ウマ娘 ワールドダービーDLCカサマツ編 東海ダービーレギュレーション 作:ウママママ
走ることへの魅了。
ウマ娘誰しもが持つ本能の一種であるが、その本能がいつ目覚めるかはウマ娘によって変わると言われている。
例えば、年齢が2桁になっても目覚めない者。そのような者もいれば、就学前に目覚める者もいる。もっと早くに、それこそ、物心がつく前に目覚める者もいたという者もいる。
何故、ウマ娘という種族は走ることに魅了されるのか。それは長年疑問にされてきた、未だ解明されていない謎である。
走ることがストレスの捌け口になるのか、もしくは何かしらの欲求を満たす手段の中に走るという行為自体が含まれているのか、等の学説が存在するが。正解はこれだ、というものは未だ明かされていない。
しかし────私にとってそのようなモノはどうでもよかった。
走りで他人に負けたくない。走る理由は、ただそれだけで良かったからだ。
正しい努力には正しい結果が伴い、力ある者は相応しい結果を求められる。ウマ娘としての本能が物心つく前に目覚めていた私は、幼少期の時点で既にソレを理解していた。
だから、私はただひたすらに、本能の赴くままに速さを追求し続けた。
走ることに極限まで集中するために、同年代の連中との関りをシャットアウトし、過酷なトレーニングに耐え続けた。
天候や体調等は関係ない。その日、その時に行える限界ギリギリのトレーニングを毎日こなし続けた。
このままだと身体が壊れてしまうぞと何度も忠告された。だが、無視し続けた。
私を一番理解しているのは他でもない私自身なのだし、身体に設定された限界を見誤って走れない身体になったとしたら、それは私が未熟な、その程度のウマ娘だったというだけの話なのだから。
普通のウマ娘ならすぐにでも逃げ出してしまうであろうトレーニングに耐え続けた結果、私は一度も負けることがなかった。
本能が目覚めた日から、カサマツトレセンに入学する今の今まで″負ける″というものを知らなかった。
だが、負けたことがないというのは、絶対的な強さを持っているわけでは無い。今はまだ存在しないが、時に私の勝利を脅かす存在が出てくるかもしれない。
それが″天才″と称される存在だ。
天才や、突然変異という言葉で称される存在に共通してあるもの。それが才能だが、私は才能と呼べるものを持ち合わせていなかった。
体を限界まで虐め抜き、誰よりも努力を積み重ねたとしても、才能を持つ者の前ではその努力も無に帰してしまう可能性がある。そこにあるのは凡人か、天才かの違いしか無い。
たったそれだけの違いで、私が今まで積み重ねてきた努力が無駄になってしまうかもしれない。
才能を持つ者に勝つために必要なのは、それ相応の努力。
才能が無かったとしても、正しい努力をしていたならば最終的な勝者になる事ができる。そう信じて、私は孤独に走り続けた。
ただ速いだけでは、速さの限界が来ることも分かっていた。
目標を定め、それをモチベーションにすることで新たな境地へと到達することができる。だから、東海地区最高峰のレース、東海ダービーを制覇するという
頂の景色を見ることができると信じ、私は走り続けた。
***
タイム測定後、スカウトしたいと申し出るトレーナーが私の周りに集まった。
君を一流のウマ娘に育て上げてみせる。私なら貴方の才能を上手く活かせる。私に対して多くの言葉が投げかけられたが、どのトレーナーの言葉も私の心には響かなかった。
当たり前だ。私をスカウトしに来たトレーナーの目に映る私は、私そのものではなかったのだから。
私を私として見てくれる者。表面に映る素質だけでなく、内面まで見通し、私を山の頂上へ連れて行く者。
人はそれを″理想のトレーナー″と呼ぶのだろうが、私にとっての理想のトレーナー像に見合う者はその場にいなかった。
「東海ダービーも夢じゃねぇ!」
熱心なアプローチを複数のトレーナーから受けていた時に、不意に耳に入った誰かの発言。
発言が聞こえた場所をチラリと見てみれば、そこにいるのは1人のトレーナーと、タイム測定で驚異的なスピードを見せた芦毛のウマ娘。
……確か、オグリキャップだったか。
ヤツは速い。学園の中でも屈指の速さだろう――――となれば、必ず東海ダービーに現れる。
ヤツに勝つために必要なのは、私自身では認識できない弱点を見抜き、的確な助言を与える
5月後半に新入生デビュー戦を控えている。的確な指示を仰ぐために、1日でも早くトレーナーと契約を結びたかったが、私の夢を託すことができると思えるトレーナーとは出会えなかった。
時には妥協も必要だと分かっているが、このトレーナー選択には私の人生が懸かっているといっても過言ではない。妥協など、出来るはずがなかった。
明日こそはトレーナーを見つけてみせる。そう思い、教室から出た瞬間
「君がフジマサマーチ……で、合ってるね?」
1人の男に話しかけられた。
身長は私よりも小さく、端正な顔立ちをした若い男。男が着ているスーツの襟元に視線を向けてみれば、そこに在るのはカサマツトレセンのトレーナーである事を示すバッジ。
この人も、私をスカウトしに来たのだと。それはすぐに分かった。
「この後トレーニングを控えているので、手短にお願いします」
「……先に言っておくけれど、トレーナーは自分自身の夢を叶えるためにいるのではない。ウマ娘の夢を実現させるためにいる存在だ。俺は君の夢を尊重するし、君が持つ夢が何であろうと応援するつもりでいる。その事を念頭に置いた上で、君に問いたい。君の目には何が見えている?」
私の夢を教えてくれ、ということなのだろうか。
随分特殊な聞き方だ。そう思いながら、私は自分が持つ夢を答えた。
「……東海ダービーを制覇する自分の姿、ただそれだけです」
「ならば。オグリキャップを打ち負かし、君を東海の頂点に立たせる。俺はその夢が叶うようにトレーニングを作る。俺が提示できる条件はそれだけだね。君が東海ダービー制覇を本気で目指すというのなら、だけれどもね」
目の前のトレーナーが提示した条件は、誰よりも簡潔な内容だった。
こういうウマ娘に育て上げたい、こういうトレーニング内容を用意する。それらの情報は1つもない。
しかし、だ。
オグリキャップを打ち負かす。たったそれだけの言葉で、私はこのトレーナーのことが分かったような気がした。
他のトレーナーと違って、このトレーナーは私と同じく″先″を見据えている。誰が障壁になるか、山の頂に辿り着くには何を行えばいいかが分かっている。
――――気分が良い。
理想のトレーナーに出会うというのは、こういうものなのか。
「トレーナー選びは人生を左右する物だし、誰をトレーナーにすべきかで悩むかもしれないが、いつかは決断を下さなくちゃならない。気が向いたらトレーナー室に来てくれると嬉しい。俺はそこで君を待っている」
「待ってください」
悩む必要など無い。
やっと理想のトレーナーに出会えたのだ。ここで逃がしてたまるか。
「何だ?」
ここにいる。ここに理想がある。
私の人生を託す事ができる、本物のトレーナーが。
ならば、迷う必要がどこにあるのか。
「貴方の話を聞いた上で、頼みがあります」
「……私のトレーナーになってくれ、って話か?」
質問に対して無言で頷けば、トレーナーはため息をついた。
「トレーナー選択は君の人生を大きく左右するものだ。俺よりも優れたトレーナーがいるかもしれない。そんな簡単に決めていいものではないけれど……」
「……貴方でないと、駄目なんです」
その言葉は、本心からの言葉だった。
カサマツトレセンにこの人よりも優れたトレーナーは存在しない。たった数回言葉を交わしただけで、それが分かったのだ。
一度話しただけで何が分かる。判断を下すのがあまりにも早すぎる。そう言われても仕方ないのだろうが、このトレーナーは、他の人とは何かが違う。
「東海ダービーを制覇し、東海地区の頂点に立つ。貴方にならその夢を託すことができる。貴方との会話で私はそう判断しました」
「……今の会話で、俺の何が分かったんだい?」
「オグリキャップに勝たなくてはならない」
オグリキャップ、という単語を口に出した瞬間、トレーナーの体が少しばかり動いた気がした。
「複数のトレーナーと話をしましたが、オグリキャップを意識しているのは貴方だけでした。ヤツは必ず東海ダービーに現れる。ヤツを越えなければ、私の夢は叶いません」
「オグリキャップを意識していたから。それが俺を選ぶ理由、か……」
顎に手を当て、数秒目を瞑って考えた後。そのトレーナーは口を開いた。
「もう一度聞いておくけど、考えを変えるつもりはないんだね?」
「勿論です」
「……そんだけ言っても迷わないのなら言うのも野暮かな。分かったよ」
うん、と一度頷けば。友好の証として、右手が差し出される。
「俺の名前は海堂。海堂真。君を東海ダービーの頂へと連れて行くために、俺の全てを捧げよう」
「よろしくお願いします。海堂トレーナー」
これまでも、これからも、走り続けるだけだ。
あるべき場所に、頂点に。立ち続ける為に。
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