ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション   作:ウママママ

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N28-最後の約束

 それから、1週間。

 やるべき仕事を終え、合間合間に中央試験の対策をしつつ最適な案を考え、結局出てこず気分転換に外に出て指導。それを繰り返し続けた。

 

 問題だったフォームは改善の方向に進んでおり、過度なオーバーワークもやめさせることで練習の効率も良くなったようにも思われる。

 とりあえずは、海堂の介入によって良い方向に進んだ。この1週間であったことを一言で表すならば、それが一番ハッキリしていて一番わかりやすいだろう。

 

 そして、その当の2人はトレーニングを終えてベンチに座っていた。

 

「海堂さん、誰を担当するか決めたんですか?」

「決めてたらここに来てないよ」

「そっか……そう、ですよね」

 

 ピコピコと揺れる耳、ぶんぶんと忙しなく振られる彼女の尻尾。

 それを見て、何か嬉しいことでもあったか────と、聞こうと思ったのだが。聞いてはいけない内容の可能性もあると踏んで、深くは聞かないでおいた。

 

「結局、良い案が出てこないんだ。誰を落として、誰を担当するかの案がさ」

「そんなの、足が速い娘を担当すればいいだけの話じゃないですか……迷うことなんてあります?」

「正直、足の速さなんて関係なくてさ。俺は俺のやりたいことをやるためにここにいる。そこに足の速い遅いは関係なくて……どうしたものかな……」

 

 だから、足の速さで選ぶつもりはない、と。そう彼女に伝えた。

 

「金とか名誉とか、そういうのが欲しいからトレーナーになりたかったってのとは違くて……ウマ娘の夢を叶えさせてやりたいから、俺はトレーナーになった。ほら、そこに足の速さは関係ないでしょ?」

「夢って……それがどんな夢でも信じるんですか?」

「信じるさ。可能性が0じゃない限りは叶うかもしれないしな」

「じゃあ、その夢がおかしかったとして、笑ったりすることは?」

「生涯無敗で競走バを引退するとか、そんなバカバカしい夢の方が好きだよ、俺は」

 

 まぁ、そういった夢を聞いて″現実を見ろ″と諭してくるトレーナーもいるのだが。

 だが、海堂はバカみたいな夢の方が好きだった。というかバカみたいな夢が一番好きだった。 

 

「そりゃ、距離適性を無理に突破するだとか、自分の競走バとしての人生を捨てる可能性が高い夢は奨励しないさ。ただ、生涯無敗の競走バになるとか。そういった夢の可能性は0じゃない。だから俺は信じる」

「……そう、ですか」

 

 何か納得したかのような表情をして、彼女は手に持っていたペットボトルを置き、ゆっくりと立ち上がった。

 

「あの、海堂さん」

「どうしたの?」

「私の夢……私の夢って、なんだと思います?」

 

 あの日、出会った時とは真逆に。

 彼女は、海堂に問うた。私の夢を当ててみろ、と。

 

「……さあ。君のことは色々知ったつもりではいるけど、何を目標にして走っているかは全く聞いてこなかったね。身長や誕生日、出身学校なら答えられるけど。身長は149セン────」

「いいですいいです! そこまででいいです! 恥ずかしいんで!」

「結局は何もわからないってこと。君の外面はほとんど知っているけど、内面は知ったつもりでいるだけで本当は全く知らない。これが事実だよ」

 

 ただ、彼女がとんでもない努力家だということだけは知っていた。

 努力して無理だったら諦める。ただ、トレセン学園に来た以上は諦めるつもりはない、と。初めて出会った時、そう語っていたのを今でも覚えている。

 

「デビュー戦に勝って……ううん。レースに出場して、私の努力は無駄じゃなかったって証明する。それが、私の夢です。ちっちゃ過ぎて笑っちゃうかもしれませんけどね」

「笑わないよ。遊びでトレセン学園に来て、レースに出て人気になりたいだけの娘より素敵な夢だ。それに、そんな夢だって良いと思う。人によって目標ってのは違うからさ」

 

 海堂がトレーナーとして何をやりたいか。それは、この話をする直前に海堂が話していたから知っている。

 ただ、海堂がどうしてトレーナーになったのかは知らない。それは同時に、海堂が夢を持つ者を笑うことができないということを知らないということを意味する。

 

 海堂からしたら、夢を持っているだけで素晴らしい────というか、自分よりも上なのだから。笑うことはできないのだ。

 

「俺は君を笑ったりはしない。貶したりもしない。だから、その夢を持った理由を聞かせてほしい」

「……そうですか。ありがとうございます」

 

 ぺこり、と行儀よく一礼をして、ゆっくりと座って、彼女は話を続けた。

 

「前にも言ったと思うんですけど、私、本当に足が遅くて……レース勘もありませんし、両親からは普通の学校に行った方がいいんじゃないかと勧められたこともありました」

「ただ、それを振りきってトレセンに来た……」

「足が遅くても、やっぱり私はウマ娘ですし。走ること自体は好きだったので……後は、貴方の人生なんだから好きにしなさいって。両親からそう言われたので、トレセン学園に入学することを決めたんです」

「いい親御さんだね。自分のやりたいことを優先させてくれるだなんて」

 

 もっとも、世間一般的に見れば、海堂の親も″いい親御さん″に当てはまるのだが。

 トレーナーになりたいから大学を中退させてくれという子の願い。それを二つ返事で承知したのだから。

 

「前にも話した通り、トレセン学園に入った以上は努力を欠かすつもりはありません。足の遅い私でも、努力を積み重ねればいつかは勝てる。私だってやれる。それを証明したい。私みたいに、身体能力が低いだけでトレセン学園入学を諦める娘たちの、希望の光────道を作る、先駆者になりたい」

「それが、君の夢」

「とは言っても、トレーナーさんたちはみんな他の娘をスカウトしに行っちゃったので。まだトレーナーさんは見つかってませんが……でも、いつか見つかるはずですし! それまで頑張り続けるだけです!」

 

 ────あぁ、これは空元気だなと。

 今までの話から推測して、海堂は心の中でそう思った。

 

 おそらく、彼女も分かっているのだ。

 2週間近く経っても、誰もスカウトを持ち掛けてこないということ。それが何を意味するのかを。

 

 目の前にいる可憐な少女は、ここにいる誰よりも真っ直ぐに夢を見つめている。それを叶えるためだったら、誰よりも努力をする。

 

 ただ、他より足が遅い。たったそれだけの理由で、トレーナーからスカウトされない。見向きもされない。

 同じ娘のスカウトを志望して、スカウトできなかった方のトレーナーがスカウトしに来る。チーム結成のための穴埋め要因としてスカウトする。 そういった過程があれば、スカウトされるのかもしれないが。

 

 ────それは、彼女にとって良いことなのか?

 そう思い、その答えを出す前に、言葉は口から出ていた。

 

「だったら、俺がスカウトするよ」

「……へ?」

「だから、君さえよければスカウトさせて欲しいって言っるんだ」

 

 今まで″待ち″を選択していた海堂が、自ら能動的にスカウトをした。

 本当なら、リストの中にいる30人の誰かを選ぶつもりでいた。少々面倒臭い手ではあるが、30人全員と軽い話をして、どうしたいかを決める。

 

 そう。話を聞く前までは、そうするつもりでいた。

 

「ほ、本気で言ってるんですか!? 実は嘘でした~とか、ドッキリでした~とか、言わないですよね!?」

「言うわけないでしょ……というか、どうしてそんなに疑ってるの?」

「だって、だってだって! 私、足が遅いんですよ!?」

「俺からしてみれば″だから?″だよ。俺はウマ娘の足の速さを気にしないって言ったでしょ」

「それは、そうですけど……だったとしても! 海堂さんは30人近くのウマ娘から担当になってほしいって言われてるじゃないですか……そっちの娘たちを優先した方が……」

「冷静になって考えてみれば。本気で夢を追う娘は、実績も経験も何もないトレーナーを選ぶわけがないって気がついたんだよ。それに気づかず待ちを選んだのは俺なんだけどさ」

 

 ふと、北原の言葉が思い浮かんだのだ。

 良い戦績も残したいが、できる限り楽しみたい。地方にもそういったウマ娘はいるし、何ならそうでないウマ娘の方が珍しい。

 

 そして、その前者に当てはまるのが、実績も経験も何もない自分がトレーナーになって欲しいと希望したウマ娘であると。

 

 ただ、状況が変わった。

 あの日、偶然にもここで彼女と出会った。月光に照らされ、ひたむきに努力する1人のウマ娘が、海堂の″運命″を変えた。

 

「どれだけバカみたいな夢だったとしても、可能性が0じゃない限りは夢として機能する。俺はその実現の可能性を数%上げるためにここにいる。無理だと言われても、笑われたとしても。君が俺を信じる限り、俺が君のトレーナーでいる限り。最後まで、俺は君の一番の味方であることを保障する。

 だから、俺は君のトレーナーになりたい。君の夢を叶え、君の努力は無駄じゃなかったと証明してみせたい」

 

 夜空に輝く星を掴むようにして、手を上に伸ばして何かを掴む。

 今は遠い、夜空に輝く無数の星、それも、2人なら届くだろう。その行動からは、そういった意図が読み取ることができた。

 

「嫌なら断ってもいい。最終的に契約を結ぶかどうかを選ぶのは君なんだし、俺よりももっと優れたトレーナーはここにたくさんいる。他のトレーナーと契約を結びたいってなったら、俺が良さそうなトレーナーに口利いといておくよ」

 

 それこそ、北原や柴崎、巌なら面倒も見てくれるだろうと。海堂はそう考えていた。

 ある程度のキャリアを持ち、ウマ娘と正面から向き合う″本物のトレーナー″とも呼ぶことのできる彼ら。ここで嫌だと言えば、そういった信頼できる者らに何としてでも頼み込む。そうするつもりでいた。

 

 そうすれば、彼女の競争バとしての人生はずっとよりよいものになるだろうと。そうも考えていた。

 

 チラリ、と隣に座る彼女の方を見て。様子を伺う。

 

「嫌なわけ……ないじゃないですか」

 

 そして、今まで聞き続けていた彼女は口を開いた。

 

「だって────貴方が良い。海堂さんがトレーナーであって欲しい。あの日、出会って言葉を交わした時から……そう、考えていたんですから」

 

 ぽつり、ぽつりと。

 彼女は、海堂への想いを語り始めた。

 

「トレーナーとして、1人の人間として。私の夢を本気で信じてくれる人。そう言った人が、私のトレーナーであって欲しかったんです。だけど、私は選ぶ立場にいなかった。だから、いつか誰かが私を見つけてくれるまで待ち続ける。そうやって、私はここで1人で無我夢中に走り続けてた……そんな時に、貴方がここに現れた」

 

 そして、海堂は黙ってそれを聞く。

 今まで、自分が語り、それを聞いてもらったように。彼女の考えを、想いを受け止めた。

 

「すっごく嬉しかったんですよ? 1週間だけでも私のトレーニングを見てくれるって言ってくれて……心の中では、海堂さんにトレーナーになって欲しいなって、そう思ってました。だけど、海堂さんはすっごい人気で、私には見合わないような人で……だから、無理なものは無理だからって半ば諦めてたんです。せめて、海堂さんの担当が決まるまでは良い思いをしようって」

 

 日の当たらない場所にいた自分。それを見つけ、指導してくれた貴方に。

 

 本当は、今すぐにでも言いたかった。私のトレーナーになってください、と。

 しかし、言えなかった。自分をスカウトするわけがないと分かっていたのもあったし、断られたらこの指導も終わってしまうとも分かっていたから。

 

 それなら────海堂が担当するウマ娘が正式に決まるまで、良い気分を味わっていようと。彼女は、そう考えていたのである。

 

「なら、もうその心配はしなくていい。君さえよければ、俺はこの後直ぐに契約受理を出してくる。そうすれば、俺は正式に君のトレーナーになることができるからさ」

 

 それを聞いた彼女の耳と尻尾が、再び揺れる。

 

 ぴこぴこ、ぶんぶん。

 こいつ、ころころ感情が変わって、元気な小動物みたいで可愛いな────と、思って。整った綺麗な黒の髪の毛をわしゃわしゃと撫でた。

 

「ちょっと! 何するんですか!」

「いや、子犬みたいに見えてな。ついつい」

「もう!」

 

 ぷんぷんと怒っているが、頭を撫でられた本人は満更でもなかった。それは、未だ忙しなく揺れる耳と尻尾が証明していた。

 

「あの、海堂さん。お願いがあるんです」

「トレーナー契約をしてください……ってのとは違うね。もう約束したようなものだし」

「……その、良ければなんですけど。これからは、君って呼び方をやめて、私のことを名前で呼んでください。それが私のお願いです」

 

 ────なんか、空気が湿ってないか?

 この光景をどこからか見ている人がいれば、そう発言していたかもしれない────と、いうのは置いておいて。

 

 無論、海堂も断る理由はない。彼女からそう言われずとも、トレーナーになったら君という呼び方をやめるつもりでいたのだから。

 

「分かった。これからはそうするよ」

 

 ふぅ、と何故か一息ついて、彼女の名前を呼ぶために、海堂は口を開こうとする。

 そして、その瞬間────

 

 

***

 

 

「……ん」

 

 伏せられていた体を起こし、現状を確認する。

 スマホで時間を確認してみれば、昼過ぎの────何時もならば、フジマサマーチと一緒に昼ご飯を食べている時間であった。

 

(……夢、か)

 

「おはようございます。海堂トレーナー」

「おはよう……」

 

 ぐーっと両腕を上に伸ばし、凝り固まった体をほぐす。

 教え子の前で寝るとは、何とも恥ずかしいことを……そう思う前に、何故か自分の体にかけられていたブランケットを手に取って、おそらくかけてくれたであろう相手に聞いた。

 

「このブランケット、マーチの?」

「私が来た時にはぐっすり寝ていたので。起こすわけにもいかなかったので、自室から持ってきておきました」

「そっか……ありがとう。風邪を引かずに済んだよ」

「あの、海堂トレーナー」

「どうした?」

「目……涙が流れてますが。怖い夢でも見てたんですか?」

 

 ────涙?

 フジマサマーチの言葉を聞き、目の付近を軽く拭ってみる。

 

 すると、手には少しばかりの水が手に付着した。どうやら、寝ている間に泣いていたというのは間違いないらしい。

 ただ────どうして、涙を。そう自分自身にそう聞かなくても、どうして涙を流したかは分かっている。

 

「いや、怖い夢を見て泣くほど子供じゃないからさ。そこは……まあ、信じて欲しい」

「じゃあ、一体どんな夢を?」

「……どんな夢、か」

 

 寝ている間に見ていた夢────それは、ハッキリと覚えている。何があったのかも、何時の話であるかも。

 

 そして、夢の内容を振り返ってみれば、泣いても、涙を流してもおかしくないものではあった。それは事実である。

 もし、その先まで見ていたら────涙がもっと流れていたか、涙を流さなかったか。夢がそこで止まっていたから、涙を流していたのだろうと。そう推測した。

 

 そうして、海堂は正直に答えた。どういった夢を見ていたのかを。

 

「……幸せな夢」

「幸せな夢?」

「凄く、幸せな夢を見ていた。寝てる間に、マーチの前で泣く位には幸せな夢。だから、俺も子供みたいに泣いたのかもしれない」

 

 一言で表せば、幸せな夢だった。あそこで止まっていたから、というのもあるかもしれないが。

 

 そして、夢の内容を、深くは話すつもりはなかった。

 ────いいや、違う。いつか話すつもりではいるけれど、今はまだ話す段階にいないだけで。

 

 それが、彼女との最後の約束だったじゃないかと。

 それだけは、今でもハッキリと覚えている。




 このオリジナルウマ娘ちゃん、恋愛功者◎では?

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