ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション   作:ウママママ

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N19-この未来にあるのは

 20分――いや、後15分もすれば、オグリキャップの未来が決定する。

 この未来にあるのは、勝利するか敗北するか。その2つだけ。

 

 ゴールドジュニアに勝利すれば、オグリキャップは中央に移籍することになる。

 中央で通用しようが通用しまいが、一度中央に移籍すればカサマツには戻ってこないだろう。

 中央で通用すればそのまま中央に居続けることになり、通用しなければカサマツ以上中央以下の――それこそ、大井か船橋辺りに移籍することになると考えられる。

 

 ゴールドジュニアに敗北すれば、オグリキャップはカサマツに居続けることになる。

 カサマツに残留した場合どうなるかだが――東海ダービーを目標に走り続け、ライバルと鎬を削り合い、そのままカサマツで競走バとしての生涯を終えると考えられる。

 

 正直、どちらを選ぼうが良いのだ。

 中央で通用したとしてもしなかったとしても、カサマツで競争バとしての生涯を終えたとしても、それは選んだ本人らの自由。外野がこうしろああしろと言える義理はない。

 

 問題は、選ぶ側がどの結末を望んでいるかという話なのだ。

 全員が東海ダービー制覇を期待しているのなら断ればいいし、全員が中央移籍を望んでいるのなら移籍すればいい。そんな単純な話であったならば、こうも拗れることはなかったはずだ。

 

 オグリキャップは、東海ダービー制覇を望んでいる。

 フジマサマーチは、オグリキャップと東海ダービーで戦うことを望んでいる。

 その2人のトレーナーは、明確な望みを持っていなかった。彼女らの一番近くにい続けたが故に。

 だが、オグリキャップはここにいてはいけないウマ娘だというのは理解していた。

 

 結果、今の今まで話が縺れた。

 

 話を持ち掛けられてから、およそ3ヶ月が経過した。

 決断を下すまでに、3ヶ月もあったと捉えるか、3ヶ月しかなかったと捉えるか。それは個々の判断によるだろうが、判断を下すのに、3ヶ月という時間は短すぎたというのが大方の思いだろう。

 

 また、話を持ち掛けられた時期も悪かった。

 この提案が3月頃に持ち掛けられていたとしたら――東海ダービーに出場することもでき、その直後に中央に転入を選択することもできただろう。

 そうすれば、まさに文字通りの″全員が納得する結末″になっていたかもしれない。

 

 シンボリルドルフも、こうなるとは考えていなかった。

 中央ウマ娘に匹敵する素質を持つウマ娘をスカウトしたら、そのウマ娘とトレーナーは東海ダービー制覇を目指していた。しかも、そのウマ娘はライバルと東海ダービーで戦うことを夢見ていた。

 その結果、勝てば中央負ければ地方という条件が課され、話がかなり拗れた。

 いくら皇帝といえど、こうなることを予想できるわけがないのだ。

 

 シンボリルドルフは、自分の仕事をしただけだ。

 素質を持つオグリキャップも、約束を交わしたフジマサマーチも、夢を見るトレーナーも、それぞれが行うべきことを行った。その結果、想いが交錯した。

 つまり、この移籍問題に関してで言えば、誰も悪くなかったし間違っていなかった。絶対的な答えが存在しない以上、北原の選択も間違っているとは言い切れなかった。

 

 全員が幸せにならない。その事実が、移籍問題にかかわる全員を縛り付けていた。

 

(……マーチも、そりゃ怒るよ)

 

 控室で待機しているのは、耳を絞り、眉間に皺を寄せているフジマサマーチと、無言で膝に肘を付き、フジマサマーチを尻目に見て座る海堂のみ。

 その2人の間で、言葉は交わされなかった。

 

 普通、今日のレースはこうしようだとか、調子はどうだとか、頑張れだとかやれることをやってこいだとか。パドックに向かう直前のこの時間は、そういう最終確認をするために与えられている。

 しかし、2人の間にあるのは無言のみ。これを、話さずとも互いの意思疎通が取れていると捉えるか、今話すこと自体が無駄もしくは危険だと考えていると捉えるか、だが。

 

 正解は、どちらもだった。

 

 今日のカサマツレース場は不良バ場だから、若干外を走れ。そう言わずとも、賢いフジマサマーチならそれを理解しているだろうと海堂は思っていたし、フジマサマーチもそうすべきだと分かっていた。

 

 実際、今までもそうだった。

 フジマサマーチなら、やって欲しいことを言わずともやる。ずっとそう考え、海堂は戦術面での決定権を全て任せてきたのだ。

 海堂が行うのは、1着になるか2着になるか。その瀬戸際で、少しでも1着になる確率を上げるためのアドバイス。与えられたのは、ショートケーキにイチゴを乗せるがごとき役割。

 

 それでうまくいっていたのだから、今日も何かアドバイスを――と、思ったのだが、アドバイスをできる状況ではなかったのだ。

 

 それは、フジマサマーチの耳を見れば一目瞭然だった。

 ウマ娘の耳には感情が表れやすい。たとえば、耳がピコンと立っている時は嬉しさを表し、耳がぺたんと垂れている時は悲しみを表すなど、人間の耳とは根本から違うのだ。

 

 そして、耳を絞っている時はどうなんだという話なのだが――耳が逆立っていた場合、大抵は怒りの感情を表すとされている。

 

 15分後にはゲートが開き、その2分後には全てが決まる。

 自分の心をコントロールするために与えられた時間はもう少ないというのに、フジマサマーチの心は怒りの感情に支配されていた。

 

 人生で初めてできたライバル。東海ダービーで一緒に走ろうと交わした約束。

 ライバルも自分の届かない高みへと行き、交わした約束を一方的に破棄されたとなれば、怒るのも仕方ない。

 実際、フジマサマーチを尻目に見ていた海堂はそう考えていたのである。あぁ、俺と同じ流れを辿ってるわ、と。

 

 北原をビンタし、何やってんだと問い詰めたのが2日前。

 何かあったのですかと執拗に聞かれ、何でもないから気にするなと答え続けたのが1日前。

 そして、自分と同じように新聞を手に取ったのが大体1時間前。

 それを見て、こりゃ俺と同じ結末辿るわと悟って、今に至る。

 

 あれから2日と少しが経ち、少しばかり冷静になって心にも余裕ができた海堂は″眉間に皺を寄せるのだけはやめとこう。整った顔立ちが台無しになるよ″と、話しかけるだけで怒りが爆発しそうなフジマサマーチに対して言おうとしたのだが。

 

(……言えるわけないな。ぶっ叩かれるに決まってる)

 

 言える状況ではなかったな、と。ギリギリわきまえていた。

 それでも、何か言葉の1つは残していくべきだと考えた海堂は、おもむろに立ち上がって呟いた。 

 

 冷静でなければ、どんなに実力があろうが勝てはしない。

 心は常にアツく、頭は常にクールに。特に、逃げや先行を得意とするならば、レース中でも流されずに自分の走りを遂行するための冷静な頭が必要になるが故に、その考えが顕著に表れやすい。 

 

「……目、覚まさせてやって。俺はゴールで待ってるからさ」

 

 言うべきことは、これだけでいい。

 今日も勝ってこいだとか、落ち着けだとか。単純に、頭を冷静にさせるだけの言葉はいらない。

 

 今のフジマサマーチに必要なのは、頭を冷静にさせつつ、更に闘争心を煽ることなのだ。

 観客席に移動し、コーヒーの入っていた紙コップを握り潰して思う。

 

(純粋な気持ちでレースに挑めないのは初めてだな……)

 

 今までは、勝つことだけを見ていた。

 負けから得られることもある――が、だからといって負けろとは言わない。負けたら負けたで得られることもあるけど、勝った方がいいよねというだけ。

 

 勝ちと負けの間には、逆立ちしても届かない、超えられない価値の壁がある。

 だから、勝ちだけを見ていたというのもある。

 

 もちろん、負けろとは思っていない。勝ちを見ているというのは間違っていない。

 だが、今は違う。勝ち以外の何かも見えてしまっているのだ。

 

 何事もなく勝ったとして、その後はどうなるのか。

 ライバルの関係はそのまま続くのか、わだかまりが発生して微妙な空気になり、そのまま東海ダービーに突入して不完全燃焼の形になってしまうのか。

 

 ただの1レースではない。勝とうが負けようが、このレースが終われば、フジマサマーチを取り巻く世界は瞬く間に変わる。

 それが悪い影響を及ぼすのではないか、という考えに頭を支配される。

 

 ――いや、レース直前なんだから考えるな、と。終わった後に考えればいいだけだと考えて、何気なく後ろを振り向く。

 

(アレ、シンボリルドルフとマルゼンスキーか?)

 

 視線の先――後方に、超大物の2人がいた。

 シンボリルドルフと、マルゼンスキー。簡潔に言ってしまえば、トゥインクル・シリーズの頂点に立つウマ娘とその右腕。

 

 普通のレースが開催される日にレース場にいたのだとしたら、有名人に出会えたあまりに大興奮していたのだろうが。今は、そんな気分じゃなかった。

 

 スカウトしたウマ娘が移籍するのかしないのか。それがこのレースで決まるんだから、そりゃいるよなと。レース直前だからというのもあったか、かなり冷静だった。

 

 不意に、シンボリルドルフと目が合った気がした。

 

(……いいや、まさかな)

 

 たまたまだろう。そう思って、もう一度視線を向けてみる。

 ――いや、まさかじゃない。ガッツリこっちを見ているな、と。海堂は確信した。

 

 隣に座っているマルゼンスキーは手を振り、笑顔で何かを話しているし、シンボリルドルフはそれを聞いて頷いている。

 ライブで自分に手を振ってくれたと勘違いするオタクのようにならなかったのには、ちゃんとした理由があった。

 

 どう考えても自分を見ている――つまり、海堂の周りには人がいなかったのだ。

 いや、厳密に言えばいる。だが、密集地帯に比べれば人が少なかった。

 

 観客席は、一般観客席と関係者専用――トレーナーやトレセンの生徒が座る観客席に分けられている。

 トレーナーは一般観客席に行くこともできるが、逆はできない。そして、どう考えても一般観客席の方を利用する人の方が多い。

 そして、海堂はその中でも人気の少ない場所を選んだ。それ故、周りには人が少ない。

 

 人気の少ない場所を選んだのは、北原に出会ったら出会ったでどういう顔をすればいいか分からなかったからなのだが。こうなるとは考えていなかった。

 

「……ってか、何でこっちを見てるんだ?」

 

 そう、目が合ったまではいい。たまたま向こうがこっちを見ていたというだけの可能性もあるのだから。

 ただ、ずっと見ているのは何かが違う。同じようで違う。

 

 事実、シンボリルドルフは今も尚、こちらを見つめている。一瞬じゃない、ずっとなのだ。

 知っている人と目が合うなら気まずくないだろうが、普通、知らない人と目があったら気まずくなり、目をそらす。それなのにも関わらず、シンボリルドルフは知人ではない海堂を見つめ続けている。

 

 そう、何か意味が無ければ、普通はやらないのだ。

 つまり、何か意味があってこちらを見続けているし、少なくともシンボリルドルフに注目されているという話になるのだが、何も思い当たる節はなかった。

 

「……まあ、いいか。今はレースに集中するべきだし」

 

 シンボリルドルフと密接に関わることなんて金輪際ないだろうし、何か見つめ合ってたし、いい思い出ができたってことでいいじゃないか、と。

 

 ――この後、自分に厄災が降りかかるということを知らない海堂は、視線を切って前を向いた。





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