、六平さん」
疑問に思っていたことを、海堂は口に出した。
「単刀直入に聞きますが……それなら、領域を覚醒させたマーチには、中央でも通用するだけの才能がある、ということでしょうか?」
領域に入ることのできる素質を持ったウマ娘は決して少なくないと、六平は語った。
だが、その後にこうも語った。その後に、過酷な選別が始まるのだと。
素質を持っていたとしても、領域に辿り着けるウマ娘は限られている。そして、領域に辿り着いたウマ娘は大なり小なり【時代】を作ることになる、と。
時代を作る。これに関しては深く言及されていなかった。
しかし、想像はできる。六平が語る時代というものが、どんなものなのかは。
「実力は、あるだろうな」
六平は海堂の質問に対し、即答した。
実力、は。
つまり、実力は足りている。しかし、実力以外の部分はまだ分からない。
「あのオグリキャップに勝った。しかもあの土壇場で領域入りを成功させたってのを考えりゃ、中央と比べても見劣りしない実力自体はあると言える。だが、問題はその力を中央でも発揮できるかどうかってトコだ」
地方上がりのウマ娘が初戦を勝つ確率は9%。数年前に読んだ本にはそう書いてあった。
裏を返せば、90%のウマ娘は1勝もできずに中央を去るのだと。その言葉の重みに、戦慄した覚えがある。
「地方で活躍したって実績、実力を買われて中央に転入するケースはよくある話だ。だが……現実はそううまくいかねぇ」
タバコを1度ふかして、六平は話を続けた。
「俺はな、実力だけなら中央にも匹敵するだろうってウマ娘を何人も見てきた。それこそ、今のオグリキャップやフジマサマーチと比べても見劣りしねぇウマ娘をな。その中にゃ不完全ではあるが、領域入りを達成させたウマ娘だっていた……だが、その半分以上は1勝もできずに中央を去って行った」
「日本でどれだけ活躍したとしても、海外での活躍は保証できない。そして、逆も然りである……それと同じ理論。そうですよね?」
「ま、そうだな。要は、中央で成功するには生まれつきの才能が必要ってことだ。生まれた後じゃあどうにもならない【適応力】って才能がな」
環境が変われば、大活躍をする選手もいる。それはどのスポーツでも、今自分が関わっているレースの世界でも通用する考えだ。
現に、芝で燻ぶっていたからダートに転向してみたら、大活躍をしたという実例だってある。
とある野球の外国人選手は、異国の地で起こる全ての事象に″Why?″を浮かべていた。
しかし、こう考えるようになってからは結果が如実に現れるようになった。ここは日本。″郷に入っては郷に従え″、と。
これらの話から分かる通り、結局大事なのは、変わった環境にどれだけ適応でき、受け入れられるか。新しい場所で活躍するには、受け入れる精神が重要なのだと。
しかし、全員が全員、それができるわけではない。中央で活躍するには、他のウマ娘より抜きんでた″対応力″がどうしても必要になる。
実力だけではどうにもならない世界。それが、才能のある者が集まる世界────中央という、魔境なのだと。
「断言するが、オグリキャップにはそれがある。中央で活躍できる適応力がな」
「……そう思える根拠は、あるのですか?」
「何千何万とウマ娘を見てるとな、自然と分かってくるようになるんだよ。そのウマ娘が持つ″才能″ってヤツがな」
トレーナーを始めて3年目の海堂には、六平の言っているそれが分からなかった。
だが、信じることは出来た。六平が醸し出すオーラや経験が″それは本当だ″と伝えてきたのだから。
血の入れ替えが激しい中央で、この年齢になるまでトレーナーとして活躍し続けてきた男は、オーラから違う。
これが中央か、とも思い知らされた。
だから、だろうか。
フジマサマーチは持つ者か、持たざる者なのか。六平にそう聞くことができなかったのは。
「俺が見る限り、ジョーが担当しているオグリキャップは才能を持つ側に立っている。ヤツならぶっつけ本番の中京盃でも勝てるだろうが……」
まさか、という言葉が海堂の口から出かけた。
距離は1200m。ジュニアクラウンの1400mより短いとはいえ、走る場所は走り慣れたカサマツレース場ではない、中京レース場なのだ。
初の芝、初の
遠征はしたいが、東海ダービーを目標とするなら芝対策よりももっと他のことに時間を割きたい。海堂はそう考え、中京盃をスルーした。
「……フジマサマーチは中京盃、出ねぇんだよな?」
「まぁ、はい。東海ダービーを制覇するのが自分たちの目標なので、芝のレースに出る考えは……」
「そうか。それでいい」
それでいい、とはどういうことだろうか。
東海ダービーを制覇するのならば、中京盃に出る意味はない。そういう意味もあるのかもしれないが、それとは少し違う気がした。
意味を聞こうかとも思ったが、中央のトレーナーが出ないことを肯定するなら聞く必要は無いと考え、聞くのは控えることにした。
「話を元に戻すが……これが、お前が求めている【領域】の世界だ。少しは役に立ったか?」
「ええ……貴方が考える以上に、役に立ちましたよ」
「フッ……そうか」
笑みを浮かべ、六平は立ち上がった。
「ところで、聞いてなかったが、お前さんの名前は?」
「海堂。海堂真、です」
「海堂真……覚えとくぜ、その名前」
少し前に、タマモクロスにも同じようなことを言われた気がしたが。中央関係者に好かれやすいのだろうか。
「お前のウマ娘が作る【時代】。それがどんなモンになるのか、俺は向こうで楽しみに待っている。そして、カサマツでやることの全てが終わったら」
────フジマサマーチが作る時代を、俺に見せてみろ。
その言葉を最後に、六平はトレーナー室から去って行った。
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