ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション   作:ウママママ

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N21-怪物

「オグリィイー!!!!!!」

 

 オグリキャップを呼ぶ声が、カサマツレース場に響き渡る。

 レースも終盤に差し掛かり、喧騒でごった返しになっているのにも関わらず――その声は、オグリキャップに、確かに届いていた。

 

「……キタ、ハラ?」

「走れ! 走るんだァァァッ!!!!」

 

 オグリキャップの魂を呼び戻すのに、その言葉は十分過ぎた。

 オグリキャップの心に、消えない炎が着火する。永久に燃え続ける、闘志が。

 

 そして、オグリキャップは正気を取り戻した。

 

 私のトレーナーが言うんだ。

 ならば、それで行こう、と。

 

 ドン、とフジマサマーチの後方で地鳴りが起こる。

 それを聞き、察する。オグリキャップが動き始めたのだと。

 

 だが、焦ることはない。動き始めるにしては遅すぎたのだから。

 しかし――怪物の怖さは、フジマサマーチが一番知っている。

 

 オグリキャップは、息を吹き返した。

 鎖を断ち切り、幻影から逃れ、闇から開放された。

 オグリキャップを止める者は、もういない。フジマサマーチが止めようとしても、止められない。

 吹っ切れたオグリキャップは、誰にも止められない。

 

「マーチ!」

 

 海堂は身を乗り出し、フジマサマーチに向かって大声で叫ぶ。

 オグリキャップが息を吹き返しただけで、まだレースは終わっていない。まだゴールまで250m前後はある上に、オグリキャップだったとしても差し切れないであろう距離は開いている。

 怪物から逃げ切る。それができれば、フジマサマーチの勝ち……だった。

 

 普段のオグリキャップが相手であれば、そのままストレートに逃げ切って勝利で終わっていたのだ。

 しかし。怪物というのは、時に想定以上の力を発揮するものだと、誰かが語っていた。

 

《オグリキャップ! オグリキャップが来た!》

 

 5バ身、4バ身、3バ身。

 差し切れるはずのなかった距離が、みるみると縮まっていく。

 

 光のようなスピードで、フィールドを荒らしていく。

 そこには、駆け引きもへったくれもない。先手を取り続け、常に自分だけダメージの受けないだいばくはつを打ち続けますよと言わんばかりのゴリ押し。

 そして、加速し続け、遂にはフジマサマーチに並び――――抜き去った。

 

(……これは、勝てないな)

 

 フジマサマーチを抜き去る怪物の姿を見て、海堂はふと思ってしまった。

 

 勝ちたくない。その気持ちは、一度も抱いたことがない。

 勝てない。その気持ちも、一度も抱いたことがない。

 負けない。抱いていたのは、常にその気持ちだった。

 

 勝てない。次元が違う。そう思ったのは、初めてだった。

 

 あの手この手で策を練ろうが、オグリキャップを徹底マークしようが、結局はエンジンの違いが全てをぶっ壊す。

 もしかしたら、20回、30回戦えば1勝はできるかもしれない。全てが噛み合えば、ハナ差クビ差のギリギリで勝てるかもしれない。

 

 ……それでも、勝率3%前後では勝てるとは言い難い。奇跡的に勝ったと称されるのがいい所だろう。

 それに、それはレースであって″サシ″ではない。

 

 タイマンを張れば、絶対に勝てない。そう分かってしまった。

 オグリキャップの目の前に物理的な壁が生じるだの、たまたま突入条件も知らない領域に突入するだの。レースには、計算や予想では考えられない力が働く。

 

 だが、サシの勝負にはその要素が含まれていない。

 

 純粋な力比べではあるが、その力比べで比較する車体はバイクと軽自動車。

 走る距離も、場所も、スタート位置も。全て同一条件ではあるが、唯一車体の性能だけが違うレース。

 サシでオグリキャップと挑むというのは、それと同じなのだ。

 

 エンジンの差で、全てを薙ぎ倒す。

 今まではそれをする側にいたが、される側に回られた。

 

 そして、する側に回ったのは他でもないライバルだった。

 

《強い! 強過ぎる! オグリキャップ!》

 

 風を纏い、ゴール板を横切るオグリキャップ。

 それを見て、海堂は呟く。

 

「……そうか」

 

 負けたのか。

 負けた。負けたんだな、と。

 

 天を仰ぎ、海堂はただそれだけを思う。

 

 悔しみも、苦しみも、疑問も。そこには何も無い。

 あるのは、フジマサマーチが負けたという事実のみ。

 

《オグリキャップ、1着でゴールイン! カサマツに彼女を止められる者はいないのか!》

 

 ゴールドジュニア――――フジマサマーチ、2着。

 三度目の正直で、オグリキャップはフジマサマーチを上回った。

 

 

***

 

 

 光り輝く世界の裏側には、光の当たらぬ世界がある。

 そして、フジマサマーチはどちらの世界にいるか。

 

 ウイニングライブが行われている世界は、光り輝いている勝者のみに与えられた世界。

 となれば、フジマサマーチがいる世界は――――後者になるだろう。

 

 ゆっくり、ゆっくり、とぼとぼと。

 フジマサマーチは、ウイニングライブの会場から少し離れた場所を歩いていた。

 

 思えば、レース後にウイニングライブを行わなかったのは初めてのことだった。

 新入生デビュー戦でも、秋風ジュニアでも、ジュニアクラウンでも。出場した3レース全てで1着を取得していたため、全レース後にウイニングライブを行っていたし、海堂はどのレースであろうが最前列に座って笑顔でペンライトを振っていた。

 

 最初は恥ずかしかった。ヒラヒラのフリルが付いた衣装を着て踊って歌うのが、死ぬほど恥ずかしかった。

 それでも、海堂は常に最前列にいた。どれだけダンスが拙かろうが、笑顔でそれを見ていた。

 新入生デビュー戦でそれを見た時、確信した。

 この人は、自分がどういう姿をしていようが、フジマサマーチを――――私自身を、応援しているのだと。

 

 それから、少しは恥ずかしさもマシになった。

 レースを経て、ウイニングライブを行う度に、ダンスが上手くなったなと言ってくれた。

 あの時は言えなかったが、今だから分かる。ありがとうございますと言うべきだった、と。貴方のその笑顔で、どれだけの緊張が緩んだか、と。

 

 そして、今、その笑顔はどこにも無い。

 その事実が、フジマサマーチが初めて負けたという現実をより確かな物にしていた。

 

 誰かの足元が見え、立ち止まる。

 

「……勝てなかった。勝てなかったよ」

 

 絞り出すような声で、フジマサマーチは呟く。

 顔を上げなくとも、目の前に立つ者が誰かは分かる。フジマサマーチはその彼の隣に、一番近くに居続けたのだから。

 

「勝つために、全てを注いだ……貴方に勝利を届けるために、必死になって努力した……オグリキャップと戦うために、全ての力を出し切った……なのに、勝てなかった」

 

 この日、この時。フジマサマーチの歴史に″敗北″が刻まれた。

 刻まれることのなかった2文字。その2文字を刻んだ相手が、一番近くにいたライバルだったのは良かったことなのだろうか。

 

「海堂トレーナー……私は、オグリキャップを引き留められなかったよ……」

 

 そして、ライバルを失った。

 何としても勝たなければ。その思いで挑んだレースで、完膚なきまでに叩きのめされた。

 

「私がもっと強ければ……戦えたのかもしれなかった……ただ私が弱かった……」

 

 ふるふると、フジマサマーチの身体が小刻みに震える。

 その震えは、怒りから来るものではない。寧ろ、その逆とも言える――――悲しみや、無力感から来る震えだった。

 

「弱いな……私は……弱いな……!」

 

 ボロボロと大粒の涙を流し、フジマサマーチは子供のように泣きじゃくる。

 そんなフジマサマーチを、海堂は引き寄せる。背中に手を回す。

 

「……君は、弱くない。立派なウマ娘だ」

 

 肉体的にも、精神的にも、フジマサマーチは成長した。

 それは、海堂が一番知っている。

 

「今までの君なら、オグリキャップに負けても涙を流さなかった。流したとしても、決して俺の前なんかじゃ弱みを見せなかった……君にとって、オグリキャップは負けて悔しいと思えるほどの存在だった。

 そして、君は俺の前で隠さず涙を流してくれた。それに気づけた時点で、そうしてくれた時点で、君は強いウマ娘だ」

 

 成長したな、頑張ったな、と。

 ぽん、と右手を頭の上に乗せて、ゆっくりと撫でた。

 

「だから、君は泣いていい。泣くことは誰かの特権じゃないから、強い君も思うままに泣いていい。泣いて、泣いて。東海ダービーで流す分の涙まで流しきってくれ。

 そうしたら、俺も君も、その時に流す涙がなくなって。最後は笑って終われる。絶対、夢も叶う。俺が約束する」

 

 だから、泣いてくれ。東海ダービーで笑うために。

 夢を叶えるために。叶えられなかった夢のバトンを繋いだよと笑顔で伝えるために。

 それが、残った者にできることなのだから。

 

「……トレーナーは、大声では泣けないからさ。俺の分まで泣いて、俺の分の涙も流しきって欲しい。お願いだ。

 俺が君の全てを受け止める。だから、俺の胸で思いっきり泣いてくれ……俺の胸で泣けって言って、させてやれるほどの身長はないけどさ」

 

 少しばかり決まりは悪いが――――まあ、泣き顔を見られるよりかはいいだろう。そう思い、海堂は左肩を軽くぽんぽんと叩く。

 意図を察したフジマサマーチが、両手を海堂の首に回し、肩に顔を伏せて泣く。左手でフジマサマーチの頭を撫で、全てを受け止める。

 

 きっと、フジマサマーチは強くなるだろう。

 万に一つの、勝ちよりも大事な負け。それを知れたのだから。

 

(……勝てなかった、な)

 

 そして、海堂は再び天を仰ぐ。

 じんわりと目に浮かぶ涙を、必死になって隠すために。

 

 ドイツの詩人、ティートゲはこう言った。

 “喜びを人と分かつと、喜びは二倍になり、(Geteilte Freud' ist doppelte Freude, )

苦しみを人と分かつと、苦しみは半分になる(geteilter Schmerz ist halber Schmerz. )”。

 

 きっと、2人は強くなる。

 きっと、必ず――

 

 

***

 

 

 光り輝く世界の裏には、光の当たらぬ世界がある。

 先程まで、フジマサマーチは後者の世界にいた。どん底にいた。

 しかし、海堂が全てを受け止めた結果、オグリキャップやその仲間達と共に、光り輝く世界の側にいる。

 そして、今現在、その世界にいるのは――――

 

「失礼。貴方が海堂真トレーナー……ですね?」

「……中央の会長が、俺に何の用です?」

 

 海堂と、シンボリルドルフだった。

 

 ウイニングライブも終わり、オグリキャップと北原のスピーチも終わり、写真を撮影し、フジマサマーチがオグリキャップを″オグリ″と呼ぶようになり……以前と比べ、少しばかり、フジマサマーチが丸くなり。

 全てのイベントが終わり、日が西に傾き、カサマツレース場を赤く染めるようになった頃。海堂は、シンボリルドルフに呼び止められた。

 

 思えば、その傾向はあった。

 レース前にシンボリルドルフに注視されていた時点で、あっちは一方的にこちらを知っているのだという推測もできた。もっとも、海堂はシンボリルドルフと話したことすらなかったが。

 

 当然、警戒はする。

 レース後、シンボリルドルフから中央のスカウトを持ちかけられた。条件的には北原の話と一致している。

 

 そして、レース前にシンボリルドルフが自分を見ていたこと。あれも、今なら納得が行く。

 オグリキャップに負けず劣らずの素質を持つフジマサマーチのトレーナーとして、事前に海堂のことを調査していた。それなら、あの時点で一方的に知っていたというのも辻褄が合う。

 

 フジマサマーチが今スカウトされれば、今度は自分が移籍問題について考えなければならなくなる。東海ダービー制覇の夢を諦めざるを得なくなる可能性が出てくる。

 他人の移籍問題であれ程拗れたのだ。自分に降りかかるとなれば、更に拗れるだろうというのは簡単に想像できる。

 それだけは避けなければと、海堂は考えていた。

 

 別に、シンボリルドルフに怒りがあるわけではない。ただ、面倒事は避けたいと願っているだけだ。

 

「狙いは誰です? マーチですか? 悪いですけど、それにお応えすることは……」

「いえ。フジマサマーチではありません」

「……マーチじゃない?」

 

 フジマサマーチ、ではない。

 が。″スカウトではない″、と。否定はしなかった。

 

 シンボリルドルフは、部分否定――――スカウトはするけれど、その対象はフジマサマーチじゃない。そういう意味を込めた、否定をした。

 つまり。スカウト自体は行うつもりである。その読みは間違っていなかった。

 

 ならば、誰をスカウトするつもりなのか。

 第一候補はフジマサマーチだった。領域を覚醒させ、オグリキャップに近い実力を持つウマ娘。その上六平にも認められているとなれば、条件は満たしていると言えるだろう。

 

 シンボリルドルフが直々にスカウトするというのは滅多にない。

 これを素直に捉えるならば、シンボリルドルフはほぼ確実に成功する者しかスカウトしない、という意味で捉えられる。

 そして、カサマツトレセンでそれに当てはまる可能性のあるウマ娘はフジマサマーチしかいなかった。

 

 しかし、フジマサマーチではない。シンボリルドルフは、その可能性を完全に否定した。

 

 そして、それらしいウマ娘はいない。

 オグリキャップとフジマサマーチは他のウマ娘と比べて頭1つ抜けている。事実、今日のゴールドジュニアも2着と3着の間はバ身差のない大差――――言ってしまえば、他のウマ娘とは話にならないレベルの差がついていたのだ。

 

「ただ単に話をしてみたかったとか、そういう理由だったりは……しませんよね?」

 

 一応、再確認をしておくことにした。

 

 万に1つの可能性ではあるが、シンボリルドルフがただ海堂と話してみたかっただけの可能性もある。

 何せ、老将トレーナーの六平と生徒のタマモクロスに知られているのだ。″カサマツに凄いトレーナーがいる″という噂が広まっている可能性も無くはない。

 その凄いトレーナーと話してみたかった。そんな程度の理由であればよかったのだが。

 

「いえ……そういう訳でもないのです」

 

 そんな話も、あるはずがなく。

 

「……待てよ?」

 

 ならば、シンボリルドルフがレース前に自分を見つめていた理由は? 知っていた理由は?

 フジマサマーチがスカウトされるとなれば、先程の話はすんなり通る。しかし、フジマサマーチがスカウトされないとなれば色々おかしい点が出てくる。

 

 フジマサマーチをスカウトしないと決めていたのに、どうして海堂の存在を知っていたのか。

 調べあげる必要が無いトレーナーを、どうしてわざわざ調べあげていたのか。

 

 シンボリルドルフは無駄な行動はしない。言い換えれば、シンボリルドルフの行動には全て意味がある。

 そう考えた場合、海堂真というトレーナーの情報を調べあげていたということに意味がなければならないのだ。

 

「……俺、ですか?」

 

 ――――もし、フジマサマーチのトレーナーの海堂真としてでなく、″海堂真″というトレーナーそのものを調べ上げていたのだとしたら?

 わざわざ海堂を引き留めた理由は、もうこれしか残っていない。

 こんな単純な話に、どうしてもっと早くに気がつかなかったのか。

 

「スカウトの対象は、フジマサマーチじゃなく……海堂真、本人ですか?」

 

 海堂の問いに対し、シンボリルドルフは小さく頷いた。




 とりあえず、ウマ娘シンデレラグレイで描かれた部分までは終わりました。
 まずは、ここまで読んでくださってありがとうございます。

 感想を毎話毎話固定で書いてくださる方や、高評価を入れてくれる方。そのような方がいなければ、ここまで書くことはできませんでした。やはり感想と評価は偉大です。もっと書いて入れて(強欲)

 ここからは、シンデレラグレイで描かれることのなかった裏側――マーチがオグリに電話するまでの空白の半年間。それを描くことになります。
 おそらく、カサマツ編は残り20話か30話で終わりますので、これからもよろしくお願いします。

 感想、評価、お待ちしております。

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